交換レンズレビュー

XF56mmF1.2 R WR

35mm判換算で85mm相当。大口径レンズをポートレートで試す

2022年9月に発売された富士フイルムの「XF56mmF1.2 R WR」は、同社のAPS-Cサイズミラーレスカメラ「Xシステム」の交換レンズになります。35mm判換算の焦点距離は85mm相当ですので、ポートレート撮影でよく使われる大口径中望遠レンズということになります。

本レンズは従来モデル「XF56mmF1.2 R」の後継モデルにあたり、名称に「WR」がついたことからも分かる通り、防塵防滴構造が新たに採用されました。しかし、ただ防塵防滴になっただけではありません。外観デザインも光学性能も大きく進化した、まったく別物の最新レンズになっています。今回は新旧の比較をしながら、本レンズの性能を見ていきたいと思います。

外観上の進化点

左が新しく発売した「XF56mmF1.2 R WR」、右が従来モデルの「XF56mmF1.2 R」になります。焦点距離や開放F値こそ同じですが、サイズ感もデザインも異なる、まったく別のレンズであることがこれだけでも分かります。

本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の最大径×長さ・質量は、79.4×76mm・約445gで、従来モデルの「XF56mmF1.2 R」が73.2×69.7mm・約405gですので、少なからず大きく重くなっているのは数値上からも明らかです。

左が本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」、右が従来モデルの「XF56mmF1.2 R」

本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」のレンズ構成は、1枚のEDレンズと2枚の非球面レンズを含む8群13枚であるのに対し、従来モデルの「XF56mmF1.2 R」は、2枚のEDレンズと1枚の非球面レンズを含む8群11枚となっています。EDレンズと非球面レンズの枚数が入れ替わっているのも気になりますが、それより構成枚数が増えていることから、やっぱり両者はまったく異なるレンズであることが分かります。大きく重くなったのもそのせいでしょう。これで画質が向上するのであれば文句はありません。

左が従来モデル「XF56mmF1.2 R」、右が本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」

開放F値は当たり前ですけど大口径のF1.2。フルサイズに比べると被写界深度の深いAPS-Cサイズ機ですので、F1.4よりも明るいのは嬉しいですね。絞り値指標の付いた本格的なタイプの絞りリングです。

そして、この絞りリング、前モデルより操作感触が向上しているように感じました。前モデルはやや軽すぎて目的の絞り値より回しすぎてしまうこともありましたが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」は、クリック感が適度によろしく、違和感なく目的の絞り値に設定することができました。もっとも、前モデルは発売から時を経て経年劣化が起こっている可能性がありますので、そこらへんは考慮する必要があるとも思います。

その絞りリングには、新たにロック機構が搭載されました。ロック機構がありますので、「A(絞りオート)」位置にセットしている状態から、不用意に他の絞り値に動いてしまうミスを防ぐことができます。さらに、「F16」から「A」にする場合も、ロック機構を解除する必要がありますので、他の絞り値から「A」になってしまうこともないという優れものです。ロック機構のある富士フイルムの他レンズでも、他の絞り値から「A」の間でロック機構が働かない(知らない間に「A」になってしまう)ものがいくつかあります。

フィルター径は67mm。従来モデルの「XF56mmF1.2 R」は62mmでしたので、大きくなってしまいました。前モデルに合わせてフィルターを揃えていた人は高額なフィルターを新たに揃えなおす必要がありますけど、高画質なレンズというものはそもそもフィルター径が大きいものですので、ここは致し方ないといったところです。

専用のレンズフードが付属します。樹脂製の一般的な形状のものですが、ズームレンズに付属のものより深く遮光効果は高いので、本レンズ使用の際にはぜひ装着したいです。樹脂製であるため、思いがけず何かにぶつけてしまったときのダメージも、少しは吸収してくれそうな気がします。

素晴らしく向上した絞り開放での解像性能

描写性能を見てみたい!ということで、まずは大口径レンズたる本レンズの開放F値(F1.2)での解像感を確認してみたいと思います。

まずは本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」で撮影した画像です。絞りF1.2であるにもかかわらず、画像の中心付近(モデルの顔など)や周辺部分を確認しても、完璧にスッキリとした高い解像感を見てとることができました。薄い被写界深度から外れたボケ味の良さも問題ありません。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/3,500秒)/ISO 125/WB:オート

それでは従来モデル「XF56mmF1.2 R」はどうかというと、「XF56mmF1.2 R WR」と比べてしまえば明らかに解像感が甘いです。甘いだけなら軟調の描写として受け入れられたかもしれませんが、輝度差の大きい部分において、モデルにはマゼンタの色滲みが、樹木の枝葉ではグリーンの色滲みが顕著で、これも解像感に対してよろしくない影響をだしてしまっています。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R/56mm/(F1.2、1/3,200秒)/ISO 125/WB:オート

従来モデル「XF56mmF1.2 R」の色滲みについては、半段程度絞ったF1.4にするだけで大きく改善され、F4まで絞ると完全に問題がなくなることから、軸上色収差の影響とみて間違いがないと思います。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R/56mm/(F1.4、1/3,000秒)/ISO 125/WB:オート

開放F値での解像感を確認した時点で、いきなり両レンズの描写性能に対する大きな違いを確認する結果となりました。つまり、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」は、従来モデル「XF56mmF1.2 R」のウィークポイントだった絞り開放での描写性能を大きく改善したレンズということになります。主にポートレートで使用頻度の多い大口径中望遠レンズの絞り開放で、球面収差に由来する軟調の描写はまだ許容できますが、色収差に由来する滲みやズレは、気づいてしまうと見過ごせないものがあります。

さらに美しくなった大口径レンズならではのボケ味

大口径中望遠レンズといえば、大きな背景ボケが魅力のひとつです。新旧レンズでボケ味に違いがあるのかも見てみたいと思います。

というわけで、背景を意識しつつ、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の絞り開放F1.2で撮影したのが下の画像。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/4,000秒)/ISO 125/WB:オート

同じ条件で、従来モデル「XF56mmF1.2 R」の絞り開放F1.2で撮影したのが下の画像になります。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R/56mm/(F1.2、1/4,700秒)/ISO 125/WB:オート

どちらの画像も、大口径レンズらしく背景が大きくボケているため、ぱっと見はそれほど違いを感じることがありません。しかし、よく見てみると本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の方が柔らかく自然なボケ味をしていて、従来モデルの「XF56mmF1.2 R」は被写体の重なり部分にわずかな違和感があるため、比べるとやや硬めな印象を受けます。

シーンを変えて見てみたいと思います。本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の絞り開放F1.2で撮影した画像です。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/220秒)/ISO 125/WB:オート

同条件で、従来モデル「XF56mmF1.2 R」の絞り開放F1.2で撮影した画像です。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R/56mm/(F1.2、1/250秒)/ISO 125/WB:オート

こちらのシーンでも、やはり本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の方が従来モデル「XF56mmF1.2 R」より柔らかく自然なボケ味となっています。背景は枯れたヨシの群落ですが、そうした2線ボケになりがちな難しい条件でも、美しいボケ味を示す本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の描写性能には、明らかな進化向上を実感することができました。

ただし、従来モデル「XF56mmF1.2 R」のボケ味が悪いというわけではありません。本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」に比べると若干の硬さを感じるものの、大口径中望遠レンズのボケ味としては十分に綺麗なボケ味です。「XF56mmF1.2 R WR」のボケ味が非常に素晴らしいというだけですので誤解のないようにお願いします。

「あともう一歩!」を実現してくれる最短撮影距離

大口径中望遠レンズといえば、寄れないのが当たり前でした。寄れないのは残念だけどこれもすべては画質のため、と諦めていたのですが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の最短撮影距離は0.5mとなっています。従来モデルの「XF56mmF1.2 R」の最短撮影距離は0.7mでしたので、これは大幅な短縮といって良いでしょう。

本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の最短撮影距離付近で撮影した画像がこちらです。最大撮影倍率は0.14倍(35mm判換算で0.21倍相当)ですので、とりたててマクロというわけではありませんが、ポートレート撮影でここまで顔や瞳をアップで写せれば表現の幅は大きく広がります。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.6、1/400秒)/ISO 125/WB:オート

対して、従来モデル「XF56mmF1.2 R」の最短撮影距離付近で撮影した画像がこちら。最大撮影倍率は0.09倍(35mm判換算で0.135倍相当)と、比べてしまえば寄れなさに不満を覚えてしまうところです。人物の顔や手に迫りたいことは意外に多いので、「あと一歩!」の欲求が満たされないことが時にありそう。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R/56mm/(F1.6、1/550秒)/ISO 125/WB:オート

本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の素敵なところは、近接撮影能力を向上させながら、寄って撮っても描写性能が低下することがないところだと思います。遠距離でも、中距離でも、最短撮影距離でも、「XF56mmF1.2 R WR」の絞り開放からの優れた解像性能を味わえますし、被写体との距離が近づいた分だけ背景のボケは大きくなることから、優れたボケ味についてもこ幅広い表現で楽しむことができます。

その他、作例を交えながら

ウットリするほど素晴らしくなった絞り開放からの解像性能と綺麗なボケ味、が本レンズの魅力ですが、それだけではありません。AF性能が良くなりました。同じボディ「X-H2」で同一のシーンを撮っていても、従来モデル「XF56mmF1.2 R」だと瞳に合わせきれないことがありましたが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」では問題なくスムーズに瞳に合焦してくれました。名称に「LM」がないことから、リニアモーターは採用していないようですが、実用上問題のない現代的なAF性能をもったレンズです。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/1,250秒)/ISO 125/WB:オート

大口径中望遠レンズというと、ポートレート撮影に意識がいきがちですが、ボケ味を活かした小物の撮影などにも大いに活躍してくれます。高輝度で花を撮影すると、従来モデル「XF56mmF1.2 R」だとマゼンタやグリーンのフリンジが発生することも間々ありましたが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」だと、そのような心配はなく安心して綺麗な接写を楽しめます。そう考えると、最短撮影距離が短縮したのは強い武器となりますね。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F2.8、1/3,000秒)/ISO 400/WB:オート

F1.2の開放絞りばかりに注目してしまいがちですが、F5.6やF8などに絞り込んだ時の画質は、もちろん最上級といっていいほど素晴らしいものがあります。解像感は最高レベルに達し、絞り開放付近で極わずかにみられた諸収差は完璧といっていいほどなくなります。タイルと組み合わせてモデルを撮影しましたが、歪曲収差もまったく感じることがなく、非常に端正な写真を撮ることができました。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F5.6、1/350秒)/ISO 125/WB:オート

レンズの明るさを活かした室内での撮影も案外得意だったりします。ほどよく距離を保ちながら、無理にISO感度を上げず適切なシャッター速度で撮影できるため、被写体を丁寧に美しく撮影できます。大きく綺麗なボケ味を活かして、愛猫を素直に写し撮るなど、ペット撮影にも便利です。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/200秒)/ISO 400/WB:オート

前ボケと後ボケの両方が絡むように作画してみました。後ボケが綺麗なレンズの場合、たいてい前ボケはあまり綺麗でないものですが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」は、後ボケだけでなく前ボケも嫌味になることなく綺麗なので驚きです。従来モデル「XF56mmF1.2 R」がお手頃価格で買えるので狙い目かと思いきや、新レンズの実力を目の当たりにすると、考え直させられるものがあります。

FUJIFILM X-H2/XF56mmF1.2 R WR/56mm/(F1.2、1/1,900秒)/ISO 125/WB:オート

まとめ

正直なところ、今回撮り比べをするまで「新レンズは解像性能上がったけど、ポートレートでは開放での柔らかい描写が魅力。だから旧レンズも捨てがたいものがある」程度の結末を考えていました。本文中でも触れましたが、旧レンズは中古で格安に手に入れられるのが魅力です。

しかし実際に実写をしてみると、その考えはあっさりと覆されてしまいました。本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」は、絞り開放F1.2から合焦面の解像感が素晴らしく高く、なおかつボケ味も従来モデル「XF56mmF1.2 R」より向上しています。美しい大ボケのなかに浮かぶ、鮮やかなピント面の有り様には本当に心躍らされるものがありました。

高輝度な条件で接写をした場合などに目立っていた軸上色収差によるフリンジも、本レンズでは目立たなくなったこともあり、ポートレートだけでなく、スナップやネイチャーなどにも活躍の場が広がったことと思います。性能の良いレンズは、使い方を限定せず、ありとあらゆるものの撮影に挑みたくなりますね。

サイズと重さ、そして価格が高くなってしまったのが、ネックといえばネックですが、本レンズ「XF56mmF1.2 R WR」の実力を体感してしまうと、それも納得するしかなくなってしまいます。それでもフルサイズ用の交換レンズに比べれば、かなり割安であるところがXシリーズ用交換レンズの長所といえるでしょう。

モデル:ユキ


曽根原昇

(そねはら のぼる)信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌等で執筆もしている。写真展に「イスタンブルの壁のなか」(オリンパスギャラリー)など。