FUJIFILM Xレンズ 写真家インタビュー
大口径中望遠レンズ2本の使いこなしを浅岡省一さんに聞く
XF56mmF1.2 R/XF56mmF1.2 R APD
2018年12月27日 07:00
2012年、Xシリーズとともに誕生したXマウントレンズは、富士フイルムが誇る「フジノン」の名を冠した最高性能の交換レンズ群である。登場から6年という短期間にもかかわらず着実にラインナップを充実させ、多くの愛好家を魅了しつづけているのはご存知の通りだ。
しかし、ラインナップが充実してくるほどにわれわれユーザーを悩ませるのが「結局どのレンズを買うのが自分にとっての正解なのだろうか?」という問題である。特に、同じ焦点距離でありながら併売されているレンズの場合、どうしてもその真意を尋ねて納得したくなるというものだ。
そこで、スペックシートだけでは分からない特徴を導きたく、それぞれのレンズをリアルに愛用する写真家に聞いてみようというのが、この連載だ。
ほぼ同じスペックの大口径中望遠単焦点レンズ
今回のテーマはポートレート撮影の定番ともいえる中望遠レンズ。標準レンズよりも歪みが少なく人物のかたちを端正に写し止めることができ、望遠レンズほど被写体と距離をとる必要がないため、モデルとのコミュニケーションをとりやすいところが人気のポイント。
Xシステムの場合はカメラが搭載する撮像センサーがAPS-Cサイズとなるため、焦点距離にすると50〜60mmくらいがちょうどその中望遠レンズということになる。前後のボケ量のコントロールしやすさ、暗い場所での撮りやすさを考えると、大口径であるほどポートレート撮影向けということになるだろう。
すると最適なレンズは「XF56mmF1.2 R」ということになるが、実はこのレンズにはもうひとつ、「XF56mmF1.2 R APD」という焦点距離・開放F値とも同じ兄弟レンズが存在している。レンズ構成もほとんど同じで、名称に「APD」が付くか付かないかというこれら2つのレンズ。実際の撮影で何がどう違い、どのように使い分けるのかを探ってみることにしよう。
XF56mmF1.2 R
35mm判換算で焦点距離85mm相当となる中望遠レンズ。F1.2という大口径なスペックでボケ量コントロールの幅が広いため、ポートレート撮影に最適なXレンズの最先端といえるだろう。
異常分散レンズ2枚、両面非球面レンズ1枚を含む8群11枚の新規設計のレンズ構成は非常に優れた光学性能を有しており、絞り開放から高い解像性能を発揮してくれる。
それでいて、小型軽量なXシステムのボディによくあうサイズを実現しているところも秀逸。金属製の絞りリングを備えるなど、高品質な造りの良さも本レンズの高評価の要因のひとつになっている。
XF56mmF1.2 R APD
レンズ名のAPDは「アポダイゼーション」フィルターを搭載していることを示す。アポダイゼーションフィルターとは、ボケ像の輪郭を美しく柔らかくするための特殊フィルターのことで、つまりAPDを内蔵しているか否かがXF56mmF1.2 Rとの違いである。
APDによって通常レンズにないボケ味を可能としているが、反面、APDによってF1.2〜F5.6の間では実際の光量がわずかに減損してしまう(実際の減光量は白文字のF値に対して赤文字のT値として、レンズボディに明示されている)。
APDを内蔵することによる性能の違い以外は、スペック・使い勝手ともXF56mmF1.2 Rと全く同じ。パッと見のデザインもほとんど同じだ。
比較表
XF56mmF1.2 R | XF56mmF1.2 R APD | |
---|---|---|
発売年月 | 2014年2月 | 2014年12月 |
実勢価格 (税込) | 9万6,000円前後 | 14万8,000円前後 |
レンズ構成 | 8群11枚 | 6群10枚 |
非球面レンズ | 1枚 | 2枚 |
常分散レンズ | 2枚 | 2枚 |
APDフィルター | — | ○ |
焦点距離 | 56mm相当 | 56mm相当 |
最大口径比 (開放絞り) | F1.2 | F1.2 |
最小絞り | F16 | F16 |
絞り羽根枚数 | 7枚 | 7枚 |
ステップ段差 | 1/3ステップ | 1/3ステップ |
撮影距離範囲 | 標準0.7m〜∞ マクロ0.7m〜3.0m | 標準0.7m〜∞ マクロ0.7m〜3.0m |
最大撮影倍率 | 0.09倍 | 0.09倍 |
外形寸法 | 73.2×69.7mm | 73.2×69.7mm |
質量(約) | 405g | 405g |
フィルターサイズ | 62mm | 62mm |
APDなし/APDあり 両刀遣いの浅岡省一さん
今回インタビューをお願いしたのは、独自の感性で光と空気感を表現し、多くのファンを魅了している浅岡省一さん。人物や広告撮影を得意とした仕事をする傍ら、夕景や夜景などにモデルを絡めた特徴的な作品で有名である。
——APDを搭載するか否かが違いの両レンズですが、浅岡さんはその両方をお使いですか?
はい。XF56mmF1.2 Rが発売されたのが2014年の2月、XF56mmF1.2 R APDが発売されたのが同じ年の12月。まずXF56mmF1.2 Rを購入して、しばらくしてXF56mmF1.2 R APDが発売された時、すぐにこちらも購入しました。ただ、現在はAPDなしの方をメインに使っています。
——焦点距離と開放F値はは同じで、実売の価格差は5万円程度あるのですが、両方を購入された理由とはどういったものでしょうか?
ポートレートを撮影しているので大口径中望遠レンズは欠かせません。僕は中望遠以外の焦点距離もよく使いますけど、やはりポートレート撮影で中望遠レンズは大切な存在です。同じ焦点距離・開放F値なのに購入した理由は、まあ僕が新しもの好きだからですかね(笑)。
——こうした特殊機構を搭載したレンズには堪らない魅力を感じてしまうものですね。
アポダイゼーションフィルターは理想的なボケ味を作り出してくれるので、他社のレンズで以前から興味がありましたところ、それをXシステムのレンズとして、しかも初めてAF可能としてくれたのですから、これはもう大いに興味をそそられたものです。中望遠レンズを使ったポートレート撮影で、使い勝手の良さとボケ味の良さの両立は無視できないテーマですからね。
XF56mmF1.2 Rの素性の良さ
——一方で、元となるXF56mmF1.2 Rの描写性能も高いという評価がありますね?
その通りです。XF56mmF1.2 Rの中望遠レンズとしての素性の良さがあってこその、XF56mmF1.2 R APDだと思います。それがなければ、APDレンズに魅かれることはなかったでしょう。
——XF56mmF1.2 Rの魅力はどこにありますか?
それはもちろん、Xレンズが共通してもつ描写性能の高さにあります。デジタル的な補正に頼らなくても元の描写性能が高いので、僕が必要とする解像感とグラデーションを自然に表現してくれます。これが女性を撮るときにとてもいい具合に発揮されます。あとはサイズが抑えられていて、開放値がF1.2と明かるいことも重要ですね。
——確かに、どちらも大口径中望遠レンズとは思えない手軽なサイズになっていますね。
僕はアングルの自由度を優先して背面モニターを使ったライブビュー撮影をよくしますが、愛用しているX-T2とのバランスがよくてかなり助けられています。モデルと顔を合わせながら、本当に自由に構図を決められますし、高精度なAFが効くのでピントも問題がない。
——F1.2という明るさも大切ですか?
夕景や夜景、それから薄暗い部屋の中でモデルを撮ることが多いので、明るさは非常に重要です。少しでも明るい方がいい。一般的なF1.4より明るい、F1.2としてくれたところがXF56mmF1.2 Rの魅力のひとつにもなっています。
世界で唯一、ボケ味の違いで選べる中望遠レンズ
——なるほど、アポダイゼーションフィルターによるボケ味がないことを除けば、XF56mmF1.2 Rは浅岡さんにとってぴったりな中望遠レンズということですね。
ん? XF56mmF1.2 Rはボケ味も優秀だと思いますよ?
——あれ? ボケ味が美しく柔らかいのは、XF56mmF1.2 R APDなのでは?
確かにXF56mmF1.2 R APDのボケ味はAPDの効果で柔らかくなっています。でも、僕のように夜景や夕景で画面内に点光源が入る機会が多いと、時として玉ボケの輪郭が柔らかすぎて、光学的ではなくソフトウェアでボケを作ったように感じてしまうこともあります。そうした場合はXF56mmF1.2 Rをよく使います。実際にはどちらも光学技術ですが。明るさもXF56mmF1.2 Rの方が明るいので、暗所での撮影にも重宝します。
——ポートレート作品が多い浅岡さんなら、XF56mmF1.2 R APDを多く使っているものと思っていましたので意外です。
点光源が入らない撮影の場合は、XF56mmF1.2 R APDも使います。滑らかなボケはAPDならではのものです。それぞれの作品に最適なボケ味を提供してくれるのはどちらのレンズかという、その時々の条件に応じた微妙な使い分けが必要になるでしょう。
——どちらかのレンズが絶対に優れているということはないのですね。
当然、自分が目指す表現に対してどの機材が最適であるかは慎重に考えますね。ただ、ボケ味を主題とすると、点光源のエッジがしっかりているXF56mmF1.2 Rと、より滑らかなボケ味を得られるXF56mmF1.2 R APD、どちらも使えて選べるのはXシステムだけです。他にない大きな魅力であることに違いはないと思います。
まとめ
今回の記事では、実際に今回掲載の浅岡さんの作品撮影に同行させていただいた。2本のレンズの使い分けを説明してくれた浅岡さんであるが、実際の撮影でも両方のレンズを次々に交換し、使い分けている姿が印象的であった。
アポダイゼーションフィルターにより圧倒的に柔らかで美しいボケを実現するXF56mmF1.2 R APDは、Xシステムらしいラインナップ中の1本。もちろんピント面のシャープネスが物足りないわけではなく、ピントのあった箇所とボケの対比は、このレンズ独自の世界を作り出している。浅岡さんの作品からもそれはわかるだろう。
そして、APDのないXF56mmF1.2 Rも、決してAPD付きの劣化版ではない。浅岡さんの言う通り、作品の表現意図によっては、こちらも有力な選択肢なのだ。
アポダイゼーションフィルターの「ある」「なし」によって両者のボケは異なるものの、それぞれのレンズには確かな表現の違いが存在しているということである。
制作協力:富士フイルム株式会社
モデル:井村美咲