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【インタビュー】キヤノン PIXUS Proシリーズの狙い

~デジタル一眼レフユーザーに向けた従来以上の作り込み

キヤノンの鳥越 真 インクジェットシステム開発センター室長
 PIXUS Proシリーズは、キヤノンが初めて取り組むプロからハイアマチュアを対象としたフォトインクジェットプリンタのブランドだ。

 同社はラージフォーマットプリンタとしてプロフェッショナルブランド「image PROGRAF」を展開する一方、A3ノビ以下のフォーマット向けには、コンシューマ向けフォトプリンタのPIXUSシリーズを提供してきた。両者の絵作りやプリンタドライバ開発のコンセプトは明確に異なり、前者がプロの求める色の一致性や耐候性を重視した作り方をしているのに対し、PIXUSシリーズではDPEプリントにも通じる“あらゆる写真を見栄えよく”印刷する手軽さ、わかりやすさを重視している。

 PIXUS Proシリーズは、ちょうどその間、プロフェッショナルからハイエンドアマチュアまでをカバーすべく、PIXUSのテイストに加え、色の忠実性やフォトレタッチで色を追い込む際の“振る舞い”をリニアにした製品である。

 と書くと、想像されるのはエプソンのPM-4000PXやPX-5500と競合する製品なのだな、とすぐに思いつく読者も多いだろう。しかしターゲットとするユーザー層は同じだが、製品の味付けは少々異なるという。

 今回は長くキヤノン製カラーインクジェットプリンタの絵作りに取り組み、今回、PIXUS Proの絵作りを指揮したキヤノンの鳥越 真 インクジェットシステム開発センター室長に、PIXUS Proでの絵作りや製品としてのねらいについて話を伺った。


PIXUS Pro 9500 PIXUS Pro 9000

――これまでもキヤノンはハイアマチュア向けプリンタは発売していましたが、基本的な味付けはPIXUSシリーズに準じていました。今回、PIXUS Proという新ブランドで、一般コンシューマとは異なる層を狙っているようですが、そのための取り組みはいつ頃から行なってきたのでしょう?

 「PIXUSの絵作りで狙っていたのは、ほとんどの人にとって“きれいだ”と感じられる絵を、プリンタドライバ側の絵作りで創り出すことです。人が美しいと思う空、海、緑、それに肌の色。これらを世界各地で調査しながら、誰もが美しいと思う絵を演出します。加えて銀塩写真に近い光沢や透明感も必要でしょう」

 「これに対してプロフェッショナルな用途では、より正確な意図したとおりの絵を可能な限りそのまま再現するカラーマッチングの要素や、顔料による高い保存性が求められます。こうしたプロ向けのニーズは、大判プリンタの世界から得られた情報を持っています」

 「従来のPIXUSシリーズでも、一部には高精度のICCプロファイルを添付するなどの措置はとっていますが、それらを整理し、アマチュアからプロまで幅広いユーザーに満足していただける機種としてまとめたのがPIXUS Proシリーズです」

――具体的にPIXUSとPIXUS Proにはどのような違いがあるのでしょうか?

 「Proという名称がついていますが、基本的にはコンシューマを意識した製品です。しかしコンシューマユーザーにも多様なニーズがありますから、その中でも一眼レフデジタルカメラを用い、より積極的に写真撮影に取り組む作品指向の強いユーザーに向けてのカスタマイズを行なっています。PIXUS Proには(染料インクの)9000と(顔料インクの)9500の2機種がありますが、これも染料インクならではの透明感や光沢感を重視するユーザー、仕上がり感よりも色安定の早さや耐久性を重視するユーザーの両方に満足していただけるようにと用意しています」


――鳥越さんが担当している絵作りの面での違いがどのような点にありますか?

 「“好ましい色を自然な雰囲気で再現する”キヤノンデジタルフォトカラーのコンセプトはそのままPIXUS Proにも持ち込んでいますから、デフォルトでの印刷は従来の路線を継承しています。通常、写真を印刷する場合はそのまま印刷すれば良い結果が得られます。加えてPIXUS Proでは“階調保持モード”を追加しました」

 「階調保持モードは、キヤノンデジタルフォトカラーと同様に好ましい絵作りを行ないますが、加えてフォトレタッチによる写真に対する修整に対し、よりリニアに階調変化がもたらされるよう設計したモードです」

――“階調保持モード”ではカラーマッチングはあまり意識していないということでしょうか?

 「デジタルの写真データとプリンタの色再現域、色再現手法は異なります。このため、画面で見たそのままを再現しようとしても、階調が失われたり、階調を維持しようとすると沈んだ絵になることもあります。そこで階調保持モードでは、PIXUS Proの持つ色再現域を積極的に活用し、キヤノンデジタルフォトカラーの成果を取り入れながら、リニアリティを重視した絵作りにしました。レタッチで彩度や色相を微調整したら、その調整量がそのまま印刷結果に反映される。レタッチによるシフト量に対してリニアに反応するのです」

――他のハイアマチュア~プロ向けプリンタがカラーマッチングを最重要視しているのに対して、より積極的に絵作りを行なう階調保持モードを重視しているのはユニークな点でしょう。どのような点に気を使いましたか?

 「従来のアプローチは、プロから一般ユーザーまで幅広いユーザー層の好みを集約して絵作りに生かしました。今回はそれらのデータに加え、新しいテストを多数行ない、主にプロの写真家に見てもらっています。その結果生まれたのが階調保持モードと色調整機能付きのモノクロ印刷モードです。実はモノクロ印刷モードは前の機種からひそかに入れていたのですけどね」

 「ただし、モノクロ印刷時のデフォルト色は少し変えています。好ましいグレートーンとは何かを徹底的に調査し、ニュートラル、ウォーム、クール、それぞれの好ましい色調を再現します。階調保持モードも含め、こうしたモードはごまかしがききません。ほんの少しの調整にはほんの少しの変化で、大胆な変化に対しては大胆に。それでいて階調の破綻がないように作らなければならない」

 「具体的には、各インク色への分解をきちんと高精度に処理しなければ破綻が起きてしまいます。階調保持モード専用のインク分解ルックアップテーブルを持ち、通常モードよりも丁寧に作り込みを行ないました。通常のルックアップテーブルに比べ、工数は2~3倍、モノクロモードの作り込みも合わせ、従来のPIXUSシリーズ用ドライバに比べると5倍ぐらいの作業量をこなしています」


――数年間に話を伺った時、そうしたプロにも満足できるほど丁寧なドライバ作りを行なうには、コストや開発時間の制約がありすぎる。価格も15万円程度でなければ難しいと話していました。しかし今回、このような製品を開発できたのはなぜでしょう?

 「フォトレタッチに対するリニアな反応やカラーマッチングの精度は、ハイアマやプロに対して高い付加価値を提供すると認識しています。これはPIXUS Proシリーズのようなプリンタのユーザーにとって、とても大切なところです。コストや開発期間の問題はありますが、しかしキヤノンとしてきちんとこだわった設計にしなければなりません」

 「もうひとつ、デジタル一眼レフカメラのユーザーが増え、以前にも増してこのような製品のニーズが増してきていることもあり、商品化へとつなげることができました」。

――ハイエンドユーザーの中にはICCカラープロファイルによるカラーマッチングを求める声もあるでしょう。Proというからにはこちらも改善しているのでしょうか?

 「カラーマッチングに関しては、私以外の担当が取り組んでいますが、PIXUS Proだからというわけではなく、PIXUSシリーズ全体として徐々に改良が進んでいます。もちろん、カラーマッチングシステムを利用したいユーザーにも満足していただけると思います」

――今回、EOSデジタルシリーズのRAW現像ソフトであるDigital Photo Professional(DPP)とPhotoshop CSシリーズで利用可能な印刷プラグイン“Easy-PhotoPrint Pro(EPP)”が付属するようになりました。EPPを用いることで、ユーザーは自分が編集している写真のカラースペースを意識せず、正しい色空間での印刷が簡単に行なえます。その開発背景を伺えますか?

 「画面表示との一致性だけであれば、sRGBという解決策はとても合理的ですが、カメラ、スキャナなどの入力機はディスプレイよりも広い色再現域を持っています。これらの能力を生かすにはカラーマッチングシステムを用いるしかありません。しかし、正しくカラーマッチングシステムを使いこなすには知識や手間が必要になります。これをどうにかできないかと思い、社内で以前からアイディアを温めていました」

 「加えてほんの少し色味を変えたい。こう変更したらどんな絵になるのだろう。自分たち自身、より良い印刷結果を試行錯誤するためのツールが欲しいと考えていましたから、それを実際の製品として反映したものがEPPです。ICCプロファイルを用いた印刷をプロファイルの切り替えを意識せずに行なえ、またモードを切り替えれば階調保持モードやデフォルトのキヤノンデジタルフォトカラーでの印刷も行なえます」


ImagePROGRAF iPF5000
――同時発表されたプロ向けのimagePROGRAFでは、Windowsスプーラの制限である8bit階調を超える16bit階調をEPPプラグイン利用時のみとはいえ扱えるようになりました。PIXUS Proも同様でしょうか?

 「PIXUS Proシリーズは一般的なWindowsドライバのルールに従って開発しているので、Windowsスプーラを経由した8bit階調での受け渡しになります。しかし、もちろん内部処理は16bitで行なっています」

――PIXUS Proシリーズはモノクロモード時の速度が、かなり遅くなってしまいます。これは黒とグレーをより多く使うことでメタメリズム(光源による色味の変化)を重視しながら、色ムラをなくす(ヘッドごとのばらつきを吸収するためノズルを間引き、印刷パスを増やす。カラーインクを混合することでムラを避けることもできるが、メタメリズムは悪化する)ため、パス数を増やしているのだと思いますが、もう少し速度重視でも良かったのでは?

 「メタメリズムは、日本ではあまりニーズとしてあがってきませんが米国では大変重視されている性能です。写真によるファインアート、あるいは商業写真市場の規模において、米国は一歩抜け出している面がありますから、そうした市場で求められている性能は重視すべきだと考えました。中途半端な対応を取るのではなく、速度を犠牲にしてでも画質を向上させる選択を取りました」

――エプソンのPX-5500はオプションサービスでカスタムのICCプロファイルを作成できたり、HPの新製品はセルフキャリブレーション機能を持つなど、経年変化による色のズレに対して対応できる手法を用意しています。PIXUS Proシリーズに同様の考え方で実装されているものはありませんか?

 「キャリブレーション機能やプロファイルの作成サービスは提供していません。しかし、すべてのヘッドはキャリブレーションを行ない、ノズルごとに異なるパラメータがセットされて出荷されています」

 「加えてPIXUS Proシリーズ用のヘッドには、吐出エネルギーの最適化というシーケンスを入れています。従来のバブルジェットヘッドは、確実にインク滴が必要な速度で飛ぶよう、少し多めのパワーでインクを吐出させていました。ところが、余分なエネルギーを加えるためインク滴の形状やサイズがやや不安定になる欠点があります。このエネルギーを最適化させることでドットの大きさが安定し、ヒーター部分に余分な負荷がかかりません。この結果、経年変化によるドットサイズや形状の乱れがほぼ無視できるレベルに押さえ込まれます。また顔料インクを採用した9500に関しては、グレーを多用した印刷を行なうので、そもそも少々のことでは色相がぶれません。ヘッド性能の安定性向上と併せ、キャリブレーションの必要はないでしょう」


――imagePROGRAFがグレー2階調+黒2種類なのに対して、PIXUS Pro 9500はグレーが1階調だけです。これはなぜでしょう?

 「顔料の3plは染料の2plに相当するドットサイズになります。imagePROGRAFに比べると小さいドット径となるため、グレーは1階調で十分という判断になりました。もちろん調査はしましたが、インクが増えることで良い面もあれば悪い面もあります。異なるインクをつなぎ合わせる部分は破綻が起きやすいため、両方のアプローチを比較した上でよりよい判断をしました」

――染料インクモデルの9000と顔料インクモデルの9500で、色の合い具合は違いますか? 顔料インク機はグレーインクを用いていますが、染料インクモデルではグレーインクを使いません。

 「印刷後の色安定が顔料の方が速いため、印刷してすぐに見ると顔料の方がよく見えるでしょうが、最終的には同等と考えてかまいません。両者の違いは耐久性や仕上がり感です。作品を飾るという観点では耐久性は重要ですから、顔料インクの方が良いでしょう。しかし、すべてを顔料インクで賄えるわけではありません。彩度や仕上がりの光沢感、光沢の均一さなどは染料インクの方が優位です。用途に合わせて選んで、PIXUS Proが提供する新しい高画質の世界を楽しんでいただきたいと思います」


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( 本田 雅一 )
2006/03/28 15:33
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