ライカレンズの美学
APO-SUMMICRON-SL F2/90mm ASPH.
ライカSLシステムの本格展開を告げる1本
2018年2月28日 12:00
ライカレンズの魅力を綴る本連載。今回は新しく発売されたばかりのライカSL用APO-SUMMICRON-SL F2/90mm ASPH.(以下、APOズミクロン90mm)を取り上げたい。ただし、本レンズについてはすでにイベントレポートや開発者インタビューなどでかなり詳細に記事化されている。なのでセールスポイントや特徴についてはそちらを参照してもらうとして、ここでは筆者自身が感じた個人的な印象を中心にレビューしていこう。
まずはレンズの大きさについて。ライカSL用レンズについてはこれまで何度となく「大きいし重いよ」という話をしてきたが、今回のAPOズミクロン90mmについては「かなり現実的な大きさと重さになったなぁ」というのが正直な感想だ。
もちろん、既存のSL用レンズは決してムダにデカいわけではなく、ちゃんとした根拠のあるサイジングであることは十分に承知しているし、プロ機材としては決して妥協できない諸々があることもよく分かる。ただ、「そうは言っても……」という意見も少なからずあるし、その大きさ故にライカSLの導入に積極的になれなかった人もいるはず。そうした人にとっては、今回のAPOズミクロン90mmの現実的なサイズ感はかなりな朗報だと思う。付属のレンズフードは収納時にはもちろん逆付け可能だが、フードそのものの形状もスリムなので逆付けしても嵩張らず、バッグへの収納性もグッドだ。
レンズ外観は既存のライカSL用レンズと共通したもので、とにかくミニマル。一般的に交換レンズはデザインをシンプル化しすぎると、どこか間が抜けた印象になりやすく、それを避けるために機能とは関係ないアクセントラインを入れたり、フォーカスリングに妙なパターンのローレットを施したりしがちだが、ライカSL用レンズではそういったムダな装飾は一切排除し、その飾り気のなさには清々しさを覚えるほど。
しかもこれだけシンプル化しても決して間が抜けた印象にならないのはベーシックな部分でのデザインバランスが完璧にとれていることや、外装に使われている素材の質感に負うところもあるのだろう。個人的に交換レンズは、鏡胴上に距離目盛りや深度目盛りなどが刻まれたメカニカルな印象のライカM用レンズみたいなデザインが好みだが、ライカSL用レンズの究極のミニマルデザインも、これはこれで素敵だと思う。
AFについてはまったく不満は感じず、AFスピードは十分に速いと感じた。前述した既報にもあるとおり、APOズミクロン90mmには「Dual Synchro Drive」という機構が盛り込まれていて、これがAFの高速化に寄与しているということだが、コントラストAFオンリーで位相差AFを持たないライカSLにおいても、実用的かつ高速で快適なAF性能をもたらしている。
今回はポートレート中心に撮影したが、ある程度動きのあるカットのときでも、AFが遅くてイライラすることは皆無だった。合焦直前にはウォブリングのためにピントの前後動が少しだけあるが、それもほんの一瞬なのでほとんど気にならない。クイックで予測しにくい動きをするネコも撮影できるレベルだ。
写りについては欠点を見つけられないほど描写力が高い。最新の設計だけに抜群にヌケがよく、明快なコントラスト再現を含めて非常に気持ちが良い写り方をする。特に合焦部の解像性能は最近出たレンズの中でもかなり秀逸で、今後登場するであろうライカSLの後継機が高画素化したとしても、十分なマージンがあるだろうと思わせるほど余裕がある。
最短撮影距離は60cmで、焦点距離の割に寄れる設計なのだが、最短まで寄って撮ったときでも解像性能があまり落ちないのは、「Dual Synchro Drive」の利点でもあるフローティングフォーカスの設計自由度の高さの恩恵と思われ、近距離収差は確実に補正されている。
また、ボケ味は客観評価が難しいところだが、イヤな二線ボケ傾向はないし、前ボケ、後ボケともに違和感のない自然なアウトフォーカス描写だ。中望遠レンズはポートレートや静物撮影などに使われることが多いと思うが、一部のオールドレンズのようにボケ味の主張が強すぎて主題を喰ってしまうという心配はまったくない。
ライカSLシステムは今まで「やや重厚長大」な印象だったが、小型なAPOズミクロン90mmを装着したライカSLを見ると、まったく別の側面が見えてくる。今回試した90mmと同時に発売された75mmに加えて、今後登場する予定の35mm、そして50mmと、開放値F2のAPOズミクロンシリーズは結構速いペースでラインナップが揃うことになっており、それが実現すればライカSLの意味合いというか、守備範囲が確実に広くなる。となれば機動性が必要な分野のプロにも今以上に受け入れられるだろう。ある意味、ライカSLシステムがいよいよ本格展開を開始する、そのイントロダクションを担うのがこのAPOズミクロン90mmなのだと思う。
モデル:いのうえのぞみ
協力:ライカカメラジャパン