ライカレンズの美学

APO-SUMMICRON-SL F2/90mm ASPH.

ライカSLシステムの本格展開を告げる1本

ライカレンズの魅力を綴る本連載。今回は新しく発売されたばかりのライカSL用APO-SUMMICRON-SL F2/90mm ASPH.(以下、APOズミクロン90mm)を取り上げたい。ただし、本レンズについてはすでにイベントレポート開発者インタビューなどでかなり詳細に記事化されている。なのでセールスポイントや特徴についてはそちらを参照してもらうとして、ここでは筆者自身が感じた個人的な印象を中心にレビューしていこう。

まずはレンズの大きさについて。ライカSL用レンズについてはこれまで何度となく「大きいし重いよ」という話をしてきたが、今回のAPOズミクロン90mmについては「かなり現実的な大きさと重さになったなぁ」というのが正直な感想だ。

もちろん、既存のSL用レンズは決してムダにデカいわけではなく、ちゃんとした根拠のあるサイジングであることは十分に承知しているし、プロ機材としては決して妥協できない諸々があることもよく分かる。ただ、「そうは言っても……」という意見も少なからずあるし、その大きさ故にライカSLの導入に積極的になれなかった人もいるはず。そうした人にとっては、今回のAPOズミクロン90mmの現実的なサイズ感はかなりな朗報だと思う。付属のレンズフードは収納時にはもちろん逆付け可能だが、フードそのものの形状もスリムなので逆付けしても嵩張らず、バッグへの収納性もグッドだ。

付属のレンズフードは基部の外環だけが金属で、円筒部分は樹脂製。これは他のSLレンズに共通した仕様だが、何かに当てたときにバンパー的に衝撃を吸収するためにあえて樹脂製なのだろう。

レンズ外観は既存のライカSL用レンズと共通したもので、とにかくミニマル。一般的に交換レンズはデザインをシンプル化しすぎると、どこか間が抜けた印象になりやすく、それを避けるために機能とは関係ないアクセントラインを入れたり、フォーカスリングに妙なパターンのローレットを施したりしがちだが、ライカSL用レンズではそういったムダな装飾は一切排除し、その飾り気のなさには清々しさを覚えるほど。

レンズフードは植毛タイプで反射光を効果的に吸収する。

しかもこれだけシンプル化しても決して間が抜けた印象にならないのはベーシックな部分でのデザインバランスが完璧にとれていることや、外装に使われている素材の質感に負うところもあるのだろう。個人的に交換レンズは、鏡胴上に距離目盛りや深度目盛りなどが刻まれたメカニカルな印象のライカM用レンズみたいなデザインが好みだが、ライカSL用レンズの究極のミニマルデザインも、これはこれで素敵だと思う。

マウント部の外周には防塵防滴機能を保つためにラバーが付加されている。

AFについてはまったく不満は感じず、AFスピードは十分に速いと感じた。前述した既報にもあるとおり、APOズミクロン90mmには「Dual Synchro Drive」という機構が盛り込まれていて、これがAFの高速化に寄与しているということだが、コントラストAFオンリーで位相差AFを持たないライカSLにおいても、実用的かつ高速で快適なAF性能をもたらしている。

今回はポートレート中心に撮影したが、ある程度動きのあるカットのときでも、AFが遅くてイライラすることは皆無だった。合焦直前にはウォブリングのためにピントの前後動が少しだけあるが、それもほんの一瞬なのでほとんど気にならない。クイックで予測しにくい動きをするネコも撮影できるレベルだ。

AFはスピーディで、ボディ側の測距点選択さえ的確であればヒョイと顔を見せたネコにも素早く合焦する。ライカSL / ISO800 / F2 / 1/60秒 / +1EV / WB:オート
煩雑になりそうな背景でもボケ味がいいので、積極的にアウトフォーカス部分を活用したくなる。ライカSL / ISO200 / F2 / 1/500秒 / +1EV / WB:オート

写りについては欠点を見つけられないほど描写力が高い。最新の設計だけに抜群にヌケがよく、明快なコントラスト再現を含めて非常に気持ちが良い写り方をする。特に合焦部の解像性能は最近出たレンズの中でもかなり秀逸で、今後登場するであろうライカSLの後継機が高画素化したとしても、十分なマージンがあるだろうと思わせるほど余裕がある。

最短撮影距離は60cmで、焦点距離の割に寄れる設計なのだが、最短まで寄って撮ったときでも解像性能があまり落ちないのは、「Dual Synchro Drive」の利点でもあるフローティングフォーカスの設計自由度の高さの恩恵と思われ、近距離収差は確実に補正されている。

合焦部の解像力は非常に高いレベル。解像性能で定評のあるM型ライカ用のAPOズミクロン50mmと並ぶキレのよさだ。ライカSL / ISO200 / F2 / 1/800秒 / +1.3EV / WB:オート
90mmというのは室内ポートレート撮影で使うには焦点距離がやや長めだが、スタンスさえ確保できるのであればデフォルメの少ない描写を得られる。ライカSL / ISO400 / F2 / 1/50秒 / +3EV / WB:オート
既存のライカSL用レンズに比べるとコンパクトなので、手のサイズに関わらずホールディングはしやすい。ライカSL / ISO800 / F2 / 1/640秒 / +1.6EV / WB:オート

また、ボケ味は客観評価が難しいところだが、イヤな二線ボケ傾向はないし、前ボケ、後ボケともに違和感のない自然なアウトフォーカス描写だ。中望遠レンズはポートレートや静物撮影などに使われることが多いと思うが、一部のオールドレンズのようにボケ味の主張が強すぎて主題を喰ってしまうという心配はまったくない。

歪曲を始め各種収差はいずれもかなりハイレベルに補正されていると感じた。ライカSL / ISO400 / F2 / 1/60秒 / +1EV / WB:3100K
絞り羽根は9枚。
レンズとは関係ないが、今回の撮影ではいままであまり使わなかったライカSLの顔認識AFを意識的に多用してみた。正直言うと懐疑的だったのだが、実際は想像以上に使えた。ライカSL / ISO400 / F2 / 1/40秒 / +0.3EV / WB:オート
中望遠といえども多少の圧縮効果もある。それをどう活用するか探りながら撮影するのも楽しい。ライカSL / ISO400 / F2 / 1/60秒 / +1EV / WB:オート
どうしても開放で撮りたくなってしまうレンズだが、もちろん絞っても素晴らしい描写を見せてくれる。ライカSL / ISO1600 / F5.6 / 10秒 / +1EV / WB:タングステン光
像の均質さは抜群で、画面内のどの位置でフォーカスしてもシャープな画を得られる。ライカSL / ISO800 / F2 / 1/15秒 / +1.3EV / WB:オート
焦点距離的にポートレートで使われることをかなり意識した設計だと思うが、髪の毛もしなやかに再現され、シャープであっても硬い印象は微塵もない。ライカSL / ISO800 / F2 / 1/100秒 / +1.3EV / WB:オート

ライカSLシステムは今まで「やや重厚長大」な印象だったが、小型なAPOズミクロン90mmを装着したライカSLを見ると、まったく別の側面が見えてくる。今回試した90mmと同時に発売された75mmに加えて、今後登場する予定の35mm、そして50mmと、開放値F2のAPOズミクロンシリーズは結構速いペースでラインナップが揃うことになっており、それが実現すればライカSLの意味合いというか、守備範囲が確実に広くなる。となれば機動性が必要な分野のプロにも今以上に受け入れられるだろう。ある意味、ライカSLシステムがいよいよ本格展開を開始する、そのイントロダクションを担うのがこのAPOズミクロン90mmなのだと思う。

点光源ボケにはごく軽微な輪郭強調はあるものの、輪線ボケはほぼ生じていない。ライカSL / ISO1600 / F2 / 1/30秒 / +1.6EV / WB:オート
点光源ボケをみると口径食の度合いがよく分かるが、この程度。ライカSL / ISO1600 / F2 / 1/125秒 / +1.3EV / WB:オート

モデル:いのうえのぞみ

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。