特別企画
【徹底検証】EOS-1D X Mark III×Cobalt 325GBの限界に挑む
1,000コマを超えてどこまで撮影できるのか 5.5K RAW動画の静止画撮影への応用も探る
2020年4月6日 10:00
今年2月に発売されたキヤノンのフラッグシップ一眼レフカメラ「EOS-1D X Mark III」はファインダー撮影で秒間最高約16コマ、ライブビューでは秒間最高約20コマという連写性能だけでなく、RAW+JPEGでの連続撮影枚数が1,000枚以上というスペックで話題となった。動画に関しても5.5K RAW(60pで約2,600Mbps=約325MB/s)の内部記録に対応しており、異次元の撮影性能を実現したモンスターマシンだ。
EOS-1D X Mark IIIがこのとてつもなく膨大なデータ量の書き込みに成功している理由の一つに、次世代の高速記録メディアCFexpress(Type B)への対応が挙げられる。SDカード(UHS-II)よりも大幅に高速な読み書き性能により、データの記録処理が撮影のボトルネックになることなく、カメラ本来のスペックをいかんなく発揮できるのだ。
と、ここまではカタログスペックや理論値をもとに理解できる範囲だ。そこで気になってくるのが、“では、CFexpressは、どこまでカメラの撮影性能を引き出すことができるのか”ということと、“撮影内容にどのような変化が生まれるのか”ということだろう。そこで今回はEOS-1D X Mark IIIに様々なCFexpressカードを組み合わせて、カードの限界に挑む、あらたな撮影方法について検証を行った。
CFexpressの規格について、ここでは詳しく触れていないが、以下の記事に規格策定までの流れや特性がまとめられている。本検証を読み進めるにあたって参考になるはずだ。
検証の内容とアプローチ:使用カード
検証に使用したメディアはProGrade Digital(プログレードデジタル)の「Cobalt 325GB」だ。このカードはEOS-1D X Mark IIIの標準カードとみて間違いない。というのも、キヤノンが公開しているEOS-1D X Mark IIIの仕様表で用いられている検証条件で「当社試験基準325GB CFexpressカード」という記載がみられるためだ。この事実と最近公表された動作確認済みのカードの一覧に325GBのカードがProGrade Digital Cobaltしかないこと、また一般に流通しているCFexpressカードを調べてみても、この容量のカードを発売しているのが、ProGrade Digitalしかみられない、というのが、その理由だ。このことは、すなわちEOS-1D X Mark IIIの公称性能を検証し、またどこまでその性能を引き出すことができるのかを調査するのに最適なカードであることも意味している、というわけだ。
ProGrade Digital Cobalt 325GBとは
ProGrade Digitalは2018年に元Lexarのエンジニアによって設立された高性能メモリーカード専門のブランドだ。今回使用したカードは同社製品の中で最高グレードにあたる“Cobalt”ラインに属する製品で、325GBという見慣れない数字が気になっている読者も、きっと多いことだろう。
現在メモリーカードに用いられているNAND型のフラッシュメモリは、1セルあたり3ビットを記録するTLC(トリプルレベルセル)が主流だが、Cobalt 325GBカードはTLCを贅沢に1セルあたり1ビットに抑えて使用することでSLC(シングルレベルセル)として使っていることが特徴だ。325GBという見慣れない容量となっているのは、TLC換算の内部容量は1TB相当によるものだ。
ちなみにSLCタイプのメモリは、その特性上チップあたりのコストはMLCやTLCといったメモリよりも高価になるものの、書き込み速度はもちろん繰り返しの書き込みに対する耐久性や長期保存時のデータ信頼性など、様々なメリットがある。また、低発熱であることも大きなポイントだ。キヤノンがフラッグシップ機の標準カードに採用していると考えられることをあわせてみても、ProGrade Digital Cobalt 325GBカードは現在市場に流通しているCFexpressカードの中で、最も信頼性の高いカードのひとつだと言えるだろう。
検証の内容とアプローチ:撮影について
今回の検証撮影のテーマは2つある。1つ目は、Cobalt 325GBカードとEOS-1D X Mark IIIを使用して実際の撮影が体感レベルでどう変わるのかということ。2つ目は、Cobalt 325GBカードが、どこまでEOS-1D X Mark IIIの性能を引き出せるのかを検証してみる、ということだ。いずれの内容も連写コマ数および速度や、5.5KのRAW動画といった、EOS-1D X Mark IIIならではのトピックに注目したものとなっている。
1つ目の検証では、ポートレートを連写+サーボAF(AF-C)で撮るというものだ。さらに後からRAW静止画として切り出せる5.5K RAW動画でも撮影している。
通常、ポートレート撮影ではモデルの動きに合わせながら1枚ずつ、あるいは2~3枚の連写をしながら撮影することが多いと思うが、今回は新たな試みとして全シーンを高速連写しっぱなしで撮影していった。私自身、このような撮影方法はほとんどすることがなかったため一連のワークフローで実際にやってみてどう感じたかと言う点もお伝えしていこうと思う。
16コマ連写の場合
まずは通常のファインダー撮影で16コマ/秒の連写を試してみた。AFはAIサーボAF(領域拡大)を使用。モデルにはその場で自由に動いてもらい、AFを顔に合わせながらシャッターボタンを押し続けて撮影した。
いくつか連写撮影した内の1シーンから。このシーンでは96カット(RAW+JPEGで192枚)の撮影を行っている。96枚の撮影に要した時間は6秒(96枚÷16コマ=6秒)。撮影中、連写コマ速は全く落ちる様子はなく、カメラ側の反応も一切遅延がなく、撮影は快適そのものだ。
RAW+JPEGで100枚程度の連写であれば、他社の上位機にも対応しているカメラはいくつかあるが、驚いたのは撮影後だ。Cobalt 325GBカードを組み合わせたEOS-1D X Mark IIIだと、カードにデータを書き込み中であることを示すアクセスランプが点灯している様子がほぼみられないのだ。
多くの場合、RAW+JPEGで大量の連写を行うとバッファに溜まったデータがカードに書き込まれるまで数秒から長いときは10秒以上待たされるのが当たり前となっていただけに、タイムラグを抱えることなくすぐに次の撮影に移行できたことは感動的ですらある。シャッターボタンから指を離して背面モニターを確認するまでの1秒にも満たないような合間でカードのアクセスランプが消えているのだ。この事実は、撮影データの書き込み処理に伴う画像確認や次の撮影に向けてカメラを操作する際に制限や遅延が実質的に発生していないということでもある。この結果がもたらす意義は大きい。
また、EOS-1D X Mark IIIでの「連続撮影枚数1,000枚以上」というスペックはファインダー撮影時(16コマ/秒)によるものだが、20コマ/秒のライブビューでも長時間の連続撮影が可能だということが分かった。実際にはライブビュー撮影では撮影中、一瞬撮影コマ数が低下するタイミングが何度か見られたが、すぐに速度が戻り撮影が止まると言うことは起きなかった。RAW+JPEGで20コマ/秒の場合、秒間データ量は600MBを超える。このレベルでは若干遅くなるとはいえ、それでも止まらず連写できるのは見事といえるだろう。
撮影後は一連の撮影データをLightroomにてセレクトし、必要があればOKカットだけを編集していくという流れだ。
20コマ連写の場合
続いて、ライブビューでの20コマ/秒でもチャレンジしてみた。EOS-1D X Mark IIIはライブビュー性能も大幅に向上している。ここではAFをすべてカメラ任せにする顔認識(+瞳認識)AFを使用。ファインダー撮影では難しい、モデルとカメラマンが一緒に動きながらの撮影でテストを進めていった。動画的に撮影をするイメージだ。
例えばこのシーンではシャッターを押しっぱなしにしたまま、実に745カット(RAW+JPEGで1,490枚)の撮影を行っている。ここでも撮影が終わってすぐにカードのアクセスランプは消えた。撮影中はカメラ内で約600MB/sという途方もない量のデータが生成されているが、これを遅滞なくスムーズに書き込み出来ている事が分かる。撮影した一連の写真のサムネイル(これでも一部)は以下のような感じだ。
以下のカットは一度の連写で撮影しているものだ。時間にしておよそ38秒程度。
さすがに実際の撮影で700カットを超えて連写をする必然性は低いと思うが、今回の一連のカットで動きながらの高速連写による撮影が有効だな、と感じるタイミングがいくつかあった。
例えば次のようなシーン。連続した4コマの写真を見てほしい。時間にしてわずか0.2秒のシーンだが、よくみると表情だけでなく、顔に落ちる木漏れ日の具合が僅かに違うのが分かるだろう。木漏れ日など光の状態が微妙に変化するようなシーンでは光の落ち具合を完全にコントロールするのは難しいが、連写で撮影しておくと僅かな光の当たり具合の違いを、後で選ぶことができる。
これほど大量に撮影すると後処理が大変だろうと思われるかもしれないが、撮影後のワークフローに関しては工夫次第でかなり軽くできる。
というのも、EOS-1D X Mark IIIのRAWデータはそれほど容量が重くないからだ。ハイスペックなPCならLightroomでRAWのままセレクト、編集できるし、スペックの高くないPCならRAW+JPEGを読み込んだ後で、Lightroomのフィルター機能を使ってJPEG画像だけを表示してセレクトを進めていき、その後必要な画像だけをRAW現像するスタイルをとることもできる。JPEGのレーティングやカラーラベルといったメタデータをRAWにコピーする便利なサードパーティ製プラグインを活用するのもおすすめだ。
セレクトから漏れた写真は削除してしまえばPC側のストレージを圧迫することもない。AFに関してはカメラ任せにした場合、顔や瞳の認識率は高いものの、被写体と撮影者がお互いに動いている場合は、必ずしも全カットOKとは中々いかない。このあたりは、ある程度使い込んでカメラの特性を知っておく必要があると感じた。
5.5K RAW動画からの切り出し
続いて、EOS-1D X Mark IIIの目玉機能のひとつである5.5K RAW動画で撮影を行った。EOS-1D X Mark IIIのRAW動画は、例えるならRAW画像がパラパラ漫画のように束になり、1つのファイルになったものだ。しかも、記録ピクセルは5,472×2,886。さらに記録フレームレートは60pを使用できる。これにより、12bit RAW画像が1秒間に60枚撮影された束が得られることになる。撮影後は静止画のRAWと同じように豊富な色情報を使いながら高度な編集ができ、そこから写真と同等クオリティーの静止画を切り出すことができる。
5.5K RAW動画で撮影する場合、60pではAFが効かないため今回は30pを選択した。AFはライブビュー撮影時と同じく顔認識(+瞳認識)で行った。動画撮影に不慣れなためフレーミングに苦戦したが、AF、AEをカメラ任せにしてしまえば、モデルを追うだけで秒間30コマのRAW撮影をしているのと同じ状態になる、ちょっと異次元の撮影だった。数十秒のクリップを複数撮影したが記録は非常にスムーズ。本体の発熱も気にならなかった。
4Kや6Kの動画から静止画を切り出す撮影手法については数年前から対応するカメラもいくつかあったが、5.5K RAWは一枚一枚がすべてRAW画像で構成されているため、撮影後の編集耐性が非常に高い。例えば、RAW動画から切り出した下のような逆光で暗くなってしまったシーンも通常のRAW現像と同じくシャドウを持ち上げてなんなく編集可能だ。
5.5K動画の静止画切り出しにはキヤノン純正のRAW現像ソフト「Digital Photo Professional」(以下DPP)を使う必要がある。RAW動画を“動画として快適に編集するなら”業務用のワークステーションレベルの超ハイスペックなマシン環境が必要になるが、あくまでも静止画切り出し程度の処理であれば、通常スペックのPCでもそれほどストレスなく行うことが可能だ。静止画と同じようにDPP内で現像を行うことができる。
DPPでRAW動画を読み込んだら歯車タブの「RAW動画のフレーム選択」から好きなフレームを選べる。フレーム選択時は多少カクつくもののフレームの遷移に数秒待たされるといったことはない。
DPPで好きなフレームを選んだらあとは通常のRAW画像と同じように編集して静止画として書き出せばOK。動画から切り出したとは思えない高画質な写真が得られる。完成写真が16:9になる点が新鮮だ。
なお、このシーンを動画として書き出したものは以下のようになる。書き出す場合はDPPの「RAW動画ツール」を使用する。こちらのツールは現状では非常に重く、覚悟して使用したい。現像済みのRAW動画を書き出す場合は1フレームごと静止画として書き出され、後に他のツールを用い動画に変換する必要があるようだ。書き出す場合は30pなら1秒あたり30枚のRAW現像をすることになるので非常に時間も掛かることは覚えておこう。
静止画で描き出すことを想定してブレないよう高速シャッターを使っているため、動画にするとカクついてしまう。動画、静止画の両方使う場合はシャッター速度についてよく検討したり、後処理でモーションブラーを適用するなど工夫が必要だ。
撮影中は通常撮影とは異なり無音になるため、モデル側にも慣れが必要な所があると思うが、今回協力して頂いたモデルは「シャッター音がしない分、カットごとにポーズをすぐに切り替えなければ、という焦りがなくなり、落ち着いてポージングできた」と話していたのが印象的だった。
写真の撮り方は人それぞれで、限られたチャンスを一発必中で捕らえるという面白さもあるが、今回の撮影のように新たなテクノロジーを使い、点ではなく線で現場を押さえておき後から必要な瞬間を切り取るという撮影方法にも十分メリットがあると感じた。
今回はポートレート撮影だったが、鳥や動物、乗り物といった連写を多用する被写体にもこのような撮影手法は有効だと感じる。しかも高速なCFexpressのおかげで撮影時のストレスはゼロだ。
Cobalt 325GBカードで定量テストを実施
これまでチャレンジングな試みをからめたハードな使い方を通じて、実際の撮影テスト行ってきた。結果的に、Cobalt 325GBカードはEOS-1D X Mark IIIの撮影性能を十二分に引き出してくれたわけだが、ではこのカード、限界性能はどれほどのものなのだろうか。ここからは、Cobalt 325GBカードの実力を定量的な手法でテストしていった。テスト項目は[1]連写時の書き込み性能と、[2]発熱の2点だ。
はじめに“RAW+JPEGで連続撮影枚数1,000枚以上”という、公称スペックについて検証した。実撮影でもファインダーで100~200枚程度の連写であれば全く問題は感じられなかったが、果たして1,000枚以上の連写は本当に可能なのか、チェックしていった。
方法はいたってシンプル。次のようなカラーチャートとストップウォッチを被写体に、ファインダー撮影時の高速連写でカメラ側が止まるまでひたすら連写を続けるというものだ。被写体と光量条件を揃えて、記録データ容量が均一になるようにしている。カメラ側はEOS-1D X Mark IIIにEF 70-200mm F2.8L IS III USMを組み合わせて、設定をF2.8、1/1,000秒、ISO 3200、高速連写、ワンショットAF、RAW+JPEG(L、FINE)としている。
その結果、RAW+JPEGで連続撮影できた枚数は実に1万271枚。そう、325GBのカードがフルになるまで、コマ速が一切落ちることなく16コマ/秒の撮影ができてしまったのだ。連写が止まってからアクセスランプが消える時間も一瞬だった。1万271枚を撮りきるために要した時間は10分42秒。秒数にして642秒だ。1万271枚÷16コマ=641.93秒の計算でトータル時間が一致することから、計算上もコマ速は落ちていないことが証明できる。
Cobalt 325GBカードを使った場合、ファインダー撮影時の連写では制限が一切ないと考えて良さそうだ。
撮影時の様子は以下の通りだ。
次にテストしたのはCobalt 325GBカードの大きな強みであるSLCの低発熱性だ。連写や動画撮影時はカメラが発熱しやすく、夏場の動画撮影ではオーバーヒートで撮影が止まってしまったという話も少なくない。この熱の発生源はイメージセンサーや画像エンジンだけでなく、メモリーカードによるものも大きい。
そこで今回はカードにとって最もシビアな5.5K RAW60pで10分間撮影したあとのメモリーカード本体の温度を測定してみた。テスト時の状況は、カードの温度が室温と同じ(28度)になった状態で、カメラ側のカード差し込み口付近の温度が35度の状態で挿入して測定した。測定後はカメラを一定時間冷まして、同じ温度条件になった状態でテストを行った。
比較に用いたのはキヤノンが動作確認済みと公表している512GBのCFexpressカード2種類。結果はCobalt 325GBカードは撮影直後、カード本体の温度が48度であったのに対し、他の2種類のカードはそれぞれ62度、71度と撮影停止直後はかなり熱く、明らかな発熱量の差がみられた。
発熱が少ないと言うことはカメラがオーバーヒートしにくいだけでなく、カードへの記録に使われる電力も少ないということだ。カードの省電力性能がバッテリーの持ちに対しても一定の良い影響をもたらしていると考えられる。
まとめ
以上、ProGrade DigitalのCobalt 325GBカードとEOS-1D X Mark IIIを組み合わせた状態で検証をおこなってきた。連写しながらのフレーミングなど、ふだんの撮影方法と異なるアプローチも交えていたため、正直戸惑うこともあったが、慣れて一連のワークフローさえつくってしまえば十分アリな撮影手法であると感じた。また、近年の機材の高画素化や高速連写化といった流れの中で、撮影中にカードが書き込み状態となり、この間に待たされる時間で苛つくことも多かった私だが、CFexpressに記録メディアが変わることで、これほど撮影が快適になるのか、という気づきも大きかった。無論、EOS-1D X Mark IIIの性能の高さに依るところもあるだろうが、良い意味でカードの存在を忘れて撮影することができた、という事実がもたらした衝撃は大きかった。
ProGrade Digitalの製品は、Amazon.co.jpのみで取り扱われている。本稿執筆時点での販売価格は、Cobalt 325GBカードが5万9,999円と、メモリーカードとしてみると決して安いとは言い難いが、同社の一つ下のGoldグレードの120GBが1万9,999円であることを考えると、容量比2.7倍のCobalt 325GBカードのコストパフォーマンスはむしろ良いと言える。しかもCobalt 325GBはSLC仕様。容量と速度、そして耐久性の面でみていくと、ひじょうにコストパフォーマンスの高いカードであることがわかる。EOS-1D X Mark III自体、約80万円と非常に高価な機材だが、このフラッグシップボディの実力をきっちり引き出せる能力を有するカードであることをふまえれば、十分妥当な価格だといえそうだ。
今回は既存の撮影を高速連写に置き換えて試していったが、工夫次第で新たなジャンルの撮影に発展させることもできるのではないかと感じた。Cobalt 325GBカードはEOS-1D X Mark IIIがもたらした撮影表現の可能性を力強く支えているのだ。
協力:ProGrade Digital
モデル:Arly
撮影地:代々木公園