新製品レビュー
Nikon Z 9ファーストインプレッション
OVFにとって代わりそうなEVF 「スペックでカメラの優劣は決まらない」を証明
2021年12月6日 00:00
ニコンのフラッグシップミラーレスカメラ「Z 9」を試す機会に恵まれた。今回は試作機とのことで、評価可能な状態ではなかったので、ニコンが考えるミラーレスのフラッグシップモデルとはどんなカメラなのか? というところに注目して簡単な試用の報告を行いたい。
編集部注:本レビューで使用している機体は試作段階のものです。実際の製品版とは異なる場合があります。
ハンズオンの全体的な印象
手に持った感じはこれまでのフラッグシップカメラ「D5」や「D6」から特に違和感を覚えることなく「ニコンのフラッグシップだな」という安心感がある。重量自体で言えば、バッテリーとメモリーカードを入れたD6の重量が約1,450gであるのに対して、Z 9は同じくバッテリーとメモリーカード込みで約1,340g。少し軽くなったが、それなりにズシリと来るのでミラーレス化の恩恵とは? という疑問は生じる。EOS R3のような「え? 軽い……!」といった嬉しい驚きがなかったことは残念だけれど、超望遠レンズと組み合わせるとまた印象は変化するのかもしれない。
感心したのは縦位置側のグリップ。正位置と縦位置でレリーズ感がほぼ変わらず、サブセレクターや前後ダイヤルの操作感も維持されている。筆者的には正位置よりむしろ印象が良かった。これは縦位置ではボディ前面にあるFn1〜3までのボタンが指に当たらないので窮屈な思いをしないことが理由だろう。一方でボディ前面にあるFn1〜3のボタンは押し感が悪く斜め押ししてしまいやすい形状だと感じた。手のサイズによっては印象が変わると思うので、気になる人は一度触れて確かめてみて欲しい。
レリーズストロークやAFボタンの感じはニコンのフラッグシップ機らしいチューニングが施されているが、十字キーの操作感が非常に曖昧だったこととボタン類の押下感が正位置で構えた際に気になった。
またメディアスロットカバーの立てつけが若干悪く、サムレストとメディアスロットカバーの辺りに段差があることで、親指の第一関節あたりに段差が当たるので感触が悪い。試作機なので調整不足なのかもしれないが、これまでに触れた3つの個体でも同様の感触だったので、恐らくは仕様なのだろう。
独自のボタンレイアウト
ボタンレイアウトがZシリーズとDシリーズともにちょっと違うのは少し戸惑った。好印象だったのは「i」ボタンが一等地に配置されたこと。一方で使用頻度の高い再生ボタンが右下に移動したことが少し気になった。この配置転換は本当に疑問で、過去のDシリーズはもちろん最新のフルサイズミラーレス機Z 7IIなども左肩の付け根に再生ボタンとゴミ箱ボタンが配置されている。ニコン機全般に言えることだが、撮影していると自然と左肩にあるボタンに触れる癖が染みついているので、非常に戸惑った。Z 9では他の機種との同時運用についてもあまり考慮されていないように思う。
ライバル機を見てみると、例えばキヤノンは整合性のある操作性をフィルム機時代から一貫してデザインしてきておりポリシーを感じるが、ニコンは過去の歴史を振り返ってみてもワリと変更してくるメーカ-だという印象がある。これを「最適化」と表現することも出来るが……。ユーザーとしては何とも複雑な気持ちにはなる。
無論、進化の著しいカメラが登場した時に往々にして起こる問題ではあるので、今後登場する機種がZ 9と同じ思想で操作系のデザインが行われることを祈るほかない。
もはやOVF。感動的な出来のEVF
今回手にした実機はまだ試作段階のため踏み込んだ評価ができない状態とのことだったので、歩留まりやローリングシャッター歪みに対する懸念といった検証は行うことはせず、スナップ撮影でどんな使い勝手があるのか、またニコンのフラッグシップ作りの深奥に触れることが出来るのか? を試用する中で探していった。
撮影時に感心したのはEVF(電子ビューファインダー)の覗き心地。大げさではなく、これはもうOVF(光学ビューファインダー)だ。木漏れ日などを覗くとちゃんと眩しく表示される。表示の滑らかさと遅延の少なさ、自然な覗き心地などは、これまでの光学ファインダーを備えるフラッグシップモデルから乗り換えても違和感がないか、むしろクリアに見えるので印象は良いかもしれない。
またAF時に表示が一瞬明るくなったり暗くなったりしないのもGood。EVF表示用のデータ読み出しと、AF/AE/AWB用のカメラが演算に使う読み出しが別系統になっていることの恩恵だろう。撮影中にカメラ都合の表示明度変化が少ない自然な表示がこれほどまでに快適だったのか、という発見があった。
Z 9のEVFはスペック的には目立ったところはないが、スペックだけで優劣が決まる訳ではないことをニコンは正しく証明してくれている。例えばα1の精細感で見せてくる表示とは異なりトコトン自然なので、目の疲労感も少なそうだ。
重量バランスは?
今回組み合わせたレンズはNIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S。個人的には片手保持出来るギリギリの重さの組み合わせ。D5やD6にAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRを組み合わせた方が重いが、個人的にはDシリーズのほうがバランスは良いように思った。
Z 9の方が重心が下がっていて、プラプラぶら下げているところから構えると「ヨッコラショ」の感覚が強いことが理由だろう。
今回はそれぞれのフォーカスモードの感触を確かめたかったこともあり、フォーカスモード切り替えボタンを操作する頻度が高かったが、操作そのものはしやすいが位置が悪く感じられた。両手保持の場合にいちいちマウント付け根に手を移動させてくるというのは安定感に欠く。結局iボタンで操作する方が筆者的にはやりやすかった。
劇的な進化が感じられるAF
オートエリアAFはZ 6IIなどの世代から大きく進化しており、背景にばかりAFさせたがる悪癖がかなり矯正されていて一安心。被写体認識についてはまだ誤検出が多い印象だが、ファームアップで進化改善の余地があるし、まだ試作ファームなので今後に期待したい。
興味を持っていたカスタムボタンへのAFエリアモード割り込み機能については若干期待ハズレに思った。押下中に割り込みでボタンを放すと通常復帰というアイデアは分かりやすかったが、縦位置横位置で押したいボタンが変わるし、Fn1〜3の感触が悪いこと、また押下で切り替えの方が個人的には撮影に集中出来ると思った。
とても感心したのは3D-トラッキング。AFモードを「AF-C」にしてAFを開始させてから大きくフレーミングを変化させても画面の端まで追従し、なおかつ強力に掴んでくれるので撮影スタイルが一変する可能性を秘めている。ピント精度についても申し分なく、連写と併用すれば非常に効率的に撮影を進めることが出来そうだ。
実際にAF位置を真ん中辺りにしておいて、AFを開始させてからフレーミングを決めるスタイルでの撮影が非常に快適だし大変捗った。その印象をより強固にしているのが、サブセレクター操作時のAF枠の移動があまりスムーズではないこと。ニコン機としてはスムーズになっているが、LUMIX S1シリーズやEOS R3と比べるとスムーズではない。
が、そうやって撮れた写真に果たして自分の想いのようなものを宿すことが出来るか? と言われれば答えに窮してしまう。筆者は成果物だけでなくその過程も大事にしたい人なので、どうしても素直に喜べない感情がある。
電子シャッターの感触
電子シャッターの感触については、音が個人的には好みではなかった。加えて周囲の音にかき消される、もしくは紛れてしまいやすい音質に感じ「撮っている感」にも乏しい。撮影中の表示も視認性が低く感じられた。というのも、撮影中に「あれ? 撮れてる??」と不安に思ったことが何度もあったからだ。
電子音自体に不自然さは感じられないため、聞こえ方は悪くない。さらにいくつか音の種類を選べると良いように思った。
ISO感度別のノイズレベル
カメラが生成するJPEGに限った話をすれば、約4,500万画素機としては良好な高感度画質だと感じられた。
観察してみると、精細感が高く元々のコントラストが高めな画作りということもあってかISO 800でもシャドー部の再現はややタイトでノイジー。全体としては同じく45MP機のZ 7IIより少し下という印象だ。
自由作例
エンジンがEXPEED 7へと新しくなったが画作りはこれまでのZシリーズと同じテイスト。ピクチャーコントロール:オートではクリアで高精細。やや高めのコントラストという方向性が従来のZシリーズと比べて少し強調されているようにも感じる。パッと見の気持ちよさがある一方で、筆者の好みで言えばじっくりと鑑賞するにはやや硬めに思うが、これはこれで気持ちの良い画質であることは確かだ。
こうしたメタルの質感描写がとても気持ち良い。オートエリアAFでこういったシーンを撮影した場合に上手くAFしてくれない悪癖も改善されている。
こういったシーンで無限遠方向からAF開始させた場合にZシリーズの従来機では背景にAFしたがる癖が調教されていて、撮影時の快適性が非常に良くなった。が、ハイライト側の階調が少しタイトに見える。
クリエイティブピクチャーコントロール:デニムで撮影。ボディ内手ブレ補正の効果は強力だがSTDでは構図の微調整が少し難しく、特に回転方向については過剰補正気味に感じられたのでスポーツに設定した。製品ではまた挙動が変わるかも知れないし、単純に筆者との相性問題の可能性もある。こうしたシーンで花の中心にAFするオートエリアAFの進化を嬉しく思う。
Zユーザーではないので気のせいかも知れないが、記憶の中のZ 7系よりも少し暗い部分の黄色の再現に少し深みというかトーンが増えたような感じがした。暗めのシーンや明るいシーンでAF時に表示明度が変化しないのは非常に快適だ。
3D-トラッキングで中央上部の植物にAFさせたまま構図を自由に調整して撮影した時の万能感たるや筆舌に尽くしがたいものがある。AFポイントに合わせて構図を決定したり、構図を決めてからAFしたりしなくて良いということがこれほど快適とは!
こうしたごちゃごちゃしたシーンでも3D-トラッキングは正確に追従してくれた。しかもAF-Cの精度が抜群に素晴らしく、不安定な体勢で撮影しても全く問題なかった。
クリエイティブピクチャーコントロール:トイで撮影。普段使っている富士フイルムのミラーレス機と比べてハイライトの階調は伸びない画作り。良し悪しの話ではなく「そういう考え方の画作り」という意味だ。アクティブD-ライティングを標準にしてみたが、Z 7よりも若干タイトに感じるのは気のせい?
黄色のトーンに深みが増したかも?!と嬉しくなって黄色い花ばかり狙った時のもの。3D-トラッキングで中心をトラッキングしても花びらにAF枠が飛んだり逃げたりすること無く、淡々と中心を捕捉し続ける挙動に感激。
クリエイティブピクチャーコントロール:トイで撮影。手すりの角付近で3D-トラッキングさせている。こういったシーンでも同系色の部分に惑わされない制御が秀逸。
試用期間中にピクチャーコントロール:オートの傾向を掴むまではいかなかった。こうしたシーンでは丁度良い塩梅の調整だ。ちなみにこれも3D-トラッキング。とっ散らかるかな?と思ったがバッチリだ。
被写体検出をオートにしていると、こういうシーンでも空や建物に顔検出枠が表示されてしまうことがあった。高感度シーン撮影時にも尖塔と空の何もない部分に顔検出枠が2つ表示されていた。まだ最終ファームではないことが影響しているのかも知れない。撮影カットでは被写体検出を切って撮影している。
ファーストレビューとしてのまとめ
ニコンらしい先進的なところと、同時にニコンらしい堅実な部分が随所に感じられるカメラだと感じた。特にReal-Live Viewfinderと命名されたEVFの覗き心地は極上で、このレベルのEVFであるなら、今後OVFの衰退が加速したとしてもある程度納得出来てしまいそうな説得力のある覗き心地を実現している。その一方で、ニコンのフラッグシップモデル特有の魔性のような魅力が薄れていることが気になった。
メカの感触が極上だったこれまでのニコンのフラッグシップモデルは、性能的に陳腐化してもなお、メカの良さでその魅力を維持し続けているように感じたが、ミラーレスカメラとしてのフラッグシップモデルたる本機は今後どのように受け止められていくことになるのだろうか。
スマホでも写真がキレイに撮れる昨今、カメラを積極的に選ぶ理由のひとつに「カメラならではの撮影体験」があると思うが、これをカメラメーカーが手放したように思えることは少々疑問だ。またニコンといえば優れた調光性能を誇るメーカーだったが、ここ数年は調光に関するアナウンスがとても少ない。カメラならではの撮影技法・表現のひとつとしてストロボワークがあるわけだが、キヤノンが「スピードライト EL-1」という度肝を抜くストロボを世に送り出したように、ニコンにもエポックとなるような製品を期待したいところだ。
少々辛口になってしまった部分はあるが、高速性とスポーティな撮影時に特化した“フォトジャーナリスト性能”とでも表現するような観点では最高の選択肢のひとつだと納得出来るものがあり、より効率的に業務を遂行したいユーザーにはもちろんのこと、D850などのハイクラスの一眼レフ機ユーザーが、あらゆる意味で不満なくしっかりと乗り換え出来るミラーレス機が登場したことは歓迎である。
戦略的な価格も魅力のひとつ。Z 7IIにSラインの大口径レンズを1本追加することを思えば、そこからすぐの、正に手の届きそうなところにフラッグシップモデルがあるのだからニクイ価格設定だと思う。Z 9の良いところを引き継いだ、例えばD3に対してのD700やD300があったように、例えば“Z 8”のような一般ユーザーにとっての手の届くフラッグシップレベルの性能を引き継いだモデルが登場してくると、Zシリーズの新章はまた違った展開を見せてくれるのではないだろうか。