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「モダンな白眉 パリ・セガン島」兵庫達弥展

――写真展リアルタイムレポート

撮影はすべてフィルムカメラで行なわれたが、展示はこの1点を除きすべてインクジェットで出力されている




兵庫達弥さんはKANSAI YAMAMOTOとパリコレに初参加。その後はATURO TAYAMAでビジネスプロデュースを行ない、写真家に転身
 写真家兵庫達弥さんは、ファッションブランドのディレクターだった。1978年に初めてパリ・コレクションに参加し、1989年からはパリに住居を持ち、パリでの生活を送ってきた。ある日、ふとしたことから自分の感性や感覚が減退している事実に気づく。そこで彼は写真を撮り始めたのだ。

「写真を撮り始めて、自分のモノの見方が一面的だったことに気づかされた。老いをとめることはできないけど、できるだけ遅らせることはできると思う」と兵庫さんは言う。

 セガン島は1989年に操業を停止したルノーの自動車工場があった場所だ。日本人の彼にとって『美しい白眉』と映るこの廃墟は、パリ市民にとっては負の遺産に近い。激しい労働運動の牙城となった場所であり、複雑な歴史を持つ場所だからだ。その過去を学びながら、およそ5年間撮影してきた写真たちは、シャネルの空間で『破壊と再生の物語』を綴っている。

「モダンな白眉 パリ・セガン島」兵庫達弥展はシャネル・ネクサス・ホールで開催。会期は2008年12月16日(火)~31日(水)。無休、入場無料。開館時間は11~20時(最終日は17時まで)。

 所在地は東京メトロ銀座線・銀座A13出口、有楽町線・銀座1丁目5番出口より徒歩1分。JR有楽町駅より徒歩約6分。問合せはTel.03-3779-4001。


会場に作った3つの空間は、それぞれ違った光で作品を照らし出している 写真専門ギャラリーの展示では統一したトーンを重視するが、ここでは敢えて1点ずつの表現にこだわった

2004年からセガン島を撮影

 兵庫さんがセガン島を撮り始めたのは、偶然だった。毎週のように通っていたテニスコートへの通り道から、いつもこの島が見えていたのだ。

「長く放置されている工場は、夕方などはゴーストやファントムがいるような不気味さがあって、とても気になっていた」

 その跡地に美術館を建設する計画が持ち上がった。設計コンペで2001年に安藤忠雄氏のプランが採用され、2004年から解体が始められた。結局、その計画は頓挫したのだが、兵庫さんは解体の話を聞いて、この島を撮ろうと思い立った。「最初の1年間は週に3~4回は早朝、夜間と通い続けました」

 と同時にこの島の歴史を調べ、市役所やルノー本社に工場内部の撮影許可を申請した。最後まで許可は下りなかったのだが、過去を知るうちにその理由もおぼろげながら分かるようになった。

 ルノーは第二次大戦中にナチスドイツに協力したことで、戦後、会社は国有化された。逮捕された経営者は獄死。土地の所有権者は複数にまたがり、かつて工場の環境汚染問題が取りざたされたこともあるという。

「敷地の外側からしか撮ることはできませんでしたが、調べるほどにこの場所への興味がわき、この建物と空間の美しさが見えてきました」


撮る前はちょっと不気味なというイメージがあったというが、撮影するうちにその空間が持つ魅力に気づいていった

カメラを服で隠し、三脚はチェーンで体に固定

「撮影している時は、テーマとか、何を撮ろうとかは考ませんでした。ここがこれからどうなっていくんだろうという思いと、今日はどう変わっているんだろうという興味でいっぱいでしたね」と笑う。

 ただ安閑と撮影できていたわけではない。パリ市外は特に治安が悪いのだ。郊外にはガラスを割られた自動車をよく目にするというし、兵庫さん自身、車上荒らしにあったという。

「警察に行っても、形式的に書類を作るだけです。彼らに車をどこに置けば安全なのかを聞くと、『安全な場所はない』と言うのですから」

 強盗が怖くて、撮影にカメラは1台しか持っていけない。だから違うカメラ、レンズで撮る時には毎回、家にとりに戻るしかない。

「だから通う頻度が多くなった部分もあります。洋服でカメラを隠し、三脚は暴漢にひったくられて凶器にならないように、身体にチェーンで固定していました」


超一流ファッションモデルで腕を磨く

冷黒調の光で演出された「Luminescence」。新たな誕生を待つ「準備の時間」がイメージだ
 兵庫さんが感性を磨くツールとして、写真を選んだのは「通勤途中にカメラ店が集まる商店街があったから」。ショーウインドウに飾られたカメラが、通るたびに気になっていたのだ。

 仕事柄、ファッションショーのバックステージに出入りし、超一流のモデルと身近に接していた。その環境を生かすのに、写真が最適なツールであることも感じていたのかもしれない。

「ショーに出演するのは18~20人ぐらいですが、実際は200人近くが集まっています。立場上、みんな快くモデルになってくれるので、今も毎シーズン彼女たちを撮影させてもらっています」

 スナップ的に撮るだけでなく、演出したポートレートも試みている。ある時は、用意したプレートを持たせ自由にポーズをとらせたり、グラビア写真から男性の片目を切り抜き、彼女たちに目にあてがってもらったりした。

「撮る瞬間、一瞬で表情を作る彼女たちの反応の速さと表現力の豊かさには、毎回、唸らされます」

 それらの写真をまとめて2004年に初個展「INTEMPOREL」を東京・台場のGallery21で開いている。


写真展はディレクターと写真家の共同作業

 これら写真展のディレクションを行ない、兵庫さんへ作品制作のアドバイスも行なってきたのが、クレー・インクの太田菜穂子さんだ。同社はパリや日本を中心に、世界で展覧会の企画プロデュースなどを行なっている。

「兵庫さんからは『Fleuron de la Modernite』という言葉と、セガンを美しく撮りたいという気持ちを伝えられていました」と太田さんは話す。Fleuronは「精華」(最も美しく花開いている状態)を意味するが、彼は最もすぐれたものを指す『白眉』と訳した。そこから今回の展示のコンセプトが導き出されたという。

「セガン島はフランス人にとって、さまざまな思いが邪魔して、美しさを見出しにくい被写体です。日本人であり、フランスへの愛情を抱いている兵庫さんにとっては、『この国の堆積した時間』を感じさせる魅力的な風景に映っているはずです」


メイン展示の右から2点目は、堆積した黒と光の輝きを見せるための用紙を選んだ。「このキャンバス地はスポットライトを当てると光の粒が見える。生産中止になった製品を押さえておいたものです」と太田さん 何度も意見をたたかわせながら、展示プランを練っていった。「自分の中ではもやもやと形にならなかったものが、この展示を見て、すっと落ち着いた気がしました」と兵庫さんは言う

写真専門ギャラリーではできない展示を

冷黒調の光で演出された「Luminescence」。新たな誕生を待つ「準備の時間」がイメージだ
 入口にはクラシックな美を伝えるため、モノクロームの銀塩プリントを1点飾った。会場に入ると、すでに失われたセガン島の光景が5点並ぶ。このメイン展示に向き合う左右に、2つの空間を創り、『破壊』と『再生』のイメージでまとめたのだ。新たに生まれ変わることを前提にした破壊であり、このコーナーには、特殊な発光を意味する「Luminescence」の文字を掲げている。

「ルポルタージュ的な写真もたくさん撮影していましたが、今回、それはすべて排除しました。モダンでなくなるので……。入口の1点以外、インクジェットプリントを選んだのも、かつてあった『残影の美しさ』を感じさせるだけで終わらせたくなかったからです」

 5点はそれぞれのイメージに合わせた紙を選び、出力方法もさまざまに試みたという。「破壊」のイメージには、セガン島周辺の光景を冷黒調の光で演出し、「再生」のイメージは、夜から朝に向かっていく時間をコラージュで構成した。

「セガンはまだ夜の状態ですが、ここでは人が写ったカラー写真をはさみ、明るい未来を暗示させています」

 シャネルのこの会場は、作者自身がここでやりたいと望み、自らプレゼンテーションを行なったという。

 作品展は、作品とその見せ方、それと会場となる空間が合わさって固有の空間を創造する。この写真展はその醍醐味がじっくり味わえるはずだ。


メインの5点はすぐに決まったという。今はもうすでにない「モダンな白眉」たちだ

 ちなみに2009年1月13日(火)から2月15日(日)までは、同じモチーフでまったく違う兵庫達弥写真展を東京・台場のGallery21(ホテル グランパシフィック LE DAIBA 内)で行なうそうなので、あわせて見ることをオススメする。



URL
  兵庫達弥
  http://www.mclous.com/
  シャネル・ネクサス・ホール
  http://www.chanel-ginza.com/nexushall/
  写真展関連記事バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/exib_backnumber/



市井康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/12/22 00:03
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