特別企画

どこまでやればいいのか…写真家に「バックアップ事情」を聞いてみた

増え続ける作品 多忙な写真家を救うのは一体!?

バックアップについて語ってもらった写真家の井上六郎さん(左)と中村武弘さん(右)

写真を趣味とするものにとって、撮影データの保全・管理は苦慮するところだ。長い月日をかけて撮影したデータが消失するのは何としても避けたい。悲劇を回避・軽減するためにもデータの保全には万端の備えが必要だが、昨今はデータのサイズが大きくなり、リムーバブルメディアでは保存の手間暇やコストがかかる。現状でデータの運用や保管スペース、ビットコストなどから総合的に考えると、最も手軽な方法はHDDへの退避/データの二重化だろう。

ただ、昨今はカメラの高画素化は留まるところを知らず、これに比例しデータサイズも増加している。また、画像処理チップの性能向上により、動画の性能も飛躍的に向上しているため、写真だけでなく動画の撮影を始める人も増えているようだ。必然的に保存場所、退避場所に必要となる記憶容量も増大し、既存の環境ではデータの収納能力に不足を感じる人も少なくは無いだろう。

幸いなのは主なデータ退避先となるであろうHDDの大容量化と低価格化も進んでいることで、4TBクラスなら1万円以下、6〜8TBクラスでも1万円台は珍しくなくなった。既存の環境を置き換えるにせよ、増築するにせよ、さほど経済的な負担は増えずに済んでいる。

データ量が増大し、HDDの低価格化している現状は、見方を変えればバックアップ環境を移行・構築する良いタイミングとみることもできる。そこで今回は、写真家の井上六郎さんと中村武弘さんのお二方にお越しいただき、それぞれのバックアップ事情を伺ってみた。

井上六郎

1971年東京生まれ。写真家助手を経て、出版社のカメラマンとして自転車、モーターサイクルシーンなどに接する。出版社を退社後フリーランスに。スポーツイベント公式カメラマンや、各種媒体・PV・広告等の撮影で活動中。自転車レース、ツール・ド・フランスの写真集「マイヨ・ジョーヌ」を講談社から、航空機・ボーイング747写真集「747 ジャンボジェット 最後の日々」を文林堂から上梓する。

井上六郎さん
撮影:井上六郎

中村武弘

1979年東京生まれ。海洋写真家。幼いころより海や自然に触れて育つ。海中から海上の自然や水族館、船などを撮影する。沿岸の環境に惹かれ、磯や干潟、マングローブ林の干潟を長年のテーマにしている。日本写真家協会(JPS)会員。日本自然科学写真協会(SSP)会員。海洋写真事務所ボルボックスに所属。主な著書に「いその なかまたち」(ポプラ社)、「しぜん ひがた」(フレーベル館)、「沖縄美ら海水族館100」(講談社)、「干潟生物観察図鑑」(共著・誠文堂新光社)など。

中村武弘さん
撮影:中村武弘

バックアップは1回だけではない!

——まずは現在よく使用されている機材と撮影対象を教えていただけますか。

井上:メインの撮影対象はスポーツや飛行機ですね。最近は動画の撮影依頼も増えてます。機材は、一眼レフカメラとミラーレスカメラを併用して、様々なものを撮影していますが、クライアントの要望でも変わります。メインは携行性のよいα9ですが、色合わせの指定がある時はキヤノンのカメラを使用して、Canon Logを用いるかスタンダードで撮影しています。

中村:僕の撮影対象は海洋全般になりますね。海中だけなく、海上も含めた生物や風景、船舶などをメインに撮影しています。使用機材は圧倒的にミラーレスカメラが多いです。一眼レフカメラは水中の撮影で1台使用しているくらいですね。長いこと1,200万画素クラスを使用していたのですが、そこから一気に2,400万画素に切り替えた時にストレージが減っていく早さに驚きまして、現在は2,000万画素クラスに落ち着いています。

撮影:井上六郎
撮影:井上六郎

——1回の撮影というと定義が難しいですが、撮影する際、1日にどのくらいのデータ量を撮影されますか?

井上:例えば機材がニコンのD850で撮影する場合ですと12bitの圧縮RAWでファイルあたりのデータサイズが15MBくらいになってしまう。で、書き込み速度が高速なXQDカードを使用していると、128GBが半日くらいで一杯になってしまいますね。これは自分の作品撮りの場合でして、請け負いで撮る場合だともっと大変です。朝5時からの夜11時までの撮影とかになりますと500GBくらいにはなってしまいますねえ。

さすがに毎回ではありませんが、3、4カ月に1度くらいの割合でそういうことがありますね。

——データの転送だけでも結構な時間がかかりそうですね。中村さんもそれくらい撮りますか?

中村:いえ、さすがに僕はそこまでの量にはなりませんね(笑)ちょうどつい先日、10日間海外で撮影を行ったのですが、トータルで290GBくらいでした。1日に32GBのカードがいっぱいになるかならないかというペースでしたね。今回は陸上や水族館での撮影が主だったので少しデータ量が多めですが、水中の撮影だと、一日に長く潜っても2時間くらいなのでもう少し量は減りますね。

撮影:中村武弘
撮影:中村武弘

——お2人とも差はあれど結構なデータ量ですが、バックアップはどのタイミングでされますか?

井上:現場でバックアップをする時間が無いので、自宅かホテルに戻った時に作業をしますね。先ほどの通りのデータ量なので、気が付いたら朝ということも多いです。

手順としては、まずメモリカードからPCのSSDに移して、寝ている時間にPCから外付けのHDDに移します。連泊する場合には、そこからさらにもう1つの外付けHDDに落します。

中村:僕もバックアップのタイミングは撮影が終了してからですね。手順も井上さんと同じく、ノートPCと外付けHDD2台というやり方です。で、HDDにデータを移したらメモリカードのデータはすべて消してしまいますね。

——お2人とも撮影後にバックアップをおこなうということですが、自宅や事務所でのデータ保存や管理はどのような手法を採っているのでしょう?

中村:長期保存用としてはHDDでの保存になりますね。事務所と自宅を往復することが多いので、撮影後しばらくはポータブルのHDDに入れて運用し、ある程度データの整理がついたら事務所と自宅のPCにそれぞれデータを移すという作業を年に何回かおこないます。

中村:なので、撮った直後のデータを入れるためのHDDが事務所と自宅それぞれ1台ずつ。整理後のデータを保存するHDDが事務所と自宅に1台ずつ。タイミングにもよりますが、最低でも同じデータが3〜4か所に存在するようにしています。データ保護の目的も大きいのですが、作業面でのメリットも大きいので、こうした方法を採っています。

中村:多重化が常態になっているので、バックアップのHDDは本当に念のためという感じで、管理も大雑把にナンバリングする程度ですね。元々、整理の時点で不要と思ったものはどんどん切り捨ててしまうので、長期保存用のデータそこまで膨大な量ではありません。

井上:僕も保存は3.5インチHDDですね。ただ、僕の場合、HDDの容量は2TBに抑えているんですよ。というのは、Windows XPの時代に2TBの壁があったじゃないですか。そこからの流れで今でも2TBのHDDを使用しています。より大容量の方が安く上がることはわかっているんですけどね。ただ、さすがにこれから先はコストパフォーマンスが悪くなりすぎるので、10TBや12TBクラスのHDDを何台か購入して、今まで2TBのHDDに保存していたデータを移行しようかなと考えていたところです。

井上:データ量に関しては中村さんと真逆でして、結構な量になっています。選別している余裕が無いというのが理由の1つ。あと、AFや手ブレ補正などが変な動作をすることがあるじゃないですか。そうした時にメーカーに対して「これはどういうこと?」といえるエビデンスになるんですね。今は滅多に見られませんが、デジタルの黎明期にはそうしたことが頻繁にあって、その時のショックが未だに尾を引いているのか、なかなかデータを消すということができません。保存しているデータの中で、写真家として利用価値があるデータって10分の1、100分の1も無いと思いますよ。でも、消せないんですよねえ(笑)

——なるほど。タイプの異なるお2人ですが、データを入念に多重化されているのは共通していますね。そうするに至った経緯や契機はありますか?

井上:経緯というよりは、データ損失を考えたうえでの自然な流れですね。撮影したデータが無くなる衝撃はプロでもアマチュアでも違いは無いでしょうが、プロの場合は自分の悲劇だけでは収まらず方々に迷惑をまき散らしてしまいますから。ただ、幸い3.5インチHDD上でのデータ損失は経験してないんですよ。わりと頻繁にHDDを新調しているからですかね。

中村:僕も一緒ですね。PCは定期的に買い替え、その際にHDDも新しい物を換装しているからか、実際にHDDのデータが損失した経験はありません。

写真のバックアップにNASは使える?

——さて、最近NASというストレージデバイスが流行っています。井上さんには事前にSynologyのDS1618+を試していただきました。中村さんは海外での撮影期間のために試用していただくことができなかったのですが、NASの存在はご存知でしたか?

中村:実はほとんど知りませんでした。以前は事務所にPCに詳しい方がいて、断片的に話を聞いたことはあったのですが、正直知識と言えるほどのものは持ち合わせていないですね。

NASとは

正式にはNetwork Attached Storageというデバイスの略称で、その名の通りネットワークに接続できるストレージ。内部にCPUやOSを搭載しているため、PCを必要とせず単独で動作し、ネットワーク上のPCやプリンターといったデバイスからのアクセスがおこなえる。

多くのNASにはRAIDと呼ばれる仕組みが用意されている。これにより、複数のドライブを1つの大容量ドライブとして利用できるほか、データの冗長性を確保することが可能。冗長化のためにドライブの容量効率は落ちるものの、搭載しているドライブに障害が生じた場合でも個人レベルでのデータ復旧が望める。

SynlogyのNASのうち、ミドルクラスの新モデルとなるDS1618+。

NASの例としてお2人にみてもらったDS1618+。6ベイすべてにHDDを入れると、最大で12TB×6=72TBでの運用が可能。
HDDの装着は簡単だ。工具無しで行える。井上さんも「使いやすくしっかりしている」とベタ褒め。
背面。1GbE LANポート×4、eSATAポート×2、USB 3.0ポート×3を搭載。

——井上さんには実際に試用いただきました。感想はいかがでしょう。

井上:実は以前にPCの一部をファイルサーバとして使用していました。その時はスピードがネックになってしまうことと、あとは東日本大震災の時に計画停電や節電が必要な世の中になったので止めたんですね。それに現状だと一時的なデータのやり取りであれば、クラウドサービスの無料枠で事足りてしまうことが多い。

井上:なので、DS1618+を使ってみて良いなと思ったのは、外部からのアクセスよりはむしろLAN内での運用ですね。HDDの置き場所が無いような場合でも別の部屋に据え置いて利用できる。そして何よりも大容量が確保できることですね。先ほど言った通り、そろそろ貯まりに貯まったデータを移し替えたいので。1ボリュームでこれだけの容量を確保できれば、管理もファイル検索も楽になります。DS1618+は6基のHDDを搭載できますが、さらにHDDを増やすことは可能ですか?

——Synologyの田野さんにうかがってみましょう。

田野:12ベイの製品もあることはありますが、HDDも含めて導入コストはかなり高くなりますね(笑)DS1618+でも拡張ユニットでベイ数を増やすことは可能なので、必要に応じて増やすのがベターかもしれません。

——中村さんはどう思われました?

中村:現状に大きな不満は無いのですが、お話を聞いていると僕の環境ではかなり便利になりそうですね。先ほど言った通り、事務所でも自宅でも作業をおこなうので、これがあればポータブルHDDでデータを持ち運ぶ必要がなくなります。ただ、PCやネットワークにそれほど詳しくは無いので設定がちょっと難しい気がします。

田野:先ほどうかがった事務所と自宅での利用ですと外部からのアクセスが必要になります。一般的なNASですとルータの設定をいじる必要がありますが、SynologyのNASにはQuickConnectという機能があります。これを利用すれば、アカウントを作成して指定のURLにアクセスするだけで簡単に、NASにアクセスできます。

——写真を撮るとそれだけバックアップの必要性が生まれますが、その方法のひとつとしてNASが役立つかもしれません。いずれ実際に使ってみてのレポートなどお届けできればと思います。

バックアップに便利な仕様

井上さんに使ってもらったDS1618+について、写真のバックアップに活用できそうな特徴を挙げてみよう。

大容量

SynologyのNASにはベーシックな2ベイ(HDDが2基入る)からのタイプがあるが、DS1618+は中小規模ビジネス向けに開発されただけあって6ベイが用意されている。12TB×6ドライブ=最大で72TBもの容量を確保できるわけだ。さらに拡張ユニットを別途購入すれば、192TB(12TB×16ドライブ シングルボリュームサイズは最大108TB)までの増設が可能だ。

確実で柔軟なバックアップ

Synology NASは、独自OSである「DSM」から設定などを行える。その中に用意された「Hyper Backup」というパッケージを使えば、きめ細やかなバックアップの設定がおこなえる。バックアップ先もローカル共有フォルダや外付けのデバイス、各種クラウドサービスなど多岐に渡る。スケジュールを指定し、自動で定期的にバックアップするような設定も可能だ。

Synology NASのOSにあたるDSM上で、バックアップ用のパッケージ「Hyper Backup」を設定しているところ。UIは一般的なPCアプリと変わらない。設定項目も豊富。

高速

NASとはファイル保存に特化した単独のPCのようなものという説明があったが、DS1618+にもPCのようにCPUやメモリが搭載されている。

搭載されているのは、64bitのIntel Atom C3538(クアッドコア 2.1 GHz)。メモリは標準で4GB、オプションにより32GB(16GB×2)まで拡張がおこなえる。複数人がNASにアクセスするような高負荷な環境でも高速で運用できる。

また、オプション用のPCIe拡張スロットも備えており、オプションのSSDキャッシュや10GbEカードを挿すことで更なる高速化が可能だ。

わかりやすい操作性

各種の設定を行うDSMは、WindowsのエクスプローラーやMacintoshのFinderのような感覚で操作がおこなえる。ヘルプの内容も非常に充実しており、事細かに手順を解説してくれる。設定項目が多岐にわたり、自由度の高いのも特徴だ。

パッケージの一つ、File Stationで画像フォルダを開いてみた。エクスプローラーやFinderのようにファイルを管理できる。

写真に特化したパッケージも

DSM上で動くパッケージは、先に紹介した「Hyper Backup」だけではない。「Photo Station」を使えば、NAS内に保存した写真に対し、レーティングなどの写真管理が可能。URLを知っているメンバーだけが写真を見ることができる、共有フォルダなどの設定もおこなえる。一般的な写真アプリに近い昨日と操作性なので、すぐに慣れるだろう。AIが写真を分析して自動でタグをつけてくれる機能「Moments」も利用できる。

写真管理・編集用のパッケージ「Photo Station」。詳細な撮影データを確認でき、ユーザーによるタグ付けも可能だ。

制作協力:Synology Japan株式会社
製品・人物撮影:曽根原昇

榊信康