東京・品川のニコンミュージアムで、2017年10月3日から12月27日まで「創立100周年記念企画展第4回(最終回)『Fマウント・NIKKORの世界』」が行われている。
2017年にニコンが創立100周年を迎えたことを記念し、「植村直己 極地の撮影術」、「カメラ試作機~開発者たちの思い」、「世紀の記憶 デビッド・ダグラス・ダンカン」に続いて開催されている企画展。ニコンミュージアムが所蔵するFマウントニッコールレンズを一堂に展示する。
今回の展示数は437本。「ニコンF」登場の1959年以来、450種以上のFマウントニッコールレンズが製造されてきたが、当初はコンディションの良くないものを含めても250本程度しか所蔵品がなかったところから、展示できる437本まで増やしたそうだ。全てのレンズは専門スタッフによってクリーニングされ、来場者を待っている。
展示の準備中には、膨大な数のレンズでオフィスの机を2列まるごと、半年にわたって占拠するほどのボリュームだったという。重複するアイテムをトランプの神経衰弱のように省くところから始まり、足りないレンズは社内に呼びかけて募集したり、新たに購入したりもしたという。以下の通りレアモノも並んでいるが、コレクターなどから借りたアイテムがひとつもないというのは凄い。
ニコンFと、同い年のニッコールオートが3本。いずれも最初期の特徴である"チックマーク"付き。 AI Zoom-Nikkor 1200-1700mm f/5.6-8P IF-EDとAI Fisheye-Nikkor 6mm f/2.8Sが並ぶ。これらは実際に操作でき、ファインダーも覗ける。 フィッシュアイ・ニッコール天球儀。大平技研によるプラネタリウム「MEGASTAR」のカスタムメイドで、直径1mのドームに100万個以上の星々を映し出す。真っ暗な中で見るとひときわ美しいそうで、フィッシュアイ6mmをお持ちの方は是非欲しいのではないか。 ここまでのこだわりを持ってFマウント展を企画したことには、Fマウントこそニコンのイメージであり象徴とする考えがあったから。また、レンズに関する展示をやってほしいというリクエストも多かったのだという。元々はニコンミュージアムのオープンに間に合わせたかったそうだが、これほどの展示品を準備するには時間がかかり、2017年の100周年イヤーになんとか間に合った形となった。結果として、当初揃えたかったレンズはほとんどが揃ったという。
フィッシュアイ6mmからレフレックス2000mmまで、画角の違いを実感できる作例写真も展示中。 驚くのは、展示品のレンズがガラスケースで覆われていないところ。ついつい事故や防犯の面で心配になってしまうが、本展を企画したニコンミュージアム副館長の長田友幸氏が「カメラや交換レンズは美術品ではなく、本来は撮影のためのツールなので、身近に感じてほしい」という想いを貫き、アクリルカバーを置かないオープンな展示が実現した。
長田氏は以前、ニコンWebサイトの「知られざるニコンの歴史」コーナーの制作を担当していたという。「AI Zoom-Nikkor 1200-1700mm f/5.6-8P IF-ED」の開発秘話など、Webにおけるその資料性には非常に高かった。現在は掲載終了となっているのが残念だが、あの資料性の高いコンテンツの復活を望んでいるファンは多いだろう。長田氏いわく、「ニコンミュージアムの企画展などでも、知られざるニコンの魅力を伝えていきたい」とのことだった。
来場者の反応では、ニコンOBが会場を訪れて「自分が初めて手がけたレンズだ!」などと感動するシーンが印象的だったそうだ。訪れた外国人も、まずは自分が初めて買ったニッコールレンズを探すのだという。
望遠レンズコーナー。特にMF時代のものは鏡筒が細くて渋い。 綺麗な状態の初代フォーカシングユニットが付いている(左)。 ズームレンズの被写界深度スケール、通称"ヒゲ"。ニコン社内では"富士山マーク"と呼ばれることも。 "ヨンサンハチロク"などと呼ばれるニッコール標準ズームの元祖「43-86mm」。これでも全バージョンではないというから、コレクションは大変だ。 3枚構成を示す「Nikkor-T」の名がついた10.5cm F4。鏡筒のスタイリングといい、レンジファインダーカメラのニコンS用レンズから転用したことがよくわかる。 こちらもニコンS用を転用したため、ミラーアップが必須だった超広角レンズ。レンズキャップの裏側にビューファインダーを固定しておく機構がある。やがてバックフォーカスの長い広角レンズが開発されたことで一眼レフのファインダーを見ながら撮れるようになり、一眼レフは汎用カメラとしての地位を得る。 札幌オリンピックの報道向けに作られた300mm F2.8のレンズ。初めてEDレンズを取り入れた。生産初期は自社のEDガラスが間に合わず、ドイツのショット社から異常分散ガラスを購入した背景も。 ニコンミュージアム長田氏お気に入りの1本。星や夜景を撮るのにピッタリの性能を持っていたという。 メディカルニッコールは、マイクロレンズと一緒に並ぶ。電源部と装着例までちゃんと用意している。 ベローズ用の105mmに鏡筒をつけてマイクロニッコール105mmとなった。 テレコンバーターで注目は、F3AF専用のTC-16だそうだ。 思わず吸い寄せられるスペーシーな空間は、フィッシュアイニッコールのコーナー。 220度の画角を持つ6mmのフィッシュアイニッコールは、今回の展示に4本が並ぶ(1本はプラネタリウムの投影用)。前玉は巨大な口径と高い曲率から研磨は非常に難しく、精度不良になるものも少なくなかったという。しかし不良品も捨てるのが惜しく、社内でトレーとして再利用していたこともあったそうだ。 「OP Fisheye-NIKKOR 10mm F5.6」。OPは正射影(Orthographic Projection)の意味。前玉の特徴的な非球面は、当時の研磨技能者たちの努力と試行錯誤のたまもの。 あらゆる距離・角度から撮れる。くれぐれも、首に提げたカメラや手に持ったスマホを大きな前玉にぶつけないよう気をつけたい。 この「Fisheye-Nikkor 8mm F8」の見どころはファインダーだそうで、写真の初期バージョンはマニア感涙だという。 歴代のPCレンズ。当初はシフト機構のみで、ティルト可能になるのは後年。 単体で等倍撮影できる初代のマイクロニッコール55mm F3.5(左)。このあと、1/2倍マクロで自動絞りに対応したバージョン(右)になる。 ニッコールレンズをブツ撮りする際には、露出計連動爪(いわゆるカニ爪)が中央に来るF5.6、ピントリングは無限遠という定位置がニコンのみならず、カメラ専門誌の編集者にとっても昔からの常識とされている。さらにカメラボディ側では「シャッターダイヤルはシンクロ速度」で、「巻き戻しクランクはツマミの部分が外向き」というセオリーがニコン社内では継承されているそうだ。他人のことはさておき、自分が撮るときのオシャレとして気にしてみると楽しいかもしれない。
ますます希少価値が高まっている「ノクト・ニッコール」。"Nocf-NIKKOR"と打刻されたエラー品の存在が知られているが、当時はクレームにより正しい銘板に取り替えたこともあったそうだ。わざわざ取り替えるなんて……と考えるのは、現在の中古相場を知るからこそ。 こちらも生産完了後に"パンケーキレンズ"の人気が高まり、市場価格が上がった「AI Nikkor 45mm F2.8P」。発売当時は「いまどきMFなんて」という声も少なくなかったとか。 こだわりの照明で、映える映り込みを狙う
さて、レンズをアクリルカバーで覆わない展示には、もう一つの楽しみ方の提案があった。それが、「レンズの映り込みを楽しむ」というものだ。展示台の上からほどよくディフューズされた光がレンズに注ぎ込み、コーティングの反射が色彩豊かな宇宙を見せてくれる。
「レンズの前玉を眺めてウットリ」というカメラファンの眼福が430本分も並んでいるのだから、これは大変。 同じスペックのレンズが2本。どちらもマルチコーティングだが、世代による色味や透過率の違いを研究できる。 技術的に見ると、コーティングがアンバーがかった色味のものから、カラーバランスの統一を目指したマルチコートの進化により赤や緑の色も見られるようになり、現在の高性能なコーティングではガラスの面そのものが見えないような透過率になっている。するとレンズに映り込んだ照明が浮かび上がって見えて、手に取れそうな気がしてくる。これは初めて3D映像を見たときのような感動が蘇る。かもしれない。
ハート型の照明。副館長の長田氏が自らマスクを作った。 ハートの収まり具合を狙って撮ってみた。宙に浮かぶように撮るのも面白い。 星形の照明もある。望遠のマイクロニッコールが欲しくなる。 Fマウントとニッコールという切り口で、APS用のIXニッコールや、ニッコール品質を継承しながら低価格にまとめたシリーズEのレンズも並んでいる。
APSフィルムカメラのプロネア。専用のiXニッコールレンズは、高性能な新型フィルムの登場を想定し、当時のレンズとしては高い描写性を持っているという。 現在でもフルサイズFマウント最小のニコンEM。少しポップな見た目のシリーズEレンズがよく似合う。ちゃんとモータードライブMD-E付き。 本企画展のパンフレット。ニッコールレンズの各タイプ(Autoから最新のAF-Pまで)について主な特徴が解説されており、入門には最適。