ライカレンズの美学

NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.

デジタル時代にこそ真価を発揮する超大口径レンズ

現行M型ライカ用レンズの魅力を探る本連載の7回目は、魅惑の超大口径レンズ「NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.」について研究してみたい。

数あるM型ライカ用レンズの中でも独特のオーラに包まれたレンズ。それがNOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.だ。何といってもF0.95という世界最高峰の明るさと、それによるリッチなボケ味を活かしたファンタスティックな描画はこのレンズだけに許された独特の世界観を持っている。そう気軽には手を出せない価格ではあるものの「一度は使ってみたい」と考えているM型ライカユーザーはきっと多いはずだ。

同じM型ライカ用の50mmレンズでも、本連載の5回目に登場したAPO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.が、50mmF2というある意味“地味”なスペック(価格は派手だが)の中で、極めて正統派的な超絶画質を実現した「スーパーレンズ」だとするならば、NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.は輝かしいスペックと個性的な描写を追求した「ドリームレンズ」という印象がある。

NOCTILUXの歴史

そんなNOCTILUX(ノクティルックス)50mmの歴史をまずは簡単に振り返っておこう。初代NOCTILUX 50mm F1.2は1966年に登場。当時、他社からはすでにF1.1の50mmレンズが登場していたので、F1.2という明るさはそれほど大きな驚きではなかったはずだが、それよりもこのレンズで注目を集めたのは、民生用レンズとしては世界で初めてアスフェリカルレンズ、すなわち非球面レンズを採用していたことだ。

ただし、当時の非球面レンズの製造は熟練職人による手仕事ということもあって大量生産は望めず、販売本数はかなり少なかった(ゆえに中古市場で高騰している)。それから10年後の1976年になると第2世代のNOCTILUX 50mm F1.0が登場。初代より開放F値が明るくなったが、今度は非球面レンズは採用されておらず、球面レンズだけで構成されていた。1994年には第3世代NOCTILUX 50mm F1.0が登場するが、これは鏡胴が新しくなっただけで、光学系は前モデルと同じだった。

そして2008年のフォトキナで現行のNOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.が登場。再び非球面レンズが採用されると共に、口径もF0.95へとさらに明るくなった。第3世代NOCTILUXは1976年登場の第2世代と同じ光学系だったことを考えると、約32年ぶりのフルモデルチェンジとなるわけだ。

現行NOCTILUXが発表された2008年といえばすでにM型ライカはデジタル化されており、当然ながらその光学系はデジタルで使われることを見据えたものになっている。光学的には前から2枚目の前面、および最後部レンズの背面の2面を非球面化し、さらに最後部の1群2枚はフローティング機構により撮影距離ごとに最適位置へ移動。効果的な収差補正が行えるよう設計されている。

NOCTILUXを作っているところ。製造はほとんど手作業で、これじゃ高くなるのもある意味納得。写真はヘリコイドの調整工程。フォーカスリングの回転するトルク感は熟練した人間の感覚で調整される。これは2010年撮影なのでゾルムスにあった旧ライカ本社だが、今はウェッツラーの、もっと近代的なライカ本社で作られている。

そうした近代的な光学系に刷新されたことにより、描写性能は今までのNOCTILUXに比べて格段に向上している。先代NOCTILUXは絞り開放では絹を引いたような独特の柔らかい描写が特徴的であったが、現行NOCTILUXではそのような甘さは影を潜め、絞り開放でも合焦部分には揺るぎない確実なピントピークが得られ、解像性能は大幅にアップしている。

その一方で、NOCTILUXでは特に重要なアウトフォーカス描写はどうかというと、こちらも大きく変化した。先代のボケ味は少しエッジ強調の残ったもので、場合によっては二線ボケ傾向もあったりして、かなり賑やかなボケ方だったのが、現行モデルはボケ像の輪郭強調が遥かに和らぎ、結果的にいわゆる「自然な」アウトフォーカス描写になっているのだ。

大きくボケた背景から、突然立ち上がってくる様はある意味3Dぽい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F0.95 / 1/500秒 / WB:オート
前ボケはこんな感じ。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F0.95 / 1/180秒 / WB:オート

というわけで、一般的な意味での描写性能は先代NOCTILUXに比べて当然ながら大幅に向上している。絞り開放でも被写界深度こそ浅いものの、先代のように極端に柔らかな描写ではないため、被写体をあまり選ばなくなったともいえる。たとえば先代では金属のような硬質なものを撮ったとしても、柔らかすぎて硬質なシャープ感を得るのは難しかった(それはそれで良かったわけだが)のに対し、現行NOCTILUXではそのようにレンズが被写体を選り好みするようなことはない。

絞り開放でも合焦部のピントはエッジが立っていてきわめて明確。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/180秒 / WB:オート
ほぼ最短撮影距離で。NOCTILUXは最短1mまでなので、それほど寄れないが、この奥ゆかしさがまたいい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F0.95 / 1/250秒 / WB:オート
ボケは大きくても必要以上に賑やかにならないのが現行NOCTILUXの身上。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F0.95 / 1/90秒 / WB:オート
絞り開放では深度が浅いため、ピント合わせは慎重に行う必要はあるものの、M型ライカは距離計性能がいいため、必要以上に恐れる必要はない。感覚的には75mm F2よりピントの歩留まりは良かった。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F0.95 / 1/90秒 / WB:オート
ほぼ最短撮影距離で撮影。このフワッと浮き上がってくるような感じがたまらない。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/250秒 / WB:オート

ただ、ここまで描写特性が異なると同じNOCTILUX銘を名乗っていても、両者はもはや別の個性を持ったレンズである。ディープなライカファンであれば、おそらく両方欲しくなるはずで、“現行モデルを手に入れるために先代NOCTILUXを下取りに”、というのは必ずや後悔するはずなのでまったくお勧めしない。

研究1:先代NOCTILUXとの違いは?

どちらも絞り開放。違いは一目瞭然で、ピントを合わせた自転車のヘッドバッジ部の解像感は圧倒的に現行モデルが良好で、これを見ると本当にF0.95なのか?と思うほどシャープ。一方、先代は相当に柔らかい。背景のボケは先代の方がエッジ部の輪郭が残るタイプで、それもあってかなり賑やか。それに比べると現行モデルは自然なボケ味だ。ただ、こうしてみると先代の個性的な写りも捨てがたい。

NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.(現行)
NOCTILUX-M F1.0/50mm(先代)

研究2:開放F1.4の現行SUMMILUX 50mmと見比べる

次にSUMMILUX-M F1.4/50mm ASPH.と「F1.4同士」で比べてどう違うのか見てみた。

合焦部の解像感は両者互角か。でも背景や前景のボケ味は結構異なる。これを見ると“NOCTILUXを持っていればSUMMILUXは不要”とはならない。結果、レンズが増える。これだからライカは危険だ。

NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.(F1.4)
SUMMILUX-M F1.4/50mm ASPH.(F1.4)

デジタルMで使うメリット

ところで、M型ライカユーザーの場合、NOCTILUXのような超大口径レンズは銀塩全盛時代には今ほど人気はなかったように思う。銀塩時代のM型ライカはシャッターが1/1,000秒までしかなかったので、屋外でNOCTILUXを絞り開放で使うにはシャッター速度が足らないので絞り込まざるを得ず、NDフィルターでも併用しない限りはせっかくのNOCTILUXの美味しいところが味わえなかったのである。結果的にNOCTILUXは薄暮のスナップや暗所撮影など、限られた使い道しかなくて、それが人気が伸び悩んだ一因と思う。

しかし、デジタルになってからはM型ライカも1/4,000秒(ライカM8なら1/8,000秒)のシャッターが搭載され、昼間でもピーカンでなければ何とか絞り開放で撮れる可能性が高くなった。また、NOCTILUXほどの大口径レンズであれば、少しだけISO感度をアシストしてあげるだけで、かなり暗いところでも撮影できてしまい、暗所撮影能力も銀塩時代の比ではない。

つまり使い道が大きく広がったわけで、デジタル時代になってNOCTILUXの人気が高まったのはある意味当然であろう。高価ではあるが、絞り設定による描写変化の振り幅の大きさ、昼でも夜でも使える対応力の広さ、そして何よりも絞り開放時の他では味わえない唯一無二の描写を考えると、投資の価値は十分にあると思う。ライカ好きであれば最適なボーナスの使い道ではないだろうか。

ポートレートの場合、正面向きではもちろん両目とも深度内となるが、少しでも横向きになると片目は深度外になり、しかもかなり大きくボケる。F0.95の深度はまさに紙のように薄い。LEICA M(Typ240)/ F0.95
どうしても絞り開放時の描写に終始してしまいがちだが、絞り込んだときの描写も素晴らしい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート
M型ライカ用レンズとしてはかなりヘビーだが、それでもフィルター径はE60しかなく、35mmフルサイズ用の超大口径レンズとしてはコンパクトではある。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/500秒 / WB:オート
アウトフォーカス部のない遠景撮影だが、あえて絞り開放で撮影。適度な周辺光量落ちによりちょっとドラマチックな感じになった。さすがに点光源部にはコマ収差が生じているものの、F0.95という超大口径でこの解像感は立派だ。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/180秒 / WB:オート
同じ遠景描写でも手前に近景をかぶせると印象がガラっと変わるのが面白い。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/90秒 / WB:オート
ガラスの反射と透過のマルチプルイメージも超大口径だと遠近感が増幅される。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/180秒 / WB:オート
中距離撮影でもF0.95なら前後がボケてターゲットが浮き上がってくる。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/500秒 / WB:オート
絞り開放でも合焦部はきわめてシャープ。布の質感も正しく表現される。LEICA M(Typ240)/ ISO400 / F0.95 / 1/90秒 / WB:オート
望遠レンズのような圧縮効果を伴わない、目で見たのに近い遠近感なのにこれだけ大ボケというのは、このレンズでしか味わえない効果だ。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F0.95 / 1/90秒 / WB:オート

モデル:いのうえ のぞみ
協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。