レンズマウント物語(第3話):ニコンのこだわり

Reported by 豊田堅二

ニコンF4シリーズのレンズマウントは、初期の「カニの爪」を備えたレンズから最新のGレンズまで、最も多くの種類のレンズが使えると言われている(写真はニコンF4S)

現在も続く自動絞り機構

 1959年(昭和34年)、キヤノンフレックスと同じ年にデビューしたニコンFは、同様に完全自動絞りを備えた35mm判一眼レフの最高級機であった。しかしキヤノンとは異なり、ニコンの自動絞りの機構は非常にシンプルなものだった。

 撮影レンズの後端にはレンズの周囲に沿って動く自動絞り連動レバーが設けられ、このレバーを後からみて反時計方向に押しやると、絞りリングの設定がどの位置にあっても絞りが開いて開放になる。これを放すとスプリングの力で設定された絞り値に絞り込まれるようになっている。ボディ側ではレンズマウント内側の、正面からみて9時の位置の若干上側に自動絞り駆動レバーが設けられていて、これがクイックリターンミラーの駆動機構に連動して動くようになっている。

ニコンFマウントの自動絞り連動レバー(矢印)。ニコンF発売当初のレンズ(左:ニッコールHオート50mm F2)でも最新のGレンズ(右:AF-S DX マイクロニッコール40mm F2.8 G)でも基本的には変わっていない

 レンズをボディに装着すると、そのときの回転動作でボディの絞り駆動レバーによってレンズレバーが押しやられ、絞りは強制的に開放になる。その状態でレリーズボタンを押すとまずクイックリターンミラーが上方に跳ねあげられるのだが、そのミラー駆動機構の動きをボディ側の自動絞り駆動レバーに伝え、駆動レバーを下げる。すると上に押しやられていたレンズレバーが一時的に解放され、その結果設定された絞りまで絞り込まれる。露出が終わると、今度は逆のプロセスでミラーダウンと同時に絞りが開放に戻されるわけだ。

ボディ側の自動絞り駆動レバー(矢印)。クイックリターンミラーの動きに連動してこのレバーが上下し、レンズ側の自動絞り連動レバーを動かす

 要は単純にミラーのアップダウンの動きをレンズに伝えて絞りを動かしているわけだ。このシンプルな絞り制御機構は、その後ミノルタなどの他メーカーも追随し、機械的な自動絞り機構の定番となった。そして驚くことに、この自動絞り機構はその後小さな改良はあったものの、半世紀を経た現在のニコンのデジタル一眼レフにもそのまま使われているのだ。レンズマウントの基本的な寸法も変わっていないため、いろいろと制限条件は付くものの、ニコンF発売当初のレンズが最新のデジタル一眼レフに装着して使える。

 このことは、互換性に対するニコンの「こだわり」を表していると言える。

絞り値の連動

 1959年のニコンFで始まったニコンFマウントは、当時としては非常に先進的な機能を備えていた。それはレンズの絞り値をボディ側に伝えるメカである。

 当時はレンジファインダー機や一眼レフに露出計が導入され始めたころであった。最初は外付けのアクセサリーとして、やがてカメラに内蔵されるというプロセスをたどるのだが、いずれの場合も露出計はシャッター速度のみに連動しているのが普通だった。カメラボディのシャッターダイヤルでシャッター速度とフィルム感度をセットして露出計受光部を被写体に向けると、メーターの指針が適正絞り値を示すのでこれを読み取り、レンズの絞りリングに設定するという使いい方である。あるいは設定した絞り値を指針が指し示すように、シャッター速度を調節する。

 このような「片連動」では、指針で示された絞り値を「読み取る」という動作が入り、その分わずらわしさが残る。それをニコンFマウントでは当初からレンズ側で設定した絞り値をボディ側に伝える機能を備え、「両連動」を可能にしたのだ。

外付けの露出計「ニコンメーター」を装着したニコンF。矢印の部分で「カニの爪」が設定絞り値を露出計に伝えている

 レンズの絞り設定リングには俗に「カニの爪」と呼ばれる連動爪が設けられており、これでボディ側のマウント周りのリングに設けられたピン、あるいはペンタプリズム部の前部に装着された露出計のピンを挟んで動かすことにより、設定絞り値を伝える。

TTL測光

 両連動を実現したニコンFマウントの「カニの爪」は画期的なものであったのだが、ニコンにとって誤算だったのは、その後一眼レフの内蔵露出計がTTL測光への道を歩んだことである。

 TTLというのは「Through The Lens」の略で、被写体の明るさを直接測るのではなく、撮影レンズを通過した光を測光して露出計とするものだ。現在では当たり前のことなのだが、被写体の明るさを直接測る外光式よりも大幅に光量が少なくなるので、当時露出計の受光素子として主流だったセレン光電池では実現できず、CdSという高感度の受光素子の登場によって初めて実現したものである。

 前回にも述べたように、TTL測光の一眼レフはレンズの絞り値をボディに伝える仕掛けがあるかどうかで、絞り込み測光と開放測光に分かれた。ニコンFマウントの場合、「カニの爪」で絞り値の伝達が可能なので、当然開放測光とすべきなのだが、これが一筋縄ではいかない。

ボディに内蔵の露出計の場合は、このように「カニの爪」でピンを挟むような形で絞り値をボディに伝えていた

 「カニの爪」は外光測光用なので、設定絞り値そのものを伝える。ところが、TTL測光ではそのほかに撮影レンズの開放F値の情報も必要なのだ。測光時には自動絞りによってレンズの絞りは開放状態に保たれている。その場合、被写体の明るさが同じでもTTL測光の受光素子に入射する光はレンズの明るさによって異なる。つまり、F4のレンズを装着したときはF2.8のレンズのときの半分の明るさになってしまうのだ。これを補正するために、装着されているレンズの開放F値が必要になるというわけだ。

 この開放F値の情報は、必ずしも設定絞り値と別に取り込む必要はない。TTL測光のシステムに実際に必要なのは「撮影時に現在の状態から何段絞り込まれるか」という情報なのだ。つまり設定絞り値をF、開放F値をF0で表せば「F-F0」の値をレンズからボディに伝えればよい(本来はFナンバー同士の引き算をやるわけではないので「Av-Av0」と表記すべきだが、メーカーの技術者の間でも「F-F0」と言い習わされているので、ここでもこの表記を使用する)。

 しかし、ニコンの「カニの爪」は設定絞り値のFのみしか伝えないので、そのままではTTL開放測光には使えない。そこで、初期のニコンのTTL露出計連動機ではフィルム感度の設定ダイヤルのところにレンズの開放F値に応じた指標を設け、レンズを交換するたびにそのレンズの開放F値を合わせなおすような形にした。

初期のTTL露出計連動一眼レフのニコマートFT。開放測光ではあるが、レンズ交換のたびにこのフィルム感度設定ダイヤルに撮影レンズの開放F値を設定する必要があった

半自動の開放F値設定機構(通称「ガチャガチャ」)

 レンズを交換するたびに開放F値を合わせなおすのではけっこう煩わしいし、合わせ忘れの危険性もある。普通のカメラメーカーならTTL測光の導入を機にレンズマウントの仕様を変更し、開放F値の情報を何らかの方法で伝えることができるようにするところだが、ニコンは違った。

 安易にレンズマウントを変更すると互換性がなくなり、せっかく買った交換レンズが新しいボディで使えなくなったり、機能に制限が生じたりでユーザーの不信を買う恐れがある。ニコンはこの点にこだわり、「カニの爪」はそのままに、簡単な方法で開放F値をセットする方法をあみだした。それが半自動開放F値設定機構、通称「ガチャガチャ」なのだ。

 「カニの爪」は絞りリングのF5.6の位置に設けられている。ここから絞りリングを開放側に回すと、開放F値の位置で制限に突き当たって止まる。つまりF5.6の位置から制限に突き当たるまでの角度がそのレンズの開放F値を表しているわけで、これをカメラボディの露出計に覚えさせておけばよい。

 この機構を備えたカメラではレンズ交換のたびに絞りリングを端から端まで一度往復させる。まず最小絞りまでリングを回転する動作で、それまでセットされていた開放F値をリセットする。そしてそのまま開放側に回転すると、今度はその回転角に相当する新しい開放F値がセットされるのだ。このような動作を鋸歯状の歯を備えた部品とその歯に食い込む爪とを組み合わせたラチェット機構で実現している。このセット時のラチェット機構の発する音から「ガチャガチャ」の呼び名が付けられた。

「ガチャガチャ」方式を採用したニコマートELのネームプレートを外したところ。「ガチャガチャ」の機構は、この部分とレンズマウント周囲に組み込まれている「ガチャガチャ」の儀式、つまりレンズを装着後絞りリングを最小絞りまで回し、更に開放絞りまで回す動作を行なうと、設定された開放F値がレンズマウント部に表示される

 レンズ交換時に絞りリングを端から端まで回転させるという作業が必要ではあるが、感度設定ダイヤルでいちいち開放F値をセットするのに比べてはるかにユーザーの負担は軽減できる。そして、なによりも以前のレンズをそのまま使ってTTL開放測光が可能という点が大きい。

 この「ガチャガチャ」は1967年のニコマートFTnで初めて採用され、1976年のニコンF2フォトミックSBまで続いた。

Ai方式

 「ガチャガチャ」で、ともかくもそれまでのユーザーを裏切らずにTTL開放測光を実現できたのだが、大方の競合他社はレンズマウントの仕様を変え、F-F0をレンズ側からボディ側に伝える機能を盛り込んだものにして、TTL開放測光に対応してくる。そうなるとレンズ交換時に余計な「儀式」が必要なことは、ニコンにとって少なからずハンデとなる。古いレンズを持っていないユーザーにとっては、互換性など関係ないのだ。

 そこで1977年に、ニコンは絞りの連動方式の大変更を行なった。新たな方式は「Ai(Automatic Maximum Aperture Indexing)方式」と呼ばれ、レンズの絞りリングに設けた段差(露出計連動ガイド)で、ボディ側の「露出計連動レバー」にF-F0情報を伝えるものだ。これでやっと「ガチャガチャ」の儀式から解放され、他社並みの使い勝手になったのである。

Ai方式以前のレンズ(左)とAi方式のレンズ(右)の比較。Aiの場合は矢印の「露出計連動ガイド」で絞り値(F-F0)をボディに伝える。「カニの爪」も設けられているが、その直後にある絞り値の表示を照明するために孔が開けられている。その形状から「ブタの鼻」と呼ばれている

 ただ、ここでニコンらしいのは、この大変更の際に互換性に細心の注意を払い、古くからのユーザーに最大限の配慮をしている点だ。

 新しいAi方式の交換レンズの絞りリングには、相変わらず「カニの爪」が設けられ、古いガチャガチャ方式のボディにも使えるようになっていた。さらに旧レンズの絞りリングを交換してAi方式のレンズに改造するサービスまで実施したのである。ここまでして古くからのユーザーを大事にするのが、ニコンのこだわりであり、この姿勢は今でも続いている。

Ai方式のボディ(ニコンFE2)。矢印の部分に「露出計連動ガイド」が当たって絞り値をボディに伝える

そしてAFへ

 1980年代の後半から一眼レフのAF化が始まった。それまでの絞り値関連の情報に加え、フォーカシングの情報もレンズマウントを介してやりとりする必要が生じたのである。これは一眼レフのメーカーにとって、レンズマウントを一新するよい機会となった。

 AF化というような大きな技術の進歩のためには、マウントの変更が必須であることをユーザーも納得してくれるというわけである。実際、AFを機会にキヤノンとミノルタが旧レンズの使用を切り捨てたような形で新マウントに移行している。

 しかし、ニコンは違った。1986年のニコンF501で本格的なAF化をスタートさせたのだが、レンズマウントはそれまでのAi方式の絞り値連動や自動絞り機構、基本的な寸法はそのままに、AF駆動のカップリングと電気接点を介したCPUの通信による情報のやり取りを加えたのだ。従ってAF用のレンズもそれまでのMFのボディに装着して問題なく使える。絞りリングからは「カニの爪」が姿を消したが、これも希望すればニコンのサービス窓口で装着してもらえるのだ(Gレンズを除く)。

AFレンズのマウント部。CPU通信のための電気接点が加わった。フォーカス駆動のためのカップリング(矢印)も加わっている。「カニの爪」は姿を消したが、希望すればサービス窓口で装着してくれる

絞りの制御

 第2回キヤノンのFDマウントの項では、ボディ側から絞りを制御する機能について述べた。プログラムAEやシャッター速度優先AEではレンズ側からセットした絞り値をボディに伝えるのとは逆に、ボディ側からレンズの絞り値を制御する機能が必要になるということである。

 ニコンの場合はこの機能を実現するために新たにレバーなどを新設することをせず、冒頭に述べた自動絞り連動レバーを用いた。レンズ側の絞りリングは最小絞り値に設定しておき、撮影時にこの自動絞りレバーを途中で止めるようにすれば、任意の絞り値に制御できるわけである。ただもともとこのレバーは絞り込むか否かだけを伝えればよかったので、レバーの移動量(ストローク)と絞り値の関係はレンズによってバラバラであった。そこで1980年から、この自動絞りレバーのストロークと絞り値の関係を統一したものに切り換えていった。このようにしてボディからの絞り制御に対応したものは、Ai-Sレンズと呼ばれている。当然のことだが、AFレンズはすべてこの機能が盛り込まれている。

Gレンズの登場

 実際にこの機能を使ってボディ側からの絞り制御機構を組み込んだのは1982年のニコンFGからのことだが、1987年のニコンF401からは絞り優先AEやマニュアル露出の時もボディ側で絞り値をセットするようになった。そうなると、レンズ側の絞りリングは不要になり、最小絞りにセットしなくてはならないことが却って煩わしい。そこで2002年には、絞り設定リングを全くもたない「Gレンズ」が登場した。

Gレンズのマウント部。絞りリングがなくなっている。また、このレンズはAF駆動モーターを内蔵しているため、フォーカス駆動用のカップリングもない

 実はこの「Gレンズ」は大変大きな意味を持っている。それまでは一部のものを除き、最新のレンズでも1950年代や1960年代のカメラに装着して使えた。AFレンズでさえも「カニの爪」を取り付けてもらえば、初期のニコンFで使用できて露出計も連動したのだ。これがニコンの互換性に対するこだわりだったのだが、「Gレンズ」はほとんどのマニュアルフォーカスの一眼レフでは使えず、このこだわりの一角が大きく崩れたことになる。しかし反面、過去のユーザーへの配慮は時として新しい機能を実現する上で足かせとなる。そのあたりを熟慮した上での決断であったのだろう。

いつのまにか作戦

 2012年、Gレンズの登場から10年が経過した。現在ではいつのまにかニコンの一眼レフ用の交換レンズはGレンズばかりになっている。

 こうしてニコンのレンズマウントの歴史を振り返ってみると、非常に興味深いことに気付く。マウントを介した情報の伝達などで新しい方式に移行する際、ニコンはすっぱりと切り換えることはせず、必ず旧方式も残して新旧を併存させるのである。そして「いつのまにか」古い方式が消えている。

 MF一眼レフの時代には「カニの爪」とAi方式の絞り連動機構の両方がレンズに設けられていた。しかし「カニの爪」はいつのまにか姿を消している。そしてAFレンズでは機械的なAi方式の露出計連動ガイドと、CPU通信による設定絞り値伝達が併存していた。だが、Ai方式の方はGレンズになっていつのまにか消えた。いや、絞り設定のリング自身が消えてしまっているのである。AFの方式についても、初期のものはボディ内に駆動モーターがあったので、その駆動力を伝えるカップリングがマウントに設けられていたのだが、レンズ側にモーターを内蔵したAF-Sレンズが登場し、カップリングを備えたレンズはいつのまにかほとんどなくなってきている。

 急激な方式の変更は、ともするとユーザーの反発を招くが、このようないつのまにか作戦でユーザーをつなぎ止めながら新しい技術にソフトランディングしているのだ。これがニコンのこだわりと言える。

 では、次に「いつのまにか」姿を消すのは何だろうか? 注意深く見守っていこうではないか!






豊田堅二
(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在は日本大学写真学科、武蔵野美術大学で教鞭をとる傍ら、カメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「デジタル一眼レフがわかる」(技術評論社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。

2012/6/27 00:00