特別企画
急成長する中国レンズブランド「LAOWA」の本拠地に潜入!
個性派レンズはどのように生まれるのか? 世界最広角「9mm F5.6」の試作品も
2019年9月30日 15:16
他に類を見ない個性派ラインナップでファンを増やす「LAOWA」(ラオワ)の交換レンズ。中国・安徽省の合肥(ごうひ/がっぴ)に所在する、その本拠地の内部をレポートする。
中国国内には高速鉄道網が張り巡らされていて、上海から合肥までは約2時間の距離。上海虹橋駅には高速鉄道だけで30ものホームがあり、初めて中国を訪れた筆者はその規模に圧倒された。
LAOWAブランドを擁するVenus Optics(安徽長庚光学)は2013年に設立。会社全体で150人のスタッフがいて、そのうち60人が合肥で働いている。今回訪れた合肥に本社および研究開発施設を持ち、設計と試作のほかに構造がシンプルな製品の組み立てもここで行っている。合肥の新施設は2018年10月に稼働したばかりで、まだ作業者のトレーニングを行っている段階だそうだ。シネレンズなどの複雑な製品については、上海の新工場で生産されている。
早速、施設内を見ていこう。ここでは上海工場で扱わない製品の量産と、将来の製品の試作が並行している。最初に覗いた部屋では、電子部品の取り付けと電磁絞りの組み込みを行っていた。LAOWAレンズはこれまでマニュアル絞りのみだったが、8月に日本でも発売された2倍マクロレンズ「100mm F2.8 2× Ultra Macro APO」からカメラと連動した自動絞りに対応。現在はキヤノンEFマウント用のみだが、今後は他のマウントでも自動絞りを実現していくとのこと。
この新しい施設では、非球面を含むレンズ加工も内部で行えるよう準備されていた。まだ本格稼働はしておらず、機械を搬入したばかりという真新しい状態だ。日本製の検査機器もあった。
1階では鏡筒パーツなどの機械加工が行われている。金属加工用の大きな機械が並ぶ様子は工場そのものだが、この上階にはレンズの設計を行っているオフィスがある。このビル内で設計から試作までをスピーディに完了し、上海もしくは合肥の量産ラインに移行するという流れができている。
さらに別のフロアでは、レンズ鏡筒の文字や指標をレーザー刻印している様子を見ることができた。これらを組み合わせた鏡筒に、このあとレンズの光学部品が組み込まれていく。
レンズの組み込み
同じビル内でも、ホコリを嫌うレンズの組み込み工程だけは特別扱いだ。防塵服を着てエアシャワーを浴び、クリーンルームの中に入る。
組み上がったレンズは検査工程に進む。レンズのマウント側から光を通し、壁に映ったチャートを見て性能に問題がないかをチェックしていく。ここで性能に問題が見つかれば再度調整となる。
LAOWAの商品コンセプトとは
「New Idea, New Fun.」(新しいアイデア、新しい楽しみ)を合い言葉に、彼らはユーザーの求めるレンズを製品化している。今後もユーザーの声を聞きながら、35mmフルサイズ、APS-C、マイクロフォーサーズの各フォーマットに対してレンズラインナップを充実させていくという。
歪曲の少なさを追求した「Zero-D」シリーズや、等倍を超えるマクロレンズ、"虫の目レンズ"と呼ばれる特殊レンズもその一例だ。あまりに珍しいスペックゆえに、これまで本誌がLAOWAレンズを取り上げた際には「このスペック、誤植じゃないの?」と思った方もいるかもしれない。
また個性派のみならず、「実用的」なラインナップもひとつの柱になっている。これはレンズ本体のサイズや価格などユーザー目線でのバランスを意識したもので、カメラメーカー純正レンズのような"高性能を追求した重量級のレンズ"とは異なる選択肢として提供する。
今後の商品計画の中には、ショートフランジバックを活かして小型化したAPS-Cミラーレス用マクロレンズや、これまで多くのLAOWAレンズに盛り込まれてきた"世界初"の要素をまた新たに更新するレンズがあるという。
ちなみに、現在のベストセラーはマイクロフォーサーズ用の「7.5mm F2 MFT」で、2番目が同じくマイクロフォーサーズ用の「9mm F2.8 Zero-D」。どちらもレンズ本体がとても小型軽量にまとまっており、超広角レンズながら前面にフィルターを取り付けられるのが特徴だ。
LAOWA初、M型ライカ用の試作レンズを発見
そんな中で、LAOWA初となるライカMマウント用の試作レンズを見せてもらった。この個体は「9mm F5.6」というスペックで、距離計に連動する。魚眼を除く35mmフルサイズ用レンズで焦点距離9mmは、筆者の知るかぎり初だ。
今のところ9mmの画角に対応する外付けビューファインダーを用意する予定はないらしく、基本的にはライブビュー撮影を想定している。ライカM10には距離計コロの動きを検知して自動的に拡大表示する機能があるため、ライブビューであっても距離計連動カムは無駄にならない。
試写してみると、四隅は引っ張られるものの、直線部分の歪曲はタル型で素直な印象。超広角レンズにありがちな周辺部の色被りが気になると軽く伝えると、その場にいたスタッフは大きな問題と感じたようで、すぐさま日本にいる光学設計者(=LAOWAの李大勇社長。日本語を話せる)に電話を掛け、筆者が直接話をすることになった。
結果、本レンズはまだファーストサンプルであり、色被りは光学系の調整(射出瞳を前に出すなど)で改善するだろうという見解で一致した。広角なら色被りは仕方ないとの見方もあったが、すでに他社から出ている"10mm F5.6"はソニーαでも一切色被りが出ない旨を伝えて、更なる改良に期待することとした。ちなみにこの超広角レンズシリーズは、9mmのほかに11mmと14mmも予定しているそうだ。
さらにLAOWAの商品展開はシネレンズにも広がっている。2018年のフォトキナに参考展示されていたシネマレンズは2019年中に出荷開始となり、それに組み合わせるアダプターも試作されていた。
また、既存の写真用レンズをムービー対応に作り替え、シネマやドローンといった用途に向けて発売する流れもある。
LAOWA流の物作りとは?
今回施設を見学して印象に残ったのは、この物作りのスピード感だ。製品に問題が見つかればすぐに解決策を探し、同じビル内の設計部隊に素早くフィードバックできる。カメラメーカーでも、生産と修理を同じ拠点に置いているところは同様の利点を謳っている。
光学製品は長らく日本とドイツのブランドが強かったが、近年の中国メーカーの勢いは決して侮れない。2013年に創業したLAOWAのレンズ出荷本数は、最初の製品を出荷した2014年に年間4,000本だったところから、2018年には4万本を超え、2019年は8万本を見込んでいる。新しい工場での生産も始めたものの、引き続き需要に対して生産キャパシティが足りていない状態だそうだ。
会社の創始者であり主任光学設計者である李大勇社長(本誌での対談記事はこちら)は、現在43歳。北京理工大学を卒業後、日系光学メーカーで20年に渡り光学設計を担当し、撮影レンズをはじめとして40以上の国際特許に関わっているという。設計したレンズは写真用に限らず、シネマ用、監視用、産業用など多岐にわたる。
この取材で行動を共にしたLAOWA関係者の話を総合すると、LAOWAというレンズブランドの個性は、李社長の「自分の光学設計スキルを活かして、ユーザーが求める製品を作り、喜んでもらいたい」というパーソナリティに由来していることがわかった。
今回現地での同行は叶わなかったが、李社長に関するエピソードには事欠かない。李社長は日本在住で日本語を話せるため、日本国内の展示会でも自ら来場者に応対している。あるとき来場者に「こんなレンズが欲しい」と言われると、その場で少し考えて「それならできますから、作ります」と即答。周りを驚かせたそうだ。根っからレンズ設計が好きで、四六時中ずっとレンズ設計のことを考えているような人なのだとか。SNSでユーザーから得たアイデアを製品化してきたLAOWAらしいエピソードだ。
日本でLAOWAレンズを取り扱うサイトロンジャパンの渡邉社長も、そんな李社長の姿勢と、その人柄に惹かれて集まったスタッフ達の生み出す製品に惚れたのが、販売代理店になった最大のきっかけだという。急成長の中国企業ということで、ドライなビジネス話が飛び出すのではと思い込んでいた部分もあったが、意外や意外、そこには実にユーザー本位で人間的な物作りの風土があった。
協力:株式会社サイトロンジャパン