ブランドが生まれる場所

フランス生まれのイタリア育ち「Gitzo」カーボン三脚

コスト度外視で開発 卓上サイズの「ミニトラベラー」誕生

前回の工場見学レポートに続き、ヴァイテックグループの三脚ブランド「Gitzo」(ジッツオ)に関するインタビューをお届けする。

ジッツオは1917年にフランスで設立。当初はカメラやケーブルレリーズなどの周辺機器を手がけており、主力製品だった「GITZO」というシャッターユニットの商品名を1930年に社名とした。三脚製造は1950年代に開始。誰もが知る一流の三脚ブランドであり、カーボン三脚およびトラベラー三脚の元祖としても有名だ。

ヴァイテックグループに加わったのは1992年。現在はマンフロットと同じ北イタリアのバッサーノ・デル・グラッパに本社を構え、製造もマンフロットと同じく北イタリアのフェルトレで行う。ジッツオ製品が特に人気なのは日本、アメリカ、中国だそうで、この三か国だけで全体の8割が売れているという。

製造現場については前回記事で紹介したが、同じ工場の中でもマンフロット三脚が生産の自動化に注力するところ、ジッツオ三脚の組み立てはいまだに手作業に頼る部分が多い。

ジッツオの組み立てを担当できることは作業者にとっても誇りであり、誕生の地フランスを離れても、ジッツオが人々にとって格別の存在であることは変わらない。

ジッツオ製品の組み立てを担当できるのは、作業者の誇り。

ジッツオがイタリアに移るまで

1992年からマンフロットに在籍する担当者が、ジッツオの拠点がフランスからイタリアへ移るまでの詳しい変遷を語ってくれた。

研究開発部門のPaolo Speggiorinさん。当時のカタログを手に。

——ジッツオとマンフロットはどのように一緒になりましたか?

ジッツオがマンフロットと一緒になったのは1995年です。最初は「マンフロットの販売チャネルでジッツオを売りましょう」という話で、そこから5〜6年はパリで設計と生産を続けていました。この頃から、マンフロットが技術的な協力を始めていました。

マンフロットのチャネルで売るようになると、ジッツオの売り上げは上がりましたが、手工業だった生産ラインが追いつかなくなります。そこで、質を落とさず効率的に生産量を増やし、ジッツオが上手く回っていくようにすることを目指しました。そこでマンフロットの工場技術を活かしてジッツオ製品を作ることに決まり、現在マンフロット/ジッツオ製品を作っている北イタリアのフェルトレに生産拠点が移りました。

元々ジッツオのパーツもフランスの小さな街工場で生産していたものだったので、同じサプライヤーのまま生産量を増やすことはできませんでした。そのため、生産をイタリアに移す段階で、ゴムやコルクといったパーツもイタリアで生産できるように変更したのです。

ツイストロックのゴムパーツ。

こうしてマンフロットと一緒に生産をするところから始まり、2005年頃にはデザイナーにもフランスから来てもらうなどして、ここバッサーノ(マンフロット本社)で一緒にジッツオ製品を開発するようになりました。生産、開発、デザインという順番でイタリアに人が移り、パリの拠点がクローズしたのは2006年頃です。

当時は三脚をそれぞれが生産するとき、マンフロットとジッツオはそれぞれのチーム、それぞれのエリアに分けていました。同じ人が介入すると、製品が似通ってしまうと考えたからです。

イタリア本社に保管されている、マンフロットとジッツオの設計資料。
手書きで記されている。
アイデアスケッチも挟まっていた。
ジッツオのファイル。ロゴに年代を感じる。

——ジッツオとマンフロットのチームで行き来はありますか?

外観のデザイナーはそれぞれ分かれていますが、機構の設計者はプロジェクトごとにマンフロットとジッツオの両方を手がけます。

ただ、今ではマンフロットでもツイストロック(ナットロック式)の三脚を出していますが、それはジッツオと違うチームに作らせたりします。マンフロット製品はコストのことも考えていますから、違いを出すためです。結果として、より軽い操作で脚をロックできるのがジッツオらしさとなりました。ジッツオの軽い操作感ならツイストロック、マンフロットならレバーロック、というチョイスもあります。

ジッツオにはジッツオとして外せない項目などもあるので、同じ人が取り組んでも、コストの制限のあるなしで出来上がる製品は変わってきます。ジッツオにとってコストは問題ではありませんから、一番よいもの、一番使い勝手のよい解決方法をデザインチームが導き出します。

ジッツオがコスト度外視である見本。100台限定で販売された100周年モデルは、本体部分までカーボン製のカーボン三脚だった。もはやラグジュアリー製品だ。
元になるカーボンファイバー素材。

——2つのチームが一緒になって難しかったことはありますか?

最初、フランス側の人間には「マンフロットがジッツオのように高いレベルで製品を作れるはずがない」といったような考えもあったかもしれません。しかし、マンフロットの効率的な生産技術をジッツオに活かせば、その高いレベルの製品を世界中の人に届けられるわけです。

当初は人間関係を作るところが重要でした。FAXや電話でのやり取りも面倒でしたし、できるだけ同じ所に滞在してもらって直接会い、ディナーをしたり、人となりを知ってもらうようなことを大事にしました。イタリア側も、フランス側も、開発の人間は心を開くのに時間が掛かりがちですから、どうやってチームにしていくかを考えました。

最近はやっていませんが、ヴァイテックグループのジッツオ、マンフロット、ヴィンテン、ザハトラーといったブランドの開発者がみんなで集まって、「これをどうやって接着するか」といったような技術を共有しながら関係も作るような場を、年に2回のペースで設けていました。

——ジッツオ製品は、ひとつを開発するのにどれぐらいかかりますか?

商品企画が決まってから量産までは1年半ぐらい掛かります。その前に「どういう製品が欲しいか」という話し合いにも時間が掛かります。フルードジンバル雲台は、取り組むと決まってから2年ぐらい掛かりました。

ジッツオ製品はコストの制約を設けていないため、開発上の選択肢が幅広く、頻繁なモデルチェンジのことも考えていないので、ベストを決める話し合いにはそれだけ時間が掛かります。「納得できるものができたら発売する」という感じです。

高級卓上三脚「ミニトラベラー」が登場

「ミニトラベラー」はブラックが発売済みで、写真のノアール・デコール柄(クラシック)は2019年3月発売。定価はどちらも税別3万円。

マンフロットの「PIXI」が広げたと自負するミニ三脚市場に、ジッツオブランドが送り込む初のミニ三脚。それが「ミニトラベラー」だ。パイプはカーボン、本体とボールはアルミ削り出しという贅沢仕様に仕上がっている。耐荷重は3kgと発表されているが、雲台は交換可能で、脚部分だけの耐荷重は25kgという超絶スペック。

マンフロットの「PIXI」シリーズ。テーブル三脚の市場で定番化している。
ミニトラベラーは、PIXIのジッツオ版といった存在。価格はPIXIの10倍以上だが、モノとして強烈に魅力的。光に浮かぶカーボンパイプの模様がたまらない。
脚を引っ張ると開脚角度を変えられる。ノブが飛び出ない構造のボール雲台も珍しい。

ジッツオの工場内には、少数生産の製品だけを手がける専門部署「パイオニアリング・ラボ」があり、ミニトラベラーや「ソニーα用Lブラケット」はここで一つ一つ生産されている。削り出しは一度に一つしか作れず、精度に優れるが大量生産には不向き。コストに上限がないというジッツオならではの生産方法だろう。

ソニーα用のLブラケットを削り出しているところ。
削ったばかりの状態。

——ジッツオがカーボン三脚だけに絞った理由は何ですか?

アルミ三脚を終了したのは10年前です。カーボン三脚に移行する人が多く、アルミもラインナップには残していましたが、徐々に売れなくなりました。そこでブランドのポジショニングとして、ジッツオはカーボン三脚に専念して、手頃なアルミ三脚はマンフロットでカバーすることにしました。

かつてジッツオでは「バサルト」という玄武岩繊維を使った三脚も販売していました。アルミより軽く頑丈で、カーボンより廉価という位置づけでしたが、チューブの素材が手に入らなくなったこともあり、再びカーボン三脚のみとなっています。

素材が手に入らなくなったといえば、海水に浸けても大丈夫な「オーシャントラベラー」が生産を終了した理由もそうでした。ハードウェアに使うチタンパーツの供給がなくなってしまったのです。ハイエンドラインのシステマティック三脚よりも高価な製品でしたが、一部では人気がありました。

チタン製の本体。
チタンのペレット。

——カーボンの次の素材として、何か考えていますか?

マンフロットの規模が大きいとはいえ、それでも写真業界では新素材を開発できるほどの使用量とリソースがないので、難しいところです。

例えばジッツオは、使っているラバー素材もマンフロットとは異なる特注品でした。現在では有名バイクメーカーと同じ、火にも強いゴム素材をどちらも使っています。違いは、マンフロットのラバーには柄が入っていて、ジッツオは柄がなく吸い付くような柔らかさです。掴んだときの感触も違います。

——外観の特徴的な模様はどこから生まれたのですか?

ノアール・デコールという粉末塗装です。当時の家具などにも見られる模様で、ジッツオの拠点がパリにあった頃から続けています。アルミニウムの粉末と企業秘密の特別な配合の粉末をレジンに混ぜて、マグネシウム製の本体に吹き付けます。すると最初は黒いのですが、釜に入れて熱するとレジンとアルミが分かれて柄を作り出します。

これにはマグネシウムを熱する大きなオーブンが必要ですが、2012〜2013年から自社工場内で塗装できるようになりました。熱した後もレジンが残って、ペンキより厚いコーティング層になります。これがカバーの役割を果たすので錆びませんし、耐久性があります。

——長持ちするので古いモデルの中古品も人気ですが、今のモデルが違うところは?

最近の製品ほうがより軽く、耐久性が高まっていて、耐荷重も大きいです。使いやすさも向上しています。また現行製品の脚には、段ごとにカーボンの配合が異なるパイプを使っています。パイプの太さによって、強度を保つために適切なカーボンの配合が異なるからです。

——どれぐらい古い製品まで修理できますか?

マンフロットもそうですが、結構な数のパーツを残していますし、古いものでもオーバーホールは可能です。時には鋳物のパーツを作り直してほしいと言われることもありますが、それは鋳物を専門とする工場などを紹介することになります。

——ジッツオの製品開発における哲学は何ですか?

「ベリーベスト」です。そのために、コストに制約を設けていません。

製品開発では、外部のデザイナーに意見を聞くこともあります。機構設計は社内で100%設計していますが、技術的に可能なことから組み上げていくといつも同じスタイリングになってしまいます。そのため、中身をわかっていないデザイナーだからこその面白い提案にヒントを得たり、外部のデザイナーが提案した形の中に機構を収めるというアプローチを取ることもあります。

——ジッツオ三脚の構造的な特徴は何ですか? また、譲れないところは?

強度のために金属しか使わないところでしょうか。また、脚部分にはツイストロックしか使っていません。レバーロックといえばマンフロットですね。ツイストロックを初めて取り入れたのはジッツオなのでパテントにしたかったのですが、発売した後ではパテントが申請できないんです。

ジッツオとして譲れないポイントは、ノアール・デコールのアイデンティティを持つ「デザイン」、量産しても一つ一つがしっかり作られている「精巧さ」、最高品質で長持ちする「耐久性」の3つです。

本誌:鈴木誠