ブランドが生まれる場所
執念のごときデザインが冴える「Peak Design」(前編)
その使い心地と個性は、自社開発のカスタムパーツから
2018年6月14日 07:00
Peak Design(ピークデザイン)というブランドは、2011年設立ながらカメラ/ガジェット界隈では既にお馴染みの存在かもしれない。日本でPeak Design製品を取り扱う銀一のスタッフと、アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコにある彼らの本拠地を訪れた。
リノベーションされた倉庫街といった雰囲気のドッグパッチ地域で、Peak Designはたくさんの小さなオフィスとともに入居している。外光がたっぷり注ぎ込む開放的な空間で、真っ白な高い天井から自転車が吊り下げられている。オフィスというより部室のような雰囲気があり、「友達が友達を呼んで集まった」という30名強のスタッフが働く。
今回はPeak Design製品に見られるいくつかのディテールを通じて、そのスマートなブランドイメージに隠れた彼らの思慮深さを明らかにしたい。
そんな紐で大丈夫?「アンカーリンクス」が90kgに耐える理由
Peak Designの「アンカーリンクス」というストラップシステムは、カメラ側に「アンカー」という紐が付いた丸いボタンのようなものを取り付け、ストラップ側には「リンク」という受け側のパーツを取り付ける。この機構により素早くストラップを着脱できるのが特徴だ。
アンカーは紐の両端を金属で固定し、端はほつれないように接着してから、2段階の鋳造工程を経て作られている(素材はデルリン樹脂)。つまりアンカーの本体部分を完全に壊さない限り紐は抜けない。アンカーを受けるリンクも、点ではなく円弧状にアンカーと接するため、点荷重が少なくなっている。また、使ううちにアンカーの紐が劣化してくると赤いインジケーターが露出して、事前に警告する仕組みもスマートだ。月並みな言葉だが、よく考えられている。
アンカーV3がV4にアップデート(6月25日追記)
現行製品のアンカーV3(2017年8月発売)をカメラのアイレットに直接取り付けた場合、アイレットの内側の仕上げ方によってはアンカーの紐が早く摩耗してしまうことが判明。既存のアンカーV3ユーザーに対し、同数のアンカーV4を無償で送ると発表された。日本のユーザー向けには、銀一が日本語フォーム(こちら)を用意している。
Peak Designのオフィスでは製品開発のみならず、その信頼性を担保するための検証も行われている。筆者が見ていた限りでも、バッグに使われるベルトや金具の引っ張り強度をテストしたり、バッグごと引きずり回して傷んでいく過程を確かめたり、中身が入ったままバッグを床に落下させたり、研究レポートのごとく様々なデータが取られていた。
レザーのような感触で柔らかく、スベスベしていて、しっかりとした……
彼らの執念はPeak Designオリジナルのウェビング(ストラップのベルト部分)を使ったカメラストラップにも強く表れている。その織は彼らが専門業者とイチから開発したもので、「レザーのような感触で、手に取ると柔らかく、コーティングを施しているかのようにスベスベでありながら、しっかりとした構造のもの」を目指した。霜降り調の織り目は、かつてミリタリーバックパックで使われた「ソルト&ペッパー」というビンテージ生地の雰囲気を再現している。
これを納得のレベルに仕上げるまでには、プロトタイプが30〜40回ほど作られたらしい。ウェビングの構造が弱いとストラップがねじれたり折れたりして使いづらいだけでなく、すぐに傷んで見た目が安っぽくなってしまうのだとか。「なかなかイイ感じかも〜」となんとなく思っていたPeak Designストラップの使い心地が、実は彼らのストイックな研究開発によるものだったことを知る。
そうそう、Peak Designのどの製品にも、サイズ調整用の紐が無造作に垂れ下がったり、物を詰めないとバッグのスタイルが崩れてしまうようなことがない。金属製のハンドルを使った長さ調節もスムーズ。デザイナーが口癖のように「タイト」や「クリーン」と表現するその佇まいは、いわゆる多機能な便利アイテムの域を超える高み(peak=頂点)を目指した、"どんなに便利な機能も、スマートに実現できてこそ"という思想が色濃い。
インタビュー:CEOに聞く、Peak Designの物作り
Peak Designの製品はマメにバージョンアップされる。細部まで調べ尽くしてから購入するユーザーは驚くが、「届いたものが新しかったなら、その製品はより良くなっているわけだし、みんなハッピーだよね」というのが彼らの考え。その具体的な取り組み方について、創業者兼CEOのPeter Deringさんに聞いた。
——製品のアップデートにはどのように取り組んでいますか?
商品を使っているうちに起こり得るどんな小さな問題さえ、それを予防できるよう開発時には多大な努力をしています。しかし、こうした小さい改良点は数千人のユーザーが使って初めて明らかになってくることがほとんどで、全てを事前に把握することは不可能です。iPhoneでもOSバージョンが11.3……といった具合に細かなリリースがありますから、それと同じように僕たちの商品もバージョンアップをしていくことが必要です。
デザインの世界でパーフェクトなものはないと思いますし、もちろんパーフェクトなデザインなど存在しません。デザインは常にアップデートや改善ができ、予想もしないような新しい情報も後で明らかになってきます。既存商品に変更を加えるのは決して楽しいものではなく、むしろ非常に難しいので、どういった変更を加えるかはとても慎重に決定します。
——そこまで取り組む原動力は何ですか?
僕らがこうした小さな改善を重ねることにこだわるのは、「自分たちの作る製品は、こうあるべきだ」という高い期待があるからかもしれません。自分達が最も優れた商品、つまり最高のカメラクリップやカメラストラップを作っていると胸を張って言えるように努めています。
だからユーザーのクレームに対しても、「彼らが間違っている」などと"見て見ぬふり"はしません。自分たちの製品がパーフェクトには及ばないことを知っているからこそ、改善を重ねる必要があるんです。製品デザインは全ての面においてユーザーの問題解決に繋がるべきで、もしそうでない場合は存在意義がないと思います。
この新しいバージョンのストラップのアジャスター部分は、ウェビングを直接金具につけることで以前のものより薄くなって、使い勝手を高めています。僕たちが可能な限りのアイデアを詰め込んで作ったパーツのいい例です。このバックルはいいよね。見た目も美しい。
このストラップ(最新のスライド/スライドライト)の開発には16か月以上を費やしています。ブランド名が入ったバッジのステッチひとつにしても、厚みが出ずスムーズな切り換えになるよう工夫しました。僕らがここまでディテールにこだわるのは、この先何年もこの商品が大きなデザイン変更をせずに存在し続けられるようにしたいからです。だから、商品開発にはとてつもない時間と労力をつぎ込みます。
——そうした考えに至った原体験は何ですか?
僕が19歳の時に、アップルから最初のiPodが発売されました。音楽好きの僕にとって数千曲を持ち歩けることは感動的で、パッケージまで最高に美しく、初めて「製品に心から惚れ込む」という経験をしました。やがて登場したiPhoneは僕らの文明が集約されたものだと言えますし、僕の中でアップルは常に「製品とはこうあるべきだ」という手本になるブランドです。
僕たちの仕事には締切がありません。プロジェクトやその他の状況によってまちまちですが、4年かけて開発を進めているものもあります。同時に僕たちはフットワークが軽く、すぐに方向転換もできるため、締切がなくても、多くの会社より早く最終的な商品にたどり着けるのです。
カメラバッグに付きものな、ベルクロの"バリバリ音"を回避する執念
カメラバッグのディバイダー(仕切り板)はベルクロ固定式が主流。使用するカメラ機材に合わせてベリベリバリバリと派手に音を立てながら仕切り板をセッティングしていくことに、今さら疑問も感じない。
しかしPeak Designは「どうしてもベルクロのないバッグを作りたい」と考えた。クリップ、マグネット、レール状のシステムなど様々な仕組みを試したが、結果としてベルクロが最善という判断になったという。
それでも、あのベルクロのバリバリ音をなるべく聞かなくて済むように考案されたのがPeak Designのディバイダーだ。紙の上にスケッチを描いて折り紙のようにデザインされたという。
このディバイダー、それ自体を途中から折ることで高さ方向にも空間を区切れる。小型のレンズ1本を底部に入れて、フタをして、2階部分にはさらに別の小型レンズが安全に収まる。また、ディバイダーの上部だけを倒せば長いアイテムが上部に入る。こうした模様替えを音もなく、ただディバイダーをパタパタと折りたたむだけで瞬時にできるのは感動的だ。
開発前に入念なリサーチあり
バッグ製作にあたり、彼らは膨大なニーズリスト作りから始める。どんなバッグになってほしいか、ユーザーが抱えるどのようなニーズが解決できるか、といった項目だ。それからデザイナーは1日に何時間も何時間もスケッチに取り組む。
彼らが依頼するパターンメーカー(型紙を起こす職人)いわく、Peak Designの製品は「30年の経験で最も複雑で捉えがたく、パターンを起こすのが難しい」。パターンメーカーが無理だと言えばPeak Designのデザイナーは理由を尋ね、その返答から解決策を絞り出すという具合に、パターンメーカーとデザイナーが常に互いの技量をプッシュしあう作業が繰り返される。こうして、結果として当初よりずっと良い製品が出来上がるのだという。
色のチョイスも慎重に
彼らには「タイムレスな商品を心掛ける」という思想があり、カラーバリエーションの展開も過去のデータやユーザー心理を計算に入れ、クラシックで確実なものに限定している。もっと言えば、「多くの会社が春や秋などに"季節の新色"を出すことに長い時間と資金を費やしていて、商品自体の改善はしていない」のだとか。
余談だが、サンフランシスコの繁華街にある直営店「Peak Design Flagship Store」に立ち寄ったところ、Tシャツなどのグッズとともにオリジナルのワッペンが売られていた。美しく余白が残されたバッグなので、こういったアイテムを使ったカスタマイズもアリだろう。
「自社開発のパーツでオリジナリティが生まれた」(デザイナー、Art Vigerさん)
——あなたがPeak Designのデザイナーになるまでの経緯を教えてください。
僕のバッグデザイナーとしての経験には、絵画や彫刻などのアートを勉強したバックグラウンドがあります。両親もアーティストなので、小さいころから多くの芸術に触れながら育ち、色々な家具などを作ったりしてきました。
在学中のインターンシップを通じて、僕の情熱はグラフィックデザインから実体のあるものを作ることに向いていたと気付き、大学での専攻をインダストリアルデザインに変更しました。それもあって在学中や卒業後にフリーランスのデザイナーをやっていたときも、バッグなどのデザインの仕事をすることはありませんでした。
Peak Designの3人目の従業員として雇われた時の最初のプロジェクトもカメラクリップの「キャプチャーV2」やカメラストラップの「リーシュ」で、ほとんどハードウェアグッズの類でした。しかし私生活ではミシンを買って財布や自分用のバッグを作ったり、洋服の直しに熱中したり、帽子など様々なものを作るようになりました。
やがてCEOのPeterに「カメラバッグを作ってみたらどうだろう?」と提案してみたんです。彼は最初の2年ぐらい「いや、僕たちにはカメラバッグの知識もないし、なぜわざわざそのマーケットに挑戦する必要がある?」と、乗り気ではありませんでしたが、僕もあきらめずこのアイディアを推し続けました。
そのうち写真家のTrey Ratcliffが「カメラバッグを作りたい」とPeak Designに声を掛けてきて、いよいよ挑戦が始まります。自宅の地下で6か月くらい、自分たちが作りたいカメラバッグのプロトタイプや紙のモックアップを造り、徐々に出来上がったのが「エブリデイメッセンジャー」です。
ソフトグッズの製作に関しては初心者だった僕たちにとって、これはとてもためになる経験でした。ソフトグッズの世界は技術も製造者の間で口承されていくため、自分自身で勉強しながら身につけていくしかありません。そのため僕はどちらかというと独学のバッグデザイナーで、それはPeak Designのバッグの審美的な部分や僕たちのバッグ開発のやり方に現れていると思います。
——Peak Designのバッグ作りが特別なところはどこですか?
ほとんどのメーカーは、僕たちのようにハードウェア(パーツ)やウェビング(ストラップ)から生地まで、全てをイチから開発するということはありません。時間も費用もかかりすぎるからです。
しかし僕たちにとってはハードウェアの開発も専門分野だったので、自分たちの持っている技術を使って独自のハードウェアを作ることにしました。この研究開発には多くの時間と投資が必要です。メッセンジャーバッグの開発を始めた当初は、金型製作費だけでも1,000万円ぐらいかかったのではないでしょうか。
こうして全てをイチから作ることには大きなリスクが伴いますが、このおかげでオリジナリティなどの様々な面において、Peak Designと競合ブランドの間に差が生まれることになったと思います。