イベントレポート

ニコン創立100周年を祝して、品川のニコンミュージアムに行ってきた

話題の"カメラ試作機展"も見逃せない

2015年10月にオープンした「ニコンミュージアム」は、歴代ニコンカメラがずらりと並ぶ展示スペースが圧巻のスポットだ。ときおりミュージアムショップ限定のニコングッズが発売されることもあり、熱心なファンは一度ならず定期的に訪れると聞く。

品川駅からのアクセスは、港南口を出て駅前デッキを右方向に進む。品川インターシティC棟の2階に入るとニコン本社の受付で、受付カウンターの左に進むとニコンミュージアムの入口が見える。入館無料なこともあり、筆者自身も品川で1時間ほど時間が空くと立ち寄ってしまう。2017年の初詣も、春を迎える前に済ませた。

ニコンミュージアムの入口

館内では、写真用レンズに用いられる技術の解説や、産業用機器の展示も見逃せない。例えば半導体露光装置(ステッパー)は、デジタルカメラのイメージセンサーを製造するのにも使われている。その回路パターンを焼き付ける仕組みなどは銀塩写真にも通じる部分があり、面白い。光学機器に関する好奇心と知的欲求を満たしてくれるミュージアムだ。

カメラレンズの仕組みを学べる体験コーナー
縮小投影型露光装置。最近の機種では、空気中での解像度の限界を超えるべく、縮小投影レンズとウェハの間を純水で満たした「液浸」の技術が用いられる
イメージセンサーのウェハ。上はFXセンサー、下はDXセンサー。

話題の"試作機展"に注目

2017年5月現在、カメラファンとして注目すべきは、7月1日まで開催されている企画展「カメラ試作機~開発者たちの思い」だろう。

通常、カメラの試作機が関係者以外の目に触れることはなく、製品化されなかった機種については、そのプロジェクトが存在した事実さえも世に出ない。役目を果たした試作機は破棄されるのが一般的だ。

16mm判カメラ開発試作機(1957年)。仕上げがよく、パララックス補正機構まで搭載していたようだ。開発が後発だったため発売されなかった。
中判カメラ開発試作機(1966年)。レンズ交換式の中判一眼レフカメラの製品化を目指したが、発売されなかった。画面サイズは6×7cm。
レンズ各部の仕上げは、一眼レフ用ニッコールレンズに準じている。レンズ銘板に「P」の表記があり、システム名を現していたのか?との推測もあるが、実際のところは不明。
60mm F4のレンズ。巨大になったニッコールレンズ、といった佇まい。
フィルムバックは見つかっていないが、巻き上げレバーからその形状を推測できる。
サウンド8ミリカメラ開発試作機(1977年)。ワイヤレスマイクまで用意されていたが、ビデオカメラの普及で発売されず。

そんな試作機たちが生き延び、長い時を経て我々の前に姿を見せてくれたのが今回の展示である。約40点の中には、限りなく量産品に近そうな見た目をしていながら、結果として世に出なかった製品も少なくない。その"開発者たちの思い"というサブタイトルの、なんと重みのあることか。

ニコンF開発試作機(1957年)。コンツールファインダー内蔵で、バヨネットマウントも回転方向などがFマウントと異なる。ボディは展示されていたが、これに対応するレンズが新たに見つかったという。ツノのような絞りリング操作レバーが付いている。
ニコンF2開発試作機(1964年)。ニコンFのボディをもとにした初期の試作で、すでにシャッターボタンが前方に移動し、裏蓋が蝶番式になっている。製品版は1971年発売。
ニコマートFT開発試作機(1964年)。まだTTL測光になっておらず、銘板の書体も異なる。製品版は1965年発売。
ニコンEM開発試作機(1975年)。いわゆるジウジアーロデザインのニコンとして、初めて世に出た(海外で1979年発売。日本ではF3と同じ1980年)。ペンタ部のEMマークがまだない。絞り優先AEのみのシンプル機ながら、分割巻き上げに対応。
ニコンMDX開発試作機。1978年のフォトキナ参考展示用に作られたが、発売はされなかった。絞り優先オート、シャッター優先オート、自動巻き上げ・巻き戻しを搭載し、レンズマウントとの対比でボディの大きさが伝わるだろう。

今回の展示では、1940年代から1980年代にかけて製作された試作機が並ぶ。展示機の多くはガラスケースに入っていないため、様々な角度から眺められるのが嬉しい。ニコンファンならば、製品版との大小様々な相違点を見つけて楽しめること間違いなしだろう。

ニコンF-301開発試作機。「F56」のシールはデザイナーが貼ったもの。
当初はこの試作機のように、フィルムの自動巻き上げ・自動巻き戻しを目指していた。
試作を重ねるうちに巻き戻しクランクが復活し、製品版では巻き戻しのみ手動となった。後藤哲朗さん曰く「行きはよいよい、帰りは手巻き」
ニコンF4開発試作機。F3をベースにしていることがよくわかる段階。ホットシューは、まだ肩の部分にある。

ニコンF4の電気系リーダーを担当していたニコンフェローの後藤哲朗さんは、イタリアの工業デザイナーであるジョルジェット・ジュジャーロ(ジウジアーロ)が手がけたデザインの驚きについて、一例を語ってくれた。

F4では、セルフタイマーランプを撮影者からもカメラの前からも見えるように配置したく、三角形の発光部がカメラ上面から出っ張る形状に設計した。しかし、ジウジアーロデザインでは、発光部をカメラ上面から前面にかかる斜面に埋め込んで、出っ張りを抑えた。このスマートな仕上がりに、これぞデザイナーの仕事だと感心したそうだ。

ニコンがデザインしたセルフタイマーランプ
ジウジアーロデザイン後のセルフタイマーランプ
ニコンF4開発試作機。ジウジアーロデザインが反映された後のバージョン。Nikonロゴは黒く上塗りされているが、もともとはグレーボディに緑色のストライプ状に書かれていた。これを経て、1988年発売の製品版では”黒ボディに赤ライン"となっているのはご存じの通り。
遡って、ニコンF3開発試作機(1975年)。1980年の発売を前に、1977年にジウジアーロデザインがあがってくる以前のバージョン。

上の写真の右側にある個体から分かるとおり、正面から見て右側には調整部が並んでいる。シャッタースピードなどの電子回路を調整するもので、革をめくってフタを開けるとこの調整部分が露出し、専用のシャッター測定器に取り付けると、調整用アームが伸びてきてここを操作する。

F2より小さいF3に電子回路を収めるのには苦労があったという後藤さん。メカ設計者が決めたボディ構造の中に、後藤さんをはじめとする電気回路設計者(後藤さんはそれぞれ"メカ屋"、"電気屋"と呼ぶ)が電子回路を収める。ボディサイズは基本的に変えられないが、1か所だけメカ設計者が電子回路用にスペースを作ってくれた部分があり、それが上の調整部が収まる部分だ。F3前面左手側の傾斜がそれで、歴代ニコンへのオマージュが詰まった最新デジタル一眼レフカメラの「ニコンDf」にも、この面影がある。

電子回路の調整部を収めたスペース
ニコンフェローの後藤哲朗さん。F3の電気回路設計にはじまり、F5ではプロダクトリーダー。以来D3シリーズまで、ニコン一眼レフや交換レンズの開発を長年にわたり指揮した。「ニコンDf」の企画開発は、2009年開設の後藤研究室で担当。

今回の展示の中には、ニコンF3の電子基板が3パターン(試作初期、試作後期、量産モデル)並んでいる。上述した通り、狭いボディの空間に複雑な電子基板を収めるため、フレキシブル基板を採用。内部で回路が割れてしまうこともあり、試作中の作業は夜中まで続いたという。

ジウジアーロデザインのF3試作機。この個体には、マウントの10時方向に電子接点が見える。しかし何のために備わっているのか、後藤さんでもわからないという。

その試作途中の思い出として、フレキシブル基板の配線パターンを間違えてしまい、その配線をやり直した跡が見られる。会場を訪れた際には探してみてほしい。薄く削って回路部分を露出させ、そこにリード線を半田付けしたそうだが、これは大変な作業だという。今回これらの基板を展示するにあたり、後藤さんが改めて半田ごてを握って、基板を整えたそうだ。

試作初期の電子基板。三菱のマークが見える。
量産モデルの電子基板。回路面積がだいぶ増えている。

このように電気回路が底部にまで及んだF3では、濡れた場所にカメラを置いたり、テーブルの上で水をこぼしてしまった際などに、底面からの浸水で回路が故障し、カメラが不動となってしまうケースが発売初期に見られたという。のちにプロ用として登場したF3Pは、その対策として厳重なシーリングも施され、水の入ったバケツにカメラを沈めながらの動作テストも行われたという。

また、露出計すらカメラボディには内蔵していなかったフルメカニカルのFおよびF2に対し、F3は電子制御のカメラという点で、発売当初は慎重なユーザーが難色を示していたというには知られた話。しかし、次第に信頼感が広まり、1980年の発売からデジタルカメラ黎明期の2000年までF3の生産は続いた。メーカーでの修理対応も、2016年まで受け付けていたほどだ。

そんなF3だが、発売後に後藤さんがコストダウンの提案をすると、会社側は「F3はあと2年で終了するから、このままでよい」と返していたそうだ。このやり取りが何度かありつつ、結果的には20年間ものロングセラーとなったのだから面白い。手元のF3がいっそう誇らしくなるエピソードである。

今回の特別展では、1988年までの試作機が並んでいた。時代とともにカメラ設計にCADが取り入れられるようになり、いわゆる"定規で引いた"デザインから、エルゴノミクス的と言われる有機的なスタイリングに移り変わっていったのは、ベテランの読者諸兄にとってはそう遠くない記憶ではないだろうか。

なお、この展示に関連して6月10日(土)には、ニコンミュージアム講演会「後藤哲朗、試作機を語る」が予定されている。この記事での紹介内容は展示内容のほんの一部分なので、ぜひ実際に足を運んでみてほしい。

誘惑いっぱい、ミュージアムショップ

博物館といえばミュージアムショップが欠かせない。ニコン愛が高ぶっているところに、こうしたアイテムが並んでいるのはとても魅惑的だ。

支払いはタッチパネル式の端末で可能。現金のほか交通系ICカードも使えるので、展示を存分に楽しんだあとは、お土産としていろいろ買っていきたい。

現在購入できるアイテムの一部。限定商品のチェックは欠かせない。
有名な「ニコンようかん」は、入数が少ない一口ようかんを用意している。
ニコンファンの大人が読んでも勉強になるという仕上がりの1冊。英才教育(?)にぜひ

本誌:鈴木誠