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“集大成でもあり、リスタートでもあり”――藤里一郎さん写真家25周年記念写真展「Intangible」

夏目響さんと描く心象風景 Nine Galleryで10月25日~31日まで

藤里一郎さんと夏目響さん

写真家の藤里一郎さんが、セクシー女優の夏目響さんを撮った写真展「Intangible」が10月25日~10月31日に開催される。会場は東京・青山のNine Gallery。ここでは作品についてお二人に話を聞いた。

写真家25周年を迎えた藤里一郎さんが、自身の集大成と位置付ける作品展だ。タイトルの「Intangible」は「無形」の意。夏目さんが持つ様々な無形の要素を写し込んだという。中判のフィルムカメラで撮影された展示作品はモノクロオンリー。2泊3日のロケで撮られた40点が並ぶ。

写真展にあわせて160ページの写真集が刊行されるほか、同じ場所で撮影された写真展とは別の作品が掲載されている「カメラマン RETURNS#3 NUDE」(モーターマガジン社刊)が発売されている。

※記事中の写真は藤里さんの事務所で撮影したものです。

「集大成でもあり、リスタートでもあり」――藤里一郎

――今回の撮影のきっかけを教えてください。

気がつけば写真家として25周年。何かやりたいと思っていて、アニバーサリーに相応しい事をと思い、まずMay J.さんを撮った写真展を開催しました。この写真展は、僕の作品ではあるけれど、僕自身の命をすり減らして撮るというのとはまた違った意味合いがあります。May J.さんとは付き合いも長いですが、“そこにいるMay J.をありのままに”切り取るというイメージの作品です。

でも今回は、コンセプトとしては僕が昔から心に抱いていた心象風景というか原風景のなかに、「もし、昔こんな人に出会っていたら人生変わっていただろうな」という憧れの女性として夏目響さんに入ってもらいたいと思ったんです。そんな風に「点」と「点」を「線」で結んでいけば、僕の半生を表現するには面白いと考えました。

実際は、自分の心のなかの景色に対峙しなければならないので、撮影は結構しんどかったですね。常に自問自答しながらの撮影でした。

――夏目さんとの出会いは?

以前に写真展をした別の女優さんの作品を見たら、最後に違う女の子が出てきたんですよ。最初はなんだろうと思ったんですが、「ちょっとまてよ」と。ショートカットが凄くかわいいなと(笑)。それで気になりだしたんです。その時は彼女にまだ名前はなかったんですよ。そういうプロモーションだったので。

それからしばらくして、彼女が専属契約しているレーベルから「うちの女優となにか一緒に出来ませんか?」と話をもらったんです。それで、僕自身も新しい業界に食い込んでみたいと思っていたので参加することにしたんです。そこで渡された15、6人の宣材写真のなかに偶然彼女がいたんですね。そこで夏目響という名前だと知って、「夏目さんにすぐ会いたい」と言ってスケジュールを押さえてもらいました。

――夏目さんの印象は?

実際に会ったら、めちゃくちゃ不思議な人で掴み所がないんですよ。普通は会ったら、写真家として被写体をどう切り取れば良いか分かるんですよ。それが分からなかった。僕も初めての経験で、普段は「勝てる」「勝てない」という判断が自分の中にあるんですが、どちらもあるなと。圧勝するかも知れないし、完敗するかも知れない。そこに強い魅力を感じました。

存在が尊い感じがしたんですね。儚いというか。もしかしたらどこかの星に帰っちゃうんじゃないかなと(笑)。浮き沈みの激しい業界なので、記録しておきたいという部分も強かったんです。

夏目さんにお願いした時点で、なにか予定調和でないことが繰り広げられるという期待がありました。それで、敢えて作品のイメージは彼女に伝えずに撮影を進めました。

――タイトルの意味は?

インタンジブルで「無形」という意味ですね。写真家として形の無いものを写したいという野望がずっとあるんです。匂いだったり気配だったり温度や湿度だったり。そんなのは写らないという人もいますが、僕は絶対写ると思っていて、何か表現できないかと思っていました。

――撮影機材は?

今回は敢えて自分のペースにはまらないものにチャレンジしたいと思い、ローライフレックスを選びました。ただ目の前にある夏目さんをどう感じたかということを写し取りました。なので、どう料理するかという意識は全くなかったですね。ニコニコしながら撮っていたと思います。夏目さんを捉える“写真という行為”が楽しかったんでしょうね。

写真展の作品はローライフレックス(Planar 75mm F3.5つき)のみです。フィルムは90本使いました。カメラマン誌のほうはデジタルのみで富士フイルムのX-E4とフォクトレンダーのNOKTON 40mm F1.2です。フィルムシミュレーションはアクロスにしました。ローライフレックスの方がネオパン100 ACROSIIだったので。同じテイストになるかと思ったらなりませんでしたが(笑)。

自分の中では、ローライフレックスを使うのは凄くドラマチックなことです。どこまで振り回せるかというのもある。構えるとウエストレベルになりますが、横に向けたり逆さまにしたりしていろんなアングルで撮りました。プリントマンには天地が分からないと言われましたね(笑)。

ローライナー(クローズアップレンズ)を付けて寄ったショットもあります。この時はピント位置を最短に設定して、自分が動いてピントを合わせて撮影しています。

フライヤーにも使った写真は室内で行灯1つで撮っているんです。フィルムがISO 100なのでそのままでは無理。ISO 400に増感して、絞り開放で1/4~1/8秒という世界です。でもそれが最初から狙いでした。こうした環境なら「夏目響」が纏っている周りの黒い空間も表現できますから。

展示作品より

――撮り終えていかがでしたか?

僕もこんなにくたびれ果てた事はなかったですね。それだけ夏目響は僕の中で大きかったという事です。これから僕の表現していくものが変わっていくかも知れないですね。

この写真展は集大成でもありますがリスタートでもあります。夏目さんもまた違った風に撮られたいと言っていますし、おそらく永遠に終わらないんじゃないかという感じですね。

――一番見て欲しいところは?

写真を「読んで」欲しいと思っています。僕は、写真は見るものではないと思っているんです。「藤里一郎が撮った」「夏目響が写っている」というのではなく、それ以外の写真としての物語を感じて欲しいと思います。写真に写らないとされているものを感じてもらえれば嬉しいですね。例えば、色香なんかもその1つだと思いますね。

それからオリジナルプリントが凄く綺麗です。息を呑むプリントですよ。今の若い人達はフィルムというと写りが足りないからエモいと言うんですが、それは違うとずっと言い続けているんです。デジタルデータよりもずっと多くの情報が入っていますよ。だから、フィルムの凄みを感じて欲しいんです。

展示作品より

――読者にひと言お願いします。

僕に少しでも関わってくれた人は見ておかないとダメだと思います(笑)。藤里一郎を語る上でこれは避けて通れない作品です。

それと、夏目さんを撮った作品展を年内に幾つか行う予定なので、楽しみにしていて欲しいと思います。

「見て欲しくないけど見て欲しい」――夏目響

――まだデビューして間もないですね。

デビューしたのは2020年の4月なのですが、その前の2月に別の女優さんの作品の一番後に「デビューするか分からない」という形で映像が出たのが最初になります。

よく目標なんかを聞かれるのですが私はそれがなくて、毎日、毎月頑張って生きることに専念しています(笑)。自分にできることをやりつつ、これからも仕事をして行ければと思っています。

――今回の撮影が決まってどうでしたか?

藤里さんの写真家25周年という記念であることやそれにあわせてMay J.さんの写真展をすること、そして藤里さんの師匠(写真家の大倉舜二さん)と同じカメラで撮ることも聞いていたので、業界でも新人の私としてはプレッシャーが凄かったですね。今もなぜ選ばれたのか分かってないのですが(笑)。「本当にありがとうございます」という思いです。

――一番見て欲しいところは?

私も藤里さんと同じ考えを持っていて、作品として見て欲しいなという想いが強くあります。

本人たちがいなくなってからも、誰が誰を撮っているのか分からなくても、誰かの手元に残り続けるような作品になってほしいと思っています。そうでないと、大きな人生の節目に立ち会わせていただいたのに、私を選んでもらった意味が無いなと。そういう思いで撮影当日まで気持ちを作って行きました。

――撮影は楽しかったですか?

それが全然楽しくなかったです(笑)。どんな風に撮りたいかというのも全く聞いていなくて、自分もどう臨めば良いのかが分からなくて、特に初日は戸惑っていました。これでいいのかなと。藤里さんに聞いても、「居るだけで良い」としか言わないので、葛藤がありましたね。

でも、藤里さんはニコニコしてすごく嬉しそうに撮ってましたね(笑)。

展示作品より

――できあがった写真を見てどうでしたか?

今もなのですが、作品をちゃんと見られないところがあって。と言うのは、自分の感情が全部写真に出ていて隠せないというか。見る人によってどう捉えられるかは違うと思いますが、「つらい」「苦しい」と悩んだのがギュッと詰まっていますね。

それで、誰にも見られたくないという思いも実はあるんです。でも作品は全部良い。見られたくないけど全部見て欲しいですね。

藤里さんの25周年という重荷はもう終わったかなと思うから、また一緒にできるのであれば、今度は苦悩の自分ではないものに対峙できるんじゃないかと。それなら、今回とはまた違う作品ができると思います。

――今回の撮影を通して得たものはありますか。

撮影を起点にして、自分の中で他の仕事への向き合い方が変わりました。以前から真剣に取り組んでいましたが、より気持ちを作って入り込むようになりました。反対に、それまで自分の中にあったふわふわした部分が消えたように思います。

――読者にひと言お願いします。

絶対後悔しないので、見にいらした方が良いと思います(笑)。

展示作品より

写真展情報

会場

Nine Gallery
東京都港区北青山 2-10-22 谷・荒井ビル1階

開催期間

10月25日(月)~10月31日(日)
※会期中無休

開催時間

10時00分~20時00分
※最終日は17時00分まで

入場料

1,000円