ライカレンズの美学
LEICA NOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.
まだ見ぬイメージを追う冒険者に使ってほしい超大口径レンズ
2018年6月29日 12:00
ライカレンズの魅力をお伝えする本連載。ここしばらくはSLレンズやTLレンズが続いたけれど、今回は久々にMレンズ、しかも超弩級のNOCTILUX-M F1.25/75mm ASPH.を取り上げよう。雑感も含めて、このスーパーハイスピードレンズの魅力をお伝えできればと思う。
まずは外観から。見た目は同じNOCTILUX(ノクティルックス)シリーズの「NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.」(以下、50mm F0.95)によく似ているけど、焦点距離が長いぶん全長も15mmほど長くなっている。一方で鏡胴の外径は74mmで、これは50mm F0.95の73mmとほとんど同じ。M型ライカに装着した時のファインダーのケラレを考えると、いくら大口径とはいえ太さ的にはこのくらいがサイズ的限界なのだろう。フィルター径は50mm F0.95がE60なのに対し、こちらはワンサイズ大きいE67だが、それでも75mmでF1.25という口径比を考えると、現代のデジタル向けレンズとしてはかなりコンパクトな仕上がりと言える。
というわけで、大きさだけを見るとスペックの割にリーズナブルなサイズ感に思えるが、重さは1,055gもあるのだ。これは50mm F0.95の700gに比べてもかなり重い。例えば以前の本連載で取り上げたライカSL用の「SUMMILUX-SL F1.4/50mm ASPH.」も1,065gで本レンズと同じくらい重いのだが、あちらはフィルター径E82で、鏡胴サイズがそれなりに大柄なので重さに妥当感があったのに対し、本レンズはまさに、コンパクトだけどズシリと重いのだ。
鏡胴がすべて真鍮製だったライカスクリューマウント時代のレンズは、そのズッシリとした手応えから畏敬の念を込めてよく「ガラスと金属の塊」などと呼ばれるが、その代表格と言える「SUMMAREX 85mm F1.5」(1943年発売)でも重さは800gほど。外装に軽量なアルミを用いながらも1kgを超える本レンズのガラス密度/金属密度の凄さは、推して知るべしである。
レンズ構成は6群9枚。F1.25という口径の割にはとてもシンプルで、ライカカメラAGのレンズ設計責任者、ピーター・カルベさんが「Mレンズに関してはなるべく構成枚数は少なく作っている」と言っていたのが思い出される。レンズ構成図を見ると9枚のレンズはいずれも肉厚があり、径も大きめ。
また、本レンズは最短撮影距離が0.85mと、M型ライカ用の大口径中望遠レンズとしては驚くほど寄れる設計なのだが、近接時の画質を担保するために後方の2群3枚はフローティングする仕組みになっている。こうしたシンプルだけどゴージャスなレンズ構成、そしてフローティングを可能にするダブルヘリコイドの複雑なメカを内包していることを考え合わせると、約1kgという重さも致し方ないだろう。
実際に使ってみると、超大口径の中望遠レンズということで、絞り開放でのピント合わせはやはりシビアだ。同じNOCTILUXでも50mm F0.95より絶対値比較では開放値は暗いものの、焦点距離が長いぶん被写界深度はより浅く、ピントはまさに紙のように薄い。使い勝手については先のレビューで藤井智弘さんも書いていたとおり、M型ライカの二重像合致で完璧を期すのは多少難しいので、合焦精度を上げたければライブビューに頼るのが妥当だ。
今回の撮影ではポートレートについてはライカSLでライビュー(Mマウントアダプター併用)、それ以外のスナップ的な撮影はライカM(Typ240)のレンジファインダーを使用したが、ライカMで撮影した方はやはりピント合わせに気を使ったのに対し、ライカSLで撮影したポートレートはまったく問題なく多くのカットで満足できるピントを得られた。
本レンズとライカSLの組み合わせはライカカメラ社のWebサイトにも「パーフェクトマッチ」という文言があることからも分かるとおり、撮影時の使い勝手だけを考えるならM型ライカよりもむしろライカSLの方が相性はいい。
ただし、どこまで写り込むのかが少し曖昧で、パララックスもあるレンジファインダーの良さは、それ故に思わぬ偶然性を呼び込めたり、撮影者の意図を超えた結果を得られたりするところにある。その意味ではもちろんレンジファインダーを使う意味は厳然として存在するし、むしろボケ味などの結果を想像でシミュレートするしかないレンジファインダーでの撮影は、それはそれで「とても楽しい」ことは忘れずに付け加えておきたい。レンジファインダーでピントの歩留まりを上げたければ、マグニファイヤーなどを使うのもひとつの対策である。
写りに関しては本当に素晴らしい。絞り開放から合焦部の解像感は抜群に高いし、クリアでヌケのいい気持ちが良い描写を得られる。もちろん、合焦部分からの距離が離れるほど華麗に変化していくボケのグラデーションを堪能できるのは本レンズ最大のメリットで、その意味で肝心なアウトフォーカス描写もクセがなく、素晴らしいボケ味を楽しむことができる。非球面レンズを採用しつつも、光点部分などに出やすい輪線ボケも皆無だし、もちろん二線ボケ傾向もない。
さすがにこれだけ大口径だと口径食の影響は多少あり、画面周囲に行くほど光点ボケが真円ではなくなるし、絞り開放ではやや明確な周辺光量低下が認められるけど、周辺光量落ちについては決してイヤな感じではなく、むしろ立体感演出の一要素と捉えたいほどレンズのキャラクターに合っていると思う。
決して気軽に買える値段ではないことや、センシティブなピント合わせ、コンパクトだけどズシリと重い携帯性などから、たとえライカ好きであっても誰にでもマッチするレンズではない。ただ、だからこそ使い甲斐はあるし、50mm F0.95のNOCTILUXがデジタル時代らしい数多くの印象的な画像を生み出したように、本レンズを使い込んだ先にはきっと新しい何かが見えてくるはず。そういうイメージを追う冒険者にこそ使ってほしいレンズだ。
モデル:いのうえのぞみ
協力:ライカカメラジャパン