特別企画
徹底研究「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」
話題の"Noct"は何がスゴい? 実写比較で検証・解説
2019年12月19日 12:06
2018年、ニコン初のフルサイズミラーレスシステム・ニコンZ 7/Z 6とともにセンセーショナルに開発発表されたNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct。F0.95というニコン史上初の大口径を実現しただけでなく、その巨大な鏡筒に見る者は皆、度肝を抜かれた。
高性能レンズをめぐる環境としては、2014年発売のカールツァイスOtus 1.4/55以降、"高性能のためにはレンズは大きく重くても許容すべき"との風潮があったとはいえ、Otusのサイズを明らかに上回ると思われる巨大な58mmレンズには、ニッコールファンならずとも高性能レンズ好きのカメラファンが驚嘆したのは記憶に新しい。加えてかつての名玉"Noct"の名が冠されたということは、性能面でも現時点でのニコンの最高技術が投入された"お墨付き"であることを意味するわけで、その性能には自ずと期待が高まるというもの。
開発発表時は早ければ2019年前半にも登場かと思われていたが、実際の製品化には時間がかかり、2019年10月12日になってようやく予約販売が始まったところであった。ところが10月末には予想を超える注文により受注を一時休止するとの発表があるなど、何かと話題が尽きないレンズである。そのNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct(以下Noct)のテスト機がようやく手配できたのでレポートしよう。
ここでは他の現行ニッコール単焦点標準レンズとの比較も交えながら、本レンズの真の実力を見極めてみたい。また、仕様や基本性能部分の詳細についてはデジカメ Watchの既報記事やニコンの製品ページなども参考にしてほしい。
※編注:本記事内の実写画像は、Z 7で撮影した4,575万画素のJPEGをオリジナルサイズで掲載しています(1枚あたり20MB前後)。サムネイルをクリックして拡大表示する際は、データ転送量にご注意ください。
撮影設定について
F0.95という明るさのレンズを使いこなす上で気になるのは、晴天時の露出だ。晴れた日は、F1.4のレンズでさえ一般的なカメラのメカシャッターの上限である1/8,000秒を使うことが多く、アンダー補正ができないなどの制約があるからだ。幸い今回の撮影で使用したZ 7は常用最低感度がISO 64であり、-1.0の拡張感度ではISO 32相当で撮影でき、アンダー補正はできないがF0.95でも晴天下での使用は可能だった。
またZ 7はボディ内手ブレ補正機構を内蔵しているので手ブレには強いが、Aモード時にISO感度オート機能を併用していると、シャッタースピードが下がり過ぎる場合があった。そのため、筆者の場合はMモードでシャッタースピードを1/250秒あたりで固定して、ISO感度のみをオートにする使い方が使いやすかった。
MF操作について
Noctはマニュアルフォーカスレンズなので、撮影にはフォーカスリング操作によるピント合わせが必要だが、さすがに被写界深度が浅いだけあってピント合わせはシビアである。
しかし、カメラ側のシングルポイントのAFエリアでフォーカスエイドが機能するため、おおまかなピント合わせは容易だ。ただ実際のフォーカスリング操作は、フォーカスエリアが緑になった瞬間にリングを止めても少し行き過ぎ、戻すと戻りすぎるところがあってぴったりとは合わせにくい。そのため、ほとんどの場合は拡大ボタンを押してAFエリア部分を拡大しながら撮影する手順になる。
拡大表示にはレンズ側のL-Fnボタンに「拡大画面との切り換え」機能を割り当てておくとファインダーをのぞいたまま拡大画面に切り換えたり戻したりできるので便利である。
※12月23日追記:フォーカスエイド参照時にピントリングの操作が行きすぎてしまう現象について、当初は"フォーカス機構のバックラッシュに由来する"という旨を記載していましたが、ニコン設計者の検証・回答によりレンズ側の機構が原因ではないと判明したため、上記部分に修正を加えました。Noctの被写界深度がとても薄く、フォーカスエイドの緑点灯を視認してからではピントリングの回転を止めきれない場合があるとして、同社では拡大画面もしくはピーキング表示の利用を推奨しています。
フォーカスリングを動かすと画面の一部に拡大部分が自動表示され、フォーカスリングを止めると拡大表示が終了するような操作感が理想だが、AFが主体のZ 7ではそうした機能には対応していないので、各自使い方を工夫する必要があるだろう。
近距離でのボケ比較(撮影倍率統一)
さて、まずは何と言っても多くのユーザーが気になるのは、ボケ描写がどうなのか、既存のレンズとどう違うかというところだろう。
そこでまず、Noctに加えて
・同じ焦点距離である「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G」(以下AF-S 58mm)
・Zマウントのスタンダードな標準レンズ「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S」(以下Z 50mm)
・Fマウントのスタンダードな標準レンズ「AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G」(以下AF-S 50mm)
という現行単焦点標準レンズ3本をエントリーして、スタジオ内で人形(高さ約12cm)とイルミネーションのセットを組んで撮影してみた。
人形までの撮影距離は約0.6m前後、人形からイルミネーションまでは約2mで固定。各レンズで人形の撮影倍率がほぼ同じになるように撮影し比較した。
絞り開放での撮影結果は明白であった。この撮影条件の場合、実焦点距離の長いレンズのほうがボケの大きさの点で有利になるが、それを差し引いてもNoctのボケが圧倒的に大きい。続いて大きなボケが得られたのはAF-S 58mm、そしてAF-S 50mm、Z 50mmの順で、これは開放F値から判断しても順当なところだ。
注目すべきはNoctの周辺部のボケの形状で、思ったほど口径食が大きくなく、レモン型の形状はF1.4クラスのレンズとさほど変わりないことがわかる。
また、ピントを合わせた人形部分はZマウントの2本が非常にシャープであるのに対して、Fマウントの2本がかなり甘くなっているところに描写性の違いを見ることができる。
近距離でのボケ比較(撮影距離統一)
次はパチンコ玉を被写体に、今度は等距離から撮影したボケ比較も行った。これは筆者が大口径レンズの軸上色収差とボケの形をチェックする際にいつも行っている比較方法だ。黒布の上にパチンコ玉を並べて、できるだけ小さい光源で照明する。この場合は光源にインバータータイプのデーライト色の丸型蛍光灯を使用している。この撮影では実焦点距離によって像倍率が変化するので、観察時の像の大きさを統一して比較する。
その結果、非常に興味深い結果が得られている。まずこの場合も、Noctのボケは飛び抜けて大きいことがわかる。次いでAF-S 58mm、僅かな差でAF-S 50mm、Z 50mmはやはり最もボケが小さい。軸上色収差はZマウントの2本が非常に優秀であり、ボケの輪郭の色づきは僅かである。これに対してFマウントの2本は軸上色収差が残り、ボケの輪郭が色づいていることがよくわかる。ただこれでも一眼レフ用大口径レンズの軸上色収差としては非常に少なめで優秀なほうである。あれだけEDレンズを多用したNoctの軸上色収差補正が、完璧なところまで追い込まれていないのは意外であったが、Fマウントレンズに比べれば格段に収差量が少ないことがわかる。
続いてボケの形を見る。Noctは後ボケと前ボケの差がほとんどなく、ほぼ均等なボケが得られている。これはいわゆる収差のない理想のレンズに近いボケ方の傾向であり、最近のキヤノンのRF単焦点レンズなどとも共通している。ボケの内部は僅かに同心円状のムラが見られるが気になるほどではなく、非球面レンズ採用レンズとしては非常に自然で綺麗なボケと言えるだろう。Noctには非球面ムラが出やすい研削非球面レンズが採用されているが、このボケ方を見ればかなり高精度に作り込まれていることがわかる。
AF-S 58mmは近距離であえて描写を甘く設定してボケを美しくしたというだけあって、後ボケは中心に明るさのピークがあって周辺部ほど薄くなり、エッジ部分がふわっとした滑らかなボケが得られている。特に低輝度部分のボケを見ると、ソフトフォーカスレンズのようなボケ方である。反面前ボケはエッジが目立ち二線ボケ傾向が見られる。このレンズは近距離では球面収差をわざと補正不足に設定してあるのだ。
AF-S 50mmは比較レンズ中、唯一非球面レンズが使われていないレンズでボケ内部に非球面レンズ特有のムラが見られない。後ボケの形はAF-S 58mm同様中央に明るさのピークがあり徐々に暗くなるがエッジ部分で再び明るくなる傾向がある。前ボケはやや輪郭が目立つと言える。シャープネスとボケ味の両方を活かしたい場合、こうしたボケの形にになるレンズが多い。
Z 50mmはどちらかといえば後ボケ優先かと思われるが、ボケよりもシャープネスを優先したレンズに見える。ボケは大きくなるとほぼ均等になるが、ボケの中の非球面ムラはやや目立つ。
遠景の解像感、歪曲収差、周辺減光比較
晴れた日にビル街を撮影して、遠景の解像感、歪曲収差、周辺減光などを比較した。
解像感については、この撮影結果はまるでMTF曲線を見ているようだ。4本の中では、絞り解放時の描写が最もシャープなのはZ 50mmに見える。Noctもほぼ同等のレベルだがピークのシャープネスを得るには少しだけ絞る必要があるだろう。この2本の描写は圧倒的で画面周辺部まで絞り開放から極めてシャープな描写が得られている。
Fマウントの2本はそれに比べるとだいぶ見劣りする。AF-S 50mmは典型的なガウス型レンズで、以前のものから比べれば格段にシャープだが、それでも解放時の描写は多少甘さが残る。絞れば当然改善する。AF-S 58mmは、4本の中では最も柔らかい。ちょっとはずれの個体だったようで画面右側周辺部の解像度が十分得られていない。本来はもっと均等な画質が得られるはずだ。
歪曲収差に関しては4本とも優秀だが、Zマウントの2本がほとんど視認できないほど歪曲収差が少ないのに対して、Fマウントの2本は共に視認できるレベルの樽型収差が見られた。
また4本とも若干の周辺減光は認められるが、ほぼ同等レベルと言えるだろう。いずれも1〜2段絞ると周辺減光はほぼ解消する。
夜景比較
さて、大口径レンズとして気になるのは、夜景や星空撮影時などに目立ちやすいサジタルコマフレアがどの程度補正されているかという点だろう。そこで夜景についても比較してみた。まずは絞り開放での比較。中央部は昼間の風景とほぼ同様の傾向だが周辺部のビルの部分で違いが現れた。
クローズアップした部分はAF-S 50mmでカモメのようなコマフレアが盛大に発生している。これに対してZマウントの2本は僅かにコマフレアがあるが、ほとんど点に近いと言える。AF-S 58mmはニコンミュージアムでコマフレアの少なさをアピールしているだけあって、Zレンズの2本に負けず劣らずコマフレアが小さい。
F2.8まで絞るとAF-S 50mmのコマフレアもほぼ収束する。Zマウントレンズの2本は点がほぼ点になっている。
テスト結果について
以上の簡単な比較撮影結果から導き出される結論としては、まず、Noctのボケの大きさとボケの美しさは今回比較した4レンズの中で突出していた。その差は歴然で、実戦ではボケの表現力の差となって現れるはずだ。
Noctの軸上色収差については、従来のレンズに比べるとほぼ無視できるほどに小さい。ただ、ボケの輪郭がはっきりと色づくほどではないものの僅かに軸上色収差は残されており、金属質の被写体など高輝度部分ではやや目立つ場面もありそうだ。
シャープネスの点では、Noctの実力は予想にたがわず、発表されているMTF曲線通りの性能が得られていた。つまり、絞り開放から極めてシャープな描写が得られる。この点で意外にもNoctと同等以上に優秀であったのはZ 50mmであった。F値は暗くなるとはいえ、Noctの10分の1以下の価格でこの実力はお買い得と言える。またこの点では、それぞれのレンズの性格付けがあるとはいえ、ZマウントレンズとFマウントレンズの性能差は思った以上に大きく、Zマウントの画質面での優位点があらためて実写で証明された形だ。
なお今回は逆光耐性に関するテストも検討したが、太陽光でイメージセンサーを傷めるリスクがあり、手元の照明光では有効な差異が認められなかったため割愛した。
作品&インプレッション
"Noct"ことNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctを実際に手にすると、さすがにその大きさと重さにひとまず圧倒される。単体で約2kg、Z 7と組み合わせた約2.7kgのズシリと感じられる重みは、100万円を超える投資をした購入者の喜びの一つでもあると思うが、撮影に入るとNoctから紡ぎ出される描画の新しさに心を奪われ、大きさや重さのことなど全く眼中からなくなってしまうから不思議だ。
確かに事前の予想通り、被写界深度は限りなく薄くボケは大きいのだが、それだけでなく何か従来のレンズとは違う、どこか深みのあるキレを感じさせる新しさがあるのだ。
その新しさとは何か? Noctを客観的に分析すれば、その特徴は長めの標準レンズの画角とパースペクティブの中に望遠レンズ並みに大きなボケを内包し、ピントの合った部分は画面のどの部分にあっても絞り開放から極めてシャープに描かれるところにある。
他社にもF0.95を誇る大口径標準レンズは1960年代から存在し、F1.2以上の明るい標準レンズなら星の数ほどあるが、それらのレンズのほとんどはほぼ例外なくガウス型のレンズ構成を基本としていて、絞り開放時の描写は全体に甘く、周辺部となるとさらにボケた画像しか得られないのが常識だった。絞ると急激に画面全体がシャープになるのがお約束ではあるが、絞り開放時の甘さを許容しない限りは、実質的にF2.8レンズと変わらないというジレンマを抱えていたのである。
絞り開放からシャープな描写が得られる大口径レンズが実現されたのは各社からフルサイズミラーレス機が発売されたつい最近のことであり。まだまだ絞り開放からシャープな描写が得られる大口径レンズというだけでも十分に新しさは感じられるが、Noctの場合は、さらにF0.95による巨大なボケが特徴として加わる。
その結果Noctでは、標準レンズの自然なパースペクティブの中で、主被写体により選択的にピントを合わせ、その前後を通常より大きくぼかすことで、主被写体を浮き上がらせて強調する効果がもたらされた。この強調の度合いが従来のレンズでは表現できなかった新しい領域であり、主被写体部分のシャープでリアルな質感描写が画面に深みやキレ味を与えているのだと思う。
もちろん高性能な望遠レンズでも同じように被写体を浮き上がらせることができるが、望遠レンズの場合は画角が狭くパースペクティブが圧縮されてしまい、どうしてもステレオタイプな望遠写真になってしまう。Noctの凄さは、同じようなボケ効果を標準レンズのパースペクティブの中で実現可能にしてしまうところなのである。
実写を経て、このレンズの真骨頂はやはり中距離でのボケの大きさを生かした作画だという印象を強く持った。近距離でボケは最大化できるが、被写界深度が極端に浅くなり、望遠レンズやマクロレンズと似たような描写になることが多い。その点、中距離での作画では、適度な奥行き感(パースペクティブ)の中で狙ったところ(被写体)だけにピントを合わせ、前後はぼかして整理する手法を用いることが容易で、このレンズの特徴を最も活かした撮影方法にもなるだろう。前後のボケもほぼ均等なので、構図の中でピント位置を選ばないし、画面の隅々までシャープな描写が得られるのでフレームの中の被写体位置が限定されることもない。
従来よりも被写体のどの部分にピントを合わせて注目させるかを自由に選べるようになった反面、撮影時はより正確にピントを合わせる必要も出てくる。例えば人物であれば、全身くらいであれば従来は顔のどこかにピントが合っていればよかったという場面でも、Noctでは顔のどの部分にピントを合わせるかを選択し、正確にピントを合わせる必要も出てくるだろう。しかし、そうした撮影自体が新たな撮影領域であり、今のところ"Noctでなければ撮影できない世界"ということができるだろう。