イベントレポート

君はウルトラマイクロニッコールを知っているか

半導体産業を支える超高解像度レンズの世界

企画展の入口に鎮座する投影レンズ(半導体露光装置NSR-S306C用。2001年)。波長193nmのArFエキシマレーザーを扱い、解像度は1mmあたり5,000本。最大露光範囲は26×33mm。内部を窒素で満たし、純水を巡らせて温度を管理する。この500kgのステンレス製鏡筒は、約高さ3m、幅2.2m、奥行き4.5mの装置内で使用されていた。

東京・品川のニコンミュージアムでは、6月30日まで「世界最高解像度レンズの系譜 ウルトラマイクロ ニッコール」という企画展が開催されている。

もしこれまでウルトラマイクロニッコールについて問われても、筆者は「産業用のアレでしょ。うん」としか答えられなかっただろう。ニコンミュージアムから今回の企画展を見学・レポートしてほしいとの打診があったので、この機会に学んでしまおうという魂胆のもと、ニコンの半導体露光装置に30年間携わった経験を持つ同ミュージアムの岩田浩満氏に話を聞いた。

マイクロニッコールから始まった"超高解像度"の追求

ウルトラマイクロニッコールに繋がる超高解像度レンズの歴史は、1956年に発売されたニコンS用のマイクロニッコール5cm F3.5を原点とする。当初は本や図面を縮小撮影してマイクロフィルムを作るためのレンズとして開発された。

マイクロフィルムはコンピューター以前の時代に資料保管の省スペース化を行うために用いられていた技術で、他でもないニコンのマイクロニッコールが高解像度を目指した理由は、日本語で漢字を扱う必要があったから。漢字を扱うには、アルファベットに比べて数倍の解像度がレンズに求められる。

左の原稿を中央の点(マイクロドット)に縮小し、元のサイズに拡大(右)した様子。
1/250に縮小すると、まさに点でしかない。

1960年頃から、こうした超高解像度レンズはトランジスタやICといった半導体製造のために電機メーカーなどから求められるようになる。その半導体に焼き付ける電子回路の原板となるフォトマスクを製作するためのレンズとして登場したのが、ウルトラマイクロニッコールだ。1980年にニコンが半導体露光装置(ステッパーとも呼ばれる)を発売すると、その超高解像度レンズの技術はフォトマスクからシリコンウェハに電子回路を焼き付ける投影レンズに活かされる。

1952年に完成した最初の製品、ウルトラマイクロニッコール105mm F2.8。有効撮影範囲は直径24mm。e線(546nm)用で、解像度は1mmあたり400本。

原点となるマイクロニッコールの開発を最初に要望したのは、銀塩写真をプリントする時に引き伸ばし機と一緒に使う「小穴式ピントルーペ」や、月刊誌アサヒカメラの機材テストコーナー「ニューフェース診断室」の初代ドクターとしてお馴染みの小穴純氏。設計を担当したのは日本光学の名レンズ設計者として知られる脇本善司氏で、のちに超高解像度レンズの開発について紫綬褒章を受ける。

フォトマスク製作用のウルトラマイクロニッコール(1967〜1971年の製品)。

小穴氏はウルトラマイクロニッコールに1mmあたり1,000本の解像度を求め、最初の製品となったウルトラマイクロニッコール30mm F1.2では、有効撮影範囲直径3mmのうち直径2mmの範囲で「1mmあたり1,260本」を実現。1964年の国際会議で大きな反響を得たという。

ウルトラマイクロニッコール30mm F1.2(1964年)。これをきっかけにニコン社内で半導体関連装置の開発が始まり、現在の半導体露光装置に繋がる。

館内には、用途に応じて様々な仕様を持つレンズの実物が並ぶ。レンズ鏡筒のサイズも開口数や撮影範囲の違いにより様々で、詳細不明の試作品や、カメラレンズのようにNikon 1に装着した状態のものもある。

同じレンズでも微妙な仕様違いが見られる。例えばこの2本では、絞り羽根を動かす矢車の形状が異なる。
e線用のフィルター。

興味深いのはレンズの外観だ。ウルトラマイクロニッコールの時代はカメラ用のニッコールレンズと同じ塗装が施され、刻印文字や操作環のローレット形状も各年代のそれとよく似ている。しかし投影レンズとして装置内に組み込まれることが前提になると、使用時に外から鏡筒が見えないこともあって、より実用主義の見た目になっていく。

交換レンズ的な外観を持つ、ウルトラマイクロニッコール58mm F1.8試作。詳細不明だという。
"225mm F1.0"という、目を疑うような数値の記されたレンズ。撮影範囲は直径50mm。1:1露光システム用で、基準倍率を示す"1/1"の刻印がある。gはg線(436nm)用の意味。
商用機として初の国産機となったステッパー「NSR-1010G」にセットされた投影レンズ。露光範囲は10mm角で、のちのモデルで15mm角に拡張され生産性が高まったことでニコンのステッパーは人気を博す。装置内にセットされるため、外観も業務用らしくなった。
参考:ミュージアムの奥に常設されているステッパー。

半導体露光装置の高解像度は何のために?

半導体の材料となるシリコンウェハ(鏡面の丸い板)にはフォトレジストという感光剤が塗られ、引き伸ばし機で言うところのネガとなるフォトマスクの像を露光し、現像処理する。銀塩写真ではネガからプリントに拡大する(引き伸ばす)が、半導体は元々の像を縮小して電子回路を形成する。デジタルカメラのイメージセンサーやメモリーもこの銀塩写真のようなプロセスで露光→現像が行われているというのは、初めて聞くと面白い話ではないだろうか。

参考:デジタルカメラ用イメージセンサーのウェハ。

ステッパーがなぜそう呼ばれるかというと、1枚のシリコンウェハに対する露光を一定面積ごとに"ステップ&リピート"で細かく行っていくから。高速でシリコンウェハが動き、それぞれの場所に指定のパターンを焼き付ける。この位置合わせの精度も投影レンズの解像度と並んで大変重要だ。そのためステッパーを含む半導体露光装置は"史上最も精密な機械"と呼ばれているそうだ。

本稿でいうのは集積回路の総称としての「半導体」。心臓部のICチップに半導体露光装置で焼き付けられた微細な電子回路が形成されており、黒い樹脂で覆われる。

この投影レンズの解像度が高くなることで生まれるメリットは、焼き付けられる電子回路の線幅が小さくなり(集積度が上がり)、機器の性能向上やコスト低減に繋がること。ニコンがステッパーを開発した1980年頃に約1,000nmだった線幅は、現在では約10nmまで小さくなっている。

企画展の壁に描かれた1,000nm〜7nmのイメージ図。1,000nmを縦1m×横1mに拡大し、IC集積度の進化を感じられる。

1nmとは10億分の1mで、髪の毛が約10万nm、スギ花粉が約3万nm、インフルエンザウイルスが約100nm。PM2.5は2.5μm=2,500nmだから、なるほど花粉用マスクでは防げないはずだ。それより花粉症の時期には、半導体工場のクリーンルームに住みたくなる。

やがて空気の限界を超える解像度

投影レンズの解像度を上げるためには、まずレンズの開口数(レンズの口径。絞りFの逆数)を上げていき、そこで限界が訪れると、扱う波長を短波長側へシフトしていく。光は波長によって分解能が異なり、短波長ほど高くなるからだ。

解像度と波長や開口数の関係。

人間の目に見える「可視光線」は380~780nm(ナノメートル)の範囲で、ウルトラマイクロニッコールの開発当初はe線(546.1nm)を扱い、ステッパーはg線(436nm)から始まった。1990年頃には人間の目に見えない短波長を使うようになり、2005年からは空気中における解像度の限界を超えるためにレンズとシリコンウェハの間を純水で満たした「液浸」が使われるようになった。波長が短くなるほど使用できるガラス材料が限られるため、各波長に適した光学素材を開発してきたという。

年代と線幅の変遷。少しずつ短波長にシフトしていき、現在はダブルパターニング(1つの回路を密集度の低い2つのパターンに分け、分割露光する手法)も用いられる。
ダブルパターニングの原理。

興味深いのは、ウルトラマイクロニッコールは単波長を想定しているため、写真をシャープに撮影するためのレンズには欠かせない「色収差補正」を必要としないところ。基準倍率(基本となるピント位置)も決まっていて、レンズ銘板の赤文字がそれを示している。ちなみに色収差は一切気にしないというわけではなく、ピント合わせ時の使い勝手のために考慮はしているそうだ。

可視光線(380~780nm)の範囲を超える短波長が紫外線、長波長が赤外線。

さて、こうして半導体製造に欠かせないレンズの解像度の変遷を追ってきたわけだが、ニコンのステッパーが人気を博すようになったのは、露光範囲をそれまでの10mm角から15mm角に広げたことで処理能力(生産性)が高まったのがキッカケだったそうだ。前述の解像度と位置合わせ精度のほかに、時間あたりの生産性も半導体露光装置には大事なスペックである。どこか一点突破の性能だけでは成功しないところに、カメラとの共通も感じられるのではないか。

懐かしの電子機器が並ぶコーナーも

企画展コーナーの奥に並ぶのは、各時代の電子機器を代表する約40点。使われている半導体がウルトラマイクロニッコールやニコンの投影レンズで作られたとは限らないが、半導体が進化してきた歴史を身近に感じられるラインナップになっていると言えるだろう。

ちなみに、ニコンで初めて電子制御のシャッターを搭載したAE一眼レフカメラ「ニコマートEL」(1972年発売)のICは、ウルトラマイクロニッコールを使って作られたそうだ。

ソニーのトランジスタラジオ(1960年)から始まる。
松下電器のVHSビデオテープレコーダー(1978年)
NECのパーソナルコンピューターPC-8001(1979年)
任天堂のファミリーコンピュータ(1983年)など。
1980年代の顔ぶれ。
1990年代は携帯電話が小型化。
バンダイのたまごっち(1996年)
2000年代。ニンテンドーDS(2004年)など。

本誌:鈴木誠