My Favorite Leica

LEICA M10-P(安達ロベルト)

その人、その土地へのリスペクトが生まれるカメラ

9月末から10月初旬にかけてタイに撮影に行った。思えば、最初にライカを持って行った海外もタイとラオスで、そのときはライカM6、ズミルックス35mm、白黒フィルムの組み合わせだった。タイは大好きで、それ以前にも何度も行っていたにもかかわらず、ライカのファインダーを通して見ると、全てが違って見えた。

出発にあたり、そのときに似た新鮮なワクワク感を今得られる道具は何だろうと考えた。選んだのは、ライカM10-PとAPO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.。現行のライカのラインナップのなかで、私が考えうる最高のボディ&レンズのコンビネーションだ。

現代的な都市へと成長したバンコクと、変わらないバンコク。そこに私なりの「美」を見出し、ライカM10-Pの光学ファインダーでフレーミングしたいと思った。加えて、APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.は絞り開放の描写がとりわけ豊潤だ。積極的にF2で撮りたく、行きの飛行機のなかで繰り返しそれをイメージした。

また、今回は多くの人に声をかけ、ポートレートを撮らせてもらうことも決めていた。その成果の一部は後半に。

空港からバスと地下鉄を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅から外に出ると、スコールが降り始めた。あらかじめ目測でピント位置を定めておいて、さっと撮影。南国の大粒の雨が、高速シャッターでくっきりと見える。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/1000秒
雨宿りに走るバンコクの僧侶たち。最新のカメラとレンズの組み合わせとは思えないしっとりとした描写に、雨期のバンコクをこのセットで撮るのも悪くないと思った。アポ・ズミクロンの被写界深度は浅い。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/750秒

ライカM10-Pの光学ファインダーとライブビュー撮影は、場面に応じて使い分けた。軽快にスナップ撮影したいときはレンジファインダー、じっくり構図や露出を決めたいときはライブビュー。とくに、被写体と正対するとき(光学ファインダーでは建築物等とぴったり90度に対峙するのがむずかしい)、コントラストが強い場面などでは、ライブビューを使った。

対して、一瞬の表情などを捉えたい場面では光学ファインダーで撮った。APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.の絞り開放は、F2とは思えないほど被写界深度が浅い印象なので、レンジファインダーではピント合わせがシビアな場面も多い。しかし、長年信頼して使ってきたライカの光学ファインダーで撮ることは、私にとって特別な意味を持つ。大切な場面ほど光学ファインダーを使った。私の場合、ライブビューよりも素早く撮れるというのもある。

先代のライカM(Typ240)シリーズと比較して、ライカM10シリーズは旅先での電池持ちを心配する声もあるが、毎回しっかり充電してから出かけたので、ライブビューを使いながらも、予備バッテリーが必要な場面はゼロだった。

ホテルに隣接するカフェ。この10年でカフェが驚くほど増えたが、現代的な内装にも、伝統的なタイの写真デコレーションがあると、どこかほっとする。かつてライカM6にコダクロームを詰めて撮ったときのトーンを思い出す。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/125秒
病院の白衣を手に、風に髪をなびかせ、遠くを見つめる女性。日没前後のエクスプレスボートには、仕事帰りの人が多く乗り込む。カメラを構える前に目測でおよそのピントを合わせておき、短時間でフォーカス&レリーズ。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 320 F2 1/60秒
チャオプラヤ川のボート駅で家族の迎えを待つ人。カメラがなければ決して近づくことさえなかった、見知らぬ人生の断片に触れる瞬間。このカメラなら、興味本位でなく、一人ひとりの人生に敬意を持って接することができる。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 2000 F2 1/60秒
市内に点在する市場にはそれぞれ個性があって、ここでは野菜を扱っている。野菜も人も「むき出し」で、東京の整然としたようすに慣れた目には新鮮だ。ライカM10-Pを手にする撮影者の姿は、相手にとって取材にも観光にも見えるだろう。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/250秒

ライカM10-Pのシャッターを切った感覚は本当に気持ちがいい。歴代のMシリーズのなかで最も静かというだけでなく、押したときにわずかに伝わるテンションに、質のよさがある。

シャッターの感触などを口にすると、オタクっぽいとバカにされるかもしれない。しかし、たとえばよく研がれた包丁のように、長時間使っていて気持ちのいい道具というのは、そこから生み出される結果に対してもプラスに働くはずだ。

バンコクから乗り合いミニバンで古都アユタヤへ。遺跡写真は似たようになりがちなので、昨年訪れたアンコールワットから、もっと違う撮り方はできないか、私的研究が続いている。今回はアポ・ズミクロンのボケを使った。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/4000秒
アユタヤの夜明け前。ポジフィルムからの習慣で、私はデジタルのM型ライカでもホワイトバランスを「晴天」に固定する。すると、たとえば朝の澄んだ空気が、そのときの印象に近い深い青で記録される。鳥たちの声を録音しながら撮影。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 3200 F2 1/30秒
アユタヤでは10年前と同じホテルに泊まった。当時はオープンしたばかりで、タイの伝統的な雰囲気と豊かな自然があり、気に入っていた。馴染みのスタッフは変わらずフレンドリーで、再訪のお礼にと割引きしてくれた。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 3200 F2 1/45秒

人に声をかけて写真を撮らせてもらうときも、ライカだと特別な安心感がある。

「こんにちは。写真撮らせてもらえますか?」とタイ語で話しかけると、ほぼ100%オッケーをもらえた。しかも、笑顔を向けてくれたり、ポーズを取ってくれたりと、撮っているこちらが逆にポジティヴなエネルギーをもらった。

ライカM10-Pは、重厚ながらも相手を威嚇することのない、品のあるカメラだ。撮る側が信頼できるカメラであることはもちろん、撮られる側にも信頼してもらえるカメラだと思う。

ボート駅の場所を間違えて迷い込んだバーに、チャオプラヤに沈む夕日を一眼レフで撮影する女性がいた。目が合ったのでタイ語で話しかけて撮影させてもらった。本人に見せると、"うまく言えないけど、ライカは何かが違う"と言った。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 200 F2 1/180秒
バンコク最後の日。夕日が沈む直前に、橋の上で動画撮影をしている学生グループがいた。映画撮影?私も撮らせてもらっていい?と訊くと、どうぞどうぞという感じでにわか撮影会がスタート。昔も今も、ライカは人をつなぐ。
LEICA M10-P APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH. ISO 1000 F2 1/60秒

このカメラを手にして撮影していると、その人、その土地への敬意が自然と心に生まれる。スナップをしていても、覗き見、盗み撮りでなく、去り行く姿のあはれを撮らせてもらっているんだという気持ちになる。

スマートフォンのカメラと単体カメラを比較して、よりチャンスを逃さないとか、きれいに撮れるとか、機能の優劣でカメラを選ぶ時代は終わったと思う。これからは、使うとワクワクするとか、人とつながることができるとか、そういう「体験」にフォーカスした理由でカメラを買う人が増えるだろう。その意味でも、ライカM10-Pは特別なカメラだ。

協力:ライカカメラジャパン株式会社

安達ロベルト

(Robert Adachi)上智大学国際関係法学科卒業。アナログ白黒作品を写真制作の核に据え、国内外で写真展を多数開催し評価される。エディトリアル、ポートレート等の分野でも活躍。主な出版に写真集「Clarity and Precipitation」(arD)がある。ファインアートの分野で国内外での受賞多数。作曲家としてのキャリアも長く、絵画、舞台演出も手がけ、メディアの枠を超えた活動が注目されている。