ブランドが生まれる場所

ManfrottoとGitzoの三脚工場を見学してきた

北イタリアの生真面目さが支える、こだわりの品質

ヴァイテックグループのマンフロット(Manfrotto)およびジッツオ(Gitzo)の三脚を生産する、イタリア北東部ヴェネト州のフェルトレにある自社工場を訪れた。

マンフロットの本社は、同じイタリア北東部のバッサーノ・デル・グラッパに所在。ベネチアのマルコ・ポーロ空港から車で1時間半の距離で、高速道路も通っていない静かな街だ。名前から想像できる通り、蒸留酒グラッパの名産地としても知られる。工場があるフェルトレは、そこから北東に1時間ほど車を走らせたところに位置する。

バッサーノ・デル・グラッパのマンフロット本社。
マンフロットの社用車。ナナメに描かれたロゴマークが可愛い。

バッサーノは創業者リノ・マンフロット(2017年没)が撮影用スタンドの製造販売で事業を興した地であり、フェルトレの工場も1986年から建物を増やしつつ現在に至る。合計の面積は約3万平方mで、400名以上が働く。

いざ、マンフロット三脚の工場へ。

ここでの2016年における出荷品割合は、マンフロットの三脚が35%、マンフロットの雲台が30%、マンフロットの照明用機材が12%、ジッツオの三脚が8%、アベンジャーの照明用機材が7%、ジッツオの雲台が4%、マンフロットのアクセサリーやスペアパーツが3%……といった具合だ。

ちなみにマンフロット三脚のシェアはイタリア国内で約70%、欧州5か国で約50%だという。日本国内でも2018年1〜10月合計のBCN三脚・一脚金額シェアでヴァイテックグループは1位(23.1%)になっており、このまま同社初となる年間1位の獲得を目指しているそうだ。

マンフロット三脚の製造に初めて使った金型と、創業者リノ・マンフロット氏(左)、技術者ジルベルト・バットッキオ氏(右)の肖像。

フェルトレの工場はもともとマンフロットのスタンドや三脚(一脚や雲台も含む)を生産しており、21世紀に入ってからはジッツオの生産もフランスからこちらに移した。また2018年10月からは、2017年にマンフロットと同じVitecグループとなったJOBY製品の生産も初めて行われた。ビデオ用ゴリラポッドに載るビデオ雲台の部分がフェルトレ工場製だ。

ゴリラポッドの脚にフルード雲台を組み合わせた新製品「ゴリラポッド3Kビデオプロ」。雲台部分がイタリア製。

イタリアメイドでも競争力を持つための生産方式

昨今のカメラ業界では、中国メーカーの勢いを無視できない。三脚に限らず交換レンズなども同様だ。多くの三脚メーカーが工場を構える中国に比べてイタリアの人件費は高い。しかしマンフロットでは「イタリアデザインの良さを最大限に活かしたい」として、イタリア生産にこだわる。

そのため製品原価における人件費の割合がなるべく少なくなるよう、生産や物流の効率を高めている。同じ建屋内でも手作業とオートメーションが隣り合い、完成品を箱にまとめて移動するタイミングまでも意識して、徹底的に無駄を減らす。こうして、"人海戦術的"と言われる中国の物作りに張り合うわけだ。

マンフロットbefree三脚の組み立てエリア。作業者の移動やパーツの受け渡しも無駄なく構成されている。
仕上がり品の移動も、パレットに箱がいっぱいになってから行う。

工場担当者からは、「カンバン」「カイゼン」の言葉が紹介された。彼らはいわゆるトヨタ式と呼ばれる生産方式をベースにしたリーン生産方式(Lean productionと呼んでいた)で効率化を図りつつ、作業員ひとりひとりがカイゼン・メソッドで作業効率の改善検討と実施に取り組んでいた。例えばマンフロット三脚の190と055では、リーン生産方式の効率化によって組み立ての順番やパーツの置き場所に工夫を積み重ね、従来より組み立て時間を40%短縮できたという。

それでも複雑な作業が発生する場合は、設計者が「なぜ、こういう構造なのか」「なぜ、こう組み立てるのか」を直接説明することで、作業者の理解を得る。すると各自が納得して取り組めるようになり、完成品のクオリティも自ずと高まってくるのだそうだ。

スタッフの着るポロシャツには「KAIZEN」の文字。
工具の管理もシステマチック。
かんばん方式で「スーパーマーケット」と呼ばれる棚。ローラー付きの台によってパーツの出し入れが容易になり、3割ものコスト削減効果があるという。
これが各トレーに貼られるカンバン。
パーツ倉庫。
通い箱に、三脚をモチーフにしたマンフロットのロゴ。右上の真ん丸でないロゴは以前のもので、ライトスタンドをモチーフにしている。
新しいbefreeアドバンスやbefree GTでは、三脚のロックナットのような小さいパーツも内製に切り換えた。中国から買うよりメリットが上回ったそうだ。
カイゼンの取り組みが表彰されたチームには、ビールとピザが振る舞われる。

長寿製品には、昔ながらの組み立てを

前述のように、マンフロットbefreeアドバンス三脚など生産数の多い最新製品は、設計時から製造や組み立ての効率まで考えて開発されている。そのため、生産量に対して使用スペースも小さく、複数人が効率よく分担して生産できるようになっている。befreeなどの最新主力製品を組み立てるスペースは工場全体の3割だが、その面積で工場全体の9割の完成品が作られているそうだ。

いっぽう、同じヴァイテックグループの製品でも、アベンジャーの撮影用照明スタンドのような長寿製品では生産方式が異なる。コンシューマー製品に比べて生産数も少ないため流れ作業に適さず、生産効率の向上にもそこまで重きが置かれない。それでも、各作業工程の距離を近づけるなどのカイゼンは日々行っているという。同じ工場内にこれほど異なる物作りが共存しているのは興味深い。

アベンジャーで最大のスタンド「ロングジョン」(アベンジャー製品)の脚部分と並ぶ。全伸高570cm、耐荷重120kgのスペックを誇る。完成品の本体重量は100kg、価格は約120万円。
アベンジャーのパーツ。
置かれているパーツが全体的にデカい。
加工機も並んでいる。
置かれているタイヤも、実にヘビーデューティーな感じ。

量産前の入念な試作

試作と耐久テストを行う建屋。

製品開発は、企画、試作、ラボテスト、フィールドテストの順で進行する。これらは途中で何回か繰り返されることもある。製品として出来上がったときのイメージをつかむためや、機構がどのように動作するかを実物大で検討するために、試作にもさまざまなスタイルがある。

ナイトロテックN8フルードビデオ雲台(右)の機構試作(左)。基本的な動作を確認するための試作品。
デザインやサイズ感を見るための模型。小さいものでは3Dプリンターを使う。
パーツを透明にし、どのような形状にすれば使いやすいかを確かめるための模型。
樹脂製パーツを作るための型。

こうした試作検討を経て最終的なゴーサインが出ないと、量産用の高価な金型は作れない。また、同様に発売後のマイナーチェンジを行うのも大変なので、こうして事前に十分に試しておくことが大事になる。また、発売後にも更なる改良ポイントがないかの検討は続けられる。

耐久テストは、測定専門のスタッフが一定の基準で、試作品、量産試作品、量産初期の製品、発売後の自社製品、競合の他社製品をテストし、データを取る。温度や湿度の変化に対する耐性や、海を想定した強い塩水に浸けてサビの発生を見るなどの環境テストに加え、様々な検証が行われる。

例えば、三脚の脚をひたすら開いたり閉じたりする機械や、三脚の上にレーザー光線を出す機械を載せ、荷重を掛けた状態での三脚の揺れをチェックする。これらはミニ三脚でも同様に行われるそうだ。

耐久テストの後は、外から見えないヒビなどの構造も顕微鏡で細かくチェック。テストに使った個体は、後から検証できるように2年間は保管する。

また、ボール雲台の動作や、ビデオ用フルード雲台の滑らかさなど、必要とする耐久性にあわせてテストを設計するのも測定スタッフの仕事だ。

ハードウェアの製造現場

型に入れて作られた金属パーツが協力会社から届くと、まずは不要部分(バリ)を取るところから始める。こうした工程間の移動距離も短くなるよう設計されており、効率重視の徹底ぶりが伺える。

三脚の本体部分(スパイダーと呼んでいた)はマグネシウムのダイキャスト。
複数が繋がっているものを分割・バリ取りして整え、塗装する。

北イタリアには、自動車、スキー道具、カーボン製品、アウトドアウェアなどのパーツ開発を行っているサプライヤーが多い。彼ら協力会社はかんばん方式にも慣れているため、マンフロットの生産方式も理解が得やすいという。

バリ取りの作業中。
三脚の脚パイプを本体部に繋げるパーツ。
ビデオ雲台のカバー部分。
小型雲台。赤いバッジが貼られる内側にもマンフロットのロゴがある。

塗装工程は、危険な薬剤を使っていないとのことでマスクなしで見学。パウダーを吹き付け、加熱により定着する。塗装するパーツをどの向きでハンガーに取り付けるかも、作業効率を考えて決められている。基本的に塗装は自動で行い、塗りにくい部分を人の手に任せている。

塗装工程に移るところ。

三脚とスタンドの要、パイプができるまで

パイプも専門業者に求める仕様で発注し、届いたものをフェルトレ工場で切り分けて加工し、製品に組み込んでいく。

三脚用のパイプ。最初は数メートルの長さがある状態。
必要な長さに自動で切り分けていく。適切な長さか、センサーで確認する。
端部の形状を整える。
こちらはカーボンパイプ。
プリントが施された。
アルミ三脚の脚パイプに自由なデザインを転写できる。三脚=黒のイメージが変わって楽しい。

ジッツオ三脚の工程も見学

マンフロット三脚の製造が自動化に注力するところ、ジッツオ三脚の組み立てはいまだに手作業に頼る部分が多く、「アルティザン・ライン」と呼ばれているそうだ。

ジッツオ三脚の組み立て工程。

フェルトレ工場の作業者には、各自が担当できる製品を示す「三脚」や「雲台」といったバッジがあり、その中には「ジッツオ」というスキルが独立で存在している。すなわちジッツオ製品を担当できることは作業者のレベルの高さを示す誇りとなる。

ジッツオといえばフランスで始まったメーカーだが、この通り現在はマンフロットと同じ工場で生産されている。その辺りの変遷も当時を知る担当者に聞いてきたので、次回以降に詳しくお届けする。

北イタリアから世界へ

完成品がストックされる倉庫。ここから世界各国に出荷されていく。

イタリアの物作りには「感性」のイメージが強いと思う。しかしマンフロットが本社と工場を構える北イタリアは、工業都市としての誇りが高い。我々日本人がイタリアに期待するファッショナブルな感性も持ちつつ、工場見学で感じた物作りの姿勢は「生真面目」と言い表すほかにない。

北イタリアの代表都市にベネチアがある。水の都として有名な場所で、観光客が1人でカメラと三脚を担いで歩いていても平気なほど治安もよい。日の出を狙って暗いうちからアカデミア橋に向かうと既に三脚が並び、その中には筆者と同じマンフロットbefreeの三脚ケースを背負った人の姿もあった。

アカデミア橋は、誰もが足を留めて写真を撮る。初イタリアの筆者が「ベネチア」と聞いて思い浮かべていた景色。
早朝に再び訪れると、befree三脚ケースを持つ後ろ姿を発見!
サン・マルコ広場の日の出。ゴンドラが静かに並ぶ。
ゴンドリエ(ゴンドラの漕ぎ手)になるには国家資格があるそうだ。
レストランなどが並び、夜遅くまで活気のあるカナル・グランデ。

次回も、マンフロットとジッツオについて現地で聞いてきた話をお届けする。

本誌:鈴木誠