特別企画

世界に4か所!最新のM型ライカ試験機を見てきた

土台に200kgの大理石 近年のライカ修理事情も聞く

現在のM型ライカ代表機種「ライカM10」

半年ほど前、ドイツのライカカメラ本社で修理やユーザーサポートを担当するカスタマーケア部門を取材した。そのとき現地の担当者が「日本のサポート部門も大きな拠点なので、ここ(ドイツ)までカメラを送らなくても大体のことは済みますよ」と話していた。

となれば、その日本の拠点がどれほどのものか知りたくなるのが心理。東京にあるライカカメラジャパンの修理センターを見学してきた。

ちなみにライカカメラジャパンのカスタマーケアは製品修理のほか、カメラを好みの外装に仕立てて注文できる「アラカルト」や、50項目以上の点検整備を行ってライカ自身が認定証明書を発行する「ライカ認定中古カメラ」も手がけている。

試験機のために選ばれた立地

日本でライカ製品の修理を受け付けているのは、フラッグシップストアであるライカ銀座店2階にあるカスタマーケア。修理品を直接持ち込む場合も、配送する場合も同様だ。今回取材した修理センターは、そこで預かったライカ製品の修理対応を行うための作業場所。

この修理センターは2014年に新設された。その最大の理由は、M型ライカ用の最新試験機、通称「W6」を設置するためだった。ユーザー向けの窓口は持たず、所在地も非公開となっている。内部の模様は、いままでほとんど公開されていない。

最新のM型ライカ用試験機。通称「W6」。

W6はライカM(Typ240)以降のライカMデジタルカメラを修理・調整するのに必要となる試験機。デジタルカメラ時代に求められるピント精度を実現するために、フィルム時代からのアナログ試験機+目視ではなく、デジタル時代らしくコンピューター制御+カメラでの検査となる。カスタマーケア担当者の実感としては、「W6で、機械が人間の精度を超えた」のだという。

この装置は約200kgという大理石を土台に、コンピューター制御の機器がセットされた長机のような姿。これほどの重量物でありながら、水平状態から少しでも傾けてはいけないという精密機器で、修理センターの立地そのものが、これを揺らさず搬入可能であることを第一条件に選ばれたそうだ。

中央に大理石がセットされており、機器の土台になっている。
後述する別の機器も、ベースの部分が大理石だった。

搬入時にはドイツ本社のスタッフ3人が立ち会い、道路の通行量が少ない深夜に大型クレーンで吊り上げ、窓枠を外した窓から2階に搬入。搬入後の微調整も含めて、設置には1週間を要したという。

ドイツ本社以外でこのW6を設置していたのは、アメリカと日本だけ。今年になって上海にも設置されたそうだが、それでも全世界に4か所である。他の地域でもフィルムカメラ時代の試験機を使って簡易的なピント調整は可能だが、ちゃんとデジタルカメラとしてのポテンシャルを発揮できる(=出荷時と同様の)ピント精度を再現するには、ドイツ本国で対応しているそうだ。

すると日本にはW6があるので、ピント調整のために遠くドイツまで送らなくて済む。正直なところ、今までこれが特別なこととは全く思っていなかったけれど、全世界的に見れば日本のライカ環境が恵まれていることを知った。

参考写真:ドイツ本社にあった「W6」。モニター前に置かれた工具の並びまで同じだ。

機械化で均質化→高精度の担保

最新ライカの距離計調整はコンピューターを基準に行われる。というと"ドイツのクラフトマンシップ"を標榜するライカには味気なく聞こえるかもしれない。しかしこれは作業者のスキルや心身の状態に左右される要素を減らして「誰がやっても結果がブレない」という状態を作るための仕組みで、これぞドイツらしいといえる思想なのだ。

例えば従来の調整では、ファインダーを作業者が覗く。すると人それぞれで接眼する位置に微妙な違いがあるため、二重像の見え方に微妙なズレが生じ、結果として撮影時のピント位置の違いとして見えてくる可能性も考えられる。そこでW6を使えば、規定位置に固定されたカメラを通じてピント精度の検査が行われるため、常に一定の再現性が保てる点をメリットとしているわけだ。

目の代わりに固定されたカメラでチェックすることにより、検査条件を一定に保つ。

実際にW6のデモを見せてもらったところ、ピント精度は最短の70cmから、85cm、1m、1m35cm……という具合に9つの撮影距離でテストしていた。M型ライカの調整で特に重視するのは、フィルム時代から基準としていた1mと無限遠の2点だそうだ。

そして、必要があれば手動で距離計を調整し、改めてコンピューター上で検査し、全ての撮影距離でピント精度が規定範囲内に収まればOKとなる。調整時にはカメラのシリアル番号も打ち込むため、どの個体がいつどこで調整されて、どのような結果だったかは、全てドイツの本社に逐一送られていく。

コンピューターを使ってはいるものの、スタートボタンをポンと押して放置……というわけにもいかないようで、作業者はW6につきっきり。あくまで作業性向上というより、精度向上・品質維持のために使われている機械なのだなと感じた。

距離計チェックのほか、パララックス補正(ピント位置に応じて、実際の写真に写る範囲を示すフレームが動く)の精度もチェックする。写真右側の筒がゆっくりと移動して、マウント内部のコロ(レンズの繰り出しを受け止める部分)を押す。

なお、こうした全てのライカの修理制度や調整基準は、ドイツのライカカメラ本社が厳格にルールを定めており、各国はそれに従う形になる。こうした機械化による均質化は、作業性の向上のみならず、「出荷時と同じ基準で検査している」「毎回同じ基準で検査されている」という部分で、ユーザーの安心材料としても作用する。

厳格さのエピソードとしてお伝えできるのは、W6の設置場所は365日・24時間にわたり室温を20度に保っているという点。取材時に筆者を含め数名が立ち入ると、それだけで室温は上がり、雨が降れば湿度も変わり、確実に測定結果の違いとして現れるそうだ。そのために各試験機は定期的な校正を欠かさない。

W6を校正するための機器。これをカメラの代わりにマウント部に取り付け、細かく変化する環境下での検査精度を整える。手で直接触らないところに、機器の繊細さが伺える。

ミラーレスカメラの進歩が著しい昨今、あえて昔ながらのスタイルを好むユーザーに向けてライカM10のような製品を販売しつつ、点検精度は最新のデジタルカメラの基準で律儀に行う。このバランス感覚もまた、現代ライカの魅力だ。

ちなみにM型ライカのピント調整は、ボディとレンズのピント位置をそれぞれ基準内に調整するほか、「このボディとこのレンズの組み合わせでジャスピンが来るようにしてほしい」という依頼も可能だ。特に大口径レンズで有効だろう。

「MTF-Master」という名前の光学試験機。中央の円盤部分にレンズを取り付け、回転させながら光を通して性能をチェックする。
測定の基準となるマスターレンズを装着したところ。1度マスターレンズを測定して機器の状態に変化がないことを確認してから、実際に測定する交換レンズを装着する。
昔ながらのMTF試験機もある。周辺部を検査する場合は円形の台座部分を傾ける。
カメラ本体の距離計連動コロに接するレンズ側の「カム」の精度をチェックする機器。右の機器に連動して、左側の機器にコロの押され具合が表示される。
調整の基準となる原器。調整用コンピューターの画面などにも、頻繁にドイツ語を見かける。本社の管理がキッチリしていることを伺わせる。6bitコード改造でマウントリングを交換した後にも、これで元通りのピントが出ていることを確認している。
中央に並ぶのは、ブライトフレームのマスクを位置決めするための治具。
中央部分にあるのがブライトフレームのマスク。中央のプラスねじ2本を本締めする前に、ガイドとして使う。
イメージセンサーが載った基板の水平を出すためのシム。機種ごと・厚さごとにたくさん用意されている。
旋盤。フランジバック調整でマウントリングを削る場合などに使う。新旧製品に対応する機械をどちらも揃えなければならないのは、ライカならではだろう。
参考写真:ドイツ本社内には、かつて使っていた古い機械が時代ごとに並ぶ。いずれも修理用として現役で、となれば古いライカはドイツでの修理対応となるのも納得だ。

デジタルならではの検査

ライカM10はカメラ本体からUSB端子が省略されたため、検査用コンピューターとの接続には底面端子を使う。出荷時にはフタをされていて、ユーザーがこの端子を目にすることはない。

上:専用端子を露出した状態 下:通常時のライカM10。

専用端子を検査用のコンピューターに接続し、シャッターボタンを押してシャッターが切れるか、ダイヤルの回転位置は正しく認識されているか、Wi-Fiモジュールはちゃんと動作しているか、6bitコードセンサーの動作は正常か、などを確認していく。

ダイヤル類の動作チェックはコンピューターで確認する。
Wi-Fiモジュールの動作テストを行うための機器も。デジタルカメラの検査項目は多岐にわたる。
見慣れない「Seite A/Seite B」と書かれた工具。装着レンズを見分ける6bitコードセンサーの動作を確認するための工具だ。
白黒のパターンが前後で逆になっており、レンズマウント部のセンサーが正しく読み取っているかを確認する。

また、シャッタースピードの測定など、単体の機器を使って行う工程もある。カメラの修理は直接の修理作業より、その前後に行う検査や調整のほうが大変と聞くが、まさにその通りだと感じる。

シャッタースピード試験機。画面内の5か所でシャッターが開いている時間を測定し、精度を確かめる。
カメラ内の電子水準器に使われるセンサーに、基準となる位置を書き込むための機器。
カメラが水平からゆっくりと逆さまになったり……
3次元の動きをしながら調整が進む。思った以上に時間がかかるので驚く。

昔ながらの試験機も

1950年代から60年以上の歴史を持つM型ライカ。カメラの基本構造と同様に、修理センターにも昔ながらの部分が残っている。

例えば、ピント位置に応じてファインダー内に撮影範囲の目安を示す「パララックス補正」という機構も当時におけるM型ライカの新機能だが、その試験機がなんとも古めかしい。

外観上の特徴を踏まえても、おそらくライカM3が登場した1950年代に作られたものだろう。先に述べた通り、2014年までの日本では、これで全てのM型ライカが調整されていた。

試験機にカメラを取り付けたところ。距離リングを回してファインダー内のフレームを動かし、パララックス補正が適正かチェックする。
奥にあるのが確認用のターゲット。中央のレールに後付けされた細い縦棒は70cmの位置にある。つまり、この試験機が製造された時代はまだM型ライカの最短撮影距離が1mだったということ。

商売としての採算を突き詰めれば、現行機種以外のサポートなど場所も時間もコストもかかるだけで、利益には直結しないはず。しかしライカカメラ社は、そこを手厚くすることが今後の「ライカ」にも繋がっていくと信じているのだろう。

カメラ好きの方々であればお察しの通り、日本のカメラユーザーは昔から細部をよく見ていることで海外メーカーにも知られている。そこで日本のユーザーが求める結果と、ドイツ本社で「問題なし」となる基準のギャップを埋めるように調整を図るのも、日本のカスタマーケアの仕事だ。ドイツ本社のカスタマーケア担当者は「ライカカメラジャパンからの修理依頼が一番繊細で難しい」と話しているのだとか。

ライカの修理ポリシーQ&A

せっかくの機会なので、最新カメラに限らず以前から聞きたかったことをライカカメラジャパンのカスタマーケアに質問してきた。

——古いライカの修理はどこまで受け付けていますか?

「ライカM3」(1954年〜)までは、パーツがある部分に限って今でも修理できます。張り革は当時の模様に似た現行品を使ったり、ファインダー部分も現行機「ライカMP」のものに取り替えるなどの対応になります。

スクリューマウントライカ(いわゆるバルナックライカ。1925年〜)やライカRシリーズのカメラボディは、現在ライカで修理を受け付けていません。ライカRシリーズのレンズも全体的に修理が厳しくなってきています。

※12月3日追記:ライカRボディの修理受付が終了していたと連絡を受けたため、該当部分を修正しました。

——ライカM5、CLの露出計はドイツ本国でも直りませんか?

はい。自動露出に関わる修理はできません。M6 TTLも電気回路部品が払底しているため、露出計に不具合があると修理不可になってしまいます。

M6のように露出計だけが内蔵されている機種は、同様の現行機種(ライカMP)があるので、仮に露出計が壊れてもまだ修理可能です。

——ライカM6のファインダーが逆光下でハレーションを起こすというので当時対策をされていましたが、今でも対策は可能ですか?

はい。まだ受け付けています。

——古いレンズの修理はどれぐらい対応可能ですか?

日本では光学部品を持っていないので、ドイツでの対応になります。

例えば古いレンズで玉同士の貼り合わせが剥がれてしまった(いわゆる"バル切れ")ようなケースでは、その部分の玉を交換します。前玉のコーティングが傷んでしまった場合も、その前玉を交換します。

ライカでは「再蒸着」(貼り合わせやコーティングのやり直し)、「リペイント」(ボディの再塗装)といった作業は行いません。

——ライカレンズの組み立ては、前後の玉との性能的バランスも見ながら組み立てているそうですが、修理で一部の玉を交換するとどうなりますか?

その場合も、前後のバランスを見ながら組み立てて再調整します。交換用の玉は複数がストックされていますから、その中から性能的にマッチするものを探して使います。

——日本で修理対応を行っていない製品は何ですか?

ライカSのカメラとレンズ、ライカSLレンズ、ライカTLレンズです。それぞれに専用の試験機が必要なため、ドイツでの対応となっています。

"ドイツ送り"以外があるのが素晴らしい

現在ドイツのライカカメラ本社内には、センサークリーニングの作業風景をユーザーが隣で見られるようなスペースを用意しているのだという。担当者はフェラーリのガレージをイメージして企画したそうで、これもデジタルカメラをラグジュアリー品に昇華させたライカならではと言えるのではないか。メカニカルな部分は変わらず厳格な老舗ブランドでありながら、ユーザーとの接点に新たな取り組みを盛り込んでいく姿勢は興味深い。

近年はライカにも新しいカメラシステムが増え、複数のライカを使い分けるユーザーが多くなったことで、必然的に修理やメンテナンスの依頼も増えている。こういう時には、最新のコンピューターベースの試験機が特に助けになるのだそうだ。

東京の修理センターにも、旧来の試験機とコンピューターが共存していた。

それでも時期によってはメンテナンスの依頼が集中することが多いそうで、トータルでの修理預かり期間を短くすることを考えれば、交換レンズや古いカメラはドイツに任せるほうが早く返却できる、という判断になることが多いのだという。

かつてはドイツ送りの最小単位が「3か月」とも言われていたけれど、今ではドイツと機材をやり取りする便を週1回に増やしたそうだ。そのため、今では3か月より早く修理品が戻ってくるケースも少なくない。何にせよ、納期はその時の混雑の度合いによる。余裕を持ってカスタマーケアに問い合わせてみよう。

いちユーザーとして、ますますの規模拡大に期待

今後、ライカ銀座店の2階にあるカスタマーケア窓口では、従来から行っている簡易センサークリーニング(無料)や、距離計の簡易調整(W6ではない従来基準の検査)を主に担当する模様。運良く預かり品が少なければ、これらは当日返却となるケースもあるという。

また、M型ライカのトップカバーを外してファインダー内の清掃まで行う"念入り"と呼ばれるメンテナンスコース(税別1万2,000円)もあるが、こちらはトップカバーを開ける=W6でのチェックが必要なので、少し時間がかかる。これ以上の修理については、実際にカスタマーケアが機材を確認してから修理内容が決まる。

近いうちにライカ銀座店2階にはクリーンベンチが導入され、センサークリーニングの作業性がより向上する予定だそうだ。筆者はたまたま関東在住なのでラクだが、日本も狭いようで広い。愛機ゆえに小まめなメンテナンスを依頼したいけれど、カメラを預けている期間は誰しも寂しいもの。国内ユーザーの味方であるカスタマーケアには、日本ひいてはアジアの一大拠点として今後ますますの規模拡大を目指していただきたく、応援したい。

制作協力:ライカカメラジャパン株式会社

本誌:鈴木誠