ブランドが生まれる場所

徹底したプロ仕様を貫く「Think Tank」カメラバッグ(前編)

バッグ作りで一番重要なパーツは?

CEO兼チーフデザイナーのDoug Murdochさん(左)、創業メンバーのフォトグラファーKurt Rogersさん(右)

黒一色で周囲に目立たず、まさにプロ仕様という佇まいのカメラバッグで知られる「シンクタンクフォト」(Think Tank Photo)。現在では「シンクタンク」(Think Tank)と短く名乗っている。その本拠地はアメリカ・カリフォルニア州北部のサンタローザ。サンフランシスコから車で1時間ほどの場所に、国内輸入代理店である銀一のスタッフと訪れた。

ここサンタローザの本社では19人が働く。シンクタンクのほかに、アウトドアユースを意識したカメラバッグブランド「マインドシフトギア」(MindShift Gear)も同じメンバーが手がけている(後日紹介予定)。9割のメンバーがカメラを所有して写真を撮っており、自分の撮影にシンクタンクやマインドシフトのバッグを持ち出すことで自社製品へのフィードバックも行われている。

本稿ではCEOのDoug Murdochさんをはじめとする創業メンバーに、シンクタンク設立の背景や彼らの考える“プロ仕様”の要点について聞いた。

プロが本当に求める、市場にないカメラバッグを作りたかった

——シンクタンクフォトを立ち上げたきっかけは何ですか?

Doug:うーん、自由を求めていたからですかね。バッグやバックパックを、自分が思うようにデザインできる自由が欲しかったんです。もう1人のデザイナーであるMike Sturmと、フォトグラファーのKurtとDeanneと協力しながらね。設立したのは2005年です。

CEOのDoug Murdochさん

——それ以前はロープロ(Lowepro。1967年創業のカメラバッグブランド)のデザイナーだったそうですが、自分の会社を設立して変わったところは?

Dougさんがロープロ時代に手がけたカメラバッグのひとつ。NOVAは現在まで続くロープロ製品の定番シリーズ。

Doug:1991年頃から2003年までロープロのデザイナーをしていました。シンクタンクを設立して自由にデザインできるようになって変わったことは、「よりプロのフォトグラファーに重きをおいた製品のデザインをするようになった」ということですね。

もちろんアマチュアのフォトグラファーもシンクタンクの製品を購入してくれますが、シンクタンクの芯になるところは、プロフォトグラファーのワークフローを考えて、それに耐えうるクオリティの高い製品のデザインと製造を行うということです。

Kurt:創立当初に最もフォーカスしたかったことは、やはり、プロフォトグラファーが実際の日々の撮影に使用できるだけでなく、本当に役に立つ製品を作ることでした。プロ用にデザインされた製品は、結果的にプロ以外の多くのユーザーをも魅了しますからね。

だから僕らはカメラバッグの市場において、本当の意味で誰も手を付けておらず、僕達が入り込める“穴”を見つけたようなものでした。加えて僕らは小さい会社ですし、自分達が思いついたアイディアをスピーディーに形にできました。

Kurt Rogersさん

シンクタンクの設立当初、僕はニュースフォトグラファーでした。僕の妻のDeanneもそうで、だから1個しかないカメラバッグをどちらが撮影に持っていくかでよく喧嘩をしたものです。こうしてバッグに対するニーズがあったからこそ、Dougが「カメラバッグの会社を作ろうよ!」と持ちかけてきた時に、みんなが賛成して集まりました。その誰もが、多くの移動を必要とするプロフォトグラファー用のバッグが存在しないという、当時の問題に気づいていたからね。

9/11のテロ以降、飛行機は小さくなっていったし、搭乗前の検査も厳しくなりました。昔はバッグが11個あってもチェックインできたけど、今は2個だけしかダメでしょう? これは僕らフォトグラファーの世界を完全に変えました。

そういった意味でも、シンクタンクはプロが信用できて移動にも最適なバッグを作ることでフォトグラファーの助けになりました。僕ら自身も、自分達がこうしてフォトグラファーが機材と一緒に旅をするのに役立つ製品を作っていることが嬉しかったです。

サンタローザのシンクタンク本社で働く皆さん。

僕の考えとして、もし街中をぶらぶら歩き回っている時は、レンズやバッテリーなどの小物を入れるバッグが必要だとしても、カメラを入れるバッグは必要じゃないと思っています。カメラは常にバッグから出しておいて、シャッターチャンスに備えておくべきだと考えているからです。例えば、すごいギタープレーヤー(Kurtさんはギターを弾く)とすれ違うかもしれないでしょう? そんなチャンスも、カメラがバッグの中に入っていたら取り出すのに時間がかかってしまう。僕はストリートシューターだから、そういった様々な瞬間を切り取るのが好きなんです。

でも、ユーザーが旅をしている時は別で、荷物をしっかり収納できるカメラバッグが必要です。どこかへ向かう移動中、飛行機の機内持ち込みや、万が一カメラ機材が貨物室に入れられてしまう時でも、信頼できるカメラバッグに荷物を入れているだけで、少しは安心できますよね?

そういった意味でシンクタンクは、僕らプロフォトグラファーが必要とするバッグのアイディアをデザイナーのDougとMikeがすぐ形にしてくれます。Mikeは素晴らしくて「こういったものが欲しい」と電話で説明すると、次に会いに行く頃にはそれを縫い上げて、僕が実物を見られるようにしてくれるんです。彼はミシン作業も得意だし、物の設計にも長けているので、どういった製品にしたいかを会話からすぐに理解してくれます。だからMikeはフォトグラファーではないけれど、カメラバッグの設計においてはピカイチなんです。

数々の受賞歴が飾られていた。

とにかく「ジッパー」が大事! 暗い色のパーツにも理由が

バッグの品質において大事なのは「高品質なジッパーを使うこと」と明言するDougさん。バッグはジッパーから壊れていくことが多いという経験から、シンクタンクでは高品質なYKKファスナーにこだわる。具体的には、YKKの中でも特別な「RC FUSE」というものを使っている。

シンクタンクのバッグデザインは、審美的にバッグが美しく仕上がるかとともに、その状態を長く保つことができるかを重要視している。つまり耐久性だ。摩耗、耐水性、落下試験も行う。ローリングケースであれば、十数時間もベルトコンベアーのようなもので走行試験を行い、傷み具合を研究する。

それと、なぜシンクタンクのバッグはジッパーやジッパープルが暗い色なのか尋ねてみたところ、これもバッグ同様に「目立たないようにするため」とのこと。シンクタンクのカメラバッグは、フォトグラファーの負担を減らすとともに「私はフォトグラファーで、たくさんの高価な機材を運んでいます」と見られないためのバッグでもある。

エアポート エッセンシャルズのジッパー部分。デザイナーは“アンティーク加工”と呼んでいたが、これによって音を立てたり傷がついたりもしにくくなるそうだ。控えめな中に込められた工夫が素晴らしい。

人気の製品は?

彼らが人気を得るきっかけとなったのは、スポーツフォトグラファー用に考案されたベルトパックとモジュラーベルトシステムだった。サッカーを撮影する際にショルダーバッグは厄介で、肩の負担を減らしつつ機材へのアクセス性を高めるソリューションとして考案された。そのベルトパックが2005年のスーパーボウルでオフィシャルバッグになったことが、トップのスポーツフォトグラファー達に認知されるようになったきっかけだという。

モジュラーベルトシステム。組み合わせる機材重量などに応じて、ベルトはクッション入り/クッションなしを選べる。
主なレンズサイズのほか、ストロボ用、小物用など、必要なものを組み合わせられる。
最近人気の150-600mmクラス用レンズケースも早速ラインナップされている。
ベルトシステムの使用イメージ。

ベルトシステムに続いて同社を象徴するのが、ローリングバッグの「エアポート・インターナショナル」シリーズ。現在最も人気が高く認知されている商品だという。実際に、オリンピックのような大規模スポーツイベントでは、集まるフォトグラファーの8〜9割がシンクタンクのローリングバッグを使っているという。

「エアポート インターナショナル V3.0」。機内持ち込みサイズを踏襲しながら改良が続く定番モデル。
ストロボのヘッド、ジェネレーター、スタンドなど一式を収納できる「プロダクション マネージャー 50」。シンクタンクで最大の製品。

シンクタンクの考えでは、「多くのフォトグラファーが、様々なシーンや現場に合わせて5〜10個程度のバッグを持っている」とのこと。それを踏まえた展開として、街ではレトロスペクティブのようなカジュアルバッグを使ったり、小さい飛行機に乗るときはエアポート系バックパックを使うようなイメージが広がる。

それまでのシンクタンクのイメージになかったナチュラルデザインに驚いた「レトロスペクティブ」シリーズ。今ではミラーレスカメラ用の小型モデルまで幅広く揃っている。
エアポート系バックパックの中でも小型な「エアポート エッセンシャルズ」。

製品へのフィードバックは、フォトグラファーからメールが届くこともあれば、展示会で得ることも多いという。アンバサダーを務めるプロフォトグラファーや、もちろん銀一のような代理店からもフィードバックがある。日本からのフィードバックは世界の中でも多いほうらしい。

内容は国よってそれぞれで、日本などのアジアでは公共交通機関で使いやすいサイズや機動性が重要視されるが、車社会のアメリカではバッグのコンパクトさはあまり求められないという。

「新しいものを作ってリードするほうが簡単」

プロフォトグラファー向けに重要なのは「リサーチの深層にある潜在的な問題点を探り当てること」だと語るCEOのDougさん。彼らは、自分達が第一線のブランドでいられる理由を「誰も考えたことのないものを作ることに長けているから」と認識している。

業界にはリードする側と追いかける側が存在するが、シンクタンクは前者で、彼らにとっては「新しいものを作ってリードするほうが、追いかけつづけるより簡単」なのだそうだ。

Kurt Rogersさん(左)、CEO兼リードデザイナーのDoug Murdochさん(右)

——今後の製品開発でフォーカスしたいところは何ですか?

Doug:ちょっと僕の社外秘メモを取り出そうか……そうだな、ユーザーの後ろをプカプカ浮いてついてくるような、ドローンバッグ、なんてどうだろう!

Kurt:で、例えば「70-200mmを!」って言えば、手元に持ってきてくれるんだ! ハハハ。

Doug:冗談は抜きにしても、本当にこんな感じでバッグを生み出しています。アイディアを出して、作ってみる。Mikeは早速“シンクタンクドローン”を作らないとね。

——これからはバッグ以外の製品も考えているということですか?

Kurt:というより、“プレミア品質のバッグを作る会社”として多くの競合ブランドとは違った考えでバッグを作っていると思うので、将来も僕らのそういったユニークな考え方が反映されたバッグを作っていくことになると思います。誰よりも早くアイディアを思いついて次のトレンドを予想できれば、それが実際に起きたときにすぐにマーケットへ製品を出せます。

ところで、“シンクタンクフォト”の「フォト」はどこへ?

——シンクタンクという名前はどのように決まりましたか?

Doug:根底にあったのは、オリジナリティのある名前にしたいということ。それと、僕らの会社のカルチャーを反映するものにしたかったんです。シンクタンクという言葉は英語で“特定の問題を集まって考える頭脳集団/人々”を指します。

そういった集まりは部屋の中で行われるので、それが「タンク」の部分です。つまりシンクタンクとは、言ってみれば“アイディアを生み出す人々の集団”と言えます。だから、ユーザー、フォトグラファー、デザイナーという様々な立場の人々が集まった僕らの会社のカルチャーを反映する、ピッタリな名前だと思いました。

——私達は「シンクタンクフォト」という名前に馴染みがありますが、最近は「シンクタンク」という表記もありますね。

以前はフォトグラフィーに特化した商品だけを作っていたので“シンクタンクフォト”というブランド名がピッタリでした。しかし今はイメージングの業界自体が変化しました。僕たちもフォトグラフィー用のバッグだけを作っているわけではなく、会社とブランドも十分に業界で認知されるようになったので、最近は「フォト」を除いてシンプルで覚えやすい“シンクタンク”とすることが多いです。

※後編に続きます

本誌:鈴木誠