インタビュー

キヤノン EOS R スペシャルインタビュー

執行役員 イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏に聞く

EOS R(装着レンズはRF24-105mm F4L IS USM)

10月25日に発売が決まったキヤノン初のフルサイズミラーレスカメラ「EOS R」。一眼レフカメラ「EOS」の歴史をバックボーンに、近年の様々な新技術を集約させたEOS Rの登場は、キヤノンのみならず、カメラの歴史に新たな1ページを刻むことは間違いない。

EOS R登場の背景や開発コンセプトなどについて、キヤノン株式会社 執行役員 イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏に話を聞いた。(聞き手:デジタルカメラマガジン編集長・福島晃)

キヤノン株式会社 執行役員 イメージコミュニケーション事業本部長 戸倉剛氏

発表時期について

——EOS Rの発表会は大勢のマスコミで賑わいました。

おかげさまで好評に終えることができました。私はロンドンの発表会に出席しましたが、ヨーロッパでも日本国内と同様に大変な盛り上がりでした。今回は通常の新製品と異なる新しいシステムの発表ということもあり、全世界同時発表にし、ロンドン、上海、日本、ハワイ(アメリカ)で同時刻に発表イベントを行いました。

——このタイミングで発表されたのは、何か意図があったのでしょうか。それとも開発スケジュールの結果なのでしょうか。

日本で行われた発表会の様子。新システムの登場を大々的にアピールした。

(フルサイズミラーレスカメラについて)市場の要求が高まっているという実感は持っていました。ただ、今回の「EOS R」では、単純にボディからミラーをなくして小型化しただけのカメラを出すのではなく、新マウントを含め、さまざまな機能を向上させることで将来に向けての備えと可能性を組み込んだ新たなシステムとして世の中に出すことを考えていました。新しいシステムに必要なデバイス、回路システムなどの技術が成熟し、揃ったのがこの時期でした。

「R」の意味とは

——あらためて「R」という文字に込められた意味を教えていただけますか。

今回の新システムの開発コンセプトワードは「Reimagine optical excellence.」です。「R」という文字はその最初のワードである「Reimagine」の頭文字をとりました。しかしながら、開発段階ではEOSをもう一度「再定義する」「再活性化する」という意味を込めて、「Revert」「Reborn」などのさまざまな「R」の付く単語が飛び交いました。結果的に「Reimagine optical excellence.」という開発コンセプトができ、商品名、システム名ともに「R」を使うことにしました。開発チームの気持ちをうまく落とし込めたと感じています。

——「EF-R」ではないのですね。いままでは「EF-S」「EF-M」といった、「EF」にプロダクトをイメージするアルファベットがついていますが。

EFレンズは今までのEOSシステムを約30年に渡り支えてきました。今回の「R」は、その次の30年を見据えた新しいシステムを立ち上げるということであり、「EF-R」のようにEFの延長線上にあるのではなく、全く別の存在として位置付けたいという思いがあり、「RF」としました。

価格と位置づけ

——なるほど。完全にステージが変わる意味が含まれているのですね。ところで、今ユーザーの間で話題になっているのはボディの価格です。私自身、想像していたよりもかなり廉価でした。

この価格設定を好意的に受け止めていただき嬉しく思います。私どもに届いている声にも「魅力的な価格設定である」という声が多かったように思います。新しいシステムの初号機だからこそ、さまざまなお客さまに訴求していきたい。そのように考えたとき、価格が重要になってきます。新しい映像表現とこれまでにない機能や性能を無理なく、喜んでお使いいただける価格に落とし込めたのでは、と思っています。

——他社のフルサイズミラーレスカメラのラインナップと比較すると、EOS Rはそれらのちょうど中間に楔を打ち込んだ位置にいるように感じます。

キヤノンは、EOSシリーズとして、さまざまなお客様のご要望に応える幅広い製品群を選択肢として揃える「フルラインアップ戦略」を一貫して戦略として掲げています。ミラーレスカメラとして小型・軽量を特長とするEOS Mシリーズをすでに展開しているものの、ラインアップの中では「フルサイズミラーレスカメラ」が欠けたピースとなっていました。ただ、競合他社に比べれば後発となるとなる訳ですから、単純にフルサイズミラーレス製品を出したところで意味がありません。新しいシステムとして、将来に向けての備えと可能性を組み込みつつ、お客様の期待に応える仕様を実現することをめざして開発を進め、このタイミングでキーテクノロジーを揃えることができました。

——意識的に1機種に絞ろうとしたわけではなく……

初号機としてバランスを取り、現在の立ち位置にはめました。トータルバランスではこれが正解だと思っています。

——もっと上のクラスを求める声もありますが、今後の展開と考えておけばいいですね。

そうですね。ラインナップ化についてはいろいろ検討したいと考えています。

デザインについて

——デザインは今までのEFシステムに似通っています。既存ユーザーにとって安心感を覚えるデザインですが、そこは意識されているのでしょうか。

その通りです。EOSらしさを維持しながらもデザインの面から新しいシステムであることを感じていただくため、ボディ前面の貼り皮のテクスチャや、マウント周りのデザインを新しくしています。これらがあるのは新しいRだという主張です。特にマウント周りは、デザイン上のシンボリックな仕上がりだと思っています。それでもEOSを思わせるデザインにまとめられました。フランジバックが薄くなって小型化された結果、凝縮感や剛性感を逆に感じる、というお客様もいらっしゃいます。そうした面もデザインの狙いどおりだったと思います。

RFレンズ

——同時発表のRFレンズのうち、RF28-70mm F2 L USMとRF50mm F1.2 L USMの2本についてお聞きします。大きく高価なレンズですが、あえてこの2本を初期の4本に加えたのはなぜでしょう。

RF28-70mm F2 L USM
RF50mm F1.2 L USM

新しいシステムを作り上げた意味を、お客様に共感してほしいという思いがありました。このように新しいシステムを世に問うとなると、そのシステムの特性を端的に表せるレンズを出すべきですよね。RF28-70mm F2 L USM、RF50mm F1.2 L USMのどちらも、EFマウントで作るととんでもない大きさや重さになるため、今まで商品の企画ができませんでした。ミラーをなくし、バックフォーカスの短くすることでレンズ設計の自由度が相当に上がったからこそできる製品です。かつてEFマウントを象徴するシンボリックなレンズとして、「50mm F1.0」というレンズを出しました。今回もそれに相当するレンズができたと考えています。

——将来、RFレンズにも広角レンズが望遠レンズが出ると思っても良いでしょうか。

はい。

——マウントの内径54mmは、EFとまったく同じです。意図してそうしたのか、それとも画質などのバランスでそこに落ち着いたのか、どちらでしょうか。

後者です。ボディサイズ、レンズの剛性感、端子の余裕などのさまざまなバランスを考えると、やはり54mmが最適だという結論になりました。

逆にEFマウントの内径は、あの時代にあって、よく考えられていたということだと思います。EFレンズはすでに1億3,000万本が世に出ており、EFレンズも素晴らしいものですし、それをお使いいただいている大切なお客様もたくさんいらっしゃいます。そのレンズをこれからもお使いいただくために、マウントアダプターに対してのアイデア出しも随分しました。

マウントアダプター

——マウントアダプターには「システムのつなぎとして使うもの」という、ネガティブなイメージを持っていました。しかし今回の発表に含まれていた「ドロップインフィルター マウントアダプター」にはとても感心しました。

ドロップインフィルター マウントアダプター EF-EOS R ドロップイン 円偏光フィルター A 付

RFマウントは、フランジバック、すなわちマウントからセンサー面までの距離を20mmに設定しました。すると、従来のEFマウントのフランジバック44mmと同じにするために、マウントアダプターの全長は自ずと24mmに決まり、全長24mm分のスペースができるわけです。通常のアダプターがあるのはもう当たり前なので、そこにどんな機能を入れると面白いものができて、新しい価値を生み出せるのかという議論を重ねました。EFレンズを持っているお客さまが「これだったら新しいシステムに乗りかえたい」「これだったら逆にうれしいじゃないか」というものをどれだけ揃えられるかと。その中で採用されたのが、コントロールリングとドロップインフィルターのアイデアでした。

12ピンの電子接点

——新マウントの電子接点ですが、8ピンから12ピンに増えています。開発の早い段階から、増す考えがあったのでしょうか。

電気システムを設計しているメンバーは、将来を見据えて今回のスペックを決めています。本数が増えているのはもちろんそれもありますし、ピン1つ1つの役割も従来のEFシステムと変えています。実は、電源関係のやりとりもEFシステムとは変えています。

将来、カメラボディとレンズがどのように変化して、進化していくかわかりません。そのとき、マウントを挟んだレンズ側とボディ側の役割は、もっとインタラクティブになる。そうなると、リアルタイムでやりとりする情報の種類と量は重要になります。

フルラインナップ戦略と今後

——EOS 5D系やEOS 7D系は、価格や役割などから、EOS Rと別のベクトル・立場にあると思います。ただ、EOS 6D系はユーザーがかなりの部分で競合すると思われますが、今後はどうなるのでしょうか。

フルラインアップ戦略を堅持し、お客様の選択肢を常に揃えていきたいと考えています。お客様のご要望がある限り、自分たちで商品を絞り込むというよりは、お客様ご自身がその用途に合わせて商品を選択していただくのが良いだろうと考えているからです。しかしながら、この先、お客さまの嗜好が変化すれば、力の入れどころやラインアップは変わっているくるかもしれません。

——もうひとつ、EOS Mについてです。発表会での印象では、EOS Mは今後も継続・強化していくと感じました。

その通りです。EOS Rはフルサイズシステムですので、EOS Mのサイズまで小型化することはできません。EOS MはAPS-Cシステムとしての役割・存在価値を持っています。

——今回の発表会でもEOS MではEF-M32mm F1.4 STM、EFにもEF400mm F2.8L IS III USM、EF600mm F4L IS III USMが発表されました。そこからRシステムだけではなく、すべてをより進化していきたいというメッセージと捉えました。

そのような意味も込めて、EFレンズもEF-Mレンズも同時に発表しました。

——最後に、写真愛好家にとって、EOS Rがどんな風に次のステージを変えていくのかという、戸倉さんのイメージされているものをメッセージとしていただけないでしょうか。

「システムを変えた意味があった」……そのように感じていただける価値を持たせたつもりです。EOSのコンセプト「快速」「快適」「高画質」は従来同様に貫いていますが、同時に高画質の部分については圧倒的に高みにいけるシステムづくりをしました写真愛好家の方には本来の成果物に満足していただけると思っており、是非「EOS R」をお使いいただき、新しい映像表現の世界をお楽しみいただきたいと思います。

加えて今回は、レンズ鏡筒のコントロールリングや本体のマルチファンクションバーといった、オペレーション部分のユーザビリティにも可能性を持たせました。カメラはただのツールではありません。それを楽しめる操作の部分も、一歩進化したものを提供したいと考えました。マルチファンクションバーのようなトライアルなものは、新しいシステムを投入したタイミングだがらこそ仕込めたと思います。

人物撮影:土屋勝義

デジカメ Watch編集部