インタビュー

新レンズ投入で第2章を迎える「ライカSLシステム」

アポ・ズミクロンの"アポ"とは? ドイツ本社のキーパーソンに聞く

ライカのプロ用カメラシステムを統括するステファン・シュルツ氏(左)と、ライカSLシステムのプロダクトマネージャーであるステフェン・スコップ氏(右)

ライカカメラジャパンは1月26日から1月28日にかけ、東京・月島のスタジオギアと京都のADスタジオでミラーレスカメラ「ライカSL」の製品イベントを開催した。同イベントのために来日していたライカカメラ本社の製品担当者へのインタビューをお届けする。

話を聞いたのは、ライカのプロ用カメラシステムを統括するステファン・シュルツ氏と、ライカSLシステムのプロダクトマネージャーであるステフェン・スコップ氏の2名(以下敬称略)。2015年の登場から着実に完成度を高めてきたライカSL本体と、軽快さが身上の新レンズ「アポ・ズミクロンSL」の登場によるライカSL"第2章"突入とも言える現状について、気になるところを質問した。

ライカSL+ライカ アポ・ズミクロン SL F2/75mm ASPH.

――ライカSLの発売から2年が経ちましたが、ユーザーの反応はどうですか?また、ライカSLシステムの完成度は当初目標のどのぐらいまで到達しましたか?

シュルツ:撮影画質やEVFに関して、使っている方の反応がとても良いです。システムの完成度は、まだ何%とは言えません。システムカメラとして10年単位の長いスパンで考えていて、これからももっとレンズを出していくからです。ファームウェアもアップデートを続けていきます。

――新しいアポ・ズミクロンSLシリーズはどれも鏡筒デザインが共通ですが、その狙いは何ですか?SLレンズで動画撮影をされる方も多いのでしょうか。

スコップ:ライカは決して大きな会社ではありませんから、部材の共有による開発の効率化が理由のひとつです。ユーザーの観点では、レンズを取り替えても使い心地が変わらないメリットがあるでしょう。ライカSLレンズでの動画撮影は、ロケハンやドキュメント撮影、ブロガーの方々がお使いのようです。

シュルツ:動画撮影をされる方々は動画撮影用のリグに組むので、レンズの長さ、フィルター径、フォーカスリングの位置を揃えています。

左からライカ アポ・ズミクロン SL f2/90mm ASPH.、ライカ アポ・ズミクロン SL f2/75mm ASPH.

――新しいアポ・ズミクロンSLレンズのフローティングフォーカス機構について謳われている「デュアルシンクロドライブ」とは、どんな技術ですか?

スコップ:デュアルシンクロドライブは、近距離撮影でも画質を維持するのに有益なフローティングフォーカス機構において、2つの独立したフォーカシングユニットをそれぞれ別のモーターで駆動する仕組みです。一般的なフローティングフォーカス機構のように、2つのフォーカシングユニットがメカ的に連動していません。

――フローティングフォーカスの2群を別々のモーターで動かす仕組みは珍しいと思いますが、採用のメリットはどんなところですか?

スコップ:ライカSLのようにコントラストAFのミラーレスカメラでは、ピント位置を探すためにウォブリング(フォーカスレンズ細かく前後させる)をするため、フォーカスレンズを高速に動かす必要があります。2群に分けることでそれぞれのフォーカス群が軽くなって高速化に有効なのと、メカ的な連動がないことで鏡筒内部の省スペースにもなり、光学設計の自由度が高まります。それもあって、開放F2の大口径でありながらコンパクトなレンズに仕上がりました。

――デュアルシンクロドライブを取り入れているのは、今回の75mmと90mmだけですか?

シュルツ:発売済みの90-280mmにも入っていますし、今後登場する35mm F2と50mm F2にも入ります。開放F2のアポ・ズミクロンシリーズはF2.8-4といった開放F値のズームレンズより大口径なので、フォーカスエレメントも大きくなりがちです。それを2群に分けられるため、よりレンズ自体の軽量化に効果があります。

――今回発表の新しいF2単焦点レンズは全て「アポ」(APO=アポクロマート)を冠しています。現在アポを名乗るライカレンズは、アポが付かないものとどう違うのですか?

シュルツ:ライカレンズはもともと色収差を厳しく補正していますが、何をどう実現したからアポを名乗れるかという業界的な基準はありません。しかし、アポと名乗るからにはかなり高いレベルで色収差補正を実現しているのが大前提です。

一般的なレンズでは色収差補正を2つの波長(色)に対して行うところ、アポクロマートは3つの波長に対して行う点が異なります。ライカでアポと名前のつくレンズは後者の基準を厳しく満たしており、通常のレンズ以上に色収差について厳しくチェックされています。

スコップ:今後加わる35mm F2にもアポの名前が付きます。色収差は望遠レンズほど出やすいのですが、35mmという広角寄りのレンズでアポを名乗るというところに、ライカの並々ならぬレンズ性能へのこだわりを感じてもらえると思います。

シュルツ:周辺部の色ズレ(倍率色収差)はデジタル補正も容易ですが、フォーカス位置により出方が変わるニジミ(軸上色収差)はそれが難しいです。SLレンズの「アポ」は、そうした撮影距離による色収差の変動も踏まえた光学設計のうえで名乗っています。

――高性能レンズほど、組み立てや調整の精度管理も最終品質に大きく響いてくると思いますが、その点でのチャレンジはありますか?

スコップ:今回のレンズは光学設計的にも新しいですが、新しい試験機械を導入するなど、工場の生産ラインも今までと全く違う考え方で作りました。

――今回のレンズで製造が難しいところはどこですか?

シュルツ:使用するガラスの種類(硝材)によっては傷がつきやすく加工の難しいものもあり、それをさらに大口径で、研磨加工で非球面レンズにして、といったチャレンジがあります。

スコップ:ライカの非球面レンズでもプレス加工のモールドを使う場合があります。しかし今回のレンズでは扱いが難しい硝材を使うため、研磨加工でないと求める性能が出ませんでした。

シュルツ:ウェッツラー本社内の工場では、非球面レンズを磨いてすぐ、隣のコーティング機に入れることができます。このプロセスをライカでは「Wet to Wet」と呼んでいますが、こうした設備のおかげでデリケートな硝材を扱えるようになり、ライカならではのより高性能なレンズを作れます。

――アポ・ズミクロンSLの単焦点レンズはどれも開放F2という明るさですが、より明るいF1.4などを求める声はありませんでしたか?

スコップ:レンズのサイズ感と画質のバランスがよいのがF2でした。AFレンズは構造上どうしてもMFレンズより大きくなるので、F1.4はあまりに大きくなってしまいます。そこで、サイズとパフォーマンス、AF速度などの究極的なバランスを考えてF2にしました。これらのレンズはピント面の解像力がとても高いため、同じ開放F値でも被写界深度(ピントが合って見える範囲)がより浅く感じられ、立体的な写真になります。

最新のアポ・ズミクロンSL 75mm F2と、旧製品ズミルックスM 75mm F1.4の比較。

――新レンズの登場で改めてライカSLに注目する方々には、どんなところを試してほしいですか?

スコップ:とにかく、カメラを構えて、ファインダーを覗いてみてほしいです。また、75mm/90mmのアポ・ズミクロンSLを組み合わせた軽快なハンドリングも試してみてください。4月以降には16-35mmの広角ズームも発売になります。これは風景写真にもピッタリでしょう。

シュルツ:まず、「ライカレンズは安価ではない」と言っておかねばなりません。しかし、数十年前のM型ライカ用レンズが現在でも活躍しているように、高い品質を保ち、長きにわたって使える投資です。

ライカレンズが何十年も使える理由には、フィルム時代からフィルム自体を上回る性能のレンズを作ってきたことがあります。フィルムがレンズほどの性能を持っていないことをライカは知っていたからです。現在も同じアプローチで、現行のイメージセンサーの性能を上回る光学性能を確保できるレンズを作っているので、これからもいい写真を長きにわたって撮ってもらえると思っています

本誌:鈴木誠