ライカレンズの美学

ライカSLの「EyeResファインダー」に注目

MFが楽しい超絶EVF M/Rレンズを手厚くフォロー

ライカレンズの魅力を探る本連載。今回は番外編としてライカSLのファインダーの素晴らしさと実用性の高さについて解説していこう。

書き出しからいきなり個人的なことで恐縮だが、筆者はいまライカSLにかなり夢中である。ライカSLを手に入れた経緯などは以前の本誌記事で書いたとおりだが、とにかく使っていて楽しいし、カメラとしてよくできている。本当に手に入れて良かったと思っている。

いまさら説明するまでもなく、ライカSLはライカカメラ社がプロ用レンズ交換式カメラとして2015年末に発売したミラーレス機だ。ライカカメラ社のプロ用カメラシステム製品開発責任者であるステファン・シュルツ氏によると、商品化にあたっては「プロ用カメラはどうあるべきか?」というテーマで開発陣が激論を交わしたそうで、その中には「プロ用カメラならファインダーは光学式だろう」という意見もあったそうだ。しかしライカにはすでにSシリーズというプロ用中判一眼レフが存在しているし、EVFには光学ファインダーにはない様々なメリットがあることを勘案し、ライカSLはEVF(電子ファインダー)を採用したミラーレス機として開発されていく。

ライカSLの接眼部は丸形で径も大きく覗きやすい。個人的にはつい覗いてみたくなる造形だと思う。

ここで問題になるのが「ではEVFパネルは何を採用するか」ということ。光学式を推す根強い意見を押しのけてEVFにしたからには、見え方や性能がその時点で最高峰でなければならず、妥協は許されない。ライカが選んだのは、440万ドットという前例のない高解像度の液晶パネルだった。ライカSLが発売されて2年経つが、いまだに440万ドットのEVFは他社には採用例がなく、市販されているデジタルカメラのEVFとしては世界最高解像度を誇る。この液晶パネルはライカカメラ社ではなくデバイスメーカーが製造しているものなので、その気になれば他社でも使うことは出来るはず。ではどうして他社が使わないかというと、とにかく高価でしかもパネルサイズが大きく、価格的にも大きさ的にもライカSLクラスでないと採用するのは難しいということらしい。

その性能に自信を持って「EyeRes®ファインダー」と名付けられたライカSLのEVFだが、単に解像度が高いだけでなく、スポーツ撮影に対応するべく表示遅延も極めて少ない仕様になっている。また、接眼光学系は念入りにコーティングを施されたオールガラス製レンズが使われ、ファインダー倍率は何と0.8倍と、中判カメラを使っているのかと錯覚するほど像倍率が大きい。この「440万ドットの高解像度に0.8倍という高倍率」というスペックは特にマニュアルフォーカスの容易さにおいて威力絶大で、多くの撮影条件で拡大表示を使うことなく楽々ピント合わせが行えてしまうほど。もちろんピント合わせが難しい条件では拡大表示も可能。その時の手順も簡単で、右手親指位置にあるジョイスティックをプッシュするだけ。そのままジョイスティックを目的方向へ倒せば拡大ポイントを動かすことができるなど、マニュアルフォーカスをアシストするカメラ側の操作性も万全だ。

ライカSLの持つ能力をフルに発揮させられるのは、当然ながらSL専用のAFレンズを装着したときだけれど、これだけファインダーの性能が高くてマニュアルフォーカスが快適だと、MレンズやRレンズなどをアダプター経由でライカSLに装着しても十分に実用になる。いや、むしろライカSLの存在意義の半分くらいはそうした用途のためにあるのでは?と思えるほどMレンズやRレンズへのフォローは手厚い。

一般的にマウントアダプターでMFレンズを装着することはややイレギュラーな手段なはずだが、ライカカメラ社にとってライカSLにMレンズやRレンズを組み合わせることは決してイレギュラーなことではなく、むしろ積極的に使って欲しいと考えているようだ。その思想はライカ社純正のマウントアダプターにも反映されていて、例えばMレンズアダプターはレンズ側の6bitコードが読み取れるようになっており、コード付きレンズであればExifデータにレンズ名が記録されるほか、そのレンズに適したボディ内補正も行われる仕組みだ。RレンズもROM付きレンズの場合は同様である。たとえ6bitコードの付いていないMレンズや、ROM付きではないRレンズを使用する場合でも、表示されるリストからレンズ名を手動選択することで同様の効果を得られる。

6bitコードが付いていないMレンズを装着した場合は、リストから該当レンズを選択できる。

こうした自社製マニュアルフォーカスレンズへの手厚いフォローの恩恵を特に強く感じるのが、MやRの大口径レンズを使用したときだ。筆者はノクティルックスM F1.0/50mm やズミルックスM F1.4/75mmといった大口径レンズをかなり以前から所有しているのだが、これらのレンズをM型ライカで使用するのはどうしても限定的にならざるを得ず、正直、今まであまり出番がなかった。もちろんM型ライカでこういった大口径レンズを使うのは例えようもなく楽しいことなのだけど、コサイン誤差を勘案したデリケートなピント補正などを行わなければならない関係上、撮影者側のキモチがそれなりに強い時、要するに「かなりその気に」ならないと持ち出す気になれず、どうしても使用する機会が少なかったのだ。

しかし、ライカSLなら、どのような構図であっても世界最高の解像度を持つEVFによってジャスピンが容易に得られるため、遥かに気楽に使うことができる。さらに、フィルム全盛時代の大口径レンズの場合、絞り開放では像面が微妙に湾曲しているため、画面周辺部では段階露出ならぬ段階ピントをしない限りは高精度なピント合わせが事実上不可能だったが、画面内のどこでもピント合わせが行えるライカSLならそういう心配も不要だ。

例えばノクティルックスM F1.0/50mmの場合、平面的な被写体を撮影したときの結果から、画像周辺ではとにかく緩い描写しか得られないと思い込んでいたのだが、それは単に像面が軽く湾曲しているだけで、実際には周辺部でもかなりコントラストがあってちゃんと解像することをライカSLと組み合わせて初めて知ったほどだ。個人的にはレンジファインダーのM型ライカも大好きだが、こうした厳然たる撮影結果を知ってしまうと、ノクティルックスなどの大口径レンズについてはなるべくライカSLで撮ろうと思ってしまう。

中判一眼レフのライカSシリーズと同様の視度補正機構。覗く前に視度補正の状態が分かるようになっている。操作感触はトルク感があって現行カメラの中でも最良。不用意に動く心配も皆無だ。

もちろん、本連載で以前にも書いたとおり、Mレンズについては、ボディ側の受光特性を完璧にMレンズに合わせているライカM10や、ライカM(Typ240)の方が、Mレンズとの光学的なマッチングはいい。これは動かしがたい事実だ。撮像素子前面のマイクロレンズの受光角や、不要な屈折を避けるために1mm以下に抑えられたカバーガラス厚などなど、デジタルになってもM型ライカはMレンズの特性に合わせることを最優先で設計されているからだ。しかし、前述したとおりライカSLもMレンズと組み合わされて使うことをかなり重要事項として考えられていて、カバーガラスの厚みはわずか1.5mmに抑えられている(ダストリダクション機能を入れたため、どうしてもM型より厚くなってしまうそうだ)し、これにボディ側の補正が加わることで、M型ボディほどではないにせよ、可能な限りMレンズ本来の写りが再現される仕組みが組み込まれている。焦点距離やレンズタイプにもよるが、この点に関してはそれほど心配しなくてもよさそうだ。

「ライカ」と聞くと、どうしてもM型ライカの存在感が大きいわけだが、ライカSLはライカカメラ社が次世代プロ機はどうあるべきかという命題に真っ正面から取り組んだカメラだけに、個人的にはM型ライカに勝るとも劣らない魅力を備えていると思う。特にこのファインダーの素晴らしさは実際に体験してみないと分かりにくいので、興味がある方はぜひライカストアなどで実機に触れてもらいたい。その際にはできればMレンズのF1.4以上の大口径レンズも装着してもらって、マニュアルフォーカスのやりやすさを経験してみてほしい。

ズミルックスM F1.4/35mm(初代)

以前の記事でも紹介した初代ズミルックス35mmとライカSLの組み合わせ。個体差もあるだろうが、このレンズは絞り開放では合焦部分がニジミ気味でピントピークが分かりずらい。しかしライカSLの高解像度EVFならその見極めは明確に行え、楽しく撮影できる。

ズミルックスM F1.4/35mm(初代)/ 1/6,400秒 / F1.4 / ISO200

個人的にこのレンズで面白いと思うのは点光源のボケ方。輪郭の強いオールドレンズにありがちなボケなのだが、撮影距離と画面位置のどこにするかで描写が大きく変わるのがいい。

ズミルックスM F1.4/35mm(初代)/ 1/6秒 / F1.4 / ISO800

同じシチュエーションで撮ったもう1枚と比べると点光源のボケの様子が違うことが分かると思う。ハイライトのニジミもこのレンズの持ち味。

ズミルックスM F1.4/35mm(初代)/ 1/6秒 / F1.4 / ISO800

ノクティルックスM F1.0/50mm

現行のノクティルックスM F0.95/50mm ASPH.とはまったく異なる写り方。特に合焦部からアウトフォーカスしていく様子はこのレンズ独特のものだ。

ノクティルックスM F1.0/50mm / 1/60秒 / F1.0 / ISO1600

光線状態を選べばかなりキリッとした描写にもなる。使用したノクティルックスはF1.0タイプとしては最終型なのでヌケはかなり良い。

ノクティルックスM F1.0/50mm / 1/200秒 / F1.0 / ISO100

こういうセンターを外した合焦位置の場合、M型ライカだといろいろ光学的な事情を考えなければいけないのだが、ライカSLなら像面湾曲などを考慮する必要もなく、容易にピントは合う。

ノクティルックスM F1.0/50mm / 1/320秒 / F1.0 / ISO200

ノクティルックスを使うときはピントがデリケートなので、さすがに拡大してピント合わせを行っているが、拡大~位置移動の操作性が良いのでストレスなく撮影に集中できる。

ノクティルックスM F1.0/50mm / 1/125秒 / F1.0 / ISO400

ズミルックスM F1.4/75mm

ノクティルックスと同様に、レンジファインダーではピント合わせの使いこなしがなかなか難しいレンズだが、ライカSLとの組み合わせならまったく不安なくサクサク撮れる。

ズミルックスM F1.4/75mm / 1/1,600秒 / F1.4 / ISO100

合焦部のコントラストがある程度確保されているレンズなので、このくらいの撮影距離であれば拡大しなくてもかなり正確なフォーカシングが可能だ。

ズミルックスM F1.4/75mm / 1/160秒 / F1.4 / ISO100

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。