ライカレンズの美学

SUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.

厳しい設計基準で作られた大口径標準レンズ

ライカレンズの魅力を探る本連載。今回はSUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.を紹介したい。前回取り上げたAPO-MACRO-ELMARIT-TL F2.8/60mm ASPH.と同じく、APS-CフォーマットのライカTL2やライカCLなどに使用可能な大口径単焦点レンズで、35mm判フルサイズ換算で約52mm相当の標準レンズとなる。

本題に入る前にまずはライカのAPS-Cカメラおよびレンズに対するスタンスを考えてみよう。一般的に35mmフルサイズとAPS-Cサイズの両方のフォーマットを手がけているカメラメーカーの場合、フルサイズが上級者向けでAPS-Cはエントリークラスから中級者向け、のような棲み分けになっていることが多い。

その思想が顕著に表れているのがレンズラインナップで、フルサイズ向けには高性能なレンズや魅力的な大口径レンズが揃っているのに、APS-C向けには中庸なスペックのレンズしかないということがほとんどだ。そのため、開放F値の明るさや性能を優先にレンズを選ぶと必然的にフルサイズ用となってしまう。もちろんフルサイズ用レンズをAPS-C機に装着することは可能だが、その場合は大きさ的に過剰だし、センサーサイズの違いにより画角が狭まってしまうという問題があり、高性能レンズもしくは大口径レンズを使いたいなら、ボディは半ば必然的にフルサイズ機を選ばざるを得ないのが実情だ。

ところがライカの場合はちょっと違っていて、APS-C用にも非常に力の入ったレンズが多く、フルサイズとAPS-Cの棲み分けについては他社とはかなりスタンスが異なるように思う。

F8まで絞ってプレーンな描写を狙ってみた。解像チャートのような被写体だが、期待したとおり、細部まで描写されている。ライカTL2 / ISO100 / F8 / 1/160秒 / WB:オート
このロープの質感。手触りが伝わってきそうな描写力だ。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/640秒 / WB:オート
35mm判換算50mm相当の標準レンズは本当に守備範囲が広く、個人的には最も好きな画角。単焦点派の人なら、ライカAPS-C機の最初に手に入れるレンズとしてもお勧めだ。ライカTL2 / ISO500 / F5.6 / 1/100秒 / WB:オート
プライムレンズなので暗所にも強い。開放でも撮ったが、被写界深度の関係でF2.8のこちらを選んだ。ライカTL2 / ISO640 / F2.8 / 1/640秒 / WB:オート

それを裏付けるのがライカCLの発表会のために来日したAPS-Cシステムのプロダクトマネジャーをしているマイケ・ハーバーツさんのインタビューで語られた「ライカではフルサイズ用よりもAPS-C用レンズの方が設計基準が厳しい」というくだりである。同じプリントサイズを得るためにはフルサイズよりもAPS-Cの方が拡大率が高くなるため、フルサイズ用レンズと同じ性能では解像に差が付いてしまう。そこで、ターゲットMTFをフルサイズの40ライン/ペアに対してAPS-C用レンズでは60ライン/ペアに上げて設計することで、フルサイズ用レンズと同等の性能を得ているという話なのだが、その根底にあるのは「ライカではフルサイズとAPS-Cは同じ性能でなければならない」という考え方だ。

今回取り上げるSUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.が発表されたとき、個人的には正直「どうしてこんなに大きいのか」と思った。ライカSL用のレンズについては「フルサイズのプロ用だから」大きくてもしょうがないけれど、ライカのAPS-C機はもっとカジュアルなユーザー層を狙っているはず。なのに、レンズがこんなに大きいのは……?という疑問だ。しかし、ハーバーツさんの話を聞いて、その謎は氷解した。ライカではフルサイズとAPS-Cに優劣を付けず、同格に扱っているからだと。このあたりはある意味、ドイツ的な生真面目さなのかもしれない。

フードは金属製。内面の反射防止はマットブラックで塗装されている。
フィルター径はE60。キャップは脱着しやすいデザイン。

ライカCLの発表会でハーバーツさんから語られた「もし、オスカー・バルナックが今いたら、APS-Cフォーマットを選んでいたはず」というスピーチからも、ライカのAPS-Cフォーマットに対するリスペクトが感じられる。100年前に35mm判を選んだライカは、当時主流だった大判に対する35mm判のメリットや優位性を啓蒙するのにすごく苦労したわけだが、逆にそんなライカだからこそAPS-Cサイズのポテンシャルをどこよりも理解しているのではないだろうか。

と、前置きが長くなってしまったけれど、SUMMILUX-TL F1.4/35mm ASPH.の写りは申し分ない。8群12枚構成という物量投下型の贅沢な光学設計ということもあって、合焦部分のシャープさ、前ボケおよび後ボケの素直さと美しさ、そしてヌケの良さのいずれもかなりハイレベル。そして何よりも驚いたのがその立体感演出だ。浅い被写界深度を活かした近距離撮影で立体感が出るという話ではなく、ほぼパンフォーカスとなる遠景撮影でも立体感が半端ではない。カメラ側の画作りもあるのだろうが、こういう描写は紛う方なく多くの人がライカに期待するそれだ。

最短撮影距離付近で撮影。絞りで近距離という条件でも合焦部のシャープさはすごい。ライカTL2 / ISO100 / F1.4 / 1/1,600秒 / WB:オート
前ボケの様子を見たくてちょっと強引に構図を作ってみた。ごらんのとおり非常に素直な前ボケだ。ライカTL2 / ISO100 / F1.4 / 1/4,000秒 / WB:オート
ボディ側での電子補正もかかっていると思うが、歪曲収差はよく補正されている。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/500秒 / WB:晴天
とにかく線が細かく、整った描写をするレンズという印象。ライカTL2 / ISO2500 / F1.4 / 1/100秒 / WB:オート
暗くなってきたので絞り開放で撮影。遠景でも立体感演出がすごい。ライカTL2 / ISO200 / F1.4 / 1/100秒 / WB:オート
絞り開放の周辺部でも像の流れなどはほとんど皆無だ。ライカTL2 / ISO640 / F1.4 / 1/100秒 / WB:オート
試しにライカSLに装着。大きさ的にはこちらの方がバランスはいい?
35mmフルサイズのライカSLでは自動的にクロップがかかって約10メガの画像サイズになるが、これはこれで上質な写りを得られる。ライカSL / ISO800 / F1.4 / 1/60秒 / WB:オート
これもライカSLで撮影。口径食が分かりやすい被写体だが、周辺でも玉ボケの変形はこの程度。ライカSL / ISO800 / F1.4 / 1/1,600秒 / WB:オート

鏡胴はアルミ製で質感も非常にいい。M型ライカ用レンズのような金属とガラスがミッチリと詰まったような印象ではないけれど、大きさの割に軽すぎるわけではなく、手にしたときに適度な質量感がある。今回はライカTL2と組み合わせて試用したが、ご覧の通り見た目は超ミニマルでシンプル。よりメカっぽい外観のライカCLとの組み合わせだとまたちょっと印象は変わるけど、いずれにせよなかなかゴージャスだ。試しにライカSLでも使ってみたところ、大きさ的なマッチングは良好。クロップ使用になるので画素数は少なくなるものの、大サイズが必要ないならこれも十分に実用的というか、相当にいい。

相当に強い光を反射する煌めく水面をバックにしたが、フレアぽさは皆無。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/160秒 / WB:オート
コーティングがいいのか、とにかく逆光にはめっぽう強い。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/800秒 / WB:オート
画面の隅々まで像の均質性が高いので、こういう構図でもまったく破綻しない。ライカTL2 / ISO100 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート
絞り開放から完全に使い物になるシャープさなので、安心して開放にできる。ライカTL2 / ISO800 / F1.4 / 1/100秒 / WB:オート
ヌケは抜群によく、まったく淀みの感じられない写り方をする。ライカTL2 / ISO100 / F2.5 / 1/1,600秒 / WB:オート
今回はライカTL2と組み合わせたが、周囲の明るさに関わらず常にピントは安定していた。ライカTL2 / ISO160 / F1.4 / 1/100秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。