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川田喜久治作品展「遠い場所の記憶:メモワール1951-1966」

――写真展リアルタイムレポート

「原爆ドーム」1962年 (c)Kikuji Kawada
被爆者1号と自らを称し、デモの先頭に立ったK氏の自宅跡から見える原爆ドーム。右に垂れ下がっているのは千羽鶴

※写真、記事、図表などの著作権は著作者に帰属します。無断転用・転載は固くお断りします。





川田喜久治氏。1933年茨城県生まれ
 川田喜久治さんは日本を代表する写真家の一人であり、そのキャリアは50年を超す。その写真家が初めて自らの初期作品を振り返ったのが、この作品展だ。写真雑誌に作品を投稿していた高校時代から、週刊誌カメラマンを経て、VIVO同人、そして写真集「地図」(1966年刊)を発表した以降までの15 年間に撮った作品からセレクトした。

 ただし、この作品展は回顧展ではない。

「写真には過去の記憶だけでなく、未来への記憶もそこに潜んでいる。既視感と未視感が体験できる時、写真はリアルなイメージを投げかけてくる」と川田さんは言う。

 作者はかつて自らが撮ったネガに普遍性を探し、そのイメージをインクジェットプリンターで再生させた。第一線の表現者として活動を続ける作者の「今」が感じられる空間だ。

 川田喜久治作品展「遠い場所の記憶:メモワール1951-1966」はフォト・ギャラリー・インターナショナル(P.G.I.)で開催。会期は2008年11月17日(月)~2009年1月30日(金)。日、祝日および12月21日~1月6日休館。開館時間は11~19時(土曜は~18時)。入場無料。

 ギャラリーの所在地はJR線・田町駅芝浦方面出口から徒歩10分、都営三田線および浅草線・三田駅より徒歩11分、ゆりかもめ芝浦埠頭駅より徒歩約15分。


撮りためた写真からテーマが見える

 川田さんは常にカメラを持ち歩き、日々、何かを撮っているという。「もし3日撮らない日があったら、それ以降、撮れなくなるような気がする」と言って笑う。日々の撮影が川田さんの作家活動の基本になっているのだ。

「最初は何かを狙って撮るわけではない。たとえば街を歩く時はただ歩く。そして嗅覚、視覚が反応したものを撮る。犬みたいなものだね」

 ある程度、撮りたまると、その写真から自分が何を狙っていたのか、関心を持っているのかが見えてくる。そこから作品づくりが始まるのだ。

「だけど重要なのは自分が興味を持った現場に立つこと。行かなければ分からないこと、そこでしか感じられないことがあるからね。そして、一つのテーマが完成するまでにだいたい5年ぐらいかかっているよ」

 2001年9月1日に、東京・新宿の歌舞伎町で雑居ビル火災があった。44名の死者が出た大事故だったが、この現場に川田さんは足を運んだという。

「理屈ではなく、何かに惹かれたんだ。この時は16コマを連写できるニコンのCOOLPIXで撮影した。動きが重なったように記録できる表現が新鮮で、そこから2001年10月にここで発表した『ユリイカ Eureka 全都市』The Complete Cityになった」


写真の右端の2点がK氏と、彼の自宅跡を写したもの(未発表作品) ギャラリーは1階と2階の2フロアがあり、1階では写真集の展示・販売も行なっている

左下にあるポートレートのモデルは三島由紀夫氏。「君は胸毛ばかり撮るな」と大笑したという。川田さん」の撮影は1959年。細江英公氏の「薔薇刑」の撮影はこの後になる

ローキーな写真が多い理由

 川田さんは立教大学を卒業後、1955年、新潮社に入社し、翌年、創刊された週刊新潮のグラビア撮影を担当した。当時、撮影し、週刊誌では発表していない街のスナップもここにはいくつか展示されている。

「こうした街のスナップも週刊誌で掲載すべきと、編集会議で言ったことがある。当時、ライフが提唱していた『ヒューマン・インタレスト』という言葉を使って、そこに人間の持つ普遍性が捉えられていれば、長続きのする写真だからと編集長を口説いた。文学畑の会社なので、写真はあまり理解していなかったが、その言葉は気に入ったみたいだったね」と笑う。

 ハイキーの写真を持っていったら、その編集長は「これは雪が降っているのか」と聞いたそうだ。

「それを聞いて、今度からは真っ黒な写真にしてやろうと思ったから、僕の写真はこうなった。ちょっとしたきっかけで写真家は違う方向に動いてしまうんだよ」と、冗談めかした口調で話す。

 ローキーな表現が強い印象を与える「地図」は、ノーマルな表現が飽き足らず、マイクロ複写用フィルムの「ミニコピー」で撮り直したという。

「ディテールを出すことで、見る人にいろいろなイメージを与えたくなかった。情報量をできるだけ少なくするため、ハイライトとシャドーだけの表現を選んだ」


「東京台風」1958年 (c) Kikuji Kawada

Macを使い始めたのは15~16年前

「違った手法、違ったスタイルを見つけようと絶えず思っている。だから新しいものばかりに目が移ってしまうんだ」

 これは川田さんの作品世界の根幹を成す言葉だと思う。先述したように、ツールが制作に少なからず影響を与えているからだ。実際、同じカメラは使い続けたくないそうだし、レンズも新しく出ると、すぐに買うけど、少し経つと売ってしまうという。

「15~16年前に、ある写真雑誌の編集者がポータブルのワープロを持っていた。それを見て、便利そうだと思い、ワープロを買うならパソコンでも一緒だろうとMacintoshを買ったんだ。それから1年後ぐらいから、デジタルプリントの作品を発表し始めているよ」

 今回の作品はすべてPowerMac G5とエプソンのPX-5800で制作している。操作は「トーンカーブを少しいじるぐらい」というが、展示作品は見る人の眼を捉えて離さない存在感を持つ。

 P.G.I.のディレクターである山崎信さんは「アナログでずっと最高のプリントを焼いてきて、実現すべき完全なイメージが明確だから、デジタルになってもすっとできてしまうんです」と解説する。インタビュー後の雑談で、川田さんは「エプソンのマットブラックは、生産をメキシコに変えてから、少し色が変わってしまったね」と話していた。


「ブイ」・横浜 1954年 (c) Kikuji Kawada

たった1部の手製写真集

 今回の作品展は、実は写真集が先に制作されている。川田さんにとって「地図」「世界劇場」に続く3冊目の自主制作となる1冊で、「Remote Past:Memoir 1951-1966」はこの1部しか制作されない。作品はすべて展示作品と同様にインクジェット出力されたオリジナルプリントだ。

「展示空間は消えてしまうので、形として残る写真集が最終的なものだと思う。ただ幸運に恵まれない限り、個展と同時に写真集はできないからね」

 販売は未定で、当然、価格も未定。さて、市場に出るとすれば、これ1部がいくらになるでしょうか。会場で実物を見て、想像を膨らませてほしい。


タイトルのレタリングは、戦後日本に入ってきたビール箱に描かれていた書体を模した。この写真集はショーケースに入れてギャラリー内に展示されている 赤い表紙はイグアナの皮のパターンをデザインした紙。表紙だけは3種類制作したという


写真集の巻末には、インデックス代わりに作品をセレクトして構成したページがある。この写真展は、このアレンジを基に構成した

制作のアイディアは沸き続けている

 今もまだ数十本以上、未現像フィルムが手元にあるという。

「なんでもないネガだからと思っていることもあるけど、もう少し経ったら現像してみようと思っている。経過する時間のなかで、フィルムと自分自身が熟成するんだ。アメリカの写真家のウィノグラントも1~2年置いて現像していたらしいね。あと期限切れの使っていないフィルムもたくさんあって、これをそのうち使ってみようとも思っているよ」


最後の1枚はぬかるんだ道端で、子どもが鼻をつまんでいる写真だ。「この1枚は僕が写真を撮ってきた状況そのものだと思った。今回、セレクションしたなかで、最も興奮した写真」と作者。ちなみに最初は左の写真の右下にある作者のセルフポートレートを置く予定だった


 デジタルカメラは、現在、ニコンD3と標準レンズ、ノクトニッコール58mm F1.2をメインに使っている。

「ISO3200 にして撮ると、暗闇の中に隠れていたものが見えてくるんだ。これを始めたら、夜、眠れなくなるんじゃないかと思って少し困っている」

 川田喜久治氏が提示するこのイメージは、今年、見ておくべき一本だとオススメする。



URL
  フォト・ギャラリー・インターナショナル
  http://www.pgi.ac/
  写真展関連記事バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/exib_backnumber/



市井康延
(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。灯台下暗しを実感する今日この頃。なぜって、新宿のブランドショップBEAMS JAPANをご存知ですよね。この6階にギャラリーがあり、コンスタントに写真展を開いているのです。それもオープンは8年前。ということで情報のチェックは大切です。写真展めぐりの前には東京フォト散歩( http://photosanpo.hp.infoseek.co.jp/ )をご覧ください。開催情報もお気軽にお寄せください。

2008/11/20 00:13
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