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キヤノン説明会で聞いた「ミラーレス大口径マウントのメリットと実例」

光を無理に曲げない→レンズの断面が美しい→高性能

EOS RのキヤノンRFマウント

35mmフルサイズのミラーレスカメラが話題を集めた2018年。独走するソニーを追うようにニコンとキヤノンが参入し、来年以降はライカからLマウントのライセンスを受けたパナソニックとシグマも独自のフルサイズミラーレスカメラを投入することが明らかになっている。

今年の新規参入組である各社がアピールしたのは、レンズマウントの物理的構造だった。ミラーレスカメラならではのバックフォーカスの短さに加え、「大口径」という言葉が繰り返し聞かれた。レンズの開放F値が明るい、という意味ではなく、マウント部の開口が大きいという意味だ。

マウントの開口を大きくするということは、"大きいことはいいことだ"的なザックリした話ではなく、レンズ設計を追求するのにメリットがあるからに他ならない。本稿ではキヤノンが関係者向けに行った技術説明会の内容をお届けする。

大口径マウントで"美しいレンズ"を実現

光学設計者はレンズ構成図(断面)を見て、光がどのようにレンズを通っていくかを読み取り、「美しい」「美しくない」と判断するという。

"美しい"とはどういうことかというと「光学的に素性がよい」ということで、キヤノンの光学設計者によると下記3点が主な判断基準だそうだ。

・絞りの前後で光学系の対称性が高い
・光線の屈折がゆるやか
・大きい玉と小さい玉がバランス良く並ぶ

ひょっとすると、キヤノンに限らず他社のレンズ設計者も同様のことを語っているのを、小誌インタビュー記事などでご覧になった方も少なくないかもしれない。とにかく、この観点が大口径マウントのメリットを考えるベースとなる。

大口径マウントで、どうレンズ構成を美しくする?

では、大口径マウントが素性のよいレンズ設計の助けになる実例を見ていこう。先の3点から、「光を大きく曲げると強い収差が発生する」というのを念頭に置いてほしい。

まず、基準レンズとして3枚構成を設定。バックフォーカスが長い代わりに、光束を邪魔するマウント開口部がない。図の右端にある縦棒が撮像面(フィルム/イメージセンサー)で、左が被写体側だ。

基準レンズ

下が、小口径マウントで設計を進めた場合のイメージ。径の小さいマウントが光束を邪魔しており、凹レンズを最後部に入れて、撮像面の周辺まで光が届くようにしなければならない。まず、この急な広げ方が収差を発生させる。そして、バランスを取るように前側のレンズも調整する必要が出てくる。

すると構成枚数は増えるし、レンズ鏡筒は長く大きくなるし、そもそも上記理由からレンズ構成の素性が良くない。これが「悪循環」に陥った状態だという。

小口径マウントで設計を進めた場合のイメージ

そこで大口径マウントを使ったイメージが下だ。基準レンズの前から3枚目を撮像面側に下げて径を大きくすれば、素直に収差補正ができるという。

大口径マウントでの設計イメージ

現行製品は3枚構成どころか10枚以上で構成されるレンズも多いので、実際の話はここまで単純ではないと思う。とはいえマウント口径は十分にあった方が、光学的に素直なレンズを設計しやすいということが感じられるはず。

続いてキヤノンの実例として紹介されたのが、一眼レフカメラ用の「EF35mm F2 IS USM」と、ミラーレスカメラ用の「RF35mm F1.8 MACRO IS STM」の構成図だ。

上のEFレンズでは、基準レンズに対して前側にレンズを置いた。下のRFレンズでは、ミラーボックスがないため、最後部に同様の効果を持つレンズを置いた。結果として、RFレンズのほうが撮像面からのレンズ全長が短く仕上がっている。

RFマウントが内径54mmに決まるまで

キヤノンは当初、APS-Cミラーレス「EOS M」シリーズのEF-Mマウントで35mmフルサイズを実現することも検討したが、目指した性能が出ないなど、満足のいく結果が得られなかったという。そしてマウント径も無用に大きくしたところでシステムが大型化するため、複数のレンズを実際に設計して、光学的メリットとサイズのバランス、カメラの強度などを見ながら54mmに決めた。

すると内径54mmという数値は結果的に一眼レフのEFマウントと同じ内径で、RFマウントの設計者は「EOSが誕生した30年前に先見の明があった」と感じたのだという。

機密書類ふうに示された内部書類。焦点距離のレンジごとに、従来マウントに比べてRFマウントではどれぐらいレンズ全長を短縮する効果があるか検討した。

国内ミラーレス3社に見た「大きさ比べ」のプライド

そうそう、今ではこうして54mmという数値をアピールしているキヤノンだが、「EOS R」の製品発表会では、その具体的な数値(内径54mm・フランジバック20mm)を壇上で発表しなかった。その半月前にライバルのニコンが同じくフルサイズミラーレスのZシステムを発表し、「マウント内径55mm・フランジバック16mm」という数値を大々的にアピールしたのと無関係ではないだろう。

ただ、2社がアピールする「大口径マウント+ショートバックフォーカス(ショートフランジバック)」のメリットは、あくまでレンズ設計の自由度が高まること。考えは基本的に共通している。

参考:ニコンZ発表会(8月23日)より。Zマウントの大口径・ショートフランジバックをアピール。
EOS R発表会(9月5日)のプレゼンテーションより。「ショートバックフォーカス」というミラーレスカメラの構造的メリットのみを説明していた。

また2社の発表に続いて行われたフォトキナの記者会見では、フルサイズミラーレス市場で5年先行するソニーが「大口径高性能レンズに大口径マウントは必要か?」→「答えは『ノー』だ」と、ホットな話題に一矢を報いるようなシーンもあった。

もっともこの文脈は、ソニーαミラーレスがいよいよスポーツ報道に打って出るハイエンド超望遠レンズ「FE 400mm F2.8 GM OSS」を紹介する前フリだったので、ソニーが反論した!と単純に受け取れるものでもなさそう。しかし筆者はこれを聞いて、21世紀になって再び"降りかかる火の粉"が見られるかもしれないと内心盛り上がったのだった。

参考:ソニーのフォトキナ2018記者会見(9月25日)より。Eマウントは2010年に登場し、内径46mm・フランジバック18mm。「まずは60本を目指す」と今後ますますのレンズ拡充を宣言した。

というわけで最後はいくらかキヤノンの話題から脱線してしまったが、かように2018年のフルサイズミラーレス市場は話題たっぷり、熱気ムンムンだったと思い起こさせてくれる機会となった。

RFマウント技術説明の一部はドキュメンタリー仕立てだった。作り手の汗を見せるようなプレゼンはキヤノンにしては珍しく、これも新システムにかける意気込みの現れか。

本誌:鈴木誠