特別企画

旧くて新しいチェキ「instax SQUARE SQ10」に寄せて

デジタルとの融合がもたらしたものとは

チェキの最大の魅力は、それがもっとも身近なフィルムであり、写真の持っている呪術的と言ってもよい魅力が感じられるところにある。それだけに、「instax SQUARE SQ10」が発表されたとき、その反応は賛否両論、真っ二つに分かれた。

だが、従来のチェキを愛する人たちからネガティブな声が多く挙がったのは、ある意味では想定内だった。それは、「瞬間の光を焼き付けて、この世に一枚だけの写真ができあがるところがチェキの楽しさにつながっている」と、多くの人たちが考えていたからだ。撮影ミスや露出の過不足があったとしても、不便ではなく楽しさの一部だと、彼らは主張する。

それがSQ10では、デジタルとのハイブリッドとなった。同じ写真を何枚でもプリントできる。内蔵メモリーやmicro SDカードに画像データを保存しておくこともできる。プリンター内蔵のコンデジと言えなくもない。

「こんなのはもうチェキじゃない」と言う人がいたとしても不思議はないのだ。

スマホ世代に適度なアナログ感

撮影する立場からすると、従来のチェキには限界があった。ひとつには解像力の問題があり、露出のコントロールもほとんどできない。フォーカスだって仕上がってみるまでは合っているかどうかもわからなかった。

それが味だと楽しめる人たちはいい。けれど、チェキも10周年を迎え、ユーザー層も変化してきたはずだ。フィルムを経験したことがなく、愛機はスマホ、という人だっていると思う。スクエアのフォーマットを見て、ローライやハッセルブラッドより、まずインスタグラムを思い出す世代だ。

そういった人たちにとって、ちょうどいいアナログ感がSQ10にはある。プリント出力のときのアニメーションを見て、それを実感した。

チェキのデジタル化がもたらした恩恵は、主に次の3つと考えてよい。

まずは多彩な(10種類)エフェクト効果を撮影後にかけられること。「Cornelius」、「Luna」、「Roppongi」など、名前に遊び心があるのも良い。ビネット(周辺光量調整)と露出補正も使えるので、表現の幅はかなり広がる。

次に撮影データを保存しておいて、必要な写真だけをプリントできること。これによって同じ写真を複数枚プリントできるようになった。もちろんAutoモードにしておけば、撮影ごとに自動でプリントアウトする挙動も選べる。撮影データではなく、同じ写真をプリントという形でシェアできる。

もうひとつ忘れてはいけないのが、飛躍的に画質が向上した点だ。撮影した画像はJPEGデータと出力パラメータが書き込まれたExcelファイルとのセットになっており、そのJPEGデータは1,920×1,920ピクセルの解像度を持つ。

トーンや色合いも自然だ。最近のスマホ内蔵カメラの性能から考えれば驚くほどのことではないが、かつてアンディ・ウォーホルがポラロイドを元に作品を作っていたように、SQ10をよりクリエイティブに活用することも可能だと思う。

旧くて新しい、ハーフなデジタル

SQ10との素敵な関わり方についての提案として、「旅スナップ」と「ポートレート」、2つのケースを短編小説にしてみた。

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旅スナップ編〜潮風を浴びた写真たち

陽はずいぶんと傾いていた。このままなら空が赤く染まるかもしれないが、とくに興味はなかった。

指を折りながら、何度めだろうと数えてみる。両手の指では足りない。もっとも多く訪れた外国がハワイだ。しかもほとんどがオアフで、ワイキキに宿を取る。その魅力を言葉にするのは難しい。早起きしたときの匂い、肌を包むような風、穏やかに流れる時間。ぼくはそれを写真に撮れるはずだった。

最初はライカ、ローライやハッセルも試してみた。デジタルになってからは、いつも最新の機種を持ってくる。それなりの写真は撮ってきた。仕事で使ってもらうことも多い。でも「ぼくがどうしてハワイに魅せられているのか」を残せていない気がしていた。

この旅で撮った写真をモニターで見ながら、そこでプリントアウトしてみることを思いついた。スクエアの画面が、ハワイの風のなかで色濃くなっていく。テーブルに並べ、ふたたびそれを重ねると、わずかに砂の感触がした。

この写真にはハワイが残っている、と僕は思う。夕日を撮ろうとスマホを構える人たちの脇を抜け、バス停へと向かった。

ポートレート編〜12秒後に微笑んだ彼女

いったんは止んでいた風が、草木をざわめかせたのを感じて、彼女を促した。「あそこに立って、振り返るように」と伝えると、声に出さずに頷いて彼女が歩いていった。

肩に光が当たっているのを感じて、と僕は言う。半歩ほど横に動いて理想のところに立った。次の風が吹いたとき、すべての撮影が終了した。

カメラをバッグにしまっていると、彼女が言った。「書くものはある?」

「マジックなら」と僕は言う。「でも紙はないよ」

「どうしてマジックだけ持ってるの? サインを求められたときのため?」

「そんなわけないじゃないか。フィルムに印をつけたり、便利なんだ。習慣だよ」

いつもそうするように彼女は眉を上げ、それに連動しているように口元が緩んだ。マジックを受け取って「さっきの写真を貸して」と言った。

チェキの余白が埋まっていくと、彼女の字を見るのは初めてだったことに気づいた。

パタパタと写真を振るのを見て、「さっきも言ったけれど、そうしたからって早く出るわけじゃないんだ。あれ迷信だよ」と僕が言うと、今度ははっきりとわかる笑みを浮かべた。

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チェキは、同社のXシリーズよりもターゲットを明確にしたラインナップとなっている。これまでカメラファンや男性には「instax mini 90」というモデルが"ネオクラシック"というコンセプトでアピールしていた。筆者も愛用している。軽快で気軽な楽しみがあり、パーティーなどでは大活躍だが、自由度が低く、意図を持った撮影には不向きだった。

その点、SQ10ならシーンを選ばない。本体の質感のおかげもあって、スーツにもデニムにも違和感なく馴染む。SQ10が採ったこうした方向性は、スマートフォンに淘汰されたコンデジの最終型なのかもしれない。

内田ユキオ

1966年新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経て独学で写真を学びフリーに。ライカによるモノクロのスナップから始まり、音楽や文学、映画などからの影響を強く受け、人と街の写真を撮り続けている。 執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞などにも寄稿。著書「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。

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