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【インタビュー】アドビ副社長が語る、未来の写真


デイブ・ストーリー氏
 Photoshop LightroomやCS3のパブリックベータ公開など、最近の米Adobe Systems(以下、アドビ)はユーザーの意見を取り入れながら、自らの姿勢を知らしめる活動を積極的に行なっている。こうした活動の一環として、同社が「アドビ・ラボ」で取り組んでいる技術開発を、デジタルイメージング製品開発副社長であるデイブ・ストーリー氏が、デジカメWatchに説明してくれた。

 1982年に創設されて以来、デジタルイメージングのリーダーとして君臨してきた同社だが、意外なことに、このような「エンジニアリング・ツアー」を行なうのは初めてのことだという。

 「ジャーナリストの皆さんが、アドビのマーケティング部門以外の人間から話を聞くのは初めてでしょう。このエンジニアリング・ツアーを開催する理由は2つあります。1つは、アドビとして、もっといろんなことを語っていこう、もっとオープンな会社になっていこうという哲学があるからです」(ストーリー氏。以下、「」内はすべてストーリー氏の発言)。

 もう1つの理由は、“Photoshopはすでに十分なイノベーションを起こしてきた。もうこれ以上のイノベーションは残されていないのではないか”とよく言われるからだという。

 「私自身は、この時代はこれまでに比べ、よりたくさんのアイデアがあり、研究が行なわれていると思っています。ですから、今、私たちが取り組んでいることをご説明し、“未来の写真”(Future Photography)がどのように変わっていくのかを、お話ししたいのです」。


Photoshopが写真の内容を理解する日

 ストーリー氏はまず、アドビがレベル補正、トーンカーブ、レイヤーといった革新的なツールを開発し、Photoshopに搭載してきたことを述べた。そして、これらのツールの裏では高度で複雑な演算が行なわれているという。

 「複雑な演算の一例が“修復ブラシ”です。修復ブラシはコピースタンプツールの一種だと思われていますが、実は突破口的なテクノロジーが使われています。修復ブラシのバックグラウンドでは、4次偏微分方程式を使った複雑な演算を行なっています。このアイデアは、大学で物理学を専攻していた開発メンバーから提案されました。彼が画像の修復をしようとしたときに、物理学の熱変換アルゴリズムを使うことを思いついたのです。いろいろなところが修復ブラシを真似しようとしましたが、どこも成功していません」。

 しかも、こうした演算は、ユーザーの思考の速度についていけるよう、ある程度のスピードで行なわれなければならない。

 「このように、最先端の演算処理を画像処理にあてはめることで、修復ブラシのようなイノベーションが実用化されたわけです。ユーザーは複雑な演算を意識しないで、魔法のように修復ブラシを使えます。私たちはこれを“実用的な魔法”(Practical Magic)と呼んでいます。私たちがこのような研究を進めるのは、“人間がイメージできること”と、“画像”のギャップを埋めていきたいからです」。

 ところで、このような演算による作業は、Photoshopにとっては大変なことだと言う。

 「なぜなら、Photoshopは“ピクセル”しか見ていないからです。本来は、画像の内容をPhotoshopが理解できたほうがいいのです」。

 こうした研究も進められ、その成果はいくつかの製品に搭載されている。

 「Photoshop Elementsは画像の中の顔や目を検知し、赤目を自動的に修正します。また、これまでのPhotoshopに搭載されてきた“自動選択ツール”は、ピクセルの色だけでどこを選択すべきか判断していました。しかし、CS3に搭載される“クイック選択ツール”は、図形の形状やテクスチャでも判断します」。

 「これらは本当に小さな1歩ですが、私たちは研究を続けていますし、ソフトウェアにものの見方を教える作業をしています。この数年間で大きな進歩があるといいと思っています」。


40億画素カメラで何ができるか

 次にストーリー氏は、次のような画像をプロジェクタで映し出した。これは、1km離れたところから、画素数40億画素のギガピクセルカメラでアドビ本社を撮影したものだ。ストーリー氏が映し出した画像は24,000×12,000ピクセルの解像度に縮小したデータだという(ここに掲載した画像はさらに縮小されている)。

【お詫びと訂正】記事初出時、画像解像度を40億ピクセルと記述しましたが、これは撮影したカメラの画素数の誤りでした。画像の大きさは24,000×12,000ピクセル(2億8,800万ピクセル)となります。お詫びして訂正させていただきます。


40億画素のカメラで撮影したアドビ本社の画像、を縮小したもの(上の画像をクリックすると1,280×1,024ピクセルの画像を開きます)

拡大すると、本社に入っていく車のナンバープレートが読める
 ちなみに画像の右上にある小さな四角い領域は、この画像を300万画素に縮小したもので、大きさの比較のために置いてある。

 ストーリー氏は、画像の一部をクローズアップしながら言う。

 「40億画素の画像には、非常に大量の情報が含まれています。離れた所から撮影した画像にも関わらず、本社に入ろうとしている車のナンバープレートが読めます」。

 続いて、画像にクローズアップしたまま、ビルの間の広場にスクロールさせる。巨大な画像にも関わらず、非常にスムースにスクロールするのが印象的だ。

 ビルの間の広場には、バスケットボールコートが設けられているのだそうだ。そこには、ストーリー氏(の書割?)がバスケットコートを指差して立っている姿が見えた。

 次に、画面の左に、白い小さな四角を並べたマトリックスを表示する。このマトリックスが、40億画素のこの画像全体を表しており、中央部の黄色い四角が、画面に表示されている範囲を表す。その周囲には青く塗られた四角がある。


白い範囲が画像全体、黄色が見えている範囲。青がグラフィックボードにロードされた範囲
右にスクロールすると、ロードされた範囲も右に伸びていく

 「この青い四角は、グラフィックボードにロードされているデータの範囲を表しています。40億ピクセルともなると、すべてのデータをいっぺんにロードできませんから、スムースにスクロールさせるには、どちらにスクロールしていくのかを予測して、データをロードしていく必要があります。スクロールという一見単純な作業にも、修復ブラシと同じように、バックグラウンドで大変な作業が行なわれているのです」。

 画像をスクロールさせると、なるほど、スクロールさせる方向に青い範囲が伸びていくのが見えた。

 画像のさまざまなところにスクロールしていくと、ビルの窓から顔をのぞかせているストーリー氏や、バスの横に立っているストーリー氏の顔が判別できる。

 「このバスは“回送”のサインが出ていて乗客がいないはずなのに、キャリアに自転車が積まれています(編集部註:アメリカのバスには、自転車を前部に積んで、自転車ごと移動できるようになっているものがある)。誰かが盗んだ自転車をいたずらで載せたのかもしれません。この画像の中で犯罪が起きているのを見つけてしまいましたね」。

 画像の右端に到達すると、見覚えのある物体の一部が写っている。

 「もっと画素数が多ければ、この物体の正体を明らかにできたかもしれませんね。画素数が多いことは、さまざまな可能性を広げてくれます。アドビでは、今後もカメラの画素数は増えていくと考えていますから、Photoshop CS2とCS3では、90億画素の画像を扱えるようになっています」。


バスの横に立つストーリー氏
右端に写り込んだ物体

カメラの進化はソフトウェアに比べると遅い

 ストーリー氏は、巨大な画像データの生かし方を、もうひとつ見せてくれた。

 「写真の世界でもっとも急速に変化したのはソフトウェアです。カメラ自体は、大きく変わっていません。カメラの制約に、私たちもひっぱられてしまいます。そこで、アドビでも新しいレンズを試作してみました。ただし、アドビはレンズメーカーになりたいわけではありませんよ」。

 そう言いながら見せてくれたのが、直径15cmほどの大きなガラスに、19の小さなレンズが成型されたレンズだ。


アドビが試作したレンズ 試作レンズでの撮影風景

 「私たちは、普通のカメラで1度にたくさんの視点で写真を撮れないかと考えました。虫は複眼によって、1つのシーンをいろいろなアングルで見ることができますが、自分たちもそうなりたいと思い、このレンズを作ったのです。これには19のレンズが着いていますが、もっと微細化することもできます」。

 このレンズを使えば、違う角度からの複数の画像を、1度に撮影することができる。つまり1つの被写体を三次元で撮影できることになるのだ。

 「このレンズは、1枚の大きな画像を分割して撮影しているようなものですから、1つの画像は画素数が制限されます。3D画像を撮るのか、画素数の大きな1枚の画像を撮るのかをトレードオフすることになるわけですが、このレンズでないと撮れない画像をお見せしましょう」。

 見せてくれたのが、2つの彫刻が手前と奥に置かれた画像だ。画面全体にピントが合っているパンフォーカスの画像だが、ストーリー氏がカーソルでなぞった部分だけ、ピントがはずれ、ボケていく。あるいは、全体にピントが合っていない状態から、なぞった部分だけピントが合うようにもできる。


試作レンズで撮影した画像を合成したもの
フォーカスブラシでなぞったところだけピントが合う

 「このレンズでは、画面のどこにでもフォーカスを合わせる事ができます。そこで、修復ブラシと同じように、フォーカスという切り口からブラシを作れないかと考えました。ブラシでなぞったところだけフォーカスをあてたり、はずすことができるのです。画像のすべてのピクセルのフォーカスを、カメラで完全にコントロールするということはありえません。しかし、ソフトウェアならできるのです。これは、カメラの進化の度合いがソフトウェアに比べると遅いというひとつの例でもあります」。


画像改ざんを検出する技術も

 次にストーリー氏は、同社が大学と共同で数年にわたって研究している、画像の改ざん検出について説明した。

 「未来の写真にとって、改ざんの問題は避けて通れません。最近では、ニュースレポーターがベイルート市街の写真に、Photoshopのスタンプツールで煙を足すという事件が起きました。しかし、デジタル画像の改ざんは、肉眼では検知するのが難しい」。

 そこでストーリー氏は、ある画像をプロジェクタに映し出し、改ざん検出ツールで、改ざんが疑われる部分を範囲指定した。範囲指定した部分が、解析された画像となって表示される。

 「このツールでは画像のフーリエ変換を行っています。デジタルカメラで撮影してから改ざんされていない画像は、(範囲指定した部分に)“トゥルースドット”が現れます」。


オリジナルの画像(左)にスタンプツールで煙が足された
黒い四角の中に、トゥルースドット(赤い点で指している部分)が現れる

 「ほとんどのデジタルカメラのセンサーのひとつひとつのピクセルは、単体では色を表現できません。赤、緑、青のピクセルが並んだカラーフィルターを通した光を受け、隣のピクセルの色と合成することで、色を表現しています。この合成の作業が、トゥルースドットの形で現れます。隣のピクセルとの相関関係が、トゥルースドットのようなスパイクの形で表現されるのです」。

 画像の別なところを範囲指定すると、今度はトゥルースドットが現れない。


トゥルースドットが無い部分
トゥルースドットが無い部分は、ギターケースが消されていた

 「改ざんされると、トゥルースドットが見えなくなります。この画像では、ここにあったギターケースを、ほかの部分のタイルをコピーすることで消すという改ざんが行なわれました。このようにギターケースを消しただけならいいのですが、この部分に銃や死体があったら問題ですよね」。

 「この研究は何年にもわたってやっています。アドビとして儲けになるかどうかわかりませんが、倫理観と価値観に迫られてこの研究をやっています。大きな力を持った企業は大きな責任も持っているのです」。


“ベストプリントエクスペリエンス”でカラーマネジメントを改良

CS3のプリントダイアログボックス
 ところで、今回のエンジニアリング・ツアーでは、カラーマネジメントの話題が出てこなかった。この分野の研究はどうなっているのだろう。

 「CS3では、プリンタメーカーと一緒に“ベストプリントエクスペリエンス”という取り組みを始めました。まず、CS3からプリンタドライバへ送る情報量を増やしています。また、CS3では印刷ダイアログボックスをシンプルにし、情報を1カ所で表示できるようにしました。これまでのように、サブダイアログがたくさん表示されて混乱するということはなくなりました。また、プリントプレビュー表示もカラーマネージメントされるようになりました」。

 「カラーマネジメントについては、エプソン、キヤノン、HPと話を進めていますし、これから先も注力していきます」。



URL
  アドビシステムズ
  http://www.adobe.co.jp/


( 本誌:田中 真一郎 )
2007/02/21 01:35
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