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ライカカメラ社の新社屋「ライツパーク」見学レポート
発祥の地、ドイツ・ウェッツラーにオープン
Reported by 本誌:鈴木誠(2014/6/2 16:46)
5月23日、ライカカメラAGの新社屋が所在するドイツ・ウェッツラー「ライツパーク」において、プレス向けの新社屋見学ツアーに参加した。本稿ではその様子をお届けする。
ライツパークは、フランクフルト国際空港から車で1時間ほどのヘッセン州ウェッツラー(Wetzlar)にある。35mmスチルカメラの原点「ライカ」を生み出したエルンスト・ライツ社があった場所として、1980年代後半までのライカ製品に刻まれた「Ernst Leitz Wetzlar」などの文字でお馴染みの地名だろう。ライカに限らず“光学の町”として知られる静かな場所だ。
ライカカメラ社の新社屋は、カメラのレンズや双眼鏡をイメージしたという円形の建物。グレーに統一されたシンプルな外観に、赤いライカロゴが製品同様のワンポイントとなっている。
ライカカメラ社CEOのアルフレッド・ショプフ氏によると、新社屋は「ライカワールド」を建物で表現することを目指したという。「ブランドと歴史をモザイクのように組み合わせた」、「トータルなブランド体験ができるところは光学メーカーでは少ないのでは」と自信を見せる。
ライカカメラAGは1988年からウェッツラー近郊のゾルムスに本社を構えていたが、ウェッツラーのライツパークに新社屋を建設し、“発祥の地”に移転する計画を2008年に発表していた。
同社では2014年をライカ誕生から100周年として、この新社屋お披露目や既報の100周年記念セレモニーと新製品発表などを、5月22日〜5月24日にかけウェッツラー市内で行なった。
新社屋の内部は、白を基調とした明るく開放感のあるデザイン。エントランスを入って左側にギャラリーと歴史的アイテムの展示(パンフレットにMilestonesと記載)がある。ライカ誕生以前のエルンスト・ライツ社やオスカー・バルナックに関するアイテムの展示は、筆者はこれまで目にする機会がなく新鮮だった。
奥に進むと、ウル・ライカを起点としたライカの歴史が並ぶ。当日は説明員による解説も聞くことができた。
例えば、オスカー・バルナックが開発した35mm判カメラ試作機の「ウル・ライカ」(1914年。展示機はレプリカ)には、まだセルフキャッピング機構がなく、シャッターチャージの際にスリットが閉じないため1コマ撮影ごとにレンズにキャップをして巻き上げなくてはならなかった。
それが1925年に登場したライカ初の市販モデル「ライカI」(A型)では解消された。続けて1932年の「ライカII」(DIIとも呼ばれる)では距離計連動のファインダーを内蔵。「ライカスタンダード」(E型)でレンズがスクリューマウントの交換式になった。
そして1954年に登場したのが、バヨネット式のライカMマウントを採用した「ライカM3」だ。現行の「ライカM」まで60年続いているM型ライカの初号機。それまで“ライカに追いつけ・追い越せ”でレンジファインダーカメラを作ってきた国内カメラメーカーを、新しい道として一眼レフカメラに注力させるほどの衝撃を与えたと言われているモデルだ。
具体的には、それまでに登場したスクリューマウントのライカ(いわゆるバルナックライカ)では別々のファインダーを覗く必要があった「ピント合わせ」と「フレーミング」が、大きな一眼式ファインダーの中で可能になった。また、撮影範囲は装着レンズに応じて表示されるブライトフレームが視野に浮かぶように示す。これは最新のデジタル機「ライカM」にまで続く代表的な機構だ。
ほかにも、M3ではシャッターダイヤルがスローも一体化し、レリーズ時にも回転しない一軸不回転式(バルナックライカではレリーズ時にダイヤルに触れてしまうとシャッター速度に影響がでる)になった点、レバー巻き上げやフィルム装填時にバックドアが開くといった進化点が特徴として挙げられた。
また、Milestonesに展示されているのはレンジファインダーだけでなく、フィルム一眼レフ「ライカフレックスSL」(TTL測光と全面ピント合わせ可能なスクリーン採用)、1996年のデジタル初号機「ライカS1」、1996年登場の「ライカR8」に組み合わせる「デジタルモジュールR」(2004年)、2009年の中判デジタル一眼レフ「ライカS2」およびAPS-Cコンパクト「ライカX1」など多岐にわたる。
Milestonesコーナーの壁には、“ライカフォトグラフィー”100年を代表する写真を「36 AUS 100」として展示していた。ライカと、ライカが原点である35mmカメラを使った写真、それぞれの歴史に親しめる趣向だ。
ギャラリーおよびライカアカデミーを担当するカリン・レン-カウフマン氏によると、ライカギャラリー(日本では銀座店と京都店に併設)とライカアカデミー(世界各国で行なう写真ワークショップ)は「カメラだけでなく文化全体を見せる」という点で他のカメラメーカーにない取り組みだと強調。「クレイジーかもしれないが、そのアプローチを楽しんでいる」と説明してくれた。
また、オートマチック化したカメラが一般化な現在におけるライカは、特にM型ライカが“操作を学んでやっと写真が撮れる”カメラであることから、「撮影者の気持ちが出やすく、単なるツールではなくインストゥルメンツ(楽器)に例えられる存在」と評した。
歴代ライカが一堂に並ぶ見学ゾーン
エントランスの裏側にあたる位置に、ライカ製品の製造工程を見学できるコーナーがある。レンズやカメラの組み立て・検査工程を間近に見ることができた。
レンズの工程では、「ライカレンズは15種類のガラスを扱っている」、「レンズに入った光が1点を通るようにするためのセンタリング(芯出し)が大事」、レンズ構成が増えると反射面も増えることから「コーティングや墨入れが大事」といった説明があった。
次に見えてきたのは、「ライカM」の製造ライン。全14ステップあるという。CMOSセンサーの取り付け調整は、0.01mm単位でシムを挟んで行なっているとのこと。
進んでいくと、磨りガラスのように明かりだけが漏れる窓があった。横に設置されたタッチスクリーンからメールアドレスを入力すると、窓が透明になり30秒間だけ中の様子を見られるという展示。この時はライツパーク限定のライカX2や、アラカルト(カメラなどのパターンオーダー)といった特別モデルの外装を手がけていた。
これら見学スペースの背後には、歴代ライカのカメラ、レンズ、双眼鏡がずらりと並んでいる。少数の特別モデルなどを除いて、過去に販売された製品はほとんど揃っていると見られる。
見学場所がエントランス付近から奥へ移ると、以降は撮影ができなかった。カスタマーケアの部門では、製品のリペアやメンテナンスを実施。現行Mデジタルで旧世代Mレンズを識別するための6bitコード付加、トップカバーへの刻印、レザーの張り替えのほか、付属ソフトのサポート、使い方講座、レンタルサービス(現在ドイツのみ)も行なっているという。
また、リペア部門では現行のM、S、Tシステムだけでなく、スクリューマウント(いわゆるバルナックライカ、ライカLマウント)も対応できるという。事務スペースはガラス張りで外光がよく入る環境。作業スペースは資料や工具が整然と並び、工作機械もまだ新しそうだった。取材時にはヘリコイドを削ったり、レンズを研磨している工程を見られた。Sレンズのズーム伸縮を繰り返す耐久試験マシンの動作も見られた。