ブランドが生まれる場所

執念のごときデザインが冴える「Peak Design」(後編)

アルミ削り出しの「キャプチャーV3」に彼らの未来を見た

カメラ携行アイテム「Capture Camera Clip」にKickstarterで36万4,698ドルの出資(設定ゴールは1万ドル)を集めたところに始まり、現在では様々なカメラ関係アイテムを展開するPeak Design(ピークデザイン)。前編ではカメラストラップとバッグについてお伝えした。

後編は、彼らの原点であるCapture Camera Clipの進化形であり、Peak Designの未来をも予見させてくれる「キャプチャーV3」というカメラクリップにフォーカス。開発者とCEOのインタビューを交えてお届けする。

キャプチャーV3開発ストーリー:進化の裏側に、機械加工の技あり

キャプチャーは、バックパックのストラップや腰のベルトなどに取り付け、三脚のクイックシューのようにカメラを素早く着脱できるアイテム。従来モデルからデザインが大きく変わった「キャプチャーV3」について、開発者のMax Maloneyさんに詳しく聞いた。

キャプチャーV3を手がけたMax Maloneyさん

——キャプチャーV3で変えたかったのはどこですか?
2013年に登場したキャプチャーV2の大きな問題は「幅が広くて使用時の快適さに欠ける」ことでした。そこでV3はもっと幅を小さくして、全体をスムーズな見た目と手触りにすることを目標にしました。僕が入社したのは2017年1月で、そこから9か月ほどでキャプチャーV3を製品化しました。

V3では、これまでのダイキャスト製造より高精度に作れる機械加工製造を取り入れています。僕の専門は機械加工製造とアルマイト加工なので、V3の製造時に機械加工を導入することを強く提案しましたが、CEOのPeterは当初「コストがあまりにもかかりすぎるだろう」と全く乗り気ではありませんでした。でも僕が「試させてよ!」とプッシュし続けたんです。

左がキャプチャーV2、右がキャプチャーV3。V2までのダイキャストからアルミ削り出しに製法が変わり、スタイリングも大きく変わった。

溶けた金属を型に流し込むダイキャスト製造は、高価な金型を一度作ってしまえば複雑なパーツも容易に短時間で作れるメリットがありますが、精度において少し欠ける部分があったり、金型から成形品を抜く都合で完全な垂直を作れないなど、デザイン面で多くの妥協が必要でした。

その点、キャプチャーV3は完全な機械加工製造(アルミ削り出し)にしたので、精度がとても高くなりました。逆に機械加工では複雑なパーツを作るのに長く時間がかかるので、デザインの時点からコストなどを考えて慎重に進める必要があります。

そこで僕らの経験と技で工夫したことにより、機械加工でもダイキャストと同等なレベルまでコストを抑えることができ、結果として販売価格もV2より下がりました。カメラ側のプレートも機械加工によって大幅に薄く仕上がり、小さなミラーレスカメラのボディにも合います。

全体の高さも低く抑えられた。(左:V3、右:V2)

また、アルミ削り出しにアルマイトで色を与える手法により、表面仕上げも良いものになりました。とても滑らかな手触りで、しかもそれが長続きします。V2まではペイント加工だったため、表面がポロポロと剥げてしまうこともありました。

アルマイトも使ううちに擦れてきますが、僕らはそれを革製品のエイジングのような美しさと捉えています。緩やかな時の流れとともに、ユーザーの製品に対する愛着を現す"味"になると思っているんです。

輸入代理店の銀一いわく、売れ行きは「ブラック8:シルバー2」。

キャプチャーV3の美しさを実現させることは、僕にとってとても重要な目標でした。僕はPeak Designの前にアップルで7年間働いていて、機械加工や研磨、表面の仕上げ、アルマイト加工に携わっていました。

だから僕のバックグラウンドの全ては「高精度な製造」と「製品の美しい仕上げ」に関わることでしたし、見た目の美しさが重要視される製品の製造に多く関わってきました。その経験で培った細部へのこだわりを全て注ぎ込んで、素晴らしいキャプチャーV3を作りたかったんです。

キャプチャーはどう使われている? 一番のコピー品対策は?

一番メジャーな、バックパックに取り付けるスタイル。

カメラストラップを首から提げたり、撮影のたびにバッグを開け閉めしなくて済むキャプチャー。Peak Design調べでは、キャプチャーユーザーの80〜90%がバックパックのストラップに取り付けて使っているそうだ。次いで、腰のベルト(特にウェディングフォトグラファー)と、バッグに直接(ショルダーストラップの根元などに)取り付ける方法がメジャーだという。

彼らが想定している機材で一番大きな組み合わせは、フルサイズ機に70-200mm F2.8のレンズ。バッテリーグリップを取り付けても全く問題なく、キャプチャーV3は総金属製になったことで更に強度が高まっている。

ベルトに取り付けた例。

開発初期段階のテストは「製品開発をしている自分達こそが、最もよく製品を知っている」との考えから社内のメンバーで実施。この製品に期待すること、実現したいこと、どういった理由で不具合が起こるかといった点まで踏まえて検証される。

続いて実際の使用環境を再現しながらテストを行う。例えばキャプチャーならクイックリリースの脱着を何千回と試す。それだけでなく、100回ごとに写真を撮って各パーツの摩耗の進み方を記録していく。Peak Designではこうした計画的な社内テストをたくさん行うのだという。

開発の終盤では「自分達は製品こそ作っているが、やはりアマチュアの写真家だ」ということで、プロの写真家に意見を聞く。製品が80〜90%の完成度に達すると試作品を託し、フィールドで砂まみれにしたり、雪の降る環境に持っていくなど、さまざまな過酷な環境下でテストしてもらう。そうして得たフィードバックが反映されて最終的な製品に仕上がるのだ。

Kickstarter発で注目されたキャプチャーには、露骨なコピー商品も存在する。特許を基に対策しても全てのコピー品を完全に排斥することは無理なようで、そこで彼らが取り組むのは「常に彼らより一歩先の技術で製品を作りつづけること」。

特に最新のV3については、「この機械加工を使ったデザインにコピー品が追いつくまで、どれくらいかかるか見ものだよ」と開発者のMaxさんが自信を見せる。何より大事にしているのは「常にどんなコピー品にも負けない製品作りに集中すること」だそうだ。

続・キャプチャーV3開発ストーリー「シンプルさの強制」「機械加工が広げる可能性」

キャプチャーV2。右上の黒いノブが「ツイストロック」。赤はクイックプレートのリリースボタン(ひねるとボタンにロックがかかる)。

——キャプチャーV2にあった「ツイストロック」をV3で外した理由は?
(開発者のMax Maloneyさん。以下同)これを回すと"くさび"がプレートを押さえて誤操作を防ぎます。また、キャプチャーにGoProをマウントした際のガタつき防止に役立ちました。しかしこのロック機構がキャプチャー自体を重くし、その分コストもかかります。ツイストロックのノブはユーザーの腕にも食い込みました。

デザイン界には、「もしユーザーに20個のボタンを与えたら、彼らは全てを使わなければならないと感じ、結果としてあまり満足度の高いユーザー体験にはならないだろう。でも、とても良くできていて毎回ちゃんと機能するボタンを1個だけ彼らに渡せば、20個のボタンを持っていた時よりも満足度は高くなるだろう」という考え方があります。

そこで僕らは、ユーザーの多くが「そこにロックがあるから使っているだけだ」と判断して、V3からツイストロックを外しました。僕が思うに、これがキャプチャーV3の開発全体を通して一番難しい決断でした。ある意味、シンプルさの強制とも言えるかもしれません。しかし大半にとって、このアップデートはよりシンプルで喜ばしい使用感に繋がっていると思います。

キャプチャー側にツイストロックがなくなったことで、GoProマウント用の「POV キット」には不都合が生じました。なので、ガタ付き防止の機構を組み込んだ新しいPOVキットの開発が進んでいるところです。

GoProマウント用の「POVキット」現行品。ツイストロックがないキャプチャーV3には非対応としている。

――今回取り入れた機械加工は、今後のPeak Design製品にも活用されますか?
はい。間違いなく他の製品にも使います。例えばPeak Designのメッセンジャーバッグやバックパックのフラップを留めるMagLatchも、今は機械加工で作られています。以前はダイキャストにクリアコートを施して、他のシルバーアルマイトのパーツと見た目をマッチさせていました。

フラップ部分の留め金がMagLatch。エクスパンション機構も兼ねる(写真はエブリデイバックパック)

このMagLatchの製造をダイキャストから機械加工に替えることも、僕の入社時からのサイドプロジェクトとして存在していたんです。それは当時準備をしていたブラックのバックパックのために、金属パーツ側も色の選択肢を増やすためでした。

ブラックのアルマイト加工はとても深みのある美しい色に仕上げられるので、「ダイキャスト+塗装」から「削り出し+アルマイト」に切り替えたいと思ったメインの理由でした。ただの塗装では表面に塗られた色が見えるだけですが、アルマイト加工は透き通った色の層に染められていて、より光沢のある仕上がりになります。でも実際、これは多くのユーザーが知らないことですね。

直営店「Peak Design Flagship Store」に寄ってみた

サンフランシスコの繁華街にあるPeak Design Flagship Storeは、Peak Designの全アイテムを自由に手に取って試せるようになっている。およそカメラ用品の専門店とは思えないようなインテリアも相まってか、幅広い客層が立ち寄っていて面白い。

夜にはトークイベントが開催されていた。集まった人々にビールを振る舞い、通りがかった人々にも「とりあえず、ビール飲んで行かない?」と中から声を掛けるなど、とてもオープンな雰囲気。集まった人々は皆、Peak Design製品を使う写真家のエクストリームな撮影体験談に聞き入っていた。

「キャプチャー」から始まったPeak Design。創業者が経緯を語る

Peak Design創業者兼CEOのPeter Deringさん。Peak Design Flagship Storeにて。

——改めて、Peak Design創業の経緯を教えてください。
僕が25歳のとき、世界を見に行こうと思い立って仕事を4か月休み、東南アジア近辺のカンボジア、ベトナム、香港などを訪れた後、インドに行きました。この間ずっとカメラを持ち歩いていたのですが、ストラップで首から提げているとカメラがずっと胸のあたりで跳ねていて、どうにかならないかと考えはじめたんです。

旅行中だから時間は十分にあって、どのようにすれば快適にカメラを持ち歩けるかをずっと考えているうちに、カメラクリップの「キャプチャー」を思いつきました。このアイデアは成功に繋がると感じましたし、そもそも誰かの会社ではなく自分のために働きたいと思っていたことがPeak Design設立のきっかけになりました。

初代の「キャプチャー」。Peak Designの原点となるカメラクリップ。

現時点ではフラッグシップストアのスタッフも合わせて35人くらいの会社規模です。今年はPeak Designができて8年目ですが、僕の友人が徐々に集まったところから、僕の友人の友人……という感じで、多くの友情が存在しています。今は面接でも人を雇うようになりましたが、それでもゆっくりとしか人を増やしません。どうしても新しい人が必要なときに、一人ずつ増やしています。

店内に飾られていた2013年の写真。「キャプチャーV2」が出荷されるところ。

Peak Designの仲間達は様々なバックグラウンドを持っています。写真を撮るのが好きな人達が多いですが、全ての人がそうというわけでもありません。そんな中でも多い特徴は、みんな面白いということと、笑うことが好きな点。これはとても重要です。

——Peak Designにとって譲れないことは何ですか?
僕らにとって100%、最も大切だと言えることは、Peak Designで働くみんなの幸せです。社員の真の幸せこそが商品開発やリリースの原動力ですから、Peak Designという会社とブランドの価値観における最優先事項にしています。なので、この会社を辞めていった人はまだ1人もいません。

もちろん会社というものは、ホリデーシーズンに間に合うように商品を発売したいでしょう。だからといってホリデーに間に合わせることが社員みんなのストレスになって、幸せに支障をきたすようであれば、それを強いることはしません。

——素晴らしい哲学ですね。
これは日本においても必要なことだと思うよ。僕はこの人生の後に天国や地獄があるとは思っていなくて、多分これが一回きりの人生のチャンスだと考えています。だから、人生において最も重要なのは、この人生を楽しめたかどうかだと思うんです。何が自分にとって楽しいかは人によって違うので、自分の人生を楽しむには何をすればいいのかを理解することもまず必要ですね。

人によっては、ずっと仕事に全力で打ち込むことが幸せだという人もいるし、Peak Designのみんなの多くは、全力で一生懸命働きつつ、そこから離れて休むことも忘れない、という風にしていると思います。もちろん、本当に幸せになるには、仕事以外の要素も必要でしょう。でももし、仕事をすることで幸せを感じられるならば、それは自分にとっての幸せ探しのいいスタートポイントになると思いますよ!

まとめ:"クラウドファンディング発"のイメージを変える物作り。

我々が無意識に手にしてきた大量生産品が「実はスゴイ」と見直されるようになった背景には、クラウドファンディングの広がりもあると思う。予定通りの仕様を、期待通りの品質で、かつ全てのユーザーに安定して(しかも現実的な価格で)届けることには、あらゆるメーカーが水面下で心を砕いている。

Peak Designはクラウドファンディングを原資としながら、実際に出来上がった製品の評判を通じてブランドを築いてきた。彼らの実態に触れて、その高い美意識とハードワークには圧倒されるばかり。どの製品もこれほど語り所が多くありながら、彼らはそのディテールを自ら積極的には語らない。

実用品の市場は常に「多機能×低価格」の喧伝だから、寡黙なPeak Designの製品は「高価」の一言で片付けられることも多いはず。だが、現物が目の前にないクラウドファンディングという状況でさえ多額の出資を集めてきた彼らのことだ。今後もその物作りに賛同する人々と共に、素晴らしい"執念"の製品を生み出し続けてくれることだろう。

本誌:鈴木誠