新製品レビュー
Hasselblad X1D II 50C(実写編)
"何か"に惚れたら買うべきカメラ XCDレンズ3本も試写
2019年8月8日 07:00
2019年6月に発表されたハッセルブラッドX1D II 50C。本機は2016年6月に登場した世界初の中判ミラーレスデジタルカメラ「X1D-50c」の進化版だ。
アルミ削り出しによる美しいボディデザインはそのままにグラファイトカラーをまとい、背面モニターの大型・高精細化と起動時間や操作時のレスポンスアップ、GPSの内蔵やEVFの進化など、使い勝手に関するハードウェアが更新され全方位にパワーアップしつつも価格はグッとお手頃になっている。なので、進化版や後継モデルというよりはアップデート版というのが正しいのかも知れない。
使用感とAFの感触
前モデルに対して約46%短縮されたという起動時間だが、X1D II 50Cを20回ほど電源ON/OFFして撮影可能になるまでの時間を計測したところ、その平均値は電源ONボタン押下から概ね5秒だった。これをどう評価するかは人それぞれだと思うが、筆者の感覚ではこれでもまだちょっと遅く感じる。
一旦起動してしまえば操作レスポンスは全く不満がなく、「サクサク動作する」というのが決して大袈裟な表現ではないので、これならスナップ撮影にも中判デジタルを気兼ねなく持ち出せそうだ。
背面モニターのタッチ操作によるAFや、EVFを覗きながらのタッチパッドAFについても軽快でまったく不満を感じないレベルにあるので、例えば上の写真のような場面を見つけても余裕をもって対応できる。
このカットはMFで撮影したが、背面モニターの精細感が上がったことと、連続撮影速度が上がったことでMFによるピントブラケットがしっかりと決まり、簡単に眼にガチピンさせることができた。
使っていて気になったのは、15分ほど画面がスリープしないような使い方をしているとボディのグリップ部がかなり高温になったこと。金属ボディなのでボディ全体で放熱するような構造なのだろうと思うが、想像以上に熱くなったのでちょっと気になった。
これらの写真を見ても分かる通り、AF精度は基本的に高い。基本的に、と前置きしたのは苦手なシーンがあるからだ。ルーバーや柵のような繰り返しパターンがある部分にAF合焦させたい場合や、被写体の小さな部分にピントを合わせたい場合には、撮影時の柔軟な対応や小さな工夫が望まれる。
しかしEVFや背面モニターのフレームレートが60fpsと高速であり、精細感も高いので、そういった苦手なシーンで「あれ?ピントが来てないぞ」と気付きやすいのは良いところ。カメラの高速化はこういった部分にとても効いてくるので、もし自分が従来機のX1D-50cユーザーであれば、この点はとても悔しい思いをするかもしれないので、X1D-50cユーザー向けに下取り交換サービスなどのアップデートプランなどがあると嬉しく思うけれど……どうだろう?
解像感と高感度の傾向
5,000万画素の中判デジタルカメラということで実力が分かりやすいのは解像感。X1D-50cで既にその実力は明らかになっているけれど、あらためて紹介しておきたい。
上の写真はビルの外壁を撮影したものだが、カメラで生成されるフル画素のJPEGファイルと、RAWデータをストレート現像(既に対応が発表されているAdobe Lightroomでパラメーターを触らずにJPEG書き出し)したものを用意した。ストレート現像のRAWデータはISO 100と6400。
従来機のX1D-50cは、RAWと同時記録できるカメラ内生成のJPEGが1,250万画素相当(フル画素記録の約1/4サイズ)だったが、今回のX1D II 50Cではフル画素のJPEG記録が可能になった。日本のデジタルカメラでは一般的となっているピクチャースタイルのような画作りの設定は用意されておらず、どちらかというと確認用という意味合いが強そうだが、ストレート現像とカメラ生成JPEGの違いをチェックしていただければと思う。
ISO100のデータを見てみると、やはり5,000万画素の中判デジタルカメラへの期待を裏切らない解像感が、ストレート現像とカメラ内生成JPEGのどちらにもあることがわかる。よくよく比べてみると、若干ではあるけれどRAW現像したデータのほうがシャープネスは高いようだ。
どちらの画像にもモアレが発生しているので、シーンによっては撮影時にカメラを回転方向に傾けたり、絞り込みや撮影距離の調整などでモアレ対策を行うか、後処理によるモアレ軽減を行う必要はありそうだ。
日本の最新のフルサイズミラーレス機と比べると「シャープネスそのものについてはそれほど高くないな」という印象があるかも知れないが、筆者はこのくらいの自然な再現性を好ましく思う。
ISO 6400のデータでは、ノイズリダクションの影響でカメラ内生成のJPEGはややシャープネスが甘く、RAW現像データはノイズリダクションを掛けていないのでノイジーだがシャープネスは高い。ISO 6400であることを考えれば、ノイズレベルは低く抑えられている。カメラ内生成のJPEGが甘いというのも、あくまで拡大表示させて観察した時の感想で、全体的なイメージとしては十分に高画質。画素ピッチの余裕が効いていると思わせる結果だ。
個人的な感想だが、カメラ内生成JPEGの画質は必要十分ではあるけれど、どちらかと言えばそのまま作品用に使えるというより確認用途向けの印象。やはりコダワリたい場合にはRAW現像するのが適しているだろう。日本のカメラではカメラ内生成のJPEGで必要十分以上の画質バランスが実現されているので、X1D II 50CのJPEGを物足りなく思う人もいるかもしれないが、これはカメラ作りの思想の違いによるものと思われる。
より自分らしい表現のためにパラメーターを育てるのもデジタル世代の写真の醍醐味だと思うし、自身のデータとより長時間向き合えるので、発見や学習の機会が増え、カメラへの理解も深まることだろう。
カメラJPEGとRAWストレート現像の違い
カメラ内で生成されるJPEGとRAWからストレート現像したJPEGデータをもう一歩掘り下げてみると、シーンによってはハイライトの階調再現性に大きな違いがあった。ファームウェアが製品版ではなくβ版であり、製品版とは結果が異なる可能性がある点にはご理解いただきたい。
ハイライトでは再現性に有意差があったけれどシャドー側の階調性についてはストレート現像の画像とよく似た再現性となった。画像全体でみてみるとカメラJPEGではハイライト側のコントラストがやや立ち気味でメリハリがある印象だった。色味に関しては基本的にストレート現像と傾向が似ているので扱い易くRaw現像時にJPEG画像の再現が容易なのは有り難い。
興味があったのでLightroomでRawデータのハイライトとシャドーをそれぞれ最大まで利用(ハイライト-100/シャドー+100)してみたのが下の1枚。通常はこれほど無茶な調整はしないけれど、それでもなお画質に目立った破綻がないのは素晴らしい。大きく持ち上げてもノイズでカタチが不明瞭になったり色が濁ったり、といった無理している感が少なくクリアな画質が維持できているし、ハイライト側もかなり階調が残っているのは素晴らしい。
実写
今回の撮影はまだ製品版ではないファームウェアを搭載した試作機で行ったため、背面モニターの表示輝度が時々安定しなかったり、ハングアップするなどの試作機では度々みられる不具合が少なからずあったため、以下の実写画像はRAWのストレート現像もしくは露出値のみ調整したものを掲載している。それ以外のパラメーターはノータッチだ。
WBについてもすべて晴天固定で撮影したのでシーンによっては最適ではない場合もあるけれど、印象的だったのは色再現の良さ。筆者のボキャブラリーでは「綺麗」という他に言葉が見つからないのだけれど、とても自然な再現でありながら美しいと感じる色再現にはとても感心した。どこかしらがビビッドな再現になったり、あっさり味で物足りなく感じられたりといったことがなく正にドンピシャなので「デジタルカメラはこういったトコロに惚れるのだろうな」と素直な感動があった。
XCD 3,5/45
XCDレンズはどれも描写が立体的。これは画角に対して焦点距離の長い中判デジタルだから、ということだけが理由ではなさそうだ。レンズの設計意図が自然で立体的な描写を目指しているのだろうと推測される。好みの問題になので筆者は満足だけれど、もっとキレキレでシャープな描写が好みな人や、5,000万画素だからシャープな解像があるに違いないと考える人には、こうした写りに少し満足できないかもしれない。
シャープさだけなら最新の35mmフルサイズカメラ用でもっと注目すべきレンズはあるし、もっと手頃な機材で実現できる。でもこの「アンサンブル」とでも形容するような調和のとれた写りは、このハッセルならではの特徴だろう。
XCD 1,9/80
「ハッセルブラッドで最も明るいレンズ」ということで興味があったのがこのレンズ。約1キロの重量級だけど、ボディとセットで考えるならギリギリ許容範囲内といったところ。X1D II 50Cの握りやすいグリップと高い剛性感で手に持って構えた時のバランスは良好だ。
35mm判換算で言えば約63mm相当の画角なので、ちょっと長めの標準レンズという感じ。筆者はいわゆる”標準レンズ”の画角を狭く感じるのだが、このレンズは少し望遠寄りの画角のせいか「狭いけど狭すぎない」という塩梅に感じられ興味深く思った。80mm F1.9というスペックから想像するよりはボケ量が小さく感じたけれど、それはこの画角の感じ方によるところなのかも知れない。
使い勝手は、ツインAFモーターのおかげでとても高速な……とはならないけれど、不満を感じないAF速度に仕上がっている。MF時の微妙なピント操作に対して45mmよりも繊細に反応してくれるところは進化を感じる部分だ。レンズシャッターの音質は45mmと比べて高音が控え目になっていて心地良く感じた。レンズ毎にシャッターの動作音が違うし、フードの有り無しでも響き方が違うのが、他のミラーレス機と違っていて楽しい。
写りについては作例を確認していただければ一目瞭然だと思う。繊細に解像しているけれど硬くないシャープネスが素晴らしいし、ボケ味も自然。突出したところがないとても素直な描写で大変に好ましく感じた。
こうした写りを筆者は「なんか良いよね」と感じるのだけれど、この「なんか良い」を説明するのはとても難しい。どこかが突出していれば、例えば「目を見張るシャープネス」や「とろけるようなボケ味」、「完璧に補正された収差」などと表現できるけれど、全てがまんべんなく上質に調和している。
拡大観察すれば色収差がわずかに残っているし歪曲もある。フレアだって出るし周辺光量落ちもある。でもだから何というのだ? ハッセルブラッドは「調和」という言葉の意味を知っているのだと感じさせてくれる仕上がりのレンズに、嬉しい気持ちになる。
XCD 4/21
35mm判換算で約17mm相当の画角となり、ハッセルブラッド史上で最も広角なレンズだという。約600gと常識的なサイズでカメラバッグへの収納性も良い。
上の写真でお分かりの通り、この画角のレンズとしては周辺までかなり真っ直ぐ写るレンズだ。光学での補正が効きすぎていないため自然なパースが期待できるし、画像処理による補正でもないので周辺画質に無理がない。ここでは少ししか絞っていないが、素晴らしいシャープネスがあることが分かる。
ワイドレンズでシャープネスは抜群だというレンズの一部には、写りがやや平面的というものもあるけれど、このレンズは他のXCDレンズと同様にとても立体的に見える。精細感の素晴らしい背面モニターで撮影画像を再生してみると口角が上がりっぱなしだ。
ピント面は絞り開放から素晴らしくシャープに解像している。ピントピークからボケ始めの遷移がなだらかなので二線ボケになりやすい意地悪な背景を選んでみたけれど(下の1枚)綺麗にボケていることが分かる。これが立体的な描写を生んでいるのだろう。
フラットな被写体を写してみても周辺部まで素晴らしい解像性能があることが分かる(下の1枚目)。至近側でもこの結果というのは素晴らしいことだ。
まとめ
本来製品とは絶対評価をされるべきと筆者は考えているけれど、こうしたレビューで相対的な比較評価はどうしても必要だ。筆者自身が基本的に「お買い物は論理的に」と考えているし、仮に自分が購入検討するなら比較評価は必須と考えているからだ。
残念ながらX1D II 50Cには「性能的に語れるところが少ない」という明確な欠点がある。従来機のX1D-50cと比べると全方位にアップデートが施されていて、後継機として買い替えを検討させるのに十分な仕上がりになっているけれど、視野を広げてみると約5秒の起動時間や日本のミラーレス機と比べて少し物足りないAF性能など、不満が無いわけではない。このカメラを検討する人の大多数は色々なカメラの使用経験がある人達だと思うので、そうした人達をどうやって満足させてくれるのか?と考えてみると、この不満を大きく覆すだけの何かが必要だろう。
その「何か」は、デザインと道具としてのつくりの良さだ。本機の手に触れる部分のつくりの良さは感動的だ。これには物理的な操作性やUIの操作性も含まれる。試作機では日本語ローカライズについて一部熟成不足なところはあったが、発売までにある程度解決されるだろうし、現状でも使いやすいと感じるデザインと一貫性のある操作性になっていたことはとても印象的。設計者がユーザーにちゃんと寄り添っていると感じることができる。こうした高いホスピタリティと美しいデザインは、日本の製品に足りない部分だ。
「合う」という言葉がある。今回は適合するという意味で用いているのだけれど、日本のカメラに触れていて感じることが多い「合う」は、基準や要求を満たすという意味合いの「suit」や「match」だ。でもX1D II 50Cの「合う」は、すっぽりと当てはまるという意味合いの「fit」だ。X1D II 50Cは長く触れているほど手に馴染むし、カメラとの距離が近くなっていくのを実感できる。こういった部分に魅力を感じる人にとってはX1D II 50Cは「性能的に語るところのない」というネガティブな部分を覆すのに十分な魅力をもったカメラだろう。
筆者はこのカメラが生まれたスウェーデンの景色に改めて興味を持った。ひょっとすると海外の人たちも日本のカメラに触れて「このカメラを生み出した国はどんなところだろう?」と思いを馳せるのかもしれない。こうした視点に立って考える機会も、このハッセルに触れなければもっと先のことだったのかもしれない。今回の出会いは良いタイミングだったのかも、と考えてしまう自分がいる。
しかし手頃になったとは言え、全体的に高価格帯の製品だ。じっくりと向かい合えば価格に相応しい価値が十分にあると筆者は納得できた。もちろん性能やスペックだけで考えるならもっと論理的で合理的な選択がある、というのは先日の富士フイルムGFX 50Rのレビュー時にも考えたことだし、カメラ選びの考え方として何も間違っていない。そういったことを踏まえていても「なんか良い」という部分はとても強く自分の心に訴えかけてくるものだ。言語化できる長所より、説明できない良さにこそ人は惹かれてしまうのでは?とついつい考えてしまうのは、まさにこのカメラが筆者にfitしているからなのかもしれない。というのが今回の締めです。
カタチに惚れたら無理してでも買うべきだけど、できることなら1度ショールームなどで実機に触れてみて下さい。従来機と比べれば本機の方が使い勝手がグッと向上しているので、より自由に軽快に、普段使いすることができます。だから従来機のユーザーは、本機に触れる前によく考えてから確固たる覚悟を持って行動しましょう。
立ち止まっていつもより少し長めに被写体と向き合って、気持ちを整えてパチリ。カメラの持っている時間に寄り添った使い方をしてみると、また違った風景が見えてくると思います。