新製品レビュー
Canon EOS-1D X Mark III(スポーツ編)
進化した動体追従性と人物認識AFを現場でテスト
2020年5月16日 06:00
キヤノンのフラグシップ一眼レフカメラ、EOS-1D X Mark IIIが4年に一度のオリンピック開催に合わせ2020年2月にEOS-1D X Mark IIの後継機として発売された。モデルチェンジで姿を現した旗艦機は、たとえ自身の撮影フィールドに相応せずともほとんどの一眼ユーザーにとって気になる存在だろう。連写速度、測距点、ライブビュー時AF追随、RAW動画と、映像機器として全方位に渡っての相当な性能進化があれば尚のことだ。今回は実機を使ったレビューとして、EOS-1D X Mark IIIの所感を3回に渡ってお伝えする。レビュー1回目となる今回は、まず一眼レフカメラとしての連写性能やAF追随の特徴を引き出した作例を軸にお伝えする。
なお、以下の記事で既に外観写真や機能・性能説明には触れられているので、今回は重複する項目は省き、撮影時に得られた画像や、新規に搭載された機能を中心にご覧いただく。なお、撮影は2020年の2月下旬〜3月上旬までの間で実施している。
・製品ニュース:キヤノン、光学ファインダーで最高約16コマ/秒連写の「EOS-1D X Mark III」
・製品外観:[写真で見る]キヤノンEOS-1D X Mark III
・ファーストインプレッション:[イベントレポート]キヤノンEOS-1D X Mark III撮影体験会レポート
・CFexpress書込性能検証:【徹底検証】EOS-1D X Mark III×Cobalt 325GBの限界に挑む
AF測距点・アルゴリズムが強化された
EOS-1D X Mark IIIは光学ファインダー使用時に現時点で最高速となるAE・AF追随の16コマ/秒(EOS-1D X Mark II[以下、Mark II]は14コマ/秒)に上げられ、AF測距点が191点(Mark IIは61点)と密度が上がり、そのAFを掌るアルゴリズムも進化させて動体撮影の強化を図っている。
最大の特徴であるこれら機能を探るべく撮影時の設定内容は、16コマ/秒の高速連続撮影、AIサーボAFで「追随特性」をAUTOに、ピクチャースタイルは「スタンダード」、高感度時のノイズ低減は「標準」にセットしている。
またRAW+JPEG(L・FINE相当のL10)記録で得られたJPEG画像を無加工で掲出している。その他の詳細設定は本文中に記すこととし、HDR(ハイダイナミックレンジ)撮影から掲載のためにSDRに変換したものは、HDRをOFFにしたものはRAWデータを、HDRをONのままSDRに変換したもの(HDRライク)はHIFデータを元にしている。
シチュエーション1:自転車ロードレース1(自動選択AF+人物優先)
ファインダーを使った通常撮影でAF測距エリアを「自動選択AF」「ゾーンAF」「ラージゾーンAF」とし、人物優先を「する」に設定すれば、測距エリア内で顔や頭部を認識して追随させる「iTR AF X」が搭載されている。そこで、「自動選択AF」が自転車ロードレースで競技中の人物を捉えることができるか、この場合の追随性能を試した。
撮影に赴いたのは、神宮外苑の公道を封鎖して行われた大学生の自転車ロードレース。全国の体育会自転車競技部の選手が集まり、年間ポイントで争うシリーズの最終戦だ。
信州大学自転車競技部主将で4月から3年生の秋山智広選手が、グループ3Bカテゴリーのレースで集団から抜け出した。背後の追走集団を画面に入れ、独りで逃げる状況を狙った。
はじめ、コーナーを曲がる秋山選手を左側に、追走集団を右側に配置し、徐々にその位置を入れ替える。「自動選択AF」が追尾する被写体を確定させなければ、連写中の測距点の移り変わりを経てのAF追随は行われない。まず秋山選手の顔に対して設定した開始測距点で捉え、以降はその「自動選択AF」に任せてみた。
1秒の間であったが、敢えて僅かにレンズを上下に振り、「自動選択AF」の働きを試してもいる。結果、顔が測距エリアから出た場合は、腹など顔以外の上半身を捉え、顔への合焦はなかったものの、後半カットで顔が測距エリアに戻ってきたため、再び顔へのAF合焦が復帰している。
シチュエーション2:自転車ロードレース2(自動選択AF+人物優先)
このフィニッシュシーンでも測距点を「自動選択AF」、人物優先も「する」とし、設定したAF開始測距点で僅かに先行していた選手を捉え、フィニッシュ後のガッツポーズでは画面中央付近へと移動させた。
最高峰クラスとなるグループ1のレース。最終ラップのフィニッシュライン直前でスプリント勝負を繰り広げたのは水色のユニフォーム、日本体育大学の篠田幸希選手(現4年生)と黄色のユニフォーム、明星大学の鈴木浩太選手(今年3月卒業)だ。
コース向かって左サイドに2人が寄っていたため、前半カットは2人以外の後続選手を画面右に入れる構図を選ぶ。フィニッシュラインを過ぎ、篠田選手の表情をメインに据えるべく、中央へ寄せた。ここでもフレーミングを僅かに上下させ、測距点の移り変わりの動きを確かめた。逆光環境で+補正を入れていたが、後半は輝度の高いエリアへ移ったため、オーバー目の露出となっている。
シチュエーション3:自転車ロードレース3(動選択AF+人物優先で周辺部まで至るか試す)
ミラーレスカメラのAFエリアを知ると、一眼レフのAFエリアの狭さには閉口してしまう。そんなこともあって、今一度、一眼レフのAFエリアでどこまで被写体を端に寄せられるかを試した。
聖徳記念絵画館を背に銀杏並木を走る集団の先頭に出たのは、国際交流で招待されたオランダ・アムステルダム大学のジョリス・ヴァン・ニーウケルク選手。このニーウケルク選手に合焦させるべく、「自動選択AF」時のAF開始測距点でその姿を捉え、測距エリアの右端ギリギリになるようにフレーミングした。
測距点表示は顔ではなく腹部や太ももの部分にあるが、顔への合焦も認められる。このアングルで判っていただけるだろうが、正確に顔(ヘルメット)への合焦が欲しいためAFエリア内に収めると、左右はまずまずだが上下がやや半端なアングルとなってしまう。タイヤが接地しているところも写したいが、一眼レフでのAFエリア限界をあらためて感じた。
作例の後に掲出しているカットは、その作例で検出された測距点配置をキヤノンのRAW現像/編集ソフトDigital Photo Professionalで表示させた画像をスクリーンショットしたものだ。以降、作例と同時に掲出したカットは、いずれも同様。赤枠が撮影時に選ばれた測距点となっている。
シチュエーション4:自転車ロードレース4(自動選択AF、後方からのAF追随)
カメラから遠ざかる被写体に対するAF追随性能も向上しているという。それを試すべく、単独走で逃げを決める順天堂大学(今年3月卒業)の石原悠希選手を後ろから追った。
掲載カット前後にも合焦したカットはあったが、画面内に選手を入れて去っていく身体の動きを他のライダーで追ってみた際、はじめに被写体への確実なAF合焦が出来ないと、その後の追随で1カットたりとも合焦のない場合もあった。去る被写体への追尾も、まずはキッチリと初めにAFでキャッチさせることが重要だろう。
シチュエーション5:自転車ロードレース5(マニュアルフォーカス、連写カットからの抜き出し)
マニュアルフォーカスでの「置きピン」で好結果を引き出すことがある。16コマ/秒の連写ならば、この置きピン撮影でも有利に働くため、ファインダー画面を覗き、固定した画角の中で過ぎ行く被写体を確実に捉えて連写した。
右側からの斜光を受けて、コーナーを曲がる集団の車体と脚線にハイライトが入っていた。前の単独走を撮影した同じ場所で、その脚線を目立たせるべく自転車の列がバランスよく配置されるタイミングを狙う。左から右に流れる選手や車体に合わせ何度かレンズを振ってみるが、画面内に留まる短時間ではAF合焦はなかった。
そこで、フォーカス操作をマニュアルにして、横断歩道のゼブラ塗装を目安に焦点位置を固定した。掲出したカットは、この一連の連写で得たカットの内、リアスプロケット(歯車)から腓腹筋にかけて合焦が見られた1枚を抜き出したものだ。
シチュエーション6:自転車ロードレース短距離練習(ライブビュー)
法政大学自転車競技部・短距離パートの練習にお邪魔した。走路角が由来であるバンク(競輪場)の走路に伏し、広がる青空を見上げるようにライブビューを使って撮影した。
先頭の選手にAFでフォーカシングしつつ撮影すると、選手の列、路面、空の配置にバランスを欠いたため、アングルもフォーカスを固定し、伏してもファインダーを覗けないローアングルから連写した。
光を受ける選手側面のオレンジ色の再現に気をつけつつHDR設定で撮影したが、掲載カットはスタンダードレンジ(SDR)モニターでの再現を考慮して、RAWデータからDPPを経由してHDR設定をOFF、その他パラメーターはデフォルトで変えずにJPG変換したものだ。
シチュエーション7:ラグビー1(領域拡大AF:周囲)
筆者がMark IIで多用してきた「拡大領域AF:周囲」を使い、ボールを持つ選手を追う。測距位置を予め任意の一箇所(+周囲)に定めることになるが、ボールを持つ選手を主題とした場合、他の選手への合焦は避けられるだろう。人物認識はしないが複数点測距でオーソドックスなこのモードを試した。
秩父宮ラグビー場で行われたラグビー・トップリーグのサントリー・サンゴリアス対日野・レッドドルフィンズの一戦だ。
黄色いジャージ、サンゴリアスのスタンドオフでオーストラリア代表でもあるマット・ギタウ選手がゴールラインに向けて突き進む。赤の日野レッドドルフィンズ、フッカー郷雄貴選手がトライを阻むべくボールを奪いにギダウ選手のジャージを掴むが、ギダウ選手はゴールラインの先に飛び込んでトライを獲得した。
撮影は16コマ/秒で連写。掲載したカットは16で、1秒間の記録となっている。
測距点「自動選択AF」を利用し、搭載されたiTR AF Xを試すべく人物認識を行わせたいところ。しかし、ボールを持つ攻撃陣を狙う構図に対して、必ずというほどディフェンスの敵陣選手がその前に入り込む。その敵陣選手が191点のどれかに差し掛かると、そこへ合焦があったため、「領域拡大AF:周囲)」で合焦対象を絞った。
残念ながら新型コロナウイルスの影響もあり、ラグビー・トップリーグは今シーズンの試合がこの試合の次節から中止となった。だが撮影した秩父宮ラグビー場などでは、取材カメラマンの撮影エリアとさほど変わらない観客席からでも撮影ができるので、次シーズンは競技場に駆けつけてみてはいかがだろうか。迫力ある男たちの格闘を収めることができるはずだ。
次の動画は、連写カットの測距点の動きをコマ送り動画にしたものだ。
シチュエーション8:ラグビー2(領域拡大AF:周囲)
このシーンでも続いて「拡大領域AF:周囲」を使う。複数の測距点を使うことになるが任意の1点を選んで、そこを中心とさせるため、任意箇所をどこに定めるかも重要だ。タックルがボールを持つ選手の両サイドから来ることを予想し、ほぼ中央付近のエリアを選ぶ。
サンゴリアスのフルバック、尾崎晟也選手がレッドドルフィンズのスリークォーターバック、チャンス・ペニー選手ら3人に阻まれながらオフロードパスを出す。ボールを受け取る選手は画面に入らなかったが、ボールの行き先方向をあけるフレーミングを試みた。
中央付近に設定した「領域拡大AF:周囲」だが、この瞬間は選手が枠外になったものの、AF追尾と合焦はキープしていた。
シチュエーション9:ラグビー3(ラージゾーンAF+人物優先)
次は、測距点選択を「ラージゾーンAF(ゾーン任意選択)」で画面中央部を選び、同じくiTR AF Xの人物優先を働かせてみた。
リコー・ブラックラムズ対NEC・グリーンロケッツの一戦。ブラックラムズ、フルバックのキーガン・ファリア選手が、NEC・グリーンロケッツのスタンドオフ、スティーブン・ドナルド選手を跳ね退けてトライへとゴールラインの先に倒れ込む。
ファリア選手はカメラに向かうように倒れ、頭から足元にかけて奥行きができた。頭から足まで距離はあったものの(被写界深度面での距離)、AFは頭部付近の合焦を維持しており、トライ寸前の表情を捉えることができている。
シチュエーション10:ラグビー4(ライブビュー、自動選択AF+人物優先)
トライ後のコンバージョンキックを行う選手に対し、ライブビュー時のAFで人物(顔)認識が行われるかどうか試した。
測距点を「自動選択AF」にして、この距離感で人物認識が行われるかどうか。画面内に入る人物を、キックするサンゴリアスのスタンドオフ田村煕(ひかる)選手だけになるアングルを選ぶ。
背面モニターには、撮影位置から50〜60mの距離にある田村選手の顔を捉えた赤枠が表示された。ご覧の通り合焦精度も出ており、動きが少なかったものの、同じようなシチュエーションとなるゴルフのショットの瞬間などに多用できると思える満足度だ。しかし、たとえ一脚を装着していても超望遠レンズで覗くライブビューはなかなか難しい。晴れた屋外であれば背面モニターに撮影者自身が写り込み、被写体の識別もままならないこともあるので、何らかの対処が必要だろう。
シチュエーション11:スキー・スノーボード(自動選択AF+人物優先)
ジャンプ台から飛び出し、着地までの間に技を決めるスキー・スノーボードのビッグエア競技にも持ち込み、連写とAFを試した。この競技は技の華麗さと着地の安定度を競う採点式だ。ジャンプ、技、着地の流れの中で、それぞれの瞬間を抑えるには秒間連写の性能がものをいう。
4月から高校2年生となる辻晴陽選手(riderworks)が「バックサイド・ダブルコーク・1080」を決めた。「自動選択AF」+人物優先の測距点用いて、辻選手のジャンプの高さが判るよう、技がピークに達する位置で、選手が画面上方にくる配置にしている。
ジャンプ台の射出面が最もカメラに近い位置で、選手は徐々に遠ざかって行くことになるが、辻選手がジャンプ台に入る前からあらかじめ合焦させ、その後のAF追随も無難な結果が見られた。
シチュエーション12:フリースタイルスキー(領域拡大AF:周囲)
スノーボードと同じジャンプ台だが着地側に回り、飛び出してくる選手へ瞬時の合焦を試した。
「ダブルミスティー」の技を決めて後ろ向きに着地するのは、4月から高校2年生となる伊藤瑠耶選手(SAJ、U25強化指定選手)。
選手が飛び出すタイミングとその位置は、事前にはわからない。姿を現すと予想する位置にレンズを向け、伊藤選手の滑走開始を伝える場内MCの声を聴き、ファインダー画面に現れるのを待つ。親指AF-ONを使っていたため、AIサーボ設定でもボタンを押さない限りフォーカシングは始動しない。着地側から見えるジャンプ台のエッジから伊藤選手が飛び出すと、即座に親指でAFをON。「領域拡大AF:周囲」の設定で縦位置の画面上部にフォーカスエリアを配置し、雪面を入れてジャンプの高さを出した。
急に現れる被写体となるため、追随設定はCASE3(急に現れた被写体に素早くピントを合わせるモード)にして臨んだ。
第1回目まとめ
前モデルからどれほど進化し、ライバルと差をつけ、もしくは差を縮められたのか……。実際の業務フィールドで試し、モデルチェンジの有用性を感じることが出来るか、という視点からは、十分にその進化を感じる結果が得られた。
ファインダー撮影の約16コマ/秒は、おおよそどのカットでもAF追随の安定が得られ、AF測距点のゾーンや自動選択で示されるiTR AF Xの顔・頭部認識についても、精度の向上を感じる。
ただ、基本的な部分ではもう少し詰めて欲しい所があったことも事実だ。バッテリーの持ちは向上したようだが、ニコンD5を知る身には、未だ消耗が速いと感じる。電源投入後の起動時間もまだあり、測光タイマーオフ状態からはAF-ONボタンでの復帰も欲しい。スマートコントローラーは理に叶った操作・入力方法だが、慣れは要する。些細なことだが、細かな追求もスチールカメラとしてのレスポンス向上という側面では煮詰めて欲しいと感じるポイントだ。
今回のモデルチェンジで、これでもかとファインダー撮影の連写速度を上げ、ミラーレス機並みとなるライブビューAF追随約20コマ/秒とした多方進化は、現状ではどのメーカーも真似できないだろう。技術継承と要素開発、そしてライバルを意識することで成し得たスペックだ。これら連写とAF性能、そこに高感度時の優れたノイズ耐性が加わり、スポーツ・報道分野の撮影で重視される機能・性能の柱が出来上がる。耐久度からの信頼性は当然のこと、豊富なレンズ群を持ち合わせてこの分野で立ち振る舞えるシステムとなる。
この分野で重視される機能・性能要件を、築き上げてきた歴代モデルの上に置きながらも、実のところ、EOS-1D X Mark IIIはそこに収まらない存在感が備わっていると思い知る。その内容は、次回以降の検証編で詳しくお伝えする予定だ。
協力:
日本学生自転車競技連盟
日本ラグビー協会・トップリーグ
スノーパーク尾瀬戸倉
全日本スキー連盟
法政大学自転車競技部
信州大学自転車競技部
日本体育大学自転車競技部
明星大学自転車競技部