特集

気づいたら今年は10周年!
せっかくなのでデジタルカメラ業界の10年を振り返ってみた
(2004年〜2006年編)

創刊前夜からHOYAペンタックス合併発表まで

今年2014年は、実はデジカメ Watchがスタートして10年目という節目の年。それに気づいた春先ぐらいから「何か立派な記念企画をやろう」と考えつつも、怠惰な性格&日々の仕事に追われて、気づいたらもう年末ではないか…面倒なので誰も気づかないうちに年を越してやろう…と何事もなかったかのように年始を迎えるつもりでした。

ただ、記念企画うんぬんは別として、「創刊当時からお世話になっている写真家の山田久美夫さんと、酒でも飲みながら業界の10年を語り合いたい」という思いはありました(山田さんは酒をたしなまれませんが)。そこでひらめいたのが「だったらその内容を記事にすればいいじゃん」というアイデア。

やっていることはいたってシンプルです。山田久美夫さんと私(折本)がノートPCを開いて向かい合い(酒は飲んでません)、デジカメ Watchのバックナンバーページを見ながら過去から現在までたどりつつ、「こんなことあったね」「あんなこともあったね」「これは懐かしい」「これは忘れていた」と昔語りするのを、入社4年目の編集部員、鈴木誠が書き起こしてまとめました。

というわけで、新しい内容や役に立つ内容はゼロに等しい記事ですが、昔からの読者様はもちろん、最近カメラに興味を持たれた読者様にも、デジタルカメラ業界10年の歴史を追体験していただければ幸甚です。(デジカメ Watch編集長 折本幸治)

2007年~2008年編 D3、5D Mark II、裏面照射型CMOSなど
2009年〜2010年編 E-P1、NEX-5などミラーレス群雄割拠へ。超高感度ワールドも開かれる
2011年~2012年編 東日本大震災、そしてタイ洪水…それでも魅力的な製品発表が続く
2013年~2014年編 各社それぞれの攻防が続く中、個性派モデルも注目を集める

デジカメ Watchオープン前夜

折本:山田先生には、デジカメ Watch創刊以前からPC Watchにデジタルカメラの記事を寄稿いただいてました。PC Watchがデジタルカメラを扱うようになった経緯を覚えてらっしゃいますか?

山田:当時、カシオQV-100のファーストインプレッションをPC Watchに書いて、それがヒットしたんですよ。それでPC Watchでも真剣にデジタルカメラの記事をやるようになって。「QV-100 vs DS-7」なんていうのもやりましたね。

山田:ちなみにちょうど昨日(=対談前日の12月8日)、うちのサイトDigitalCamera.jpが15周年を迎えたんですよ。

DigitalCamera.jp主宰の山田久美夫氏

折本:おめでとうございます。

山田:こうして自分でサイトをやろうと思ったのも、PC Watchではカバーしきれない部分がでてきて、そこをやろうと思ったのが成り立ちです。基本情報というか、「業界の人やカメラ好きならこれぐらい知っておこう!」という、見出しがついたリンク集のようなイメージで。

山田:大元のWebサイトに情報があればそちらを見ていただくのが確実だけど、全部見るのは大変ですよね。そして製品発表会に出席していたら、また別のものも見えてくる。それで始めました。

折本:デジカメ Watchの創刊時は、田中真一郎(創刊メンバー。当時はデスク)と「カメラ雑誌をWebで再現できたらいいね」という話をしていました。僕はいわゆる“カメラ雑誌”をイメージしていたんですが、田中は「写真工業」(写真工業出版社。2008年休刊)のWeb版のようなものを考えていたみたいで(笑)。そのため、Web版業界紙のような側面が出てしまいました。

本誌編集長 折本幸治

山田:業界紙的なのは、うちのサイトもそうだけど。カメラを趣味にする人の特徴として、わりと深い情報が欲しい、っていうのはありますよね。

折本:ですよね。

山田:なので、こういうことを知ってると、カメラを使うとき・選ぶときに楽しいよね、といった情報を発信したいという思いがありました。

山田:それと、デジタルカメラとWebの相性が良かった。僕はもともと1983年からアサヒカメラで書いていて、カメラの評価とかをやってたけど、やっぱり誌面じゃ(本来の画質が)見えない。結局、印刷の網点に変わっちゃうから。

山田:それがWebになると、実データが見える。ある意味、評価の基準が変わるわけです。「自分の目で確かめてよ」という。その意味で、デジタル媒体で一番評価がしやすくなったり、親しみやすくなったのがデジタルカメラかな、という気がした。

フォトキナ2004にあわせ創刊

折本:では、創刊月の2004年9月から、当時の記事をざっと見ていきましょう。なぜ9月に創刊したかというと、この月に開催されたフォトキナ2004にあわせたからです。

折本:いよいよフォトキナ2004が開幕して、そこで発表されたのがオリンパスのE-300でした。

山田:当時は普通の一眼レフじゃないスタイルを模索していて、E-300は銀塩のオリンパス・ペンFみたいに、頭を平らにしたフラットデザインでした。そういう「デジタルだからこんなことができるよね」を強く意識していた時代ですね。この流れが結局、現在のPENシリーズにも繋がるわけですけど。

折本:DNGもこのフォトキナで発表されてますね。しばらくフォトキナ関連のニュースが続きます。

山田:アドビはAdobe RGBにしても、DNGにしても、ひとつの規格をしっかり作って広めていこうという考えがあるわけで、それはこの頃から明確でしたね。

山田:フォトキナ2004の記事のひとつに手ブレ補正一眼レフ、α-7 DIGITALの発表があります。コニカミノルタですね。名機でしたね、これは。

折本:はい。α-7 DIGITALの手ブレ補正、日帰りで大阪まで行って書いたのを覚えています。

山田:しかし、わざわざ「CCD」って書いてるのが、時代だよね。まあ、まだCMOSは現実的じゃない時代ではあったけど。

山田:この技術って、考えてみると最新の「α7 II」にも繋がるんですよね。なんだかんだ言って、10年前の技術が今にちゃんと繋がっているのがすごいな、って感じがしますね。

山田:この頃のフォトキナはよかったなあ……。まだ前の雰囲気のある会場だったのかな。

折本:そうですね。いまの会場の隣、壁がレンガの方でしょう。

山田:フォトキナは1990年から取材していて、当時のレポートの書き出しはいつも「メインエントランスを入るとエスカレーターがある。上がると、右側にツァイス、左側にライカのブースがある」と決まっていた。で、その両側にニコンとキヤノン。やっぱり、ドイツのイベントだなあと感じさせるシーンだった。

折本:フォトキナが終わり、10月に入りました。ポラロイドの名が見えますね。

山田:ポラロイドもこのあと、紆余曲折あったけど、まだ名前が残っているっていうのは、嬉しいところがありますね。

山田:同じ日の記事で、ニューコアの渡辺さんが出ています。この人が描いていた世界は、今に相当近いです。画像処理や、小さいデバイスで専用のチップ(LSI)を組んで、静止画・動画のハイブリッドなカメラ、という考え方をずっと持っていて。専用LSIでパイプラインで処理することによって、ほぼリアルタイムにできるよね、ということを昔から考えていた方です。個人的には、こういう記事が(デジカメ Watchに)載っているっていうのが“業界紙”だと思う(笑)

折本:デジタルモジュールRの記事があります。うーん、これも懐かしい。

山田:デジタル化への取り組みの一つですね。ライカって、Rのほうはフランジバックが長いからやりようがあったけど、Mはいまだに厳しいですもんね。

折本:オリンパスからはDock&Doneシステムが出ています。

山田:この“発表会レポート”っていうのも当時としては珍しかったですよね。普通は「発表会で何を言ったか」なんて誌面に出てこないし、その日にあったことをその日に知ることも、新聞以外なかった。新聞でも片隅にちょっと載って終わるところを、それ用のページを作ってるわけだから。

山田:うち(Digitalcamera.jp)みたいに発表会で言ったことを片っ端から書いちゃう、ってスタイルも、昔は広報から「マズいんで……」って話もあったけど、最近は向こうも慣れてきた。いい時代になりました。

折本:当時は京セラもデジタルカメラを作っていました。

山田:京セラ、面白かったよねえ……。CONTAX i4Rあたりが最後か。

山田:CONTAX N DIGITALとか、すごいことやってたよねえ。マウントも変えたし、大英断。いまだに凄いカメラだと思ってますよ。

折本:そう、フルサイズセンサーでした。

折本:CONTAX U4Rも今見てもかっこいいなあ。

山田:かっこいいよね。好きだなあ。それなりに大きかったけど、この後こういうデザインって出てきてないですよね。ここに、さっき話したニューコアのエンジンが入ってる。京セラ頑張ってたよねえ……。

山田:スイバルってデジタルカメラの特徴じゃないですか。デジタルらしいことをやってやろう!ってのが……色濃いなあ(笑)

折本:当時の韓流ブームにあわせてか、ソニーはぺ・ヨンジュンをCMキャラクターに起用しています。

山田:サイバーショットL1は好きだったなあ。LよりUかな。クオリアみたいな。

折本:これも衝撃的でしたね、ライカのボディにツァイスが付いちゃう。今は当たり前になりましたが。Zeiss Ikonボディの交換レンズとして出ました。

折本:それにしても2004年はオリンパスE-300のニュースが多いですね。「予約開始」まで記事にしている(笑)

山田:このE-300自体はミラーレスカメラではないけど、それの前準備というものでした。これがミラーレスに繋がると思うと感慨深いです。

山田:コダックのEasyShareもこの頃か。この考え方も、これはこれでアリだったなあ。

山田:PowerShot Pro1って、個人的にすごく思い入れのあるカメラ。これってある意味、このまま進化してたら作画用のカメラとして「これでいいんじゃないかな」と思えるすごい完成度を持ってたんですよね。

山田:今でもたまに充電して撮ったりしてるんだけど、Lレンズで、液晶モニターは小さいけど、ハイブリッドAFとか。このカメラって、「カメラってこれからこうなる」っていうのを見せてくれた。しかも、Lレンズで28-200mmカバーですからね。写りもよかったし。いま、このサイズで復活してくれたら、うれしいなぁ。

折本:この頃の高級機は簡単に10万円を超えてましたね。それで買ってくれる人もいました。

2005年:京セラ撤退。ソニーが一眼レフ参入

山田:フォトのつばさ、まだ使ってるよ。こういうソフトは長く使える。ここ数年は、バージョンアップが止まってしまっているけど、超高速で使いやすくて、とても便利なソフトです。これが使えなくなると困るんですが…。

山田:ここからパナソニックのフォーサーズが始まるんだよね。まだ、ミラーレスじゃないけど。

折本:当時、家電メーカーが一眼レフカメラ事業に参入するのが衝撃的でした。

折本:このニュースも時代を感じます。

山田:デバイス系の情報を単独で取り上げられるのも、ネット媒体ならでは。このような情報がわかると、近い将来、どんなカメラや機能が広がっていくのか、楽しみになりますよね。

山田:R-D1の作品展もあるね。大御所ばっかり。R-D1って、やっぱりすごいカメラだったな。このカメラの登場で、ライカがM型のデジタル化に本気になったっていう部分、あるだろうなー。

折本:先生の好きなEXILIM PROもあります。

山田:カシオって昔からデジタルのよさを本当に真剣に考えてるメーカーだよね。好きだなあ。カシオのこの姿勢って、いまも一貫していますよね。

山田:DiMAGE Z5…このデザインが独創的だよね!よくこのデザインで出したよね。ほんとに斬新。でもデジタルカメラってもっとデザインが変わるかと思ったら、今はそうでもないのが寂しいよね。もっとチャレンジするべきだと思うんだけど。

折本:そうですね。結局フィルムカメラを想起させる感じに。人は保守的なんですね。

折本:Optio WPが出てますね。ハウジングいらずのまさかの防水デジカメでした。

山田:防水機能が、ごく普通のカメラで実現出来るようになったのは、デジタル化の功績ですよね。誰もが使うわけではないけど、安心感は絶大ですね。

折本:富士フイルムのFinePix F10、これも話題をさらいました。「最高感度ISO1600」が誇らしげです(笑)

山田:スーパーCCDハニカム、第5世代か。これは画期的だったねー。デジタルカメラの高感度化っていう方向性を作った。この頃、夜でも使える感じになってきたもんね。高感度もデジタルカメラの苦手な要素たっだのが、それが克服されたのが画期的でしたね。

折本:そうか、この頃富士フイルムとオリンパスはxDピクチャーカードか……。

山田:1GBってとこがまだ時代を感じるな。ある意味、そういう新しい記録メディアが入り込む余地があったんだよね。決して悪い規格ではなかったと思うし。でも、メモリーカードは、採用するメーカーが多いものが生き残るわけで、やはり富士とオリンパスの2社では厳しかった。

折本:2月18日にEOS Kiss Digital Nが出ています。これもヒットしました。

山田:Kiss Nか。小さくなったやつですね。これを見て、この大きさならいいな!って思った記憶がある。この後どんどんでっかくなっていくのが、自分を体型を見ているようで(笑)。これの再来がいまのEOS Kiss X7で、あそこに戻るべきというのがあったんだろうね。

山田:キヤノンは最初からCMOSだったんだよねー。この頃のは、液晶モニターが小さい以外は今でも使えるんだよね。キヤノンはブレないな(笑)。

山田:オリンパスも大口径ズームはこの頃か…。F2固定が2種類。F2のズームっていうのは、銀塩時代には考えられなかったし、4/3型だから実現できたわけですよね。でも、バカでかかったよなあー。

山田:iPod photoも懐かしい。この頃、講演で「これにカメラがついたらデジタルカメラは終わりですよ」って言ったことがあります。俺、ひどいこと言ったなー(笑)。でも、さらに通信機能がはいって、スマートフォンになったわけで。

山田:あっ、Xactiの記事が!Xactiは社名(株式会社ザクティ)が残ってよかったなあー。知る人ぞ知る、デジタルカメラ業界の、縁の下の力持ちですからね。

山田:これもすごい。ウォークマンにカメラがついたという記事。この頃から、いろいろな機器にカメラ機能がつき始めた頃ですね。先のiPodもそうだけど、大きめの液晶と大容量記録メディアとなると、その付加価値を高めるものとして、カメラ機能を追加したんだよね。まあ、この頃の超小型カメラユニットが、携帯電話への搭載を実現したわけだけど。

山田:この段階だと、銀塩カメラ事業の方に検討の余地があったんだね。京セラは、銀塩のカメラやレンズ資産もたくさんあったし。

折本:理由が価格下落になっていますが、この頃からカメラ市場は価格下落の問題がつきまとっていた。

山田:この頃の京セラもコンタックス事業は高付加価値路線。だから、時代に合わなくなったんだよね。意地でも残ってほしかったなあ。個人的には。

折本:そんな中、フォトイメージングエキスポが開始され、デジカメ Watchでも取材をしています。そこでペンタックスが中判デジタルを参考出品。これが後の645Dです。

山田:製品化まで長かったなあ。

折本:はい、いずれ正式に発表されるのでそのときにコメントを(笑)

山田:この後コンタックスが事実上なくなりますが、レンズはいい形で残ったって気がする。

折本:4月にはD70sが発表されています。この頃からこうした改良版ってあったんですね。といっても、液晶モニターが1.8型から2型になっているので、結構な大改良では。

山田:ニコンは着実に進化させてゆきますよね。

折本:D50も出てます。D70の下がここで生まれたんですね。

山田:エントリーだけど10万円台の、ってのがすごいなあ。

折本:それでも価格低下に悩んでいたわけですから。

山田:デジタル一眼レフも、そういう意味では、あまり値段は変わってないのかな、この頃から。

山田:このころのパナソニック頑張ってたなあ、この頃。もちろん他社もだけど。この頃は皆の「欲しいもの」が出てたよね。

山田:こういうカメラを認める人たちもたくさんいたし、いいカメラだった。記事にも底部の写真があるけど、薄さ重視で厚さ1cmを切ってるから三脚穴を付けられない。そこまでアグレッシブな設計でした。ソニーのチャレンジ精神がまだまだ活きていた時代ですね。

山田:α-Sweet DIGITALが出ました。

折本:となるといよいよ……

折本:α-Sweet DIGITAL発表会の翌日、新聞にすっぱ抜かれて、本田雅一さんに解説記事を書いてもらいました。編集部は大混乱したのを思い出します。

山田:僕も朝のラジオで、電話取材にコメントした記憶ある。「今後、一眼レフ市場はどう変わりますか?」って。

折本:このころ、初のタッチフォーカス採用のデジタルカメラが出ています。主流になるまで時間がかかりましたね。

山田:時間がかかりましたね。でも、タッチ操作は、まだまだいろいろな可能性があるので、これからも、もっと進化して欲しいですね。

山田:8月にはEOS 5Dが出てる。ここからフルサイズのコンシューマ機がはじまったんだよ。これでようやく1,000万画素を超えた時代かな? 自分でも、1,000万画素を超えたら、デジタルで本格的に風景写真を撮ろうと思っていたので、このEOS 5Dの登場は画期的でしたね。

折本:このタイミングで多くのアマチュア風景写真家がデジタルカメラに切り替えました。

山田:この辺からだよね。デジタル一眼レフが市民権をえてきた。この頃から高感度競争がはじまってくるかな。このあとニコンのD3あたりで決定打になって。やっぱり、夢のフルサイズからだな。でも最高ISO1600が時代を感じさせるね。

折本:同時に、レンズもいっぱい出てます。24-105mmは今も変わらず人気レンズです。

山田:この頃、レンズがセンサーに追いつかないとか、デジタル対応というのが話題になってきて、レンズの世代交代を加速した感じがありますね。私も、この24-105mmF4 Lは、いまも使っていますけど。

折本:9月に入って、GR DIGITALが発表されています。これもいまの高級コンパクトの流れを作ったカメラかと思います。

山田:ある意味で、高級コンパクト機のはしりですよね。といっても、まだセンサーサイズはさほど大きくなかったわけですけど、スタイリングや質感は高級機という雰囲気を持っていましたね。GRブランドは銀塩時代から歴史もありますし。

折本:同じ日にサイバーショットR1も出てる。

山田:これは名機だよー。ある意味エポックメイキングなモデルだと思ってるなあ。APSに近いサイズの大型センサーを搭載して、EVFついて、ウェストレベルで撮れて、24-120mm相当のレンズも明るい。ほぼ無音で撮影できたんで、今でもステージとかで現役で使われてるんですよ。これを見て、ソニーってレンズ交換式を作れる素養がある、って思ったんだけど。

山田:今のミラーレスカメラの良さをこの頃に全部作ってるよね。これはすごいカメラだったなあ。RX10のすごい先祖なんだろうね。このカメラを持ってドイツに撮影にいったなぁ〜。ツァイスの故郷のオーバーコーヘンで撮影しましたね。懐かしい…。

山田:この辺で液晶モニターが3型になってるね。この後スタンダードになるサイズ。

折本:ペンタックスとサムスンの業務提携は、レンズ交換式デジタルカメラの市場が世界で拡大することを予想しての“対二強”の合従連衡でした。

山田:一眼レフは、ミラーボックスをはじめ、さまざまなパテントでがんじがらめだったので、サムスンも単独で作るのは難しかったんでしょうね。ペンタックスもサムスンのセンサーや回路技術に期待してたと思うし。

山田:この頃から「開発者に聞く」系の記事が増えてきたんだね。カメラメーカーの本場、日本の媒体である強みを活かしてますよね。

折本:11月に入ってすぐ、D200が発表されています。これは買って自慢しまくりましたね、D100やD70と違って、金属ボディってのも良かった。

山田:D200、いいカメラでしたね。十分に仕事で使えるし。この少し前からですね、プロがハイエンド機を使わなくなったのは。デジタルになってハイエンドがまた高価になっちゃったんですよ。入れ替わりも激しいし。

山田:T9かっこいいなあ。この頃から実売5万円を割ってるんだ。この頃の屈曲光学系の機種ってワイド側が厳しかったですよね。せいぜい35mm相当。常用するには、それがネックでしたね。

山田:この頃って、サイバーショットMとか、デジタルカメラで動画を撮るのがだんだん広がり始めた頃なんで、高速メディアが必要という流れですよね。

折本:ただ、対応機種が変わっちゃうのが辛かったですね。SDとCFに収斂された今は消費者にとってありがたい。

山田:ZDもこの頃なんだね。あれはあれでいいカメラだったんだけどなー。価格も画期的だった。レンズシステムも結構揃っていたし。ただ、ミラーショック大きいから結構ブレたけどね。

山田:24-105mmが早くも売れてますね。

折本:5Dのキットレンズみたいな扱いでしたよね。その後も息が長い人気レンズです。

山田:この「シャワー状のゴースト」っていうのも、カシオQV-100の不具合の話と同じかな。ユーザーが不具合を見つけて、ネットで話題になって、メーカーが対応するっていうのは、ネットならではの世界。いいことではあるんだけどね。

折本:反応が過剰なときもあって、メーカーが萎縮しちゃう可能性もありますが。

山田:そうだねえ。

山田:この頃って、CCDが良くてCMOSがダメって話が当たり前にあって、「CMOSは使い物にならない」と言われるなかでキヤノンが頑張ってた。「こんなにいいよ」ってあえて紹介しないといけない時代だったんですよね。

折本:CMOSには大型化や動画の可能性もいわれていました。

山田:そうそう。大きいのが作りやすい部分あったし。高速読みだしの点でも、消費電力の点でも有利だった。フルサイズ化を加速したのもCMOSの功績ですよね。

2006年:一眼レフに「ライブビュー」が登場。ソニー、パナソニックから一眼レフが

折本:ここで初めてレンズ交換式カメラでライブビューが出てきます。記事中、ライブビューとは何かをくどくどと説明してますね(笑)

山田:ライブビューっていう言葉が一般的じゃなかったからね。でも、これは画期的でしたね。

山田:このあたりから、薄型モデルの高倍率化が始まった感じですよね。今に続くスタイル、って感じですよね。

折本:今はなき(?)HDDフォトストレージの記事を見つけました。

山田:大容量メディアが高かったこともあり、こういうのが必要だった時期なんですよね。海外取材には結構持っていったな。

折本:モニターがカメラより大きかったのもポイントでしたね。

山田:20Daって、天体写真用ということでも画期的だったんだけど、実はキヤノン初のライブビュー機。この頃から一眼レフでライブビューって考えはあったんですよね。CMOSならできるぜ!っていうのが製品としてあったんですよね。

折本:さて、これは歴史的な発表でした。ソニーが買収したコニカミノルタの一眼レフ事業ですが、そのままαでいくことになりました。シナバーカラーもこのタイミングからです。

山田:名前が残ってよかったよ。

折本:この頃からペンタックスは、パンケーキタイプのLimitedレンズを出して注目を浴びていました。

山田:K100Dとか好きだったなー。

山田:きたきた!

折本:ソニーが一眼レフを作るというので、当時は経済誌や一般マスコミも盛り上がっていました。中身はほとんどコニカミノルタのα-Sweet Digitalのままでしたが、新しいものが始まる期待感がすごかったです。

山田:当時より映像事業の重みが増してますね。いまソニーでαはいい位置づけになっています。結果的に、ソニーはすごく良い買い物をしたのではないでしょうか。

折本:一方デジカメ Watchでは、マニアックなサブタイトルをつけて喜んでいます(笑)。ミノルタの資産が残ることを素直にうれしがっているのがわかります。

山田:そしてついにパナソニックも一眼レフを作った。

折本:フォーサーズシステム規格ですね。いきなり高級感のあるデザインができたことに驚いたのを覚えています。

山田:レンズも良かったですよね。ズームレンズの画質はすごかった。

山田:Kiss Xって、今のKissの母体だよね、実質的に。液晶モニターも大きくなったし。このときにはもう、センサーを揺らしてゴミをとるタイプだったのか。

折本:いまみても完成度高いです。

山田:普通の人がデジタル一眼レフを使うようになった走りですよね。Kissは着実に進化していますね、ほんとうに。

折本:E-400は、いまのOM-Dにつながる製品だと思います。小さくてかっこいい。この当時、OMを謳っていなかったのが不思議でしたが、マイクロフォーサーズになってから出てきました。

山田:まさにOMの再来だったんですけどね。でも、ミラーレスになってから…という想いがあったんでしょうね。

山田:K10Dはいいカメラでした。質感も良かった。防塵防滴だったし。けっこう、使ったなぁ。

折本:ペンタックスはここでようやくミドルクラスを出せた。待ち望んでいたペンタックスファンが飛びつき、品不足になったのも思い出します。

山田:ついにM型ライカがデジタル化した瞬間ですね。

折本:興奮して記事を書いたのは覚えていますが、「ライカなのにデジタル?」という思いがどうしても抜けきれなかったのを思い出します。サブタイトルに「金属縦走りシャッター」とわざわざ書いてるのもいやらしい(笑)。

山田:最大の注目はセンサーサイズだったんだけど、1.3倍というのは、ちょっと意外だった。まあ、レンズがフルサイズ用しかないので、画角的に考えても、周辺画質の点でも、折衷点だったのかもしれないな。

折本:これ、いまだに中古が高値で出ています。ボディの完成度も高く、当時はセンセーショナルな存在でした。

山田:確かに、これでないと撮れない絵がありますね。好きなカメラで、実はいまも、クルマに積んであって、希にですけど、使います。富士フイルムはずっと独自センサーで、今でもX-Trans CMOSなんか独自ですもんね。やっぱりキーデバイスを持つことの大切さをすごくわかっている。富士フイルムってこの頃からそういうところがありましたね。

山田:フォトキナ2006でDP1が出ています。レンズ一体型のFOVEONセンサー搭載機が登場したわけで、これも衝撃的でした。SDシリーズはあったわけですけど、でもこのサイズでこの画質は画期的だったな。

折本:D40ですね。D50の後継ですが、ぐっと小さくなりましたね。非Aiレンズが付いたり、600万画素なので高感度に強いと話題になりました。

山田:このあたりから型番がわかりにくくなってきた感じもあるけど、いいカメラでしたね。DXの600万画素って、いまみても、結構な実力を持っているんですよね。やっぱ、バランスがよかったんだろうな。

山田:ここでまた少し流れが変わった感じがしますよね。ペンタックスの*ist Dシリーズが「ここまで小さくできる」というのを見せてからは、少し経っていますね。

山田:そしてペンタックスといえばこの年末の発表。本当に突然でした。結構衝撃的だったな。

折本:記者会見も夜にやってました。カメラ業界の再編には医療が絡む例がありますよね。この場合もHOYAは医療が欲しかったわけで、ペンタックスユーザーは、カメラがどうなるか気をもんだと思います。結果HOYAは、リコーイメージングまでしっかりカメラ事業をつなげてくれたのではないでしょうか。

山田:その後、紆余曲折あったけど、結果的には、よかったんだろうな…。しかし、本当に、激動の時代ですね、こうして振り返ると…。

(次回は2007年からです)

デジカメWatch編集部