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欧州最大規模の写真イベント「Paris Photo 2008」レポート


 ここ数年、欧米の写真関係者が「日本人の写真家を探している」といったことをよく耳にするようになった。それを裏付けるように若い写真家が海外のギャラリーと契約をし、展示や出版など日本より海外での知名度が高い写真家も増えている。2008年5月にはニューヨークICPで日本人作家展が開かれ、そして今年の「Paris Photo 2008」は日本が招待国となった。今回のParis Photo公式ポスターには川内倫子の写真が使われている。

 Paris Photoは毎年11月の第2週の木曜日から日曜日まで開かれる欧州最大規模の写真イベントとして知られ、4日間で4万人の入場者数がある。会場はルーブル美術館地下のカルーセル・ド・ルーブル。パリコレが開かれる場所でもある。1997年から始まり今年で12回目を迎えた。

 2008年の会期は11月13日木曜日から16日日曜日まで。午前11時から夜は8時まで見ることができる(日によって多少ずれることあり)。入場料は15ユーロ(1ユーロ120円計算で1,800円)だった。


会場となるルーブル美術館。ピラミッドがある場所の地下で行われる 連日チケットを求める人で長蛇の列ができる。入場料は日本円で約1,800円ほど

会場の中央に位置する日本の出版社ブース。2階はBMWア
ワードの展示会場になっている
会場は小さなブースに仕切られ、各ギャラリーが特色ある展示を行なう

 世界各地で開かれる写真フェスティバルは年間50を越すといわれている。つまり毎週どこかで写真フェスティバルをやっていることになる。昨年紹介したフランスのアルル国際写真フェスティバルやアメリカサンタフェフォトフェスティバル、フォトLA、スペインのフォトエスパーニャなどが有名だ。Paris Photoの大きな特徴のひとつに展示が目的ではなく、販売が主たる目的のアートフェアであるというところにある。

 参加は個人単位ではできず、ギャラリーがルーブルの地下の会場にブースを出店する形になる。わかりやすく言えばデパートの催事場で行われる「中古カメラ市」。カメラ屋さんが手持ちのライカやローライといったカメラを即売するのを、ギャラリーがカメラの代わりに写真を販売するということだ。

 出店ギャラリーはParis Photo事務局によって厳正に審査される。出店費用は数百万円単位になるが、それに見合った売り上げが期待できる。中には1年の売り上げの半分をこの4日間で稼いでしまうギャラリーもあるそうだ。購入するほうから見れば、Paris Photoに参加しているギャラリーという安心感と、他のギャラリーの作品と比べられる選択肢の広さがメリットになる。

 今年は世界20カ国から86のギャラリーが集まった。日本招待年ということで日本からは14のギャラリーが出店。ツアイトフォトサロン、ピクチャーフォトスペース、サードギャラリーアヤといった老舗の写真ギャラリーからFoil、ラットホール、GPなどの新しいギャラリー、そしてタカ・イシイ、コヤマトミオ、シューゴアーツといった現代芸術系ギャラリーなど、写真を扱うギャラリーで著名なところばかりだ。昨年までが2~3店舗であったことを考えると今回の規模の大きさがわかるだろう。日本で最多で参加しているのは大阪のピクチャーフォトスペースで11回目の出店となる。

 Paris Photoでは毎年招待国を決め、その国の写真家を大きく取り上げている。昨年はイタリア、一昨年はノルウェー、来年は中東の予定になっている。今年の日本はアジアで初めての招待国となった。

 日本の写真文化の特徴として、クオリティの高い写真集制作が挙げられる。歴史的に見ても展示より写真集出版に写真家が重きを置いてきた事実がある。そこでギャラリーとは別に、日本で写真集出版する代表的な存在として「赤々舎」、「青幻舎」、「リトルモア」、「冬青社」、そして出版社ではないがブックデザイナーとして写真集出版も自ら手がける町口覚氏の「M」が招待され、特別ブースを出すことになった。

 僕自身は2007年に写真集「traverse」を冬青社から出していることから今回参加することができた。そこで実際に体験した者の話としてParis Photoについて書いてみようと思う。個人的な感想が主となることをお許しいただきたい。


日本の写真集出版社も特別ブースで参加

冬青出版のブースの棚に並べられた写真集。一般客はもとより、ブックバイヤー、ギャラリー関係者がまとめ買いをすることも多い
 2008年のParis Photoの招待国は日本であると以前から言われていて、今年に入ってその話題は写真関係者からよく聞くようになった。昨年僕はパリのフォトビエンナーレに参加し同時期のパリにいたものの、日程が合わずParis Photoを見ることはできなかった。

 実をいうとParis Photoの存在を知ったのはわずか数年前である。ある男性誌が特集でParis Photoを大きく取り上げたことがあり、そのときに初めて存在を知った。その規模と華やかさで世界最大規模の写真イベントであるというのは分かったが、実際Paris Photoに参加したとか見たという者は周りの写真関係者にはいなかった。大規模な割には謎のイベントだったのだ。

 僕自身も情報の少なさから2年に一度11月に行われる「パリ写真月間」と混同していたところがあった。Paris Photoという場合はルーブルの地下で行われる4日間だけのフェアを指す。2008年始めに、Paris Photo関係者から冬青社に出版ブースへの参加の打診があり、その後パリから2人の事務局員と日本人オーガナイザーである評論家・竹内万里子氏が冬青社を訪れ正式に参加が決定した。しかし「招待」という形なのだが、参加費用は100万円単位となり、輸送費を含めると莫大な金額がかかるといことが判明。1冊数千円単位の商いである出版社は赤字のリスクが大きいはずだが、世界基準を確認するために出店を決意したそうだ。ブースごとにサイン会を開くということで冬青社からは北井一夫、土田ヒロミ、Kyunghee Lee、山下恒夫、Photographer HAL、そして僕の6名の写真家が参加することになった。

 パリに到着し、荷を解くとすぐに会場に行ってみた。ルーブルの地下の奥にある会場に入ると出版社のブースは入り口から正面にあたるとてもいい場所に設営されてあり、期待の大きさを物語っている。

 写真集1冊の販売価格は出展料、輸送費、通訳など諸々の費用が反映し、日本での通常価格のおよそ1.8倍に設定されていた。「traverese」を例にとると日本では5,000円だが会場では75ユーロ、1ユーロ120円で計算して9,000円になる。ここ最近の円高でこのようなことになってしまったのだ。

 ざっとギャラリーブースを見て回る。会場地図を持たずに歩いたらあまりの規模に完全に迷子になってしまった。巨大なカラー作品から写真史の教科書に載っていうような作品まで所狭しと展示されている。これはあくまで販売が目的なのだと改めて実感する。


 初日の前日12日午後からは、関係者、プレス、特別招待客が集まるレセプションデイになっている。夕方からは歩いていると肩がぶつかるくらいの混雑となり、あまりの人出に驚くばかりだ。写真関係者だけでこんなにいるものなのか。レセプションデイから写真集を販売したものの動きが悪い。「飛ぶように売れる」という話は無さそうだということが分かった。数名のブックバイヤーが興味を示したくらいで売り上げは非常に厳しいものがあった。

 13日は初日ということもあって多くのブースでサイン会が開かれた。その中にはエリオット・アーウィット、スティーブン・ショアそしてウィリアム・クラインの名前もある。日本人ではドイツの出版社から写真集を出している尾仲浩二氏も。尾仲さんのサイン会の様子を覗きにいったところ、尾仲さんはファンが取り囲む中ひっきりになしにサインをしている。近頃ヨーロッパでの活動も目立つ彼の人気を見た思いだった。

 さて冬青社からは初日、土田ヒロミ、PhotographerHAL、そして僕の3人がサイン会を行なうことになっていた。今回さすがだと思ったのは土田さんや北井さんのパリでの人気ぶりで、30年以上前に出した写真集を大事に抱えたファンがサインを求めにやってきていた。2人のプリントは会場内でもギャラリーが扱っている。


ブース前でのサイン会。中央が土田ヒロミ氏、向かって右がPhotographerHAL氏、そして僕 サイン会を行う尾仲浩二氏。ドイツの出版社から「slow boat」の復刻版が出ている

写真家細江英公氏(向かって左)と冬青社高橋社長


 そしてPhotographerHAL氏はParis Photoのオーガナイザーから「この作家を是非Paris Photoへ連れてきてくれ。彼はパリで絶対うける」と熱烈なラブコールを受けての参加だった。その言葉どおり有名なセレクトショップ「コレット」の社長自らブースを訪れ彼の写真集を15冊まとめ買いし、展示のオファーも受けた。それ以外にもオリジナルプリント販売、そして正式なヨーロッパデビューも決まり、今回の参加でとても大きな成果を上げることができた。

 一方、初日散々な結果だった僕はちょっと焦っていた。サイン会を開いても1冊も売れないのではないか? ところが3人が横並びで座りサイン会が始まると、吸い寄せられるように人が集まってくる。1冊が売れるとまたたくまに売れ出した。値段はあまり気にしているそぶりはない。結局1時間半のサイン会で15冊を売ることができた。バックボーンのない国で75ユーロも出してくれる人がいたのは嬉しかった。

 しかし大きく売れたのはこの日だけで、後日の動きはお世辞にもいいものではなかった。それは冬青全体でもあり、ほかの日本の出版社も同じことが言える。高価格、プロモーション不足、初めての参加で分からないことだらけ。しかしブックバイヤーが多く訪れ冬青社の写真集を書店へ置きたいというオファーがたくさんあったり、アメリカへの写真フェアへの参加依頼が舞い込むなどParis Photo参加は冬青社にとって単純な売り上げだけでは計れないものがあったようだ。


注目を浴びる日本人作家

1日1万人が会場を訪れる。ヨーロッパでの写真への関心の高さがわかる
 今回のParis Photoにはプリントを販売している日本の写真家が大勢来ていた。実際に目にしただけでも細江英公、鬼海弘雄、瀬戸正人、楢橋朝子、川内倫子、オノデラユキ、石塚元太郎、今ヨーロッパで絶大な人気の澤田知子の姿もあった。おそらく僕が気がついていないだけで相当数の写真家が来ているはずだ。彼らは何をしに来ているのかというと単に会場を見にきているだけでなく、会場外で美術館、ギャラリー、コレクターの人達と打ち合わせを重ねている。そこにはヨーロッパメディアへの露出も含まれている。

 さて展示会場で一番目立った写真と言えば断然、荒木経惟だった。国内外問わず多くのギャラリーが扱っていた。アラーキーの写真のほとんどは緊縛ヌードのカラー大型作品で、一目で彼のものと分かる写真だった。ヨーロッパにおいて日本で一番有名な写真家といえば間違いなくアラーキー。写真関係者で知らない者はいない。

 日本人作家では植田正治、細江英公、東松照明、森山大道など1960~70年代に活躍した写真家が目立った。それらの作品の多くは赤丸(売約済みシール)がつけられていて人気の高さが伺える。

 そして川内倫子、楢橋朝子、蜷川実花、オノデラユキ、米田知子、澤田知子らの女性写真家の作品が人気を集め売れ行きも良かったようだ。僕はいろんな国の写真家に会った時に話のきっかけとして「川内倫子は知っているか? 好きか? どこがいいのか?」と聞いてみることにしている。20人ほどに聞いたろうか、すると例外なく「知っている、好きだ、ナチュラルでミステリアスだ」という言葉が返ってくる。彼女の人気は日本では想像できないほど高い。ちなみに「男性写真家で知っているのは?」という質問には荒木、森山のほかに畠山直哉の名前が上がることが多い。

 海外作家に目を向けると18世紀のカロタイプ写真から2008年の作品まで幅広く網羅されている。各ギャラリーごとに特徴がはっきりしていた。写真史の教科書に載っているようなアルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・スタイケン、オットー・シュタイナー、アンドレ・ケルテス、マン・レイなど個人的に初めてオリジナルを見た作家も多かった。

 それらの歴史的モノクロ作品と対称的なのが現代作家の超大型カラープリント。サイズが長辺2mを越すもの多くあった。幅広く網羅しているとは言ったが、よく見ていくと1970年代までの作品ですでに評価が定まっているモノクロ写真と、2000年以降に制作された現代アートとしてのカラー作品の2つに大別することができる。そしてどちらが売れているかといえば圧倒的に現代作家のものだ。作品によってはエディション(限定制作枚数)全てが売り切れたものも見受けられた。それ以外の年代の作品は量も少なく、売れ行きも鈍いように思われた。またParis Photoはヨーロッパ市場のフェアのため、アンセルアダムスを始め、アメリカ市場で人気の作品はほとんど目にしなかった。


左側の壁には川内倫子の作品が、そして右側の壁には蜷川実花の作品が展示されていた
サイン会場でのマーティン・パー氏。現代の写真家でもっとも有名なだけにサインを求める人で溢れていた

伝説の写真家、ウィリアム・クライン氏 50万ドル(およそ5,000万円)の値がついたアーヴィング・ペン撮影のピカソ

 今年は株価の暴落、為替の変動など経済が不安定なため各ギャラリーとも売り上げの大きな減少が懸念されていたが、結果的には大きく例年と変わることはなかったようだ。会場内の作品で何が一番高値だったかははっきりと分からなかったが、自分が目にした限りでは、ロンドンの名門ギャラリーハミルトンがアーヴィング・ペンのピカソのポートレートに50万ドル(約5千万円)の値をつけていた。それが売れたかどうかはさだかではない。そのほか1千万円級の作品はたくさんある。Paris Photoにおいて写真は商品。作者のメッセージを伝える場所ではない。限られたスペースに何段も重ねるように展示してある。高額な出展料に見合う売り上げを上げるための並びということになる。

 Paris Photoに行けば、今ヨーロッパでどんな写真が売れるかが一目瞭然となる。そして今回マーケットが日本を注目したことになる。2008年はヨーロッパマーケットが日本を本格的に意識した最初の年となった。

 現代アートの世界では日本人作家は大きな注目を浴びている。日本でもアートフェア東京東京コンテンポラリーアートフェアなどがある。そして写真もとうとう東京で専門のフェアが始まるとParis Photoでアナウンスされた。予定では2009年9月、3日間の予定で「TOKYO PHOTO 2009」が開かれことになっている。詳細は未定だが、本格的なフェアになることを期待したい。

 2009年は日本にも写真のマーケットができるエポックメーキングな年になるかもしれない。



URL
  Paris Photo
  http://www.parisphoto.fr/

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欧州の写真の祭典「アルル国際フォトフェスティバル」(2007/07/17)



渡部さとる
(わたなべ さとる)写真家。1961年山形県米沢市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、日刊スポ-ツ新聞社に入社。スポーツ、報道写真を経験。同社退職後フリーランス。多くの出版、展示を行っている。2003年より写真のワークショップを始める。写真集に『午後の最後の日射』(MOLE/2000年) 『traverse』(冬青社/2007年)書籍に『旅するカメラ1~3』(エイ出版)などがある。http://www.satorw.com/

2008/12/02 00:27
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