ブランドが生まれる場所

徹底したプロ仕様を貫く「Think Tank」カメラバッグ(後編)

本当に必要な機能、好ましい素材を見極める難しさ

マーケティングマネージャーのTed Meisterさん(左)、プロダクトデザイナーのJoseph H. Hanssenさん(右)。

前編に引き続き、アメリカ・カリフォルニア州サンタローザに本社を構えるカメラバッグブランド「Think Tank」(シンクタンク)についてお届けする。今回はマーケティングマネージャーとプロダクトデザイナーに話を聞いた。

あらゆるシーンを想定し、最適な形で使えるように

——カメラバッグ作りの難しさはどこにありますか?

デザイナーJoseph H. Hanssenさん(以下Joe):ひとつに絞るのは難しいですが、プロジェクトが思ったように進まないことが一番の難しさですかね。本当に1日でも早くユーザーのもとに新製品を届けたいのに、素材が注文通りにできず製造を遅らせなければといけないときがあります。

デザイナーJoseph H. Hanssenさんの作業スペースにて。

ほかには、開発した機能や技術がちゃんと製品で活かされるかがわからないところ、機材のサイズや人々のファッションのトレンドを、遅れず追いかけ続けることが難しいですね。

時には、ユーザーからの要望で悩むこともあります。これは、この1人のユーザーが欲しいだけなのか、他のフォトグラファーも実は欲しいけれど僕たちに伝えていないのか、もしくは僕らが気づかなかっただけなのか、慎重に見極める必要があります。

——バッグのデザイン過程について教えて下さい。

Joe:カメラ機材の収納部分に関していうと、重要なのはユーザーと、彼らが何を持ち運びたいのかを理解することです。例えばバックパックの場合、何台のカメラボディとレンズ、フラッシュやアクセサリーを収納したいのか、そしてどうやってそれらのアイテムを最適な形で整理できるのか、カメラボディにレンズをつけたまま収納したい場合はどうすればいいのかを知らなければなりません。

また、最も安全な収納位置はどこなのか、特に飛行機で移動する際にどうすれば機材を保護できるかを考えます。僕らが作るバッグの多くは、収納したノートパソコンがバッグの底に届かないようになっています。

飛行機で移動する際は、航空会社が持ち込み可能なバッグのサイズを指定してくるので、全ての機材をバッグの中でどうやったらうまく整理できるかも考えなければいけません。

そして僕たちのバッグには、必要十分以上の数のディバイダーが付属しています。これは例えば、小さい単焦点レンズをたくさん持っている人にも、大きな機材だけを扱う人にも、ディバイダーを使ってそれぞれに最適な形で使ってもらえるようにするためです。

シンクタンクのローリングバッグの中身。

——バッグの素材はどうやって選びますか?

Joe: これだ! という素材に出会うためには、展示会や工場へ見に行ったり、サンプルブックを取り寄せたりしてリサーチします。例えばジッパープルなら、ブランドに合うと思うものを探してコレクションしておくこともあります。新しいバッグをデザインする時に、そのコレクションからバッグに合いそうなものを選んできて採用することもあります。また、バッグのデザインが先にあって、それに合うジッパープルを探すこともあります。

フラップのカラーバリエーション試作。
コードを留めるパーツだけで、こんなにある。
ストックしている様々なパーツを合わせてみて、マッチングを見る。
素材に囲まれる仕事場。

——製品開発には通常どれぐらいの時間がかかりますか?

Joe:いい質問ですね。製品のアイディアやコンセプトについて社内で話しはじめてから、実際の製品がユーザーの手に届くまでには、最短で約1年かな。

製品によっては1年半もしくは2年かかることもあります。これは開発や改善に時間をかけるからで、実際に使い心地や丈夫さなどテストをして良い結果が出た、値段に見合う本当に良いものだけをユーザーに届けたいからです。

バッグのデザインスケッチ。
デザインに欠かせないという道具たち。

そのため時にはプロフォトグラファーに実際にフィールドでテストをしてもらって、何か改善すべき点がないかを確かめるのに3か月を費やすこともあります。僕たちは、製品が未完成だと思った場合には、こういった改善に必要な時間を十分に取ります。だからデッドラインに間に合わなそうだったら、次回の製造ターム(3か月後)に延期します。これも、最高の製品だけをユーザーに届けたいからです。

——製品の耐久テストはどのように?

マーケティングマネージャーTed Meisterさん(以下Ted):例えばローリングバッグなら、バッグに実際のカメラ機材と同じくらいの重りをたくさん入れて、バッグを両方の車輪側から落下させてみたりします。意図的に力を加えて、バッグが故障するかどうかをテストするんです。こうしたテストでバッグが受けるダメージを調べれば、それにできる限り耐えられるバッグを設計できるというわけです。

マーケティングマネージャーのTed Meisterさん。シンクタンク/マインドシフトに使われるYKKジッパーの強さをアピール。

——製品のアップデートにはどのように取り組んでいますか?

Joe:各製品にはライフサイクルがあります。新しい製品は当初とても人気を集めますが、本当の製品のライフサイクルが続くかはそこから先で見えてきます。ある製品はあまり人気が続かず、別の商品は根強い人気を保ち続けたりします。だから社内では、同じまま続けていくか、V2にするか、それとも新製品にするかを、セールス、デザイン、マーケティングなどの全ての視点から検討します。

Ted:僕らは常に10〜20程度の新製品を一度に開発・製造しています。そのため四半期に一度、新製品をいくつか発表したとしても、まだまだその後の四半期ごとに発表予定の製品がたくさんあるので、この流れは常に途切れることがありません。

Joe:だから僕は、常に4〜6個ぐらいのプロジェクトを同時進行しています。

都会派カメラバッグ「レトロスペクティブ」に詰まったディテール

——シンクタンクの「レトロスペクティブ」は今や定番品ですが、明るくソフトな見た目で“シンクタンクっぽくない”という驚きが最初はありました。

Ted:「レトロスペクティブ」は、自分の人生や昔を振り返ってみようという意味です。僕たちみんなが若い頃に流行っていたカメラバッグに思いを馳せて、キャンバス地やソフトなルックスなどの特徴を反映しました。

街に溶け込むことをコンセプトとしたカメラバッグ「レトロスペクティブ」の初代モデル(2010年発売)。
2018年には、より軽く機能的にアップデートされたV2.0が登場。

Joe:僕がシンクタンクに入る前にレザーのレトロスペクティブがありましたが、これもユーザーのライフスタイルに合わせたいという思いからでした。キャンバス地は一定のユーザーに受け入れられますが、もっと他のルックスを求める人もいるでしょう。そこにレザーというオプションを提供できたので、カスタマーサービスの一種とも言えますね。

初代レトロスペクティブには、フラップにレザーを採用した限定モデルもあった。

Ted: あのレザーにたどり着くまでには、たくさんのトライ&エラーがありました。サンプルを見て色が暗すぎると思うこともあれば、シワっぽすぎることもありました。外国の工場とやりとりをしてサンプルを長いこと待ったり、あのレザーを実現するのは大変でした。

また、僕らが使う生地のほとんどはカスタムカラーなので、当初から目指していた正しい色の布を手に入れるまでにはとても時間がかかります。

Joe:ショルダーストラップの素材を選ぶ時にも、テクスチャー、手触り、バッグのパーソナリティーに合っているかを気にしました。あと、中にウェビングがあるのも、見た目的に面白いですよね? ユーザーが最も触れる部分はハンドルやショルダーストラップ、ジッパープルなので、バッグ全体を通して全て同じようなテクスチャーや手触りで統一したかったんです。

こうして全体に統一感を持たせるには苦労がある。

シンクタンク本社内を見学

受付のすぐ奥に、パーツストックの部屋がある。ここには各製品の中仕切り、ジッパープル、レインカバー、ローリングケースのホイールなどが並ぶ。簡単な修理をその場で行えるスペースもあった。日本での修理やパーツ手配の依頼は、輸入代理店の銀一に相談しよう。

パーツが整然と並ぶ。
カメラバッグのスペースを区切る中仕切り。
ジッパープルのコード。
パーツストックの一角にある修理スペース。
スナップボタンの補修など、簡単な修理はここで行う。
バッグの容積を測るためのプラスチックボール。アメリカの規格によって作られたもの、これがいくつ入るかで容積をカウントする。
各スタッフの部屋は、フロア中央のパブリックスペースに向かって配置されている。

ミラーレスカメラ、スマートフォン……バッグを取り巻く環境変化

——バッグのモデルチェンジはどのように行われますか?

Ted:新しい機能や技術を作ったときが多いです。他のバッグのデザインでとてもよい機能や技術を新たに見つけたら、古めのスタイルのバッグをアップデートできる状態ということですよね? 多くの場合、発売から5年ほど経過したカメラバッグには新しく追加できる何かがありますし、ユーザーからも「どこが良くなかったか」ということに関するフィードバックも集まります。

例えば、エアポートバッグの初期型にはノートパソコン用のパッド付スリーブがありませんでした。でも最近は、より多くの人がノートパソコンを携帯するので改善しなければなりません。加えて、最近はバッグの重さが大きな問題になるため、バッグ自体も軽くしました。これはとても大事なことでした。

自動車メーカーなどがマイナーアップデートをしても皆は気付かないかもしれませんが、ソフトウェアなどでは更新内容の長いリストがあったりしますよね? それと同じで、現行製品として順調に売れている長寿のバッグにも新しい命を吹き込んで、長く使っているインターナショナルローラーがくたびれてきたように感じているユーザーに「新しくて軽くて、前より進化したバージョンが出ましたよ!」 と知らせることで、「よし、せっかくだから新しいのを買ってみよう!」と、思ってもらうのです。

——カメラバッグ作りにおいて、世の中のトレンドを常に追うことは大事なのですね。

パーツコレクションを広げてもらった。
生地のサンプル。

Ted:カラーも変わるし、スタイルも変わります。例えばPeak Designは、本当に市場を混乱させました。あのメッセンジャーバッグで色々なことが変わって、今では皆が自分たちのメッセンジャーバッグを作ろうとしています。だから、トレンドから遅れをとらないようにしなければいけないんです。例えば、昔の携帯電話用に作られたポケットに今のスマートフォンは入らないでしょうから、そういう部分は変更しなければなりません。

Joe:本当に、トレンドを追いかけることに尽きます。ミラーレスカメラとノートパソコンは小さくなってきていますが、スマートフォンは大きくなってきています。というように、市場で何が起こっているかに対して常にアンテナを張っていないといけないんです。

※シンクタンクのアウトドア向けシリーズ「MindShift」編に続きます。

本誌:鈴木誠