ライカレンズの美学
SUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.
厳しい設計基準で作られた大口径標準レンズ
2017年12月27日 07:00
ライカレンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.を紹介したい。前回取り上げたAPO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.と同じく、APS-CフォーマットのライカTL2やライカCLなどに使用可能な大口径単焦点レンズで、35mm判フルサイズ換算で約52mm相当の標準レンズとなる。
本題に入る前にまずはライカのAPS-Cカメラおよびレンズに対するスタンスを考えてみよう。一般的に35mmフルサイズとAPS-Cサイズの両方のフォーマットを手がけているカメラメーカーの場合、フルサイズが上級者向けでAPS-Cはエントリークラスから中級者向け、のような棲み分けになっていることが多い。
その思想が顕著に表れているのがレンズラインナップで、フルサイズ向けには高性能なレンズや魅力的な大口径レンズが揃っているのに、APS-C向けには中庸なスペックのレンズしかないということがほとんどだ。そのため、開放F値の明るさや性能を優先にレンズを選ぶと必然的にフルサイズ用となってしまう。もちろんフルサイズ用レンズをAPS-C機に装着することは可能だが、その場合は大きさ的に過剰だし、センサーサイズの違いにより画角が狭まってしまうという問題があり、高性能レンズもしくは大口径レンズを使いたいなら、ボディは半ば必然的にフルサイズ機を選ばざるを得ないのが実情だ。
ところがライカの場合はちょっと違っていて、APS-C用にも非常に力の入ったレンズが多く、フルサイズとAPS-Cの棲み分けについては他社とはかなりスタンスが異なるように思う。
それを裏付けるのがライカCLの発表会のために来日したAPS-Cシステムのプロダクトマネジャーをしているマイケ・ハーバーツさんのインタビューで語られた「ライカではフルサイズ用よりもAPS-C用レンズの方が設計基準が厳しい」というくだりである。同じプリントサイズを得るためにはフルサイズよりもAPS-Cの方が拡大率が高くなるため、フルサイズ用レンズと同じ性能では解像に差が付いてしまう。そこで、ターゲットMTFをフルサイズの40ライン/ペアに対してAPS-C用レンズでは60ライン/ペアに上げて設計することで、フルサイズ用レンズと同等の性能を得ているという話なのだが、その根底にあるのは「ライカではフルサイズとAPS-Cは同じ性能でなければならない」という考え方だ。
今回取り上げるSUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.が発表されたとき、個人的には正直「どうしてこんなに大きいのか」と思った。ライカSL用のレンズについては「フルサイズのプロ用だから」大きくてもしょうがないけれど、ライカのAPS-C機はもっとカジュアルなユーザー層を狙っているはず。なのに、レンズがこんなに大きいのは……?という疑問だ。しかし、ハーバーツさんの話を聞いて、その謎は氷解した。ライカではフルサイズとAPS-Cに優劣を付けず、同格に扱っているからだと。このあたりはある意味、ドイツ的な生真面目さなのかもしれない。
ライカCLの発表会でハーバーツさんから語られた「もし、オスカー・バルナックが今いたら、APS-Cフォーマットを選んでいたはず」というスピーチからも、ライカのAPS-Cフォーマットに対するリスペクトが感じられる。100年前に35mm判を選んだライカは、当時主流だった大判に対する35mm判のメリットや優位性を啓蒙するのにすごく苦労したわけだが、逆にそんなライカだからこそAPS-Cサイズのポテンシャルをどこよりも理解しているのではないだろうか。
と、前置きが長くなってしまったけれど、SUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.の写りは申し分ない。8群12枚構成という物量投下型の贅沢な光学設計ということもあって、合焦部分のシャープさ、前ボケおよび後ボケの素直さと美しさ、そしてヌケの良さのいずれもかなりハイレベル。そして何よりも驚いたのがその立体感演出だ。浅い被写界深度を活かした近距離撮影で立体感が出るという話ではなく、ほぼパンフォーカスとなる遠景撮影でも立体感が半端ではない。カメラ側の画作りもあるのだろうが、こういう描写は紛う方なく多くの人がライカに期待するそれだ。
鏡胴はアルミ製で質感も非常にいい。M型ライカ用レンズのような金属とガラスがミッチリと詰まったような印象ではないけれど、大きさの割に軽すぎるわけではなく、手にしたときに適度な質量感がある。今回はライカTL2と組み合わせて試用したが、ご覧の通り見た目は超ミニマルでシンプル。よりメカっぽい外観のライカCLとの組み合わせだとまたちょっと印象は変わるけど、いずれにせよなかなかゴージャスだ。試しにライカSLでも使ってみたところ、大きさ的なマッチングは良好。クロップ使用になるので画素数は少なくなるものの、大サイズが必要ないならこれも十分に実用的というか、相当にいい。
協力:ライカカメラジャパン