新製品レビュー

FUJIFILM XF50mmF1.0 R WR

柔らかく繊細な描写 XF56mmF1.2 Rとの比較も

2019年9月20日のXサミットで突如として開発が発表され、2020年中の発売がロードマップで示されていた「XF50mmF1.0 R WR」がついに登場した。発売は9月24日だ。

※今回試用したレンズは最終型の試作品のため、ファームウェアを含めて製品版とは画質や使用感が若干異なる可能性があります。

開発から製品化までの経緯を整理

本レンズの開発から、今回の製品化までの流れは、最初の告知から時間を経ている分、少々複雑です。

同社は、当初XF33mm F1.0という、開放F値をF1.0にしたXシリーズ用AFレンズの開発をアナウンス(もう約2年前の話)していましたが、試作検討を重ねた結果、サイズが大きくなりすぎるということで、上述の通り昨年9月のXサミットでXF33mm F1.0の開発中止を決断したことを発表。同時に焦点距離を50mmとすることでサイズを35%抑えた本レンズの開発に着手したことを明らかにし、本年2月にロンドンで行われたXサミットではさらに追加情報を公開していました。事前にこれだけの情報がオフィシャルから提供された製品は珍しいように思いますが、それだけに期待を込めて待っていた人も多かったのではないか、と思います。

外観

ご覧の通り、体躯はまぁまぁ大柄。贔屓目に評価すれば「常識の範囲内に収まっている」サイズ感です。

レンズの名称を見てみると耐候性を高めたWR仕様であることが示されていて、実際に防塵・防滴・-10度の耐低温というタフネスさを謳っているので、ハードな使用環境でも安心して使える実用性を備えている、という点は嬉しいところ。

ただ、やはり本レンズのサイズ感を「常識内」と主張するのは、個人的には躊躇われます。「F1.0という口径スペックとしては」みたいな前提条件があれば、“頑張ったサイズだね”という評価にも頷けるけど、それなら前提は明示しなきゃ駄目だろう、というのが筆者の考えです。

フルサイズ用の85mm F1.4クラスのボリュームがある(実際にキヤノンEF85mm F1.4L IS USMと近似したサイズ)ので、繰り返しになりますが普通にデカイです。レンズだけで約845gだもの。1.0Lのペットボトルを持ち歩くようなものなので、長時間持ち歩くには堪える重さです。

試しに私物のXF56mmF1.2 Rと並べてみましたが、想像以上にサイズが違いました。56mmの重さは405gだから本レンズの約半分の重量だし、F1.2ってことを考慮すると、改めてかなりコンパクトにまとめられている、っていう印象があります。逆説的に捉えると、F1.0を達成するにはこのくらいの大きさになってしまうのだ、ということです。

ボディ装着状態ではカメラの底面よりも下にレンズ鏡筒がハミ出るほどの太さがあります。もちろん三脚使用時のことも考慮されているようで、マウント側への絞り込みが開始される部分とボディ底面がほぼ同じ位置にくるので、カメラ台がよほど大型の雲台でなければX-T4やX-H1クラスのボディとの組み合わせであれば三脚使用時にレンズがカメラ台にヒットすることはないと思われますが、X-E3などの小型ボディだとレンズがカメラ台に当たっちゃうかも知れません。

デザインはひと目でXFレンズと分かるものとなっています。個人的にはピントリングはゴム巻きの方が操作性の点だけではなく、周囲に対する攻撃性っていう観点からも実用上好ましいと考えています(XF16-55mmF2.8 R LM WRなどはゴム巻き)。例えば机の上に乱暴に置いたら机にキズが入るし、岩場に置いたらピントリングにキズ入るわけで。ゴムならそんな心配ないし、劣化しても貼り替えが出来るからね。サービスセンターでそういった改造があると嬉しく思います。

総じて、X-T4に装着した状態だと明らかにレンズの存在感が優っている感じがあります。なので大柄なX-H1のほうがマッチングは良さそうです。この辺りは、実際にX-T4とX-H1でそれぞれ使い比べてみましたので、その印象についてもお伝えしたいと思います。筆者は天の邪鬼なのでX-T30とかX-E3みたいなコンパクトなボディにも合わせてみたくなりました。レンズが歩いているみたいで楽しそうですよね?……よね?

使用感

手に持った感じはフード込で900g弱という数値通り、かなりズッシリ。ボディに装着し片手保持してみたり構えたりしてみた感じは、X-T4とのマッチングはやはりイマイチに思いました。右手に対する負担が大きいのでX-H1のような大型グリップが恋しくなります。片手保持でも負担が少なく感じる組み合わせだと、しっかり構えた際に上手く両手に重さを分散出来るから疲労感が全然違うし、構える時に「ヨッコラショ」が無いです。撮影中はこれを何度も繰り返すので「ヨッコラショ」の有無は個人的にとても重要なポイントになります。塵も積もれば山となる、です。

Xシリーズ機の多くに共通して言えることではありますが、グリップ下面の、ちょうど手の平が当たる部分がわりと鋭角になっています。推測にはなりますが、Xシリーズのコンセプトがあまり大柄なレンズを想定していないのだと思います。実際に本レンズのような重量級のレンズと組み合わせた場合にはこの角が手の平に強くあたってきます。細かなことだけど、1.2kgを超える組み合わせだと、こうした小さなことが気になります。

X-T4のグリップは大型化したとはいえ、X-H1に比べればまだまだ小さく、クラシカルなカメラデザインも災いして、シャッターボタン周りや前ダイヤルの操作が窮屈になっていることが今まで以上に気になりました。結果としてカメラを構えた状態では負担や疲労が指数関数的に蓄積されていくように感じられました。

実際にそれぞれ4時間程度、右手でカメラを握りしめたままスナップ撮影してみましたが、X-T4の使用だとかなりの疲労感がありました。X-H1でも同様に4時間程度スナップしてみましたが、こちらは明らかに負担が少なく、X-T4とのマッチングをチェックした後、つまり4時間以上撮影して気力と体力が共に充実した状態ではない状況であっても、快適に撮影を楽しむことが出来ました。エルゴノミクスデザインはこういった場面でこそ、その実力に触れることが出来るという発見があります。

X-H1に装着した状態

同社ではX-Pro、X-T(1桁および2桁シリーズともに)、X-Eシリーズで拡張グリップ(メタルハンドグリップ)を用意していましたが、残念ながらX-T4にはありません。さらにグリップの厚みをだすことが出来れば、X-T4との組み合わせは違った印象になるかもしれません。

試しにメタルハンドグリップを装着したX-Pro2とのマッチングも確かめてみましたが、こちらも同様にイマイチでした。どうやらカメラのキャラクターと全然合ってない感じがします。なので、ほぼ同じ形状のX-Pro3とのマッチングも同様でしょう。現状ではX-T4との組み合わせではホールド性も含めて、相性が好ましくないように感じました。

ついさっき「X-T30等と組み合わせてみたい」と記述したことをここで訂正します。いろいろ試してみた結果、その組み合わせでの撮影はあんまりやりたくない感じ。このレンズを検討している人で、さらにX-H1のユーザーでX-T4への乗り換えを検討していますっていう条件に当て嵌まっているなら、もう暫くX-H1とのお付き合いを継続することを強くオススメします。

1点だけ補足しておくと、この感想はカメラを手持ちにして数時間撮り歩く筆者の撮り方の場合です。コマメにカメラバッグへ収納するとか、ストラップで肩がけするのが基本って人にはあまり関係のない話なので、ここで取り上げた使用感の話はあまり気にしないでください。

AFの速度は快適

AFの速度はまずまず快適。大きく重そうな光学系を動かす為に大型レンズの駆動に適したDCモーターを採用していることが効いている様子。ピント精度についてもF1.0ということが信じられないくらいにビシバシ合焦しました。この瞬間にミラーレスを実感します。

AFの駆動音は昨今の他社ミラーレス用レンズの動向からすると、結構ボリュームが大きいです。なので動画での音声同録はちょっと厳しそう。MFなら? という期待を持つ人もいるだろうけれど、ピントリングが機械的にレンズと直結されている訳ではなく、ピントリング操作に対してAFモーターによるピント駆動を行う方式なので、カメラ近傍ではモーターの駆動音が聞こえます。このあたりの印象はXF56mmF1.2 Rでも同様です。

AF速度は快適だけど、他社と比べて音がね……、と思ったのでDCモーターを採用した理由を富士フイルムに質問してみましたところ、以下のような回答を得ました。

F1.0でオートフォーカスを実現するのは非常に難しく、フォーカスレンズを軽量化するためにリアフォーカス方式を採用しました。それでもフォーカスレンズ群の質量はかなり重いため、パワフルなDCモーターで駆動することにしました。

とのことでした。やっぱりAF速度は快適な方が良いもんね、ということで納得です。

MFでのピントの追い込みにも応える

ピントリングの操作感はスムース。ピントリングの回転角は120度とのことで、実際に使ってみると広過ぎず狭過ぎもしないバランスのとれた回転角という印象。ピントの微細な調整にもちゃんと応えてくれました。精密かつスピーディなマニュアルフォーカスが楽しめます。

富士フイルムの良いところを補足すると、MF設定でもAF-ONボタン押下で一発でその時だけAFさせることが出来るってところ。かなり快適です。

実写インプレその1:得手不得手がある

撮影をはじめて直ぐに分かったことがあります。それは“XF50mmF1.0R WRには明確な得手不得手がある”ってことです。

筆者はレビュー用の機材では「とりあえず遠景で絞り開放」してみて、どんだけ写るの? っていうのを確認します。ここ3年以内に登場した最新世代の大口径レンズの多くは、どれも優等生的な性質を持っていて、苦手なシーンがあまりないって場合がほとんどで、絞り開放でもキレキレに描写するようになっています。例えばXF56mmF1.2 Rもワリとそんな感じです。でも本レンズはそうしたトレンドに対して一石を投じるような描写だったので「わぉ、攻めたね!」っていう印象を持ちました。

さっそく実写カットを。ご覧の通り「ぽやっ」とした描写で、絞り開放からキッチリカッチリ写るのが好きな人には受け入れられない写りだと思います。特に絞り開放からカッチリ写るレンズが多い大口径XFレンズ(XF35mmF1.4 Rを除く)とは異なる性格だから、余計に「お?」となりそうです。もっと程度が悪く見えるシーンもあるけど、狙って悪く撮るのはフェアじゃないのでこの程度で。

苦手なシーン
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/6,400秒・±0EV) / ISO 320

最新の高級レンズがこんな実力なハズがない、って思うかも知れません。でも安心してください。絞り込めばシャッキリ写ります。

苦手だけど絞ると描写が変わる
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F5.6・1/220秒・±0EV) / ISO 320

フィルム時代から写真を楽しんでいる人はこうした「絞りによって描写が変化するレンズ」に親近感を覚えるのでは? 絞り開放でもシーンを選べばご覧の通りメチャクチャ気持ちよく写ります。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/9,000秒・+2.3EV) / ISO 320
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/7,000秒・+1.0EV) / ISO 320

球面収差の少し残った柔らかいボケが、とても“写真的”に見えます。

実写インプレその2:写りの検証・中景20mの解像感

撮影距離20mで、F2.0までは1/3段ごと、それ以降は1段ごとに描写チェックをしてみました。

絞り開放では球面収差と思しき滲みがホンの少しあるけれど、それでも十分以上にシャープで繊細。上の実写インプレその1でご覧いただいた苦手シーンのカットからは想像もつかない描写じゃないかな?

どの絞り値でも周辺部まで均質な描写性能だったし、基本的には「高性能なレンズ」ってことに疑いの余地はないかと思います。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0〜5.6・1/3,800〜1/250秒・+0.3EV) / ISO 160
F1.0
F1.1
F1.3
F1.4
F1.6
F1.8
F2.0
F2.8
F4
F5.6

続けて、絞りを変化させた際のボケ量の変化についてもチェックしてみました。

近距離の場合
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0〜5.6・1/1,250〜1/40秒・+0.7EV) / ISO 320

F1.0
F1.4
F2.0
F2.8
F4.0
F5.6

中距離の場合
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0〜5.6・1/17,000〜1/550秒・+1.0EV) / ISO 320
F1.0
F1.4
F2.0
F2.8
F4.0
F5.6

当然ながら至近側ではピントの薄さが強調されていることが分かります。一方、中距離では絞り開放時に画面中央付近に軽くフレアが出ていて柔らかな印象になっています。絞り開放とF2.8の画像を見比べてみると、周辺光量の変化が分かりやすいかと思います。

中距離F1.0とF2.8のカットを比較

実写インプレその3:逆光耐性

逆光シーンでは画角内に光源を写し込んだ場合と、ハレ切り出来ない状況でのワースト状態をチェックしてみました。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0〜4.0・1/1,000〜1/70秒・+2.0EV) / ISO 160
F1.0
F1.4
F2.0
F2.8
F4.0

ワーストだけ見ると「ウゲッ」って感じちゃうけど、実際にはこれだけフレアの影響を出そうと思うとかなり大変。だからポートレートでフレアが欲しい時は結構な苦労をするかもしれません。

ちなみにフードのありなしについても確認していますが、フードが無くても問題ないくらいには素の逆光耐性が優れていました。まぁ、巨大な前玉を保護するって気持ちでフードはつけといた方が安心かと思います。

実際に撮りそうなシーンで試すとこんな感じ。縦位置の作例では画面上部にギリギリ入るか入らないかの位置に太陽があります。花の背後の明るい部分は雲です。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/32,000秒・+1.3EV) / ISO 320
X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F4.0・1/12,800秒・±0EV) / ISO 160

実写インプレその4:描写性

シーンを変えてスペックの近いXF56mmF1.2 R(筆者私物)との比較もしてみました。撮影距離は同じにしていますので像の倍率が異なります。画角を合わせるとカメラから被写体と、被写体と背景の距離関係が変わってボケ方が違って見えるので、あえて画角は合わせていません。

左が50mm F1.0、右が56mm F1.2
XF50mmF1.0 R WR:X-T4 / 絞り優先AE(F1.0〜5.6・1/4,000〜1/125秒・+0.7EV) / ISO 160
XF56mmF1.2 R:X-T4 / 絞り優先AE(F1.2〜5.6・1/2,500〜1/120秒・+0.7EV) / ISO 160
ともに開放の場合
F1.1
F1.3
F1.4
F2.0
F2.8
F4.0
F5.6

どちらのレンズもF2.0まで絞ると文句のつけようのない写りだと思います。絞り開放付近では56mmF1.2 Rの方が、ややコントラストが高くハッキリした描写に。50mmF1.0 R WRは、柔らかいながらも繊細な解像感があるように見えます。

筆者の眼にはどちらも魅力的なので、気分でどっちのレンズにするかを選べる立場になれれば最高です。どちらも絞りが開いてるとフリンジが出ちゃうけど、このくらいなら軽微な部類なんじゃないかな。

実写インプレその5:周辺部のボケ味

絞りをF2.0より開けている状況では、周辺部のボケのカタチがかなり異なります。

本レンズの描写に注目すると、彗星のようなカタチになっています。これはコマ収差のあるレンズに見られるボケのカタチで、星景や夜景などで点光源を写し込んだ際に点光源が作例イメージのようになってしまう場合があります。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0〜5.6・1/480〜1/15秒・+0.3EV) / ISO 320
F1.0
F1.1
F1.3
F1.4
F1.6
F1.8
F2.0
F2.8
F4.0
F5.6

絞り込めば点として写る事がほとんどで、筆者はどちらでも全く気にならないのですが、気になる人にはとても気になる描写として、一部界隈では有名です。

非点収差やコマ収差のある画像のイメージを再現してみました。絞り開放付近では周辺部に点光源を配置するとこんな感じに写ることがある、と覚えておくと、画像をチェックした際に「ん?」とならずに済みますし、撮影時に押さえとして少し絞り込んだカットを撮っておくことで回避も出来ます。

収差あり
収差なし

実写画像に戻って、よーく観察すると56mmF1.2 Rでは玉ボケの描写に年輪模様が見えていますが、50mmF1.0 R WRには年輪が見えず非常にスムースで美しい玉ボケ描写になっていることが分かります。

点光源を前景や背景にして絞りを開けて撮ると玉ボケとして写ります。専門的な事を言えば、“非球面レンズ”を採用したレンズでは玉ボケにこのように年輪模様のボケが生じることがあります。非球面の面精度がよりスムースになるに従って、この年輪模様は出にくくなるそうです。ということでXF50mmF1.0では非球面レンズの工作精度がかなり向上していることが伺えます。

ちなみに筆者は年輪ボケに関しても全く気になりません。というのも点光源の再現性やボケのカタチで写真のクオリティが左右するような状況に遭遇したことは経験上殆ど無いからです。

ですが、少し気になったので質問してみました。

ボケの美しさに拘ったレンズなので、非球面レンズの金型には超精密な加工を施し、年輪模様が出ないようにしてあります。

こんな回答されちゃうと、XF56mmF1.2 Rユーザーとしては悔しくなるってのが人の心。「全く気になりません」と言った舌の根も乾かぬうちに手の平を返してしまう、筆者自身の軽薄さにもビックリだよ。

フリー作例

1段絞ってもF1.4。「そこいらの大口径単焦点レンズとは違うのだよ」という余裕に思わず口角があがるんだけど、このくらい絞ると超高性能な50mmレンズの描写が得られるっていう二面性も面白い。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.6・1/12,000秒・+1.3EV) / ISO 320

ボケによって立体感を演出するような撮り方をしなくても立体的に感じる写り。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F8・1/75秒・-1.0EV) / ISO 250

絞り開放でほぼ至近端。遠景だとちょっと球面収差があったのに、至近側だとこーんなに写るの!? って驚きました。ポートレート派には堪らない性能なのでは?

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/3,000秒・-1.0EV) / ISO 160

普段こういう撮り方をあんまりしないんだけど、いろいろな撮り方を試してみようと思わせるレンズってのが楽しい。少しだけ糸巻き型の歪曲があるね。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F7.1・1/2,000秒・-0.3EV) / ISO 320

近距離だと本当に艶っぽい写り。まるで自家プリントしている時に水を張ったバットに沈めたモノクロプリントを見ている気持ちになりました。こういう写りが好きです。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.8・1/550秒・-0.7EV) / ISO 160

メカシャッターに設定して、敢えてAEが物理的に追従できない状態にして開放絞りで撮って遊んだり。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.0・1/8,000秒・±0EV) / ISO 320

ザワザワしそうな背景を選んで撮ってみたり。ピント位置のシャープさがマジでエグい。F1.3~F1.6くらいがこのレンズだけが持つ特別な領域っていう印象。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F1.3・1/6,000秒・-0.7EV) / ISO 160

色々な撮り方をしてみて感じたのが、APS-Cよりも大きなフォーマットで撮影しているような写りになるってこと。「立体的に写るから」なんだろうね、きっと。

X-T4 / XF50mmF1.0 R WR / 絞り優先AE(F4・1/210秒・±0EV) / ISO 160

まとめ

筆者の感想では、このレンズは会話が成立する距離圏内に被写体があるシーンにおいては「絞って良し、開けて尚良し」で、控えめに言っても最強だなって思いました。

特に手が届きそうな距離だと思わず変な声が出ちゃうようなピント面の繊細さと蕩けるようなボケ描写です。苦手なので滅多にポートレートを撮らない筆者ですら「ちょっと人物撮りたいぞ」とウッカリ思ってしまう。それくらいに撮ってる本人は「どんな表現をしてくれるのだろう?」という期待と想像が膨らむレンズです。画像を見ただけだと伝わり難いんだけど、使ってみて、さらに撮った画像を見てみるとイメージが滾々と湧いて来るから楽しいんだよね。使いこなし甲斐があるっていうか。

さらに言えば、富士フイルムの上位機種の良さでもある“電子シャッターで1/32,000秒まで使える”ってのも効いています。1/8,000秒以上のシャッター速度が使えるのは他社だとソニーとオリンパスの一部のカメラくらいかな?

X-T4などの1/32,000秒が使えるカメラは、1/8,000秒に比べて露出に2段の余裕が生まれるので、NDフィルターを用意しなくても日中のかなりのシーンでF1.0の世界を楽しむことが出来ます。これってかなり大きな魅力。しかもAFでガシガシ撮れちゃうからね。凄いアドバンテージがある。

常用最低ISO感度より下の拡張ISO感度使えば? って思うかも知れないけど、拡張ISO感度設定ではハイライトの階調性が分かりやすく低下して、結構簡単に白飛びします。だから個人的にはあまり使いたくない。筆者の使い方では選択できる露出設定が増えるというメリットに対して、画質的なデメリットが釣り合わないからです。もちろん撮影目的次第では躊躇なく使います。

なぜハイライトが飛びやすくなるか? というと撮像センサーには飽和電荷量っていう、信号に変換できる限界の光量があって、限界を超えて受光させるとデータがゼロ、つまりRAWデータ上でも真っ白でトーンがまったく無くなってしまうから。

ちなみにISO感度を上げるっていうのは、構造的には減った露光量をゲインアップっていう、オーディオでいうところのボリュームを上げて明るく見せる処理を行っています。こっち方面には余裕がある(少ないものを多く見せるにはやりようがある)んだけど、感度を下げる方向、つまり強い光に対しては飽和電荷量に明確な限界がある(溢れて失われてしまったデータに対しては対処の仕様がない)ので「余裕」っていう概念がそもそもありません。感度を下げるとそれだけセンサーが受ける光の量は増えるからね。

だからメーカーが行っている常用ISO感度の設定って高感度特性は良くしたいけど白飛びも抑えたいっていう難しいバランスで成り立っています。高感度性能を上げると使い勝手良くなるしカタログ的にも売りが増えて美味しいんだけど、低い感度が使いたい人にとっては高感度特性に優れたカメラってのは旨味が少ない場合があったりします。例えば本レンズみたいに大口径レンズを日中に使いたい人には全く向いてないからね。

もし興味があれば常用最低ISO感度より1段高いISO感度設定でハイライトがギリギリ飛ばない露出設定にして、常用最低ISO感度と拡張感度設定でそれぞれ階調補正機能はOFFにして撮影(もちろん露出量は合わせてね)してみると、新しい発見があるんじゃないかなと思います。世代にもよるんだけど、常用最低ISO感度が最も階調性が良いワケではないからね。

少し話が脱線しましたが、富士フイルムのように電子シャッターであっても1/8,000秒を超える高速シャッターが使えるというのは、大口径レンズを使いたい人にとっては、それはそれは嬉しいことなのです。

で、撮った写真を眺めながら本レンズの本質的な魅力が伝わる表現を考えていたのですが、全然上手い言葉が出てこなくて自身のボキャブラリーの無さを悔いる日々が締め切り日ギリギリまで続きました。何とか捻り出した言葉は「一度撮影してその実力に触れてみると、思わず姿勢を正してしまうようなレンズ」でした。

F1.0という特徴的なスペックがあり、このレンズだけが持つ独特な描写を楽しめる(例えそれが自己満足だとしても)。レンズ単体としてではなく、上述の1/32,000秒の電子シャッターが使えるなど、XシリーズはシステムとしてF1.0を多くのシーンで常用出来るように仕上がっています。

以上の点もふまえまして、普段使い出来るギリギリのサイズに収まっているってのが、レンズの道具としての大事なところなんだと思います。

例えば、ニコンZシリーズの顔ともいえるNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctのように、夢と威厳のある工芸品のようなレンズも良いけれど、やっぱり実用性は大事です。何がユーザーにとってのメリットなのか? を見据えつつ、“開放F1.0”っていうコンセプトを具現化したところに、開発者の想いが込められているのだ、と。

筆者の中で本レンズの魅力についてそのように結論付けたところで、改めてそのコンセプトやレンズ設計について、またスペックの近いXF56mmF1.2 Rとの違いについて質問してみました。

XFレンズでは絞り開放から高い解像性能が出る様に設計していました。しかし、滑らかに溶けるような柔らかいボケを生成するには球面収差を意図的に残す必要があります。

本レンズでは、絞り開放ではボケの美しさを最優先した設計にしてあります。F1.3くらいに絞ることでXF56mmF1.2Rの様なシャープな画像を得ることができます。

更にF2.0まで絞るとXF90mmF2 Rの様に、画面周辺部まで口径食の少ない画像が得られます。絞りの設定を変えて色々な描写を楽しんでもらうレンズにしています。

収差に関しまして、例えばF1.4レンズと同じ非点収差で設計しても、像としてF1.0レンズでは明るい分1.4倍拡大されます。この「明るさ」で拡大される収差を光学設計でさらに補正するとなると、相応にサイズに影響を与えます。なので、お客様に受け入れられるサイズを維持して、開放から実使用上問題無いレベルの点像となる性能バランスにしています。

XF56mmF1.2は、開放から高い解像性能を引き出せるレンズとして設計しました。その反面、背景ボケは少し固くなっています。それに対してXF50mmF1.0はボケの美しさに拘ったレンズであり、背景のボケが柔らかく溶けていくような設計になっています。

レンズの構成図はよく似ていますが、サイズ・無限遠から近接まで変動の少ない解像性・少ないブリージング(ピント位置に伴う像倍率の変化)等を考慮すると、今回設計したレンズ構成が最適となり、結果としてスペックの近いXF56mmF1.2Rに近い構成となりました。

筆者の出した結論が的外れだったらどうしようか? とドキドキしながら回答を待ちましたが幸運にも杞憂だったようです。

良いところばかり紹介するのはフェアじゃないから、最後にXF50mmF1.0 R WRにとって不都合な点を挙げていきます。

不都合1:やっぱりサイズ。

頑張っているのは分かるけど、X-H1みたいな大型グリップを持つカメラじゃないと正直厳しいものがあります。既にX-T4ユーザーで長時間の使用を検討するのであれば、純正もしくはサードパーティ製で形状と剛性に優れたグリップが登場するのを待たなければなりません。もしくは腕っぷしを倍にするとかしないとマジで腱鞘炎になります。 それくらいにカメラ側のグリップ性は大事です。

バッテリーグリップつければ? って思ってる人に言うけど、そこまで大型化していいならフルサイズで85mm F1.4使った方がボケ量だけで言えばほぼ同等だし、なんならシグマの85mm F1.4 DG DN|Artみたいに軽いレンズが登場しちゃうと逆にフルサイズのが取り回しが良い説も出てきます。だからバッテリーグリップつけちゃったらAPS-Cのサイズ的なアドバンテージがスポイルされちゃうと想いませんか?。

不都合2:XF56mmF1.2Rの存在。

真の敵は身内にあり。サイズ・重さ・価格が約半分なのに、93%くらいのシーンではほぼ同等の写りがあります。ボケの年輪模様の出方とか、より繊細な描写であるとか、細かな点を比べてみると、本レンズの方がもちろん魅力的で上質です。

写りについて、これを言ってしまうと元も子もないということは重々承知で敢えてとりあげますが、写真やってない人に描写の比較画像を見せると、きっと「何が違うの?」って言われると思います。残念ながらそれが世間一般の真っ当な評価です。

それを踏まえてもなお、常用可能で高性能な開放F値1.0のAFレンズという点を豊田的には高く評価したい気持ちがあります。56mmF1.2 Rには本レンズにはない軽快な機動性からくる開放感と、上述の通り93%程度のシーンでは同等な描写があり、その魅力を50mmF1.0 R WRの登場によって再確認することが出来ました。だから50mmF1.0 R WRの卓越した描写を知り「あ、欲しい」と思った際に「本当にその選択が良いのか?」と、何度も考えさせられました。

一応だけど、描写に関しては、絞りを開けているとコマ収差と非点収差がちょっとだけあるから、星景とか引きの夜景を「絶対に絞り開放で撮らなきゃ駄目なんだ」って人には向いてません。涙を呑んで開放F1.8の超高性能レンズとして使って下さい。

ということで、今回使用したレビューを総括して要点だけをまとめると以下のようになりそうです。

[○]ポジティブ
・守備範囲内での写りはマジ最高
・逆光にも強い
・X-H1があれば常用出来る
・一度体験すれば納得の価格

[×]ネガティブ
・AFの駆動音はそれなりにあるから同録の動画には向かない
・デカイ
・重い
・長時間使うなら、X-T4との組み合わせは正直微妙
・最大のライバルはXF56mmF1.2 R

ベストはXF56mmF1.2Rとの2本持ち。でした。早く来たれ!X-H2(仮)。

豊田慶記

1981年広島県生まれ。メカに興味があり内燃機関のエンジニアを目指していたが、植田正治・緑川洋一・メイプルソープの写真に感銘を受け写真家を志す。日本大学芸術学部写真学科卒業後スタジオマンを経てデジタル一眼レフ等の開発に携わり、その後フリーランスに。黒白写真が好き。