メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!
RICOH THETAシリーズ
話題の全天球カメラの技術革新とは何か?
Reported by 伊達淳一(2015/12/18 09:42)
ポケットに入るほどスリムな全天球パノラマカメラで、前後の円周魚眼レンズとリアルタイムの画像処理により、ワンショットで360度すべての空間を記録できるのが特徴。画像を確認する液晶モニターはなく、Wi-Fiでスマートフォンに接続して、撮影画像の確認やカメラの設定を行うという割り切った設計だ。
初代THETAおよびTHETA m15は約600万画素記録なのに対し、THETA Sは約1,400万画素記録と高解像になり、フルハイビジョン動画の撮影時間も5分から25分に拡大、スマートフォンでライブビュー表示できるようになるなど、画質も使い勝手も大幅に向上した上位モデルだ。
インタビューの注目トピック
◇ ◇
これからのカメラが担う役割は場の雰囲気そのものを写すこと
――初代THETAから今回のTHETA Sで3代目を数えますが、シリーズ全体の開発コンセプトや初代THETAを開発したときのきっかけ、エピソードを教えてください。
高田:最初にきっかけとなったのは、2009年の年末、デジタルカメラ事業を今後どう発展させていくか、という社内の検討会です。2つの検討グループがあり、1つは通常のデジタルカメラをどう伸ばしていくか、というワーキンググループ、もう1つは従来とはまったく異なる新しいカメラを作ろうというワーキンググループでした。
カメラを全然知らないような部署まで含め、リコーのさまざまな部門から人が集まって検討を行いました。実は、その検討会に参加したメンバーはこの場には1人もいないんですが(笑)、その検討会の中で、写真やカメラといった映像の扱われ方がだんだん変わってきたという意見がありました。昔は特別な記念日に写真を撮っていたのが、デジタルカメラの普及で日常も記録するようになり、さらにスマートフォンの普及で、普段の何気ないシーンを撮ってそれをSNSにアップロードしてみんなでシェアする、というのが当たり前になってきました。
こうした状況を踏まえ、カメラに対して何が求められているかを考えてみると、その場の雰囲気を何か伝えたいのではないか。例えば、美しい景色とか、面白い看板とか、おいしそうな食べ物とか、その場の雰囲気そのものをみんなに伝えたいのではないか、と思いました。そのためには、景色の一部分だけを切り取るのではなく、その場の状況を全部写し込めるのが1つの理想ではないかとシンプルに考え、360度全部撮れる全天球カメラを作ろう、という企画を社長に提案しました。
その結果、ゴーサインが出て、2010年9月に正式にプロジェクトが発足し、社内だけでなく、社外からもメンバーが集められました。ここにいる佐藤や高巣もこのプロジェクトのために、社外からスカウトされたメンバーで、私も社内公募に手を挙げてこのプロジェクトに参加し、そこからTHETAの開発がスタートしました。
――ターゲットとして、どういったユーザーを考えていたのでしょうか?
高田:何気ない写真を撮ってSNSにアップロードする、というのは、デジタル機器に慣れ親しんだ若い人たちだろう、と考えていましたが、実際に(THETAを)発売してみると、デジタルガジェット好きな人や、全天球パノラマを撮影しているクリエイターの方々が多かったというのが実感です。
――THETAというネーミングの由来は何ですか?
高田:企画、マーケティングメンバーが考えたんですが、製品の形がギリシャ文字のθ(シータ)に似ているからです。
――縦に細長いところですか?
高田:上から見た形状です。上から見ると、上下2つのレンズ、そしてマイクとスピーカーの線で、θという形に見えませんか?
――ずいぶん横長なθですね(笑)。
高田:この出っ張っているレンズが特徴的なので、この形から“THETA”という名前が付けられました。
――なるほど。ところで、開発当初からこの形だったんですか?
中平:THETAのデザインは、カメラ部門だけでなく、リコー全グループのデザイナーから社内公募を行いました。実は、ちょうどペンタックスと合併したころで、ペンタックスのデザイナーにもデザイン案を募りました。
360度全部を撮れるカメラなので、周囲は全部撮れる、でも、カメラは隠れてほしいというコンセプトから、カメレオンをモチーフとしたデザインとか、何かよく分からないカメラなので、よく分からないデザインにしてみました(笑)という、まるで古代遺跡から発掘された不思議なオブジェのような形もありました。
そのほかにも、タフに使えるように表面がラバーで覆われているアクションカムという提案もありましたが、THETAの基本コンセプトは“サッと取り出して簡単に360度を撮れる”ということから、現在のTHETAのような非常にスリムでシンプルな形状のものが選定されました。
佐藤:THETAの理想型として思い描いていたのは、万年筆のような形状で、胸ポケットに入れて常に持ち歩けるカメラ、というところから始まっています。トーテムポールと呼んでいたのですが、細い円柱に何個かのレンズを角度を変えて取り付けて検証を行い、最終的に前後2個のレンズで360度カバーできることが分かりました。さすがに、万年筆のように細い円柱にTHETAのシステムを収めることはできなかったのですが、それでも胸ポケットに入れて常時携帯できる薄さにこだわり、現在のTHETAの形になりました。
光を90度曲げる屈曲光学系がレンズの距離を縮めて視差を減少
――前後2個のレンズで360度の画角をカバーできるのが不思議です。僕も魚眼レンズを使って全天球パノラマを撮りますが、さすがに前後2カットで継ぎ目なく全天球パノラマを作るのは難しいです。なぜ、THETAはわずか2個のレンズだけで、ほぼ継ぎ目が目立たない全天球パノラマが撮れるのでしょうか?
佐藤:つなぎ目が大きく見えてしまうというのは、2眼間の距離が離れていることによる視差の影響です。したがって、2つのレンズの主点の距離をできるだけゼロに近づけることで、視差が少なくなり、つなぎ目のズレも少なくなります。ただ、2つのレンズの主点を完全に一致させることはできないので、近景と遠景ではわずかに視差が生じます。そこは、動的つなぎ処理という画像処理を行い、近景のズレが目立たないようにうまくつなぎ合わせています。
全天球画像はどのようにして作るのか?
――動的つなぎ処理とは?
佐藤:画像のブロックごとに被写体の位置を判別し、被写体の遠近でつなぎ合わせ方を変えるのが“動的つなぎ”です。
――2つのレンズの主点をできるだけゼロにするために、どのようなレンズ光学系やメカ機構になっているのか、教えていただけませんか?
佐藤:通常のカメラは、レンズ光学系とセンサーが直線的に配置されていますが、これを2つ背中合わせに並べて2眼構造にすると、どうしてもレンズとレンズの主点の間隔が離れてしまい、視差が大きくなってしまいます。そこで、THETAでは、プリズムを使って入射した光を90度曲げる屈曲光学系を採用することで、レンズ間の距離を縮めています。
――なるほど、レンズの横にセンサーが配置されているんですね。屈曲光学系というと、画質を追求する上で不利なイメージを持っているんですが、そうした要素はありませんでしたか?
佐藤:屈曲させることによる画質へのデメリットはあまりありませんでした。ただ、ゴーストやフレアを発生させる要素が多くなるので、その部分には気を遣っています。
――魚眼レンズを使ったパノラマ撮影では、周辺部分を大きく引き伸ばす必要があるため、倍率色収差等をできるだけ抑え、高い解像性能が要求されると思いますが、THETAのレンズ光学設計で苦労したポイントはありますか?
佐藤:(レンズ光学系を)小さくすることで、技術的な設計難易度は自ずと高くなります。しかし、屈曲光学系を採用することで、ストレートな光学系よりも光路長を少し長めにすることができ、そのことで周辺まで高い光学性能を確保するのに有利に働いています。
また、コーティングにもだいぶ気を遣っています。2つの画像をつなぐ必要があるので、コーティングによる差で色味に違いが出るのを防ぐために、特殊なコーティングを施して、画質を上げています。
――リコーやペンタックスのカメラレンズに使われているコーティングとは異なるのですか?
佐藤:ちょっと違いますね。どちらかというと、車載カメラに使われているのに近いコーティング技術です。
――全天球パノラマ撮影では、太陽や照明など強い光源が画面のどこかに写り込むケースが多いですが、こうした強い光源に対するゴーストやフレアにも強いのでしょうか?
佐藤:コーティングだけでなく、シャワーフレアなどがなるべく発生しないように、レンズや鏡筒の形状を工夫して抑えています。
――テーブルの上にTHETAを立てて撮影することも多いと思われますが、テーブルに置いてあるモノを移動したり、立ち上がるときなどテーブルに触れて揺れたりして、THETAがパタンと倒れてしまわないかとヒヤヒヤします。また、胸ポケットに入れて持ち歩く際、満員電車などで身体が押しつけられることもあり、レンズ面が押されて精度が落ちてしまわないか心配です。
佐藤:THETAの開発初期には、レンズの周りをアクリルのカバーで保護して、カバーが傷ついたら交換できるようにしようという案もありましたが、やはりカメラの大きさが大きくなってしまうので、サッと取り出して簡単に360度を記録できる、というTHETAのコンセプトが揺らいでしまうので、最終的にはカバーをすべて取り払うことにしました。
また、レンズはガラスなので、衝撃に対して物理的に強度を増すのは難しいのですが、擦り傷や脂がなるべく付かないように、防汚コーティングや撥水コーティングをレンズ表面に施しています。油性のマジックでレンズに何か書こうとしても、インクを弾いて書けないほどです。
高巣:ズームレンズの鏡筒のように伸び縮みせず、レンズとセンサーを取り付ける一体のフレームでしっかり守られていますので、満員電車で身体を押しつけられた程度の負荷なら心配する必要はありません。
――あと気になるのが、付属のケースがきつく、THETAを出し入れしにくい点です。それもあって、僕は小さめのメガネケースにTHETAを入れてみたんですが、見事ジャストフィットで、強度面でも出し入れの面でも快適です。こうしたハードカバーも純正アクセサリーとして出してほしいと思います。
佐藤:某有名メガネ店のケースがちょうど大きさ的にマッチしますね(笑)。
高田:付属のケースですが、最初は少しきつく感じるかもしれませんが、使っていくと徐々にちょうど良い感触になってくると思います。
――ところで、オプションのハードケースTH-1は、どういった用途に使うのですか?
高田:雨が降っていたり水しぶきがかかるようなシーンなど、防滴が必要なシーンでの撮影を想定しています。ただ、水中での撮影には対応していません。
――ペンタックスで培われた防塵・防滴の技術を生かし、THETAも防塵・防滴にすることはできなかったのでしょうか?
高巣:防塵・防滴の可能性について検討はしたのですが、やはり数mmレベルでサイズアップしてしまうのと、それでも小型化を図ろうとすると、特殊な成型方法などが必要で、技術的にもコスト的にもかなりハードルが上がってしまうことが分かりました。
また、レンズが剥き出しですので、レンズ周囲の防滴をどうするか、という課題もありまして、防塵・防滴は諦め、THETAのコンセプトである小ささや使いやすさを追求しました。もちろん、防塵・防滴に期待する声は、お客さまだけではなく社内からもありますので、今後にご期待ください。
――これから寒くなってきますが、星空など屋外で長時間撮影した後、暖かい室内に持ち込むと結露が発生しますが、レンズ内部が結露して跡が残ってしまう恐れはないのでしょうか? 一眼レフと比べると、あまりカメラの扱いに配慮しないユーザーも多いと思うのですが……。
高巣:カメラのズームレンズと違って、レンズの可動部分がなく、レンズ内部に空気が流れこむことがほとんどないので、レンズ表面が曇っても内部までは結露しにくい構造にはなっています。ただ、公式に動作保証まではしていないので、できるだけ急激な温度変化は避けていただきたいです。
――THETA Sで3代目となりますが、初代THETA、THETA m15、THETA Sと、どういった部分が違っているのでしょう? その進化点を教えていただけますか?
高田:初代THETAとTHETA m15の一番大きな違いは、動画への対応です。初代THETAは360度全天球の静止画しか撮れませんでしたが、THETA m15は最新のファームアップをご使用いただくことでフルハイビジョン相当の15fpsの全天球動画を最大5分まで撮影できるようになりました。また、機能ではありませんが、THETA m15は4色のカラーバリエーションを用意しました。
――ということは、初代THETAとTHETA m15は、レンズ光学系や撮像センサーはまったく同じなんですか?
高田:同じです。ただ、THETA m15は画像処理を少し変えていて、つなぎ合わせ合成時に2画面の明るさの差が目立ちにくいように微修正を加えています。
――初代THETAもファームウェアのアップデートで動画撮影に対応できるのではないか? インターネットで噂になっていましたが……。
高田:実は初代THETAも、ファームウェアアップデートで動画対応にしたいという思いはありました。しかし、動画を撮るための必要構成を考えていくと、どうしても付け加えなければならないハードウェアがあって、初代THETAのハードウェアでは動画に対応させることができませんでした。
――THETA m15とTHETA Sの違いは?
高田:一番大きいのは、解像度が上がって高画質になっている点です。初代THETAやTHETA m15の最終出力画素が約600万画素なのに対し、THETA Sは約1,400万画素と倍以上に増えています。これに伴い、内蔵メモリも4GBから8GBに倍増しています。また、THETA m15よりも大きな1/2.3型センサーを採用したことで、解像度だけでなく、低照度での画質も向上しています。
2つめのポイントとしては、動画の機能も強化されていて、フルハイビジョンという点は同じですが、フレームレートが15fpsから30fpsになり、より滑らかな動きで撮影できるようになっています。撮影時間も25分と長くなりました。
そして、3つめは、Wi-Fiのスピードが向上したことで、スマートフォンと接続したときに、ライブビューを見ながら撮影できるようになり、露出補正やホワイトバランスを変更すれば、すぐにその効果をスマートフォンで確認できるようになりました。
――初代THETAやTHETA m15はスマートフォンにライブビュー表示ができなかったんですか!?
高田:できませんでした。1回シャッターを切って、撮影画像をスマートフォンに転送してからでないと、構図やカメラ調整の効果を確認することができませんでした。
中平:360度が写る全天球カメラなのでライブビューがなくてもいいんじゃないかと考えていた部分もあるのですが、THETA Sがスマートフォンでのライブビュー表示に対応したことで、より一般の人たちにも興味を持ってもらえています。
――これまでライブビューに非対応だったとは知りませんでした(汗)。初代THETAからその存在は気になっていたんですが、周りのパノラマクリエイターから“人間楽しちゃダメになるよ(笑)”と言われて買うのを我慢していたんですが、さすがにTHETA Sになって解像度も画質も向上して、おまけに長時間の全天球動画も撮れるようになったと知って、いざ買うぞ! と思ったら、どこも品切れ状態で……。そこで、買う前にTHETA Sを試用してみたくて、今回のインタビューを(笑)。
高田:なるほど(笑)。これまで、画質的にTHETAの購入をためらっていた方々も、今回のTHETA Sなら気に入っていただけるのではないかと思っています。それに、先ほど説明した3つ以外にも、THETA Sは機能や使い勝手で進化しています。
それほど広く一般的に使われる機能ではないとは思いますが、ライブストリーミングでUSBやHDMIで映像を出力できるようになっています。また、THETA m15で動画を撮影したいときは、Wi-Fiボタンを押しながら電源ボタンを押す必要がありましたが、THETA Sは本体で静止画モードと動画モードを切り換えられるようになりました。
まあ、これはこれまでできなかったほうが問題かもしれませんが(苦笑)、THETA Sは、新しく筐体を設計し直すことで使い勝手の向上を根本から図りました。
――ライブストリーミング機能は、定点カメラなどで全天球画像を配信するために搭載したのですか?
高田:定点カメラ以外にも、防犯やセキュリティに使っていただいたり、一般コンシューマーとは異なりますが、大学や企業でロボットの眼としてTHETAを使いたい、という要望もいただきまして、さまざまな用途に活用できるのではと考えています。
――初代THETAやTHETA m15のセンサーサイズは、やはり非公開なんですよね?
高田:非公開です。THETA Sは、1/2.3型約1,200万画素センサーを2個搭載していて、約1,400万画素相当の全天球パノラマ画像を出力できます。
――ところで、THETA Sでセンサーサイズが大きくなっているにもかかわらず、レンズや筐体の大きさは、見ためにはそれほど変わっていないのが不思議です。
佐藤:初代THETAに比べ、レンズ径は約1mm、厚みがコンマ数mmほど増えていますが、ほぼ初代THETAのフォルムを踏襲することができました。レンズの明るさもわずかですが明るくなっています。センサーサイズが大きくなっているので、私的にはかなり頑張って小型化した、という自負があるのですが、一般の人から見れば、特に何も変わっていないように見えるんでしょうね(笑)。
――センサーサイズが大きくなれば、当然、レンズの焦点距離も長くなり、レンズ光学系も大型化しますよね? それをどうやって克服したのですか?
佐藤:そこはあまり詳しく語れない部分ですが、簡単に言うと“プライド”ですね(笑)。
――そんな(笑)。プライドだけじゃ小型化できませんよね。そこは、先ほど説明いただいた“屈曲光学系”で光路が長いという部分が有利に働いているんじゃありませんか?
佐藤:そうですね。あとは、レンズ構成自体も従来とは変えていて、より厚みが薄くなるように新規に設計し直しています。例えば、凸凸凹凸……といったレンズの並び方のパターンがありますが、そのパターンも従来とは変えています。また、THETA Sは、すべてガラスレンズを使っていて、コスト的には不利になりますが、高屈折の硝材を使うことができたのもレンズの小型化に寄与しています。
高巣:レンズユニットを従来とほぼ同じ大きさに抑えることができても、センサー自体が大きいので、センサーが装着されている基板はどうしても大きくなってしまいます。そのため、基板の大きさに押されて本体が大きくなるのを、いかに従来サイズで収めるか、が課題でした。
そこで、エレキ基板の設計者と、製造工程でどのように組み立て、調整を行うか、量産を確立する技術部で検討を重ね、組み立てや調整のしやすさを損なわず、基板のサイズを最小限に抑えるために、基板の一部を削ったり、角を丸めるなどしています。基板にこうした加工をするのはコスト的には不利になりますが、初代THETAのフォルムを可能な限り損なわないように、基板の小型化や形状の最適化を図っています。
――ピントは固定ですよね? ピント位置はどのあたりで設計しているんですか?
佐藤:無限遠で設計しています。焦点距離が非常に短いので、ピント位置を無限遠で設計しても、被写界深度的には10cmよりも遠くであれば、ほぼピントが合って見えます。
――遠景の描写が少し甘いという声もあるので、被写界深度を考慮して、多少、手前にピント位置を設定しているのかと思っていました。
佐藤:確かにそういう声がありますが、それは単純に倍率の差だと思っています。手前の被写体は大きく写るので多くの画素で記録できますが、遠くの被写体は小さく写るのでわずかな画素でしか記録できず、そのぶん、細かい部分が不鮮明に見えるのだと思います。
――THETA Sには絞りはないんですよね?
佐藤:ありません。開放F2.0での撮影となるので、露出レベルはシャッター速度とISO感度で調整します。逆にお尋ねしますが、絞りって欲しいですか?
――絞ることでより被写界深度を深くし、より近景までシャープに写せたり、高輝度部分の境界に発生するパープルフリンジを低減できるなら、絞り機構があった方が便利ですが、絞り機構を追加することで、サイズが増大するなどのデメリットが生じるようであれば、無理に絞りを付ける必要はないと思います。
佐藤:参考にさせていただきます。
――THETAは、2つの魚眼レンズとセンサーで撮影した画像をつなぎ合わせて全天球パノラマを生成していると思いますが、露出やホワイトバランス、シャッターが切れるタイミングがずれていると、つなぎ目が不自然になってしまいますよね? 2つの光学系と撮像系をいかに同期させているのか? 画像処理エンジンは1基なのか2基なのか? 画像をつなぎ合わせる処理やメカ機構の工夫について教えていただけますか?
中平:左右の撮像センサーの走査方向を合わせて、画面の上と下で時間差が生じないようにしています。撮った画像に対する色味や明るさの差は画像処理で補正しています。画像処理エンジンは1基です。
――AEの露出レベルはどうやって決めているのですか?
中平:中央重点測光に近い測光方式になっています。
――でも、2つのカメラが向いている方向が180度異なるので、明るい方向と暗い方向ではかなり露出レベルが違ってきますよね? 2つのカメラ映像を合成してから露出レベルを決めているのですか?
中平:合成する前ですね。両眼の測光値に差がある場合は、ISO感度を調整してバランスの良い露出が得られるようにしています。
佐藤:つなぎ目となる周辺部の明るさができるだけ一致するように、全体で露出レベルを見た後、画面周辺部の明るさも測って、つなぎ目が目立たなくなるように2段階でカメラの露出レベルを個別コントロールしています。それと、レンズのコーティングや撮像センサーの個体差による色味の違いは、製造時にキャリブレーションを行うことで個体差を補正しています。
ユーザーの要望にこまめに応えるTHETA用スマホアプリの進化
――スマートフォンアプリ“RICOH THETA S”には、オート/ISO優先/シャッター速度優先/マニュアルの4つの撮影モードが選べますが、オートを選択したときに、露出補正はできるのに、ホワイトバランスは変更できないので、ホワイトバランスをオート以外にしたいときは、他の撮影モードを選択する必要があります。
ただ、別に感度やシャッター速度まで細かく調整したいわけではなく、オートホワイトバランスでは色味がおかしいときに、太陽光ポジションなどに固定して、自然な色調にしたいだけなので、オートでもホワイトバランスを変更できるように、アプリを改善してほしいと思います。
高田:確かにそういった要望が多いです。アプリのUI追加で対応できることですので、今後のアップデート事項のひとつとして検討したいと思います。
――蛍光灯照明で撮影すると、フリッカーの影響で画面に縞模様が出てしまうことがありますが、自動的にフリッカーを検出して、フリッカーの影響が出にくいシャッター速度で撮影する機能は搭載されていないのでしょうか?
中平:オートモードで搭載されています。が、蛍光灯の明るさによっては補正しきれない場合があります。そのような場合は、マニュアルモードを選択し、感度を低く設定し、できるだけシャッター速度を遅くして撮影してみてください。
――ISO優先モードでISO 100に設定すれば、三脚を使って低ノイズで高品位な全天球パノラマが撮影できますが、そもそもISOオートで撮影した場合、どのくらいで感度が上がり始めるのでしょう?
中平:手ブレ秒時まで低感度で引っ張るような線図になっています。詳しくはいえませんが、F2.0の短焦点なので、ちょっと暗めの室内などでは、低感度のままだということがご理解いただけると思います。
――オートモードに、“DR補正”と“ノイズ低減”という機能がありますが、それぞれどのような効果があるのでしょうか?
高田:“DR補正”は、白飛びをなるべく抑えるオプションで、露出レベルを1段暗めに撮影して、中間調やシャドウ部を画像処理で持ち上げ、全体の明るさを整えています。
“ノイズ低減”は、明るさに応じて動作を切り換えていて、感度を抑えてスローシャッターで撮る場合と、複数枚撮影してそれを合成してランダムノイズを抑える場合があり、いずれも三脚撮影が前提です。
――なるほど、ノイズリダクションでノイズを目立たなくする機能ではないんですね。
高田:星を撮影するときは、マニュアルモードに切り換え、感度を抑え、スローシャッターで撮影していただくのがベストですが、一般的な夜景であれば、オートモードのノイズ低減で十分きれいに撮れます。
――今回、THETA Sを使ってみて、いちいちスマホとつないでシャッターを切るよりも、カメラのシャッターボタンを直接押した方が、すばやく、しかも確実にシャッターが切れて快適でした。
ただ、この撮影スタイルだと、指が大きく写ってしまい、構図的にも限定されるので、カメラ本体のシャッターやスマホアプリのそれぞれでセルフタイマーが使えるようになれば、もっと便利に快適に全天球パノラマ撮影が楽しめると思うのですが……。
高田:セルフタイマー機能はファームアップネタの1つとして検討しています。載るかどうかはまだ分かりませんが、やはりそういう要望が多いことは認識しています。ただ、カメラのボタンが少ないので、どのようなUIが分かりやすいのか、いろいろ考えています。
――静止画と動画切り替えのボタンで、静止画/静止画セルフタイマー/動画とトグルに変わるようにして、静止画セルフタイマー時には、カメラのアイコンを点滅させるようにすればいいと思います。
高田:そういった案もあります。どういった組み合わせがいいのか、考えていきたいと思います。
――スマートフォンのアプリにセルフタイマー機能を追加するのは、比較的簡単ですよね?
高田:インターバル撮影の機能を利用すればセルフタイマーのような撮影ができます。ただ、スマートフォンと接続する必要があるので、カメラのみでできる方が好ましいと思っています。
――スマートフォンとうまく通信できないというか、ライブビューが表示されず、固まってしまうことがあるのですが……。
高巣:周囲にWi-Fiの電波がいっぱい飛んでいて、チャンネルが埋まっていると、混信してうまくつながらないことがあります。
――周囲に誰もいない場所だったんですが……。
高田:ライブビューが表示されないことがあるという報告は受けていて、現在、原因を究明中です。
――できたら、USBホスト機能でスマホと有線接続して、確実に撮りたい瞬間にレリーズできるのが理想です。雲台部にUSB端子とHDMI端子、三脚ネジがあって、手元にレリーズボタンがある純正のTHETA棒をぜひ出してほしいですね。スマホ片手に操作するのは、やはり不安定ですので……。
高田:そういった可能性も検討していきたいと思います。
――期待しています。360度の全天球パノラマをMirror BallやLittle Planetといった投影方法に変換すると、1枚の静止画としてもかなりインパクトがある写真表現にできると思いますが、現状ではスマートフォンアプリ「THETA+」を使わないと、Equirectangular(正距円筒図法)からLittle Planetなどに投影方法を変換できません。PC版のアプリでも投影方法を変換できるように機能を追加する予定はありますか?
高田:基本的にスマートフォンで使っていただくことをメインに考えていて、PC版のアプリは必要最低限の機能だけという方針です。
――なぜ、こういう質問をしたかというと、THETAで撮影した全天球パノラマ画像の色やコントラストを調整したり、ノイズリダクションをかけたり、HDR風の仕上げにしたりといった処理を行おうとすると、やはりパソコンのレタッチソフトの方が便利だったり、機能が強力だったりしますが、Equirectangularの画像をLittle Planetに変換する手ごろなツールがほかにないんですよね。
高田 そうした画像処理がスマートフォンアプリでできればいいですよね? 我々はTHETA+の編集機能をどんどん追加していこうと考えています。
――テーブル三脚などを使って撮影したときに、底面に写ったテーブル三脚やTHETA自身の影を埋めるスタンプ機能がアプリにあるとうれしいのですが……。
高田:そうですね。アプリ側でそういった要素技術開発を始めています。具体的にいつアプリに反映されるかまでは明言できませんが、今後追加される機能の候補の1つです。
――最近、Facebookが360度動画の投稿に対応しましたが、THETA Sで撮影した動画をそのままアップロードすると、2画面(デュアルフィッシュアイ)の動画になってしまいますよね? これを一般的な360度動画に変換するには、PC版のアプリを使う必要があります。なぜ、スマートフォンのアプリに、動画の変換機能がないのでしょうか?
高田 iPhoneアプリであれば、THETA Sから動画を取り込む際にEquirectangularに変換を行うので、そのままFacebookに投稿できます。Android版アプリは、Nexus 5Xや6、Galaxy S6、Xperia Z4など一部機種のみ、動画を共有してSNSに投稿する際に、動画をEquirectangularに変換することができますが、それ以外の機種は、現状、PC版アプリで変換させる必要があります。
Androidは非常に機種が多いので、デュアルフィッシュアイからEquirectangularに動画を変換する機能を搭載したくても、なかなか一筋縄ではいかないので、現時点では機種個別対応になっています。
――いずれ上記以外のAndroidでも、Equirectangularへの動画変換に対応する予定ですか?
高田:そのつもりで開発を進めています。
――期待しています。人の顔などをぼかす機能もiPhone版アプリのみの対応ですよね? このぼかし編集機能もいずれAndoroid版にも搭載されるんですよね?
高田:搭載したいと思っています。特にTHETA Sは高解像度になっているので、ぼかし編集機能の必要性がより高くなってきたと思っています。ただ、先ほど説明したように、Androidにはさまざまな機種があるので、少々時間はかかるかもしれませんが……。
――ライブストリーミング時は、デュアルフィッシュアイで表示されますが、全天球モードに変換してストリーミング再生することはできませんか?
高田:カメラ本体で動画変換しながらライブストリーミングを行うのは負荷がかかるので、2つのセンサーからの映像をつなぎ合わせないデュアルフィッシュアイで出力していますが、USBでパソコンに採り込む際に、デュアルフィッシュアイからEquirectangularに変換するソフトウェアを現在開発しています。そう遠くないうちにリリースできると思います。
また、動画編集機能も開発を行っていて、より簡単に360度動画を編集してSNSなどにアップロードできるようになる予定です。
――360度動画の編集はまだまだいろいろなお約束があって難しいので、スマホのアプリで簡易動画編集ができるようになると便利ですね。楽しみにしています。
◇ ◇
【実写ミニレビュー】奇抜で新しい写真表現が“気軽に”楽しめることの大切さ
僕が本格的に全天球パノラマに興味を持ったのは2006年ごろ。デジカメWatchのシグマ 8mm F3.5 EX DGサーキュラーフィッシュアイのレビューで、当時のパノラマ撮影機材を紹介しているが、APS-C一眼レフにフルサイズ用円周魚眼レンズを装着して、仰角気味に水平4カット+下2カットを撮影し、PTGuiというパノラマ専用ソフトを使って高解像度のQuickTime VRを作成していた。
ただ、せっかく全天球パノラマを作って公開しても、パソコン画面でクルクル回せて面白いね、で終わってしまって、なかなか全天球パノラマに興味を持ってもらえなかった。しかし、今では360citiesのような手軽に全天球パノラマを投稿できるサイトも登場し、それをスマートフォンのアプリで楽しめる鑑賞環境も整ってきた。
THETAが登場したのは、まさにそんな鑑賞環境が整った絶好のタイミング。とりわけ3代目にあたるTHETA Sは、従来よりも高解像度になり、フルハイビジョン動画も25分撮影できるようになったことが決定打となり、もはや我慢しきれず、ついにTHETA Sに手を出してしまった。
画質という点ではまだ自分でパノラマを作成した方が上だが、なにしろワンショットで360度の全天球を記録できる手軽さと、その臨場感は何物にも代えがたいものがある。とりわけ、Little PlanetやMirror Ballといった投影手法で出力したものは、写真表現として素直に面白い。
これを作品と呼べるまでに表現を昇華させるのは大変かもしれないが、そんな小難しいことは考えず、とにかく気楽にこの奇抜な世界を楽しむのが正解だろう。脚注に作例のURLを載せているので確認してみてほしい。