写真展レポート

意外な場所、ストロボ+水、表現に悩む時……「いのうえのぞみ×福島裕二写真展-Y/N I/F-」撮影振り返りトーク

新宿 北村写真機店で8月21日まで展示中

2019年撮影(CP+、ニッシンジャパンステージ)

「いのうえのぞみ×福島裕二写真展-Y/N I/F-」が新宿 北村写真機店で7月2日に始まる。会期は8月21日まで。

モデルやフォトグラファーなど幅広く活躍するいのうえのぞみさんを被写体に、写真家の福島裕二さんが2019年から彼女を撮影した作品の数々が並ぶ。これまでの18回に及ぶ撮影からセレクトした集大成とも言える展示だ。本展は新宿 北村写真機店のオープン2周年記念展でもある。

ここでは展示される作品のうち、初期に撮影された中からお二人に当時のエピソードなどを聞いた。

福島裕二さん(左)といのうえのぞみさん(右)。福島さんの事務所にて撮影。写真展会場ではクラウドファンディングで制作した2冊の写真集「Y/N」「I/F」も販売する

年表形式で撮影の歩みを追体験

――会期も長く大きな写真展となりそうですね。どのような展示になっていますか?

福島 これまでは自分たちの用意したギャラリーに見に来てもらうという形だったので、私やモデルさんを元々知っている人が来てくれました。今回は場所が新宿 北村写真機店ということで私たちのことを知らない人、あるいはポートレートに興味がない方もいらっしゃる可能性がありますから、いつもと違った展示にしています。

例えば、年表のように過去の撮影を時系列で展示することにしました。また、作品が多いのと展示期間がひと月半あるので、会期の中で4期に分けて展示替えをします。図録は100ページ以上になりました。

いのうえ 福島さんとはこれまで全部で18回(細かいもの入れたらもっと?)撮影しているので、1期で撮影4回分くらいの展示になります。会場にはステートメントや二人の思いなど、結構踏み込んだ事も書いてありますので、ぜひ会場で読んで欲しいと思います。写真展に来て下さった方に「全てをお話ししたい」という想いもあるんです。

2020年2月撮影(ハウススタジオ)

――お二人の最初の撮影はいつでしたか?

福島 初めていのうえさんを撮ったのは、2019年2月28日。CP+のニッシンジャパンのステージでした。私が普段からよく撮影しているモデルだと、「慣れているからうまく撮れるんだろう」と思われてしまうので、あえてまだ撮ったことがないモデルをニッシンジャパンにリクエストしました。

いのうえ CP+のステージが決まり、当時、福島さんが開催していた写真展会場に打ち合わせに行きました。ご挨拶をして目を合わすと、強いオーラに圧倒され、踏み込んだ会話をすることができませんでした。でも当日は覚悟を決めて撮影に臨みました。見届けて欲しいという想いもあり、撮影現場には初めて両親を呼びました。

2019年2月撮影(CP+、ニッシンジャパンステージ)

意外なロケーションで(2019年6月撮影)

――では作品を見ながらお話を伺っていきます。まずはこちらの写真です。

2019年6月撮影。都内で車中にて

福島 これは2019年6月に撮影しました。撮影の最初に、いのうえさんがご機嫌斜めだったときのですね。1枚目は撮影の合間に移動の車中で撮ったもの。2枚目は移動して車を止めたコインパーキングで撮影しました。車と車の間に街灯があって良い感じだなと思って撮ったんです。この時は電子タバコにハマっていて、その煙を効果として使ったりもしました。

このときいのうえさんに、「福島さんは、いつでもどこでも作品が撮れるんですね」と言われてしまったんです。私は写真を撮るプロですからそれは普通のこと。どうしていのうえさんが不機嫌なのかこの時はわかりませんでしたが、後から聞いて納得しました。

いのうえ その日は、最初に車の中で数枚パシャッと撮ってその後がコインパーキングです。それを写真展でB0サイズで展示するんですよ!? 思いもしなかったローケーションでの撮影で打ちのめされたというか……。場所がどこでも関係無いんだなと。それで作品にしてしまうのですから驚きましたね。

同日。移動したコインパーキングにて

ストロボ1つで水を印象的に表現(2019年7月撮影)

――次はバスルームで撮影したモノクロ作品です。水の描写が印象的です。

2019年7月撮影。バスタブに水を溜めて

福島 この時の水の描写は凄かったよね。実はたまたまの産物だったんです。このように写っている理由は簡単で、すごくF値を絞っている。そしてストロボとレンズの位置が近かった。広角レンズなので水の中までピントが合って、“水の層”が写っているんです。

使用したストロボは「ヒカル小町」で、細かい調光ができません。だからF10やそれ以上に絞るしかなかった。結果、いいヌメリ感、ダーク感が出せた。これはイイじゃん、となって追い込んでいきました。

いのうえ これが水ですからね! 私の好きなシーンです。この時はメイクさんに顔の半分はメイクを落としてもらうという工夫もしました。当時この写真はアクリルにプリントしてもらったのですが、それがすごく素材とマッチして良かったですね。

当時を思い返すと、福島さんとの撮影がこんなに増えると思っていなかったので、常に「今回が最後かも知れない」と思って自分を出し切る気持ちで挑んでいたように思います。

撮影が一周して表現に悩んだ時……(2019年7月撮影)

――続いては、上のバスルームと同じ月に材木座海岸で撮影した作品です。

2019年7月撮影。材木座海岸にて

福島 この時は私の方が彼女をどう撮るか悩んでいました。「いのうえのぞみってなんだ?」と。CP+に始まって一通りの撮影をこなし、この撮影の前までである意味1ターンが終わったところだったんです。なので、いまさら可愛く撮るとかキレイに撮るのがテーマではないと思いました。そうなったときに、すごく撮りづらかったのを覚えています。

迷いが写真に出ていて、最初の方は暗い露出でずっと彼女の顔がはっきり写っていない。僕が引いてしまっているんですね。何を撮っていいのかわからなくて、漠然と写していました。

その日の海岸は風が強く、髪で顔が隠れてしまっていました。そこで感じたのが「あ、顔を見たい」という気持ち。「そうだ、この気持ちを撮ればいいんだ!」と気がつきました。まさに神が舞い降りてきたと思いました。だから、ここから後の写真は自分で言うのも何ですが凄くいいです。見たいものがはっきりしている。この辺りは会場で確認して欲しいですね。

いのうえ この材木座の作品だけで写真展をしましたね。この写真は他の写真と混ぜるのは考えられなくて、1つの展示にしました。それくらい他と違った雰囲気だったんです。

「自然な写真」の難しさ(2020年5月撮影)

――こちらは浅草で撮影した作品です。いのうえさんの表情が印象的です。

2020年5月撮影。雨天の浅草で

福島 いのうえさんが「私、普通に写真に映るってどこか苦手意識があるというか、カメラの前で意識しないでいるって難しいなって感じています。」と言うんです。そこからこの撮影が始まりました。それなら、ナチュラルな彼女を表現しようと。

いのうえ 写真に撮られるときは、顔に神経を集中して表情を作ってしまう癖があるんです。だから、「自然な振る舞いで」と言われるとそれができないんです。カメラの前だと意識しすぎて硬くなってしまうこともあります。それで、この日は福島さんがナチュラルに撮ろうよと言ってくれました。ただ、この日もそこまで素にはなれなかったと思います。

例えばモデルとしての仕事だと「モデルの顔」をしますが、自分の素のままとなると気を抜けば良いのか、何もしなければ良いのか、ぼーっとするのが良いのかわからなくなってしまいます。そもそも、カメラの前で「本当にナチュラルに過ごす」というのがわからない部分なんです。例えばこうして皆さんと話している時と、自分ひとりでいるときの顔や目は違うと思うんです。お会いする人やその時の自分の状態によっても違いますし、だから、何が「素」なのかというと難しいですね。

福島 「カメラの前で素になる」という意味では、いまだにいのうえさんはできていないのではないかと思うし、むしろそれでいいのではないかとも思います。それが自分なんだから良いんじゃないかと。素になれる子が良いとか悪いとかでもないですからね。でも写真は良く撮れていますよ。撮影者の技術力でカバーできる部分もありますから、ナチュラルに見えるように撮ることができるという面はあります。

この1枚目の写真、「どんな顔をすればよいかわからない」というのが出ていますね。それが僕にしたらたまらない部分なんです(笑)。ちなみに、この時は特殊なレンズを……というのはライカに写ルンですのレンズを付けて撮りました。

 ◇◇◇
撮影者の想いを聞くことで、より深くその作品を堪能することができる。7月2日に始まる写真展でも、お二人の在廊時にはこうした撮影にまつわるエピソードが伺える。お二人も「もっと語りたい」ことが沢山あるのだという。

迫力のある精細なプリントには、データでは伝えきれない多くの情報が詰まっている。その臨場感を目の前に感じれば、きっと作品の世界に引き込まれることだろう。ぜひ、会場で“体験”してほしい。

展示概要

会場

新宿 北村写真機店 6F イベントスペース
東京都新宿区新宿3-26-14

開催期間

2022年7月2日(土)~ 8月21日(日)

展示替え日程

パート1:7月2日~
パート2:7月11日~
パート3:7月25日~
パート4:8月8日~

開催時間

10時~21時

入場料

無料

1981年生まれ。2006年からインプレスのニュースサイト「デジカメ Watch」の編集者として、カメラ・写真業界の取材や機材レビューの執筆などを行う。2018年からフリー。