特別企画
中華レンズの味わい深い世界(その2)
特異なスペックの製品に注目 サードパーティーの更なる深淵へ
2021年1月22日 06:00
中華レンズの豊穣な世界についてお伝えしている本レビュー。その1ではAPS-Cフォーマットで標準レンズ(フルサイズ換算で50mm相当)画角となる35mmレンズのお手頃価格で手に入るラインと一部の贅沢なレンズを紹介しました。今回はAPS-Cフォーマットで、富士フイルムの純正レンズにはない製品や、他メーカーの製品ラインアップ上にもないような一風変わった特徴(画角やスペック)を持ったレンズを対象にしています。また、大型センサー向けのレンズからも富士フイルムGFXシリーズに対応した製品を1本紹介したいと思います。
・前回記事:中華レンズの味わい深い世界(その1)
編集部注:参考として記載している価格は、各レンズの代理店をつとめている焦点工房およびサイトロンジャパンの取り扱い価格(オンラインストア。税込)としています。
中一光学:SPEEDMASTER 65mm F1.4(9万4,500円)
開放F1.4の大口径レンズ。富士フイルム純正のGマウントレンズのラインアップをみると「GF63mmF2.8 R WR」が本製品に近い焦点距離のレンズとなっています。しかし、F1.4の明るさを有するレンズというと、現状のロードマップ(Gマウントレンズロードマップ)をみても現状では予定されていないことがわかります。
こうした純正にない魅力を有する製品は、やはりサードパーティーならではの展開。35mm判フルサイズと比べて約1.7倍の面積を持つ44×33サイズのイメージャーに対応した開放F1.4の口径を組み合わせるとどんな印象になるのか? という期待を持っている人もいると思います。
先にネタバレをすると、どんぶり勘定で計算してフルサイズに50mm F1.0より少し口径の大きなレンズを組み合わせた時と同じくらいのボケ量が得られる計算になります。
絞りリングはクリックストップの無いタイプ。外気温3度程度でも操作が重過ぎになることはなく、かといっていつの間にか絞りが変わってしまうということもない、ちょうど良い重さ。絞り羽根の枚数は9枚で、遮光性か強度の都合かは不明ですが、あまりお目にかかれない2重のタイプとなっています。カタチは円形絞りではないものの、これだけ口径が大きければ絞りの形状はそれほど影響しないのでは? と思うし、絞りのカタチが分かるというのも写真らしくて楽しそうだ、とも思いました。
ピントリングについても上々の操作感があり、MFし易く感じます。回転方向はどちらも純正レンズと同じで、絞りリングは右端が絞り開放、ピントリングは左端が無限遠。レンズの質感は中一光学製らしく高いが、組み込み式のフードは少々操作し難く、また装着状態ではカメラとレンズの重さに対して少し華奢な印象が拭えず、レンズキャップの着脱性もイマイチになるので実写時は収納状態での運用でした。逆光性能についてはフードなしでも特に大きな不満は感じませんでしたが、純正レンズほど強力な逆光耐性がある、というワケではありません。感覚的にはAI Nikkor 50mm f/1.4S(sn:5xxxxxx台)くらいかなぁ、という感じなので扱いやすい感じです。
描写はため息が出るほど良くて、ついついピントの薄さを確かめるべく反射面やボケ感の分かりやすい撮り方をしたくなりました。
絞り開放から十分にシャープで、撮影距離によって描写変化が少なく、それでいてシャープ過ぎない自然な描写なのでとても好み。ピントが薄いのでMFはシビアだけれど、画像をみてピントが来ている来ていないで一喜一憂するのもまた楽しい時間です。
約10万円とAPS-C用のレンズと比べると流石に高価ではあるものの、中判デジタルのレンズがこの値段で手に入り、しかも注目のスペックを持ち写りも良いのでかなり魅力的に感じました。GFX 50Rユーザーの筆者としては次のGFX用レンズは広角レンズと心に決めていますが、その決意が簡単に揺らぎました。
中一光学:FREEWALKER 20mm F2.0 SUPER MACRO 4-4.5:1(1万9,800円)
今回はミラーレスカメラ用をテストしていますが、一眼レフカメラ用も各種マウントでラインアップしていて、しかもフルサイズのイメージサークルに対応するレンズ。撮影倍率4.0~4.5倍(APS-Cではさらに1.5倍)の間でのみ撮影が出来、無限遠での撮影は不可というクローズアップ撮影に特化したレンズになります。
中一光学製らしく鏡筒クオリティは高く安心感が感じられます。絞りリングは前玉(というより対物レンズ)付近にあり、操作感はとてもスムース。
いわゆるスーパーマクロの撮影が出来るレンズなのだけれど、使いこなしは非常に難しく、普段とは勝手の違う撮影距離になるのでピント合わせも大変。手持ち撮影はそもそも実用的ではないので三脚を使用し、ギア雲台やマクロスライダー等の撮影快適化ツールやリングライト等の装備はあった方が良さそうです。撮影は光量確保との戦いになるけれど、ストロボよりもLEDライトなどの定常光の方が楽です。
ナイフの刻印やCDの表面、スマホのディスプレイなど、出来るだけ身近なモノをクローズアップしてみましたが、肉眼では見えないところまで確認出来るのは興味深い体験です。この手の撮影やレンズにはあまり造詣が深くないので、突っ込んだ評価は出来ませんが、安価にこの世界に触れることが出来るという点は素晴らしいと思いました。
銘匠光学:TTArtisan 21mm f/1.5 ASPH+マウントアダプターセット(6万1,800円)
前回紹介したTTArtisan 35mm f/1.4 ASPHと同じくMマウントレンズとマウントアダプターの組み合わせ。
前回(その1)同様に鏡筒のクオリティは非常に高品位で満足感が高く、TTArtisanのファンになりつつあります。絞り・ピントのどちらのリングも、富士フイルム純正のレンズとは回転方向が逆で、絞りリングは半段ごとにクリック感があるタイプ。ピントリングにはM用らしくレバーがついているのでMFしやすくお気に入りです。
APS-CフォーマットのXシリーズとの組み合わせでは35mm判フルサイズ換算で約31.5mm相当の画角となる、ちょっとワイドよりなレンズ。35mm相当の画角が少し狭いと感じている人にピッタリでしょう。
X-H1、X-Pro2と組み合わせではEVFとLCDともにピントの山の掴みやすさはマズマズという感じ。画角的な都合から絞り開放では収差の影響でややMFが難しく、ピント合わせは慎重にしたいところですが、1段絞ればそこまで神経質にMFする必要はなさそうです。立ち止まって姿勢と呼吸を整え、静かにMFして撮るという一連のルーティンは写真の所作として美しく思うし、このレンズの性格にも合っているように思います。
何より「写真している」という感覚がとても色濃い感じ。なので、X-H1よりレンジファインダースタイルのX-Proシリーズの方が使っていて楽しく思いました。最短撮影距離は例によって70cmなので、画角から想像するよりずっと寄れません。「寄りたい」人はヘリコイドつきのマウントアダプターなどを併用するのが良さそうです。
写りはMF時の感触と同じく、絞り開放では少し収差の感じられる柔らかい系の描写だけど、モノクロモードで撮っていると撮影距離が約1mを切るような近距離では絞り開放から予想よりもワリとシャープな印象で、予想と実際の写りには少し乖離がありました。
おそらく収差の出方でそう見えるのでしょう。カラー・モノクロともにF2.8まで絞ればキレのある写りになるので、色々表情があって面白いと感じました。個人的にはF2前後で撮影したカットにこのレンズらしさを感じて好印象でした。
どことなくオールドレンズのような印象を持ったので試しにWB調整(富士フイルムへの画質インタビューであったR:+5/B:-2)でカラーバランスをやや崩して撮影するとカラーネガで撮影したような雰囲気になり、レンズの佇まいとも合っていて思わず口角があがりました。普段やらないことを試してみたくなるレンズです。
七工匠:7Artisans 12mm F2.8(2万3,940円)
富士フイルムの純正ラインアップにはない焦点距離が12mmのレンズ。APS-CフォーマットのXシリーズでは35mm判フルサイズ換算で18mm相当の画角となりますが、一見そうとは思えないくらいにコンパクトで、まるでマイクロフォーサーズ用レンズのよう。世界最小サイズの謳い文句にも納得です。
絞り・ピントのどちらのリングも富士フイルム純正レンズとは回転方向が逆で、絞りリングにクリック感がないタイプ。鏡筒のクオリティには不満がありません。
純正にないスペックであることもあって、アレコレ弄り回している段階で「あ、欲しい」と思いました。こういったレンズをそっとポケットに忍ばせるだけで世界が広がる予感がします。
画角は超ワイドなのでMFでのピント合わせは拡大表示して慎重にピント合わせしてもやや難しい印象。というか、実焦点距離が12mmなのでそもそも被写界深度は深めということもあり、目を三角にして意地でMFするよりも、目測で距離指標を頼りに何となくMFした方が、慣れればガチピンがビシバシ決まるようになります。この「だいたい」の感じが楽しいし、出来なかったことが出来るようになるという、成長の喜びを感じられるのもまたGood。
インナーフォーカスという光学的な特徴が色濃く、ピント位置によって画角がワリと変化し、無限遠が一番ワイドで、至近端では焦点距離で2mm弱程度ズームされる、という特徴があります。
日中で撮影する限りにおいては写りは焦点工房の製品ページで紹介されている文言が一言一句そのまんま、という印象。撮影距離、絞り問わず周辺までシャープ。近接性も高く20cmまで寄れてコンパクト。なのにお手頃価格が実現されていて常識が崩壊しています。ただし、夜景で点光源を写し込むようなシーンには弱そうです。
純正のワイドズームは少しハードルが高いという人や超ワイドデビューしてみたいという人、上述しましたが1本ワイドレンズを忍ばせておきたい人などに良い選択肢になるかと思います。
KAMLAN 50mm F1.1 II(2万7,702円)
月刊カメラマン(モーターマガジン社)の2020年2月号と3月号で豊田オススメのレンズとして紹介していましたが、改めて紹介したいと思います。KAMLAN(カムラン)はこれまで紹介してきた焦点工房の取り扱いではなく、サイトロンジャパンが日本総代理店を務めています。
鏡筒の質感が高いこと、ズシリと心地良い重さがあることの2本柱で、税込3万円弱の製品とはとても思えないクオリティを感じさせます。ピントリングと絞りリングの回転方向は純正レンズとは逆で、絞りリングはクリックストップの無い無段階タイプ。ピントリングの操作トルクは適正に感じますが、絞りリングの重さはかなり重め。ゆっくり操作するには「ちょっと重いな」という感じですが、一気に絞り操作しようと思うと激重です。
描写については、もう色眼鏡というか筆者の主観なしには評価出来ないくらいに気に入っていて、例えば近いスペックのXF56mmF1.2 Rは大好きな1本ですが、それよりも断然好みのレンズだったりします。
絞り開放で遠景みたいなシーンでは収差で少し甘い描写になり、オールラウンドな描写性という意味では純正レンズが明確に優れていますが、実際問題としてこの画角で遠景で絞り開放って滅多にやらないと思いますし、これはこれで雰囲気のある写りなので、作風に活かすのもまた一興でしょう。
EVFやLCDでLV映像を見ている時から「なんか良いぞ」という感触があるので撮影が楽しく、また最短撮影距離も40cmと近接性に優れていますので、被写体に触れられそうな位置まで近づくことができます。これは個人的に高く評価しているところで「もう少し寄れれば良いのに!」と歯痒い思いをせず、撮影に集中出来るのはとても大きなメリットだと思います。
LAOWA 65mm F2.8 2× Ultra Macro APO(5万3,820円)
カムランと同じくサイトロンジャパンの取り扱いとなるLAOWA(ラオワ)。本製品は無限遠から撮影倍率が2倍までイケるというマクロレンズです。
LAOWAについて知りたい方向けに以下のような記事もあります。
・LAOWA掘り下げ記事1:急成長する中国レンズブランド「LAOWA」の本拠地に潜入!
・LAOWA掘り下げ記事2:いま、「LAOWA」の交換レンズが注目される理由
外観デザインはOMデジタルソリューションズ(オリンパス)の60mmマクロ「M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro」を彷彿とさせる細身でコンパクトなスタイル。鏡筒のクオリティは価格相応に高く、納得の仕上がりです。
ピントリングは富士フイルム純正レンズと逆で右端が無限端ですが、絞りリングについては純正と同じく右端が絞り開放。絞りリングには1段ごとにクリック感がありますが、主張はかなり控えめ。どちらの操作感も非常にスムースで上質さがあります。
写りは絞り開放から非常にシャープで、マクロレンズに期待する性能がビシバシ出ていて「この細い鏡筒のどこからそんな描写が?」と不思議に思ってしまうくらい高性能。歪曲もほぼ無く……、といった感じで評価したくなる描写性能があります。インナーフォーカスタイプでレンズ全長に変化がないので取り扱いも非常に楽というところもポイント。精神衛生的に1段絞って使うと、さらに安心です。
コンパクトで高い質感を持ち2倍の撮影倍率を持っていて、描写性能にも自信あり。そのうえで純正レンズの半額程度で手に入るというのはとても魅力的です。短所を挙げようにも、強いていえばMFであるとか、Exifに絞り値が記録されないとか、些細なことしか思い浮かばず。
他の中華レンズと比べると若干高価な値段設定ですが、実際に使用してみると、その値付けが妥当をこえてむしろリーズナブルな領域であることが分かります。それほどに唸らされるものがある光学性能と鏡筒クオリティで、逆に面白くないというか普通というか、そういったイチャモンレベルの感情すら芽生えてしまいそう。ともあれ、こういった素晴らしい光学設計をした設計者とクオリティの高い製品としてまとめ上げたLAOWAのチームを称賛したくなる1本です。
まとめ
最後にとりあげたLAOWAは少し別枠というか、狙っている層が他のメーカーと違う感じもしましたが、ともあれ、どのレンズも価格から期待する以上の性能やレンズ鏡筒のクオリティを持っています。やはり金属鏡筒で、かつ加工精度やトータルのクオリティが高いと思わず口角が上がります。
若干贔屓目な物言いになってしまいますが、KAMLAN 50mm F1.1 IIは触れる度に刮目する描写性能があり(筆者の好みというだけ説もあり)、毎度の事のように欲しくなります。他では中一光学のSPEEDMASTER 65mm F1.4にも心動かされましたし、TTArtisan 21mm f/1.5 ASPHについてもX-E3や、SIGMA fpなどのコンパクトなボディと組み合わせたいな、と、ついウッカリ持ってないボディに思いを馳せてしまいます。そうした楽しい妄想もまた写真の楽しみであり、しかも手の届く価格帯にあるというのはとても素晴らしいことに違いありません。
いずれのレンズもピント合わせはマニュアルです。使い勝手の側面から言えば確かにネガティブな要素にはなってしまうけれど、一方では「手間をかける」という、操作する楽しさにも注目して良いハズです。実際に、ピント合わせは写真の楽しさを味わえる操作のひとつだし、写真の醍醐味です。描写に関しても、フレアやゴースト、絞りによる描写変化といった光学的な事象から得られる学びやヒラメキもあります。なにより1ショットごとの記憶がフルオートで撮影するよりもしっかりと残る。カメラやレンズが進化し性能向上する一方で、1枚ごとの思い出の濃密さは希釈されていったように感じることもあります。
こういったレンズを体験してみると、純正レンズの万能性や利便性といった「凄さ」についても実体験として理解出来ると思います。