新製品レビュー
Nikon NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct
これまでにない新鮮な表現を可能とする無二の価値をもつレンズ
2020年1月21日 12:10
NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctは、大口径のZマウントの優位性を活かし、新時代の描写力を目指したニコンの意欲作である。現在市販されているレンズの中でも最も明るい開放F値のうちの一本であり、F0.95という明るさがスペック上いちばんの特徴であるが、その明るさも高度な描写力がなければ活かされない。そのために、本レンズでは最新技術と高いコストの部材が惜しみなく投入されている。
概要
10群17枚にも及ぶ本レンズには、その構成にEDレンズ4枚、非球面レンズ3枚が用いられているほか、コーティングも従来からあるナノクリスタルコートのほか、新たな反射防止コーティング「アルネオコート」も採用されるなど、非常に贅沢な仕様となっている。
これらが目指すものは“35mm判フルサイズの全画面に渡る描写力”であり、“画像中心部のみの描写だけを求めたものではない”ということが特筆すべき点だ。レンズは明るくなるごとに、またフォーマットが大きくなるごとに収差が増える。その差は比例級数的であり、F0.95の明るさで、画面全体に渡って高い描写力を実現するためには、高度な設計と生産技術が要求されるのだ。
ここで言う描写力とは、“高い解像力とボケの美しさを実現すること”だが、殊に画像周辺部の点光源が、鳥が羽を広げたような形に滲んでしまう現象(サジタルコマフレア)を低減させることに力が注がれている。それは周辺部での解像力とボケの美しさにつながり、また周辺部の点像の広がりを抑え、夜景や星空を絞り開放で撮影する際にもリアルで美しい描写となるのだ。Noctという名前にはそうした描写への思いが込められていると聞く。
外観デザイン
レンズ外観の第一印象は、大きなアルミの塊である。全体は黒色アルマイトが施されたアルミであり、ボタンと三脚座のつまみのカバーを除き、ゴム部品などは使われていない。見た目にもアルミの素材感が伝わり、高価なレンズに相応しい落ち着きと高級感のある仕上がりとなっている。Noctの書体も上品だ。
レンズ第1面はおよそ65mm程の口径があり、その大きさが性能の高さを予感させる。レンズに対して鏡筒もヘリコイドも太く、前面から見ると三重の円で構成されているように見え、外観上のアクセントになっているのと同時に、重厚な天体望遠鏡を見るようであり、精密な光学機械を演出しているように感じられる。
また、面白いのはレンズを保持する鏡筒と最外周となるヘリコイドにもネジが切られていること。鏡筒側は82mm径のフィルターを取り付けるためのネジ、ヘリコイド側には95mmのネジが切られている。これは同梱のねじ込み式フードを取り付けるためのものである。これらの溝も良いアクセントである。ただし、ヘリコイド側のネジにはフィルターを付けてはいけない。フォーカシングができなくなってしまうからだ。
レンズ各部の機能
レンズ先端側のローレットが刻まれた部分がフォーカシングヘリコイドだ。マニュアルフォーカスであるが、精密で滑らかなものだ。鏡筒中程にあるボタンは、F値や距離を表示するDISPLAYボタンと、メニューから様々な機能を割り当てられるレンズファンクションボタン。レンズファンクションボタンにライブビュー画像の拡大を割り当てておくと、MFの不便さを感じることはない。
右側にある小さなローレットのリングはコントロールリング。ここには絞り値のほか、露出補正、ISO感度を割り当てできる。
撮影距離もしくは絞り値はレンズ上面のディスプレイに表示される。日中も確認ができる、十分な明るさがある。
回転式の三脚座も装備する。重いレンズであり、レンズ側に三脚座がないとバランスを取れないため、必須の装備と言えるだろう。90度クリックなどはなく、ネジを緩めれば、スムーズに360度回転する。
後端には、口径の大きさを活かした大きな後群レンズがはめ込まれている。マウント部に樹脂パッキンなどは装備されていないが、鏡筒がボディ側マウントを包むようにやや高くなっている。
重量・ホールド感
重量は約2kgであり望遠レンズのようだ。しかし全長は短いため、両手で違和感なくホールドできる。
手持ちの時、三脚座を左手の上に乗せるように持てばフォーカスリングも違和感なく操作できる。しかし、重いレンズをボディ側から吊るすことになるため、ネックストラップはあまり実用的ではない。本レンズとボディを付けたまま、ちょうど収納できるような大きさのカメラバッグに入れて持ち歩くのがオススメだ。
解像力
大口径単焦点レンズは、大きなボケを作画に生かすことを期待して使うものである。大口径でありさえすればボケは大きくなるが、ボケによる柔らかい印象の描写や情報の整理は、ピント面のしっかりした解像力があってこそ活かされるものだ。いかなるレンズも収差からは逃れられないものだが、開放F値が明るければ明るいほど収差は大きくなり、その補正は困難になってくる。
結論を言えば、本レンズの開放での解像力は素晴らしく、各メーカーが高級ラインナップとして揃えるF1.4クラスの解像力と同等かそれ以上のシャープさを備えている。F値で言えば1段分だが、その一段分で収差の補正が比例級数的に大きくなることを考えれば、F0.95でF1.4と同等以上のシャープさがあることは驚きと言って良い。
ピントを合わせた橋の下部(赤枠部分)を500%に拡大したものを以下に示す。開放F値F0.95からF4までを比較したが、ぱっと見には違いがわからないほどだ。
仔細に見ていくと橋の看板の文字の輪郭はF0.95ではやや甘いほか、リベットのディテール、鉄骨の肌のディテールなど、高周波と言える部分が、絞るごとに明瞭になっていくことがわかる。
F0.95からF1.4にした時には、高周波が明瞭になることがはっきりみてとれるが、それ以降の差異は少ない。F4で本レンズの最高解像度に達すると思われるが、中心部において実用上はF2でも最高解像度と言えるほどだ。
画像周辺部で中心部とほぼ同一平面上になる橋の左側(黄枠部分)を500%に拡大表示した。
開放F値F0.95では石壁の細かなディテールが甘いが、輪郭はしっかりしている。F1.4に絞ると細かなディテールもしっかりする。以降絞るごとに改善されF4で最高の解像度と思われるが、F2、あるいはF2.8で実用上の最高解像度となっている。中心部の結果と合わせ、開放から高い解像度であり、F2に絞れば多くの被写体の全画面でシャープな描写を楽しめるレンズである。
絞り開放
58mmの画角はおよそ40度であり、いわゆる標準レンズと言える画角である。開放F値F0.95でのボケは一段暗いF1.4のボケとは一線を画す大きなボケ量であり、情報量のコントロールという観点で言えば、F1.4よりもさらにコントロールの幅が増える。だが、その時ボケが滑らかなものでなければ、有効なコントロール手段とはならない。後述するがサジタルコマフレアを抑えこんだ本レンズでは開放でのボケも回転したような印象にはならず、またざわついた印象になることなく、画像に対して「ガウスぼかし」フィルターをかけたような、全画面に対して均質で滑らかなボケとなっている。
大きなボケ量は、本作例のように主要な被写体を含まない写真においても有効である。およそ6mほど先にピントを合わせているが、後方にも前方にもはっきりとボケが広がってゆく。前後ともにボケ量は大きいものであるが、ボケの立ち上がりは急激なものではなく、距離に応じてゆっくりと大きくなってゆく。丸太の柵に注目するとピント位置から離れるに従って高周波である木の肌のディテールが失われていき、その次に丸太の輪郭が失われて、大きなボケになってゆく。距離に応じたボケ感なのだ。
上の作例を絞りを変えて比較してみた。ピントの位置は同一なので、単純にボケ量の変化となる。どの絞り値においても急激なボケの変化はなく、ピント面からの距離に応じたボケ量となっている。表現の面から考えればF2までは一人称としての情感を残すが、F4では客観的な印象を与える。絞ることによる解像力の向上も絞り値を選ぶ上での条件となるが、A1を超えるような大判プリントの際にはF1.4を選択し、よりシャープなピント面と対比させるのもひとつの選択肢である。
後ろボケ
次に点光源のボケを見て行く。ピントは手前の花に合わせ、およそ80cm。画面右上のボケは20mほど先の電飾、中央および左上のボケは200mほど離れた街灯など、左下の電球色は4〜5m離れた電飾である。
絞り開放では当然ボケの形はレモン型になるが、F0.95であることを考えると開口率はかなり良いと思われる。点光源に近い光源のボケははっきりした輪郭を持ち、輪郭部分に明度が高くなる部分が細く存在するが、いわゆる輪線ボケとして強く意識されるものではない。このため、ボケが重なった状況でもざわついた印象ではない。
また、画面中央部にあるような少し面積を持った光源では、輪郭の柔らかいボケとなり、輪線の影響を受けていない。本レンズは開放での色収差が少ないため、ボケの色合いに濁りがなく、クリアな印象である。
画面右上(赤枠部分)を50%拡大表示し、各絞りにおけるボケの状態を見ていく。写野隅のボケの形に注目するとF1.4で小判形、F2で少し欠けがあるもののほぼ円形。F2.8で写野の隅においても円形となり、全画面において玉ボケが楽しめる。ボケ量の大きさからF2としても、作画の工夫で全画面での玉ボケ、丸ボケを楽しむことができる。
逆光
一般に大口径レンズを開放で使い、逆光条件であると、フレアによりシャドウ部が締りのない画像となりがちである。本レンズでは、反射防止に効果のある従来からのナノクリスタルコートに加え、アルネオコートの採用で、フレアやゴーストの極めて少ない描写を実現している。Webサイトによれば、ナノクリスタルコートは斜めからの入射光に対して、アルネオコートでは垂直の入射光に対して反射防止効果を発揮するという。
作例は画面上部視野外に太陽があり、強いフレアを生みやすい状況である。水蒸気の多い盆地の早朝を撮影しているので、朝靄を写し出しているが、前ボケとなっている近景のシャドウはしっかりと引き締まり、レンズ由来のフレアが発生していないことがわかる。
ゴーストがレンズ表面の反射である以上、どんなレンズにも必ずゴーストは存在する。本レンズのみならず、最新の高性能レンズでは優れたコーティングにより低減され、画像として見えないのだ。しかし、画面内に強い光源があれば、中心点の反対側にゴーストは生まれている。また、ゴーストは絞り込むとはっきり写るが、絞りを開けるとレンズ前面の反射となるため、フレアとして作用する。本レンズでは双方とも秀逸でクリアで締りのある描写が得られる。
ゴーストに関しても絞りごとの違いを見ていく。ゴーストを見やすくするため、トリミングした。開放からF2まではゴーストは発生していない。フレアとしても有意に作用しておらず、シャドウは引き締まって解像感もしっかりしている。F2.8でゴーストが発生しているが、それと言われなければ気づかないかもしれない。F4以上でははっきりとゴーストが発生する。いずれの絞り値においても、シャドウはクリアなままで、解像感が損なわれることはない。
ゴーストは眩しさ、まばゆさの表現として用いられるが、本レンズでそれを求める場合、F5.6もしくはF8を用いると良いだろう。
最短撮影距離
本レンズの最短撮影距離は50cmであり、距離としては標準的なものだ。しかしながら驚くべきはその描写である。遠距離と同様の解像力を最短撮影距離でも維持しているのだ。
本レンズはマニュアルフォーカスであるが、前方のレンズ群のみを動かしてピントを合わせる。ニコンでは「前群繰り出し方式」と呼んでいるが、フォーカスを軽くするための工夫であると同時に、近距離に合わせた収差補正をするための機構としても働いているのであろう。
遠距離と近距離では球面収差の補正が違うため、一般的に最短撮影距離では解像力が落ちるのだ。そのため、マクロレンズでは近距離に合わせた収差補正がなされている。それゆえ、マクロレンズではない、ましてや他よりも大口径である本レンズの近接描写は驚くべきものなのである。
上の作例画像の中心部を100%表示した。落葉の葉脈がシャープに描き出されており、その解像力は素晴らしい。被写界深度は1mmほどしかないと思われるが、平面的に見えるイチョウの葉にある凹凸、つまり距離の違いをボケとして表現している。この時のシャープな部分からボケた部分への繋がりも滑らかである。
もう一点、最短撮影距離での作例を掲示する。先の作例よりも距離の変化が大きい、雑草に降りた霜を撮影している。ピントは中心より奥右側に合わせている。手前から奥までは30cm強の空間だ。F0.95でのボケは大きなものだが、望遠マクロからすれば短い焦点距離であるがゆえ、ボケているものが何であるかがわかる。
作例のピント面(赤枠部分)を100%表示し、絞りごとに掲示する。F0.95開放は他の絞りと比較して、甘さはあるが十分にシャープな描写、F1.4で極めてシャープな描写となる。絞るごとにさらにシャープさは増してF2.8ではマクロレンズに匹敵するような精緻な描写となる。F4で最高の解像度、F5.6では小絞りボケの影響を若干受ける。F8以降は小絞りボケの影響が大きくなってくる。
F0.95からF2では望遠マクロのような極めて狭い被写界深度だが、焦点距離が短いゆえに近接撮影においてはアングルの自由度が高い。その特性を活かして作品を作ってみるのも面白いだろう。
周辺光量
周辺光量落ちについて、絞り値ごとに比較する。F0.95では明らかに周辺光量は落ち、F1.4では若干の落ち込み、F2でほぼ解消、F2.8以降はフラットという印象だ。
画面隅の青空部分をRGBレベルで測定してもこの印象通りで、F2とF2.8では最大で5しかなく有意な差とは言い難い。実用上はF2で周辺光量落ちが解消しているとして良いだろう。一方F0.95とF2.8の差は露光量で測定して約1段である。光量の落ち込み方も素直であり、開口率の良いレンズであると言える。
適度に絞りこんだ際の描写
ここではこれまでの情報を活かして、適度な絞り値のカットをチョイスした。郵便ポストに張り付いたイチョウの葉が面白い。大きく色で構成するので、周辺光量が落ちていない方が、色の印象が素直だ。一方青みがかったグレーの部分は道路であるが、ここについては情報は必要ではないので、大きくボケた方が良い。そこでF2を選択した。
中心の少し左下にある枯れ木のディテールが主題である。一方、この場所が森の中で、落ち葉がずっと奥まで続いてゆく場所であることが画面に残したい情報である。F2より明るい絞りではボケ量が大きく、ひと目見て森の中であることがわかりにくい。かといってF4とすると樹木や落ち葉のディテールも若干見て取れるようになり、主題から後方の状況に意識を取られてしまう。ちょうど折り合いの良いところの選択となったのがF2.8である。以上のように、ボケは画像に含まれる被写体の情報の整理のためにも使うものである。
点像再現性
本レンズ、Noctの目指すところは“点が点に写ること”だが、先に述べたとおりサジタルコマフレアの低減が重要なポイントであり、星景や夜景の撮影の描写の美しさにつながるものだ。
ここでは筆者が日常的に撮影している作品を掲示する。山並みの上には星が写っており、作品という目的においては、ハーフのソフトフォーカスフィルターを使い、星の強調を行いたい作品だ。ここではレンズの描写を見ることが主眼であり、フィルターを使用していないため、星空の印象が薄いものとなっている。
作例は開放F0.95で撮影したものだが、全画面の表示おいてサジタルコマフレアを感じることはないだろう。
画像中央部(赤枠部分)を500%拡大表示した。写っているのは山腹の街灯である。開放ではやや膨らんでいるものの色づきもなくピークを感じる描写である。F1.4では一気に収束し、引き締まった点像である。F2ではさらに引き締まるが、その差は小さい。
次に画面右隅(黄枠部分)を500%拡大表示した。写っているのは5〜6等星の暗い星である。開放では画像中心からの周方向にサジタルコマの広がりがあるが、フレアとして感じられるほど放射方向への広がりはない。F1.4では周方向への広がりは改善され、F2ではしっかりと点像になる。
最後に画面右端(緑枠部分)を比較する。街灯を中心とした夜景部分である。F0.95の時、やはり周方向への広がりはあるもののフレアというほどの大きさにはなっていない。光源からトゲのように出る光条があるが、コマ収差と非点収差によるものと思われる。倍率の色収差による色付きも見られるが、その量は少ないものである。さすがに家々や電信柱のディテールや輪郭に甘さはあるが、500%の拡大である。A1程度の大判プリントでなければ気になることはないだろう。
F1.4にすると若干改善する。F2では急激に改善され、光源がきちんと点像になるとともに、家々や電信柱のディテールと輪郭もシャープになり、画面全体に渡ってシャープな描写となる。
まとめ
NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctは、[1]F0.95という明るさ、[2]良好な点像再現、[3]滑らかで連続性の良いボケ、[4]高い解像力と、およそ現代のレンズに望まれることを高い次元で実現している。それぞれのポイントを実現したレンズは他にもあるものの、これら4つのポイントを1本のレンズで実現していることに唯一無二の価値がある。
ウィークポイントは、その大きさと価格であると言えるが、本レンズがバックオーダーを数多く抱える現状から鑑みるに、価格ではなくその絶対的な性能に価値を見出すユーザーが多かったということである。一方、MFであることはミラーレスであるがゆえに、ウィークポイントとはならなかった。
モニターや電子ビューファインダーの画素数が増えたことも一因だが、何より明るい開放F値のシャープな描写は、ピントの山が掴みやすいのである。大きさは日常使いには向かないものの、絞りを開けてのスナップは楽しく、何よりこれまでにない新鮮な表現を見せてくれることが楽しいのである。
価格のハードルは確かに存在するものの、筆者も手に入れたい一本である。