インタビュー

ソニーが誇る最高峰レンズ「G Master」シリーズの取り組み(後編)

どれほど妥協がないのか? 高精度・高コストのパーツ達

ソニーがEマウント最高峰のレンズとして2016年から展開する「G Master」シリーズのインタビュー後編をお届けする。G Masterシリーズがソニー最高峰たる理由について、今回もメーカー担当者に聞いた(編集部)。

話を聞いたソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社 デジタルイメージング本部の面々。左から第2ビジネスユニット(Lens&Peripheral)担当部長の岸政典氏、第2ビジネスユニット(Lens&Peripheral)シニアゼネラルマネジャーの長田康行氏、コア技術第1部門 光学設計部 静止画光学設計担当部長の金井真実氏。

ミラーレスカメラならではの機能を活かすボタン

——ボディとともにレンズも進化していくという意味では、「Gレンズ」および「G Master」レンズの側面にあるフォーカスホールドボタンなどは、ボディ側が進化した時に対応できる機能のひとつに見えますね。

フォーカスホールドボタン。100-400mmでは鏡筒側面の3方向に備わる

長田:フォーカスホールドボタンはG Master以前から導入していたのですが、その名称からフォーカスホールドにしか使えないと思われているケースが多く、カスタムボタンとしても使えることをアピールさせていただいています。

割り当てできる機能は使用するカメラボディによるのですが、ボディ側のカスタムボタンと同様にほとんどの機能を割り当てできるようになっています。

その中でも、ポートレート撮影によくお使いいただいている機能は「瞳AF」のONですね。これなども、高速なAFサンプリングにより瞳検出とAF追従が可能なαならではの機能です。ボディ側の機能を踏まえて、レンズもそれに対応できる機能を追加していかなければいけないという一例と言えますね。

フォーカスホールドボタンの割り当て選択画面

——「瞳AF」の割り当てができるとなると、ミラーレスカメラならではの優位性アピールにつながりそうですね? 瞳AFでは、モデルのまつげにジャストでピント合わせができますから、ポートレート撮影でこれほど使いやすいAF機能はかつてないと思います。

岸:そうですね。例えば、ポートレートを撮影されるお客様には、瞳AF機能をフォーカスホールドボタンに割り当ててから瞳AFがより一層使いやすい機能になったと言っていただくことも多くなりました。

——実際に使いますと、通常撮影時は指定したフォーカスポイントなどで撮影し、フォーカスホールドボタンを押している間だけ瞳AFにすることができ、瞬時に切り替えできる点がいいですね。

岸:そうです。押している間だけ瞳AFにできますので、通常のAFと瞳AFをシームレスに使い分けられる点が撮影時の使いやすさにつながっています。

——動画撮影での使い勝手も意識した機能はありますか?

岸:G Masterでは特に、AF動作のためのアクチュエーターを静止画だけでなく、動画撮影にも適したものにしています。さらにAF動作に関しても、静止画撮影と動画撮影の両方に対応できるように各モードごとの最適なチューニングを徹底的に行っています。

同じAFでも、静止画と動画では全く違うAF動作が求められます。静止画では最終的に露光開始までにいかに速く正確にフォーカスを合わせるかが重要ですが、動画の場合はフォーカスが合うまでの過程も全て記録されますので、そこも考慮する必要があります。違和感のないフォーカスの合い方や止まり方のほか、動作音の低減も求められます。静止画と動画のAF動作は全く求められるものが異なるので、両立が非常に難しい部分です。

また、動画撮影ではマニュアルフォーカスを使用して撮影者の意図通りのフォーカス送りを求められる場合も多いため、G Masterではマニュアルフォーカスリングの繊細な操作性やフォーカスリングの微小な動きに応じたフォーカスレンズの微妙な反応まで徹底的にチューニングして作り込んでいます。

金井:動画の場合、フォーカス時に画角の変動があると不自然に見えますので、そこも光学設計を工夫して徹底的に抑えなくてはいけません。

光学設計では後から何かの機能を追加するということは非常に困難なので、最初から静止画と動画の両方に対応した設計を考慮する必要があり、設計難易度はさらに上がることになります。

コア技術第1部門 光学設計部 静止画光学設計担当部長の金井真実氏

——動画を撮影される方はそういったところまで意識される方が多いのですね。

岸:はい。マニュアルフォーカスは静止画を撮る方がメインでお使いになると思われがちですが、実際には本格的な動画撮影でお使いになる方も多く、かなり細かい操作フィーリングにまでご要望をいただくことが多いですね。

——ところでG Masterレンズの大きさ・重さに制限はありますか?

岸:特に制限を設けているということはありません。光学性能を第一優先に置いて設計しています。とは言いましても、常識的な範囲で、できるだけ小型軽量にという方向にはなります。

——例えばフィルター径は72mm、77mmのほか82mmもありますね。

金井:以前はできるだけ77mm以下でという考えもありましたが、G Masterの24-70mmと16-35mmにおいては周辺部まで最高の画質性能を実現させるために、フィルター径を82mmにいたしました。

光学系を小さくしようとすると光線を無理に曲げる必要が出てきますので、その部分でどうしても収差が発生してしまう性質があります。その一方、光学性能を上げていくには光線を無理に曲げない設計が基本となり、レンズの小型化と求める画質の両立を考えた時に、フィルター径82mmが必要だったということです。

シビアな製造基準。「解像とボケの両立」とは?

——G Masterでは妥協のない光学設計を行なっているとのことですが、光学設計においてよくある妥協点とはどんなことがあげられますか?

金井:G Masterに関しましては、持ちうる究極の技術を投入して解像とボケを非常に高いレベルで達成するという命題がありますので、そこには妥協はありません。しかし普及モデルなど、製品の位置付けによっては「お求めやすい価格で」というコンセプトがあるため、そこでは妥協というよりバランスの取り方の違いが出てきます。

例えば、解像力を悪くしてでもボケを優先するということもないでしょうし、解像力だけを追求してレンズ自体のサイズはどれほど大きくても良いとか、AFがすごく遅くても良いなどということにもなりません。そのモデルに対して求められる性能に応じて、解像力、ボケ、サイズ等のバランスをとります。妥協というよりも、設定した条件と目指す性能に応じてバランスをとる作業ということになるのかなと思います。

——逆にG Masterを設計する上で、通常なら妥協してしまうところを妥協しなかった点は例えばどんな部分でしょうか?

金井:繰り返しになりますが、「解像とボケ」は基本的には光学的に両立しない要素です。収差を取り去って解像性能を上げていくとボケは硬くなりがちですし、球面レンズだけを使って球面収差を補正過剰にすると二線ボケになります。とはいえ、解像力を追い求める中でもボケが綺麗になる領域が、非常に狭い領域ですが存在します。収差図だけで評価するのではなく、ボケをシミュレーションする技術によって実写画像に近いボケ像を見ながら、解像はもちろんボケの形も追い込んでいくということをやっています。そうした光学設計の点では一切妥協していません。

岸:ボケと解像がバランスする設計的な理想ポイントは、本当にピンポイントでしかなく、それを製造で1台1台再現することがまた非常に大変です。加工誤差や寸法バラつきを持った部品を普通に組み込んだだけでは、これらのバラツキ要素が光学性能に影響を与えてしまい、設計の理想とするボケと解像の両立は実現できません。各部品の出来栄え寸法を限界まで追い込むと同時に、組み立て時においても繊細な部品固定位置の調整や組み合わせる部品寸法の管理を行いながら、1台1台が設計の狙い通りの理想のポイントに近づくように作り込んでいきます。

レンズ配置によりボケが変化するイメージ

——製造のバラツキが許される範囲は非常に狭いのですね?

岸:そうです。一般的なレンズの基準でパーツを製造すると、とても我々が目指している性能レベルは実現できません。そこで各パーツの加工精度を上げるとともに、G Masterの鏡筒内部には様々なパーツの組み付け精度を調整する機構を設けています。これらの機構を使って、各レンズごとに専用に開発された調整設備でレンズを1台ずつ調整しながら求められる基準に合わせて組み立てていきます。

——それくらい厳しくないと成立しない世界で作っていると。

岸:解像性能も基準は厳しいのですが、ボケと両立できる範囲内に各収差を入れ込むための調整にも、非常に手間がかかっているのです。

——解像力は50本/mmを基準にした設計を行なっているということですが、これを達成するためにどんな技術が必要ですか?

金井:主なものとしては、G Master用に新たに開発したXA(超高度非球面)レンズをはじめ、Eマウントのショートフランジバックを活かしたレンズ構成による光学系の開発、そのレンズ構成を配置した際に性能が成立するようなメカ構成やアクチュエーターの開発などです。ですから、光学系だけでなくそれを保持する構造体を含めた開発によって初めて50本/mmという世界が成り立つと考えています。

——ちなみに従来の設計基準は何本/mmだったのですか?

金井:カタログの表記と同じく、30本/mm前後です。

——カタログのMTF図に50本/mmがないのはどうしてですか?他社の製品よりも圧倒的に優れているところがアピールできると思いますが。

金井:50本/mmはかなりの高周波ですから、読み取れる情報も多いのですが、逆に誤解を生むことを懸念して、公開は30本/mmまでとさせていただいています。ちなみに24-70mmの70mm側だけは、50本/mmのデータをWebページで公開しています。

岸:50本/mmのデータを公開しても良いのですが、一般的なレンズデータは30本/mmまでしか記載されていない場合も多いので、30本と50本のデータを混同して比較された場合に誤解を生む可能性もあります。また、50本/mmのデータから、設計思想などの詳細がある程度わかってしまう部分もあり、公表は控えさせていただきました。

——高周波のMTFと低周波のMTFを同時に上げることはできますか?バランスを取るとすれば、どういう時ですか?

金井:基本的には高周波と低周波のMTFを両方とも上げるようにしています。ただし、先ほどの通りボケをどのような味付けにするかをコントロールする上で、高周波と低周波のMTFのバランスを多少コントロールすることはあります。

——いっぽうでG Masterは、ミノルタ時代のαレンズの美しいボケを継承しているとも言われますが、ミノルタ時代のレンズのボケはなぜ評価が高かったのでしょうか?どんなボケでしたか?

金井:ボケ評価をする際、ミノルタ時代を直接継承するというよりは、「当時のレンズのボケの良さはこういうところにある」という認識を共有して評価している部分があります。具体的には、点光源の背景ボケが二線ボケにならないことですとか、エッジの目立たないボケが美しいボケの条件だと考えます。それだけでなく、例えばポートレート撮影時に主被写体の部分は高周波部分に芯が残っていて、背景のボケはなだらかできれいになるバランスをとるなど、レンズのコンセプトに応じたボケの特徴をもたせています。

岸:銀塩時代に求められていた解像力と現在求められている解像力が若干違うと思いますので、単純な比較はできないと思いますが、「こういうボケ味が理想だ」とするところは感性による部分も大きいと思います。そうした数値化が難しいボケ描写を、各レンズの理想を目指して徹底的に追求する考え方はミノルタ時代から今でも大切にしている部分だと思います。

——G Masterではピント近傍から少し離れたところのボケまで、全てケアしているのでしょうか?

金井:全領域をチェックしていますが、レンズによって使われるシーンがある程度決まってきますので、例えば85mmや100mmはポートレート撮影の距離で最適なボケが得られるように調整しています。また、背景ボケと前ボケは両立し難いため、基本的には背景ボケを重視して調整しています。例外的にFE 100mm F2.8 STF GM OSSはアポダイゼーション光学エレメントの効果を用い、背景ボケと前ボケを両立させています。

FE 16-35mm F2.8 GM、FE 100mm F2.8 STF GM OSS

岸:ボケに関しては色々な撮影環境を想定しなければいけない中で、従来は収差図と経験則で判断することが多かったのですが、ボケシミュレーションの開発により色々な撮影シーンを設計段階からシミュレーションできるようになりました。例えば「このポイントで一番ボケがきれいになるように調整する」といった微妙な設計ができるようになってきています。

——その“ボケシミュレーション”とはどんな技術ですか?

金井:レンズの設計データをシミュレーションソフトに入れて撮影条件を設定すると、ボケ像が実際の画像として出力されというものです。

——スポットダイアグラムのようなものですか?

金井:スポットダイアグラムでは点像の振る舞いしか見られないですし、カメラ側での画像処理の情報もないので視覚的にわかりにくいところがあります。一方、ボケシミュレーションでは画像処理を含めて実際に見えるものに近い画像で確認できます。

——その上で、G Masterが目指す美しいボケとは具体的にどんなボケですか?図などがあれば交えてご説明をお願いします。

岸:これは、説明会などでよく使っている図ですが、左側が一般的にあまりきれいでないとされるボケで、右側がG Masterが目指すボケの一例です。

ボケシミュレーションの概念

——これはわかりやすいですね。右のボケは中心に明るさのピークがあって、周辺になるに従ってなだらかに暗くなり、エッジが柔らかくなっていますね。

岸:これはほんの一例ですが、被写体との距離や背景との位置関係によりボケの形は変わりますので、どの距離においてもボケ像が理想に近くなるように微妙なバランス取りを行っていきます。こうした柔らかいボケを実現しながら、解像性能も高次元で両立するのがとても難しいのです。今まで両立が不可能だった次元で両者を実現することで、今までになかった絵が撮れるというところが、G Masterの醍醐味になっています。

——無限遠と至近撮影で、解像とボケのバランスを変えるということはありますか?

金井:はい、そういうこともあります。撮影距離によって収差形状は変化しますので、無限遠はボケをそれほど重視する必要がないため解像にウェイトを置き、写真表現上ボケが重要になる近距離においてボケを重視するというバランスを取ることもあります。

——G Masterシリーズのレンズには、超高度非球面XA(extreme aspherical)レンズが使用されているということですが、”超高度”とは何が高度なのですか?

金井:これが実際のレンズです。XAレンズは非球面の面精度(曲面の正確さ)と滑らかさ(表面の荒さ)の2点を、従来の非球面レンズよりも桁違いに高精度で製造しています。

XAレンズ。外周の墨塗りを行う前と後のもの。

——どうやって作っているのですか?

岸:これは弊社の愛知県にある工場(ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ株式会社、幸田サイト)で製造しているのですが、長年にわたって開発してきた独自プロセスとノウハウが含まれる部分ですので、詳細な加工プロセスは公表しておりません。

——絞り羽根が11枚というのは多いですね。絞り機構でのこだわりはありますか?

岸:古くから我々は絞りの円形比(どれだけ円形に近くなるかの比率)というものにこだわってレンズを開発してきました。絞り羽根の枚数が多くなるほど円形には近づくのですが、枚数が増えると羽根の摺動抵抗がその分増え、絞り動作が不安定になったり、部品の寸法精度が不充分だと実絞り値がばらついてしまうという問題が起こりやすくなります。

しかしG Masterでは、絞り羽根の1枚1枚の加工精度も厳密に管理し、絞り精度も充分に確保した上で、動作時の抵抗を低減し、11枚の絞り羽根であっても充分な動作性能を実現しています。さらに、動画対応ということで動画撮影中にも違和感のない、なめらかな絞り開閉動作を実現できるように設計しています。独自の絞り制御アルゴリズムの搭載も高速でなめらかな動作を実現するための重要な要素です。

11枚羽根の絞りユニット。円に近い形状を保つ
円形絞りのイメージ

AF駆動と手ブレ補正機構を支える技術

——次に機構部分について、AFに使用されている主なアクチュエーターとそれぞれの機能と特徴を教えてください。

岸:G Masterシリーズではソニー独自のフォーカス用アクチュエーターを使っています。これはリニアモータータイプの一例ですが、ガイド軸で中空に保持したフォーカスレンズ群をマグネットと電磁石により、光軸方向にダイレクト駆動する構造になっています。同じリニアモーター方式といっても各レンズごとにアクチュエーターのサイズやレイアウトは最適化設計をしていますので、例えば70-200mmと100-400mmでもサイズや特性は全く違っています。

リニアモーターの一例

光学的な解像性能がどんなに良いレンズでも露光の瞬間にピントが合っていないと本来の解像性能が発揮できませんので、フォーカス駆動精度は光学設計と同じレベルで非常に重要です。解像度の高いレンズだからこそフォーカス精度もワンランク上の性能を実現しなければ本来の解像性能が発揮できません。そのためにG Masterには、各レンズの特徴に合わせて最適化したアクチュエーターを専用設計して搭載しているのです。そうしたところもG Masterシリーズの特徴になっています。

——G Masterに使われているフォーカスアクチュエーターは何種類くらいあるのですか?

岸:現在採用しているアクチュエーターの方式としてはリングドライブSSM、そして今ご紹介したリニアモーター、それとダイレクトドライブSSM(DDSSM)があります。DDSSMは超音波振動による駆動方式なのですが、リングドライブSSMのように回転方向の駆動力を発生するのではなく、直進方向にダイレクトに駆動力を発生させるモーターです。回転運動を直進運動に変換する必要がないため、駆動部材の無駄な負荷を最小限に抑えることができ、高速で非常に応答性の良いフォーカス駆動構造が実現できます。構造はシンプルですが、部品精度や組み付け精度は非常に高いレベルが要求されると同時に、駆動には非常に高度な制御技術が必要となります。このように様々な特性を持つ自社開発のアクチュエーターをレンズごとに専用設計し、それぞれの光学設計に最適なアクチュエーターを同時開発できるところがソニーの強みでもあります。

——ちょっとややこしいですが、リニアモーターとDDSSMの違いは?

岸:両方とも直線方向に動くモーターですが、リニアモーターは電磁力で駆動するのに対し、DDSSMは超音波振動によって駆動しているという違いがあります。

DDSSM

——16-35mm、70-200mm、100-400mmは、2つのフォーカス群を持つフローティング機構を採用していますが、フォーカス群を2つに分ける理由は?

金井:フローティングフォーカスの光学的なメリットは、無限遠から至近まで高いレベルの画質を実現できるということです。フォーカスユニットを2つ独立で動かせることで最短撮影距離をより短くでき、さらに至近での画質を上げることができます。

岸:ソニーでは、2系統のフォーカス群を完全に独立したアクチュエーターで動かすフローティングフォーカス機構を採用しているのが特徴になっています。

例えば、100-400mmのフォーカス群は前後に2系統あるのですが、それぞれ完全に独立したアクチュエーターを使って駆動しています。一般的なフローティング機構では1つのフォーカスカム環に2系統のカム溝を切って1つの回転運動で2つのフォーカス群を動かす構造が一般的ですが、この方式の場合はメカ的な構造制約が多く、焦点距離や被写体距離の変動に対して、光学設計として理想的な収差補正設計ができない場合があります。また複雑な機構のメカ部品の寸法誤差のバラつきに関してもダイレクトに光学的な影響を受けることになりますし、鏡筒重量も重くなります。

100-400mmの場合は前側がDDSSMで、後ろ側がダブルリニアモーターを採用しています。それぞれのフォーカス群を完全に独立して駆動できるため、光学的な設計自由度が高いというメリットがあると同時に、メカカム方式で問題となる部品寸法誤差の累積に関しても、各フォーカス群を独立駆動することで、ばらつきをキャンセルすることが可能となり、レンズ1本1本を理想的な光学状態で製造することが可能となります。またレンズ重量の軽量化にも寄与しています。

100-400mmのフローティングフォーカス機構

——AF動作的なメリットはないのですか?

岸:AF速度的にも、1つの重いフォーカス群を動かすよりも、複数の軽量なフォーカス群を動かす方が応答性に関して非常に有利です。重いフォーカスユニットでは加減速に大きなエネルギーが必要となり、動かすのも大変ですが止めるのも大変になります。大きい自動車は車両重量もあるため、加速しにくく、止まりにくいということと同じ原理です。その点、フォーカスユニットを複数にしてそれぞれを軽量化すると応答性が非常に良くなり、短時間で高速に動かせますし、停止精度も高められるメリットがあります。

ただし、2つのフォーカスユニットを完璧に同期してコントロールしなければならず、片方のフォーカスユニットがずれるだけでピントが合わなくなってしまいますので、制御は非常に難しくなります。特にコンティニュアスAFで動体に追従した連続撮影を行うときは、2つのフォーカスユニットが動いては止まるという動作を高速に繰り返しますから、その間にも2つのフォーカス群の位置関係を完全に同期してコントロールするには非常に高度な制御技術が必要となります。

α9との組み合わせでは秒間20コマという高速でのAF追従の連続撮影にも対応しておりますし、AF演算に関しては最大で秒間60回行われています。その演算結果を生かし、フォーカス群は短い時間の中で「動く、止まる」を高速に繰り返しますが、このような駆動でも2つのフォーカス群の同期が乱れないということが、いかに高度な駆動制御を実現しているか分かっていただけると思います。

——他のメーカーがフローティングフォーカスの独立駆動をあまりやらないのは、制御が難しいからでしょうか?

岸:他社さんに関しては申し上げられませんが、こうしたアクチュエータの制御技術はソニーのアドバンテージが活かされている部分かと思います。特に大口径レンズでは被写界深度が浅くなりますし、フォーカスレンズの重量も大きくなってきますので、フォーカス駆動に求められる精度は本当に厳しいものになります。

このあたりの制御技術はカムコーダーをはじめとして、ソニーが長年様々なカテゴリーの商品を開発してきたノウハウが生かされている部分であり、専用開発アクチュエーターとの組み合わせによりG Masterレンズの性能を実現する上で欠かす事のできない技術となっています。

——70-200mmと100-400mm、100mm STFはレンズ側にも手ブレ補正機構を搭載しています。カメラボディ側とレンズ側で行う手ブレ補正のメリット・デメリットを教えてください。

岸:望遠レンズでは手ブレの補正量が大きくなりますので、レンズ側に手ブレ補正機構を組み込んだほうが有利になる場合が多いです。

——レンズ側とボディ側の両方に手ブレ補正機構がある場合、どちらがどのように動作するのでしょうか?

岸:レンズ側に手ブレ補正機構がある場合、基本的にはローリング(回転方向)とシフトブレはボディ側で補正するというふうにある程度分担させています。

——角度ブレはレンズ側、ローリングとシフトブレはカメラ側とはっきり分担しているのでしょうか?

岸:ブレの補正アルゴリズムにつきましてはレンズやボディごとに異なりますので、どちらがどうだとは一概に申し上げられません。

見えない部分に盛り込まれた、驚きのパーツたち

——鏡筒素材はどのように選ばれていますか?金属のほうがよいのですか?

岸:G Masterでは性能に妥協はしていないのですが、かといって際限なく大きく重くて良いかと言えばそうではありません。やはり最高の光学性能を出しながら、どれだけ軽量小型化して実用性を確保していくかも重要だと考えています。そういう意味で、鏡筒の素材に関しても強いこだわりを持って選択しています。

例えば、これは100-400mmの内部鏡筒ですが、素材にマグネシウム合金を採用しています。実際にお持ちいただくと非常に軽く、強度もあることがわかっていただけると思います。

——これはすごいですね。外部ではなく内部の見えない鏡筒部材にマグネシウム合金が使われているとは驚きました。すごく軽いですし剛性感もあります。加工精度も高いでしょうから、コストは高そうですね。

岸:マグネシウム合金は高価な素材であると同時に、加工プロセスも非常に複雑で難しいものになります。外装部材だけでなく、こうした内部部品の材料に関してもワンランク上のものを採用し、性能を出しながら小型軽量を達成するという点も、G Masterが妥協していないひとつの例だと思います。

——内部にマグネシウム素材を使うことで、特に有効なのはどういった点ですか?

岸:やはり軽量化の効果が大きいです。軽量化しながら強度を確保するにはマグネシウム合金は非常に良い材料です。

——このほかにも珍しい部材はありますか?

岸:これは100mm STFレンズの防振ユニットです。

——100mmF2.8なのに、手ブレ補正ユニットの口径がこんなに大きいのですね。

岸:100mm STFレンズの場合、口径食を防ぐために内部のレンズの口径も大きく設計されています。レンズを前から覗いた状態で揺らすと補正レンズ部分が動くのがお分かりいただけると思いますが、かなり口径の大きなレンズを動かしています。

——こうして拝見すると、光学設計はもちろん、メカ設計、使用硝材、XAレンズ、専用設計のアクチュエーター、鏡筒、絞り機構、手ブレ補正機構、そして部品位置の調整機構など、あらゆる方向で最高のものが使われていることがよくわかりました。

岸:そうですね。まさに全てがスペシャルなもので出来上がっているのが「G Master」です。

G Masterを象徴するパーツたち。

——最後にG Masterシリーズのまとめとして、特に注目してほしい点、使いこなしのポイントなどがございましたらお一方ずつお願いします。

長田:カメラが常時進化してゆく中で、レンズも最高のものを目指さなければならないという思いを「G Master」というブランドに込めさせていただきました。単なる高級レンズの意味で言っているのではなく、その時々、また将来を見据えた上で最高のパフォーマンスを追求したもので、私だけでなく開発から製造に携わる全ての関係者の思いを込めたものでなければG Masterの名前はつけられません。ですからG Masterは、その時々の状況に応じてもっと進化する可能性もあります。ある時点で基準を設けて「ここからはG Master」と決めてしまうのではなく、その都度最高の素材や最高の技術を使えば、もっと進化する可能性がある。それがソニーが作る「G Master」のコンセプトなのです。

金井:G Masterでは光学的に一切の妥協をしていないので、解像とボケの究極の両立はかなり具現化できたと思います。その中でもレンズによってキャラクターの違いがありますので、そこを是非楽しんでいただけたらと思います。

例えば100mm STFは、ボケは柔らかくとも描写性には尖ったところがありますし、85mm F1.4ではポートレートに最適なボケ味をお楽しみ頂けます。レンズによってF値も違いますが、キャラクターも異なります。設計者のレンズごとにこだわった点を感じて頂けたらありがたいなと思います。

岸:我々ソニーの開発陣が持てる技術の全てを投入し、一切妥協しない商品としてG Masterシリーズを世の中に出させていただきましたが、様々な分野のプロフォトグラファーの方をはじめ、たくさんのお客様から非常に高い評価をいただいております。それが我々ソニーの開発陣や製造メンバーの自信にもつながり、今後さらにお客様に喜んでいただける素晴らしいレンズを商品化していこうというマインドにつながっています。今後もG Masterシリーズを大切に育てていくと同時に、お客様の期待にお応えできるような商品をどんどん開発していきたいと思います。是非ご期待ください。

まとめ:インタビューを終えて(杉本利彦)

ソニー初のミラーレス機であるNEX-3とNEX-5が発売されたのは2010年、フルサイズのα7とα7Rが発売されたのは2013年。今思い返すと、まだそんなに最近だったのかと驚かされる。体感的にはゆうに10年以上経過しているように感じるほど、その間の展開がめまぐるしかったということだろう。思えば、NEX-5の発表会の当日、35mmフルサイズ機も欲しいと言った記憶がある。α7の発表時はもっと高速なAFが欲しいと言った。そんなユーザーの要望を、すぐに次の機種に反映してくるソニーの開発力のすごさを、今回のインタビューを通してあらためて再認識することになった。

インタビューの中で、G Masterが生まれたきっかけはα7R II(2015年8月発売)の登場にあったと語られているが、G Masterの登場は2016年春のことであるから、わずか1年足らずの間に開発されたことになる。もっとも以前から計画があり、スペックが確定したのがα7R IIの登場時だったのかもしれないが、そうだとしてもその開発スピードは驚異的である。

もうひとつ驚かされたのは、内部鏡筒に使われたマグネシウム部材やXAレンズに代表される、かつてないほど高度な製造技術による部品の使用と、高度な組み立ておよび調整技術が用いられていることだろう。筆者も長年技術者に話を聞いているが、ここまで設計から組み立てに至る一貫した高精度・高品質生産をアピールされた記憶がない。実際のG Masterレンズを使用した印象でも、どの個体でも性能面のバラツキがなく、一様に極めて優秀な撮影結果が得られていた経験が、今回の話の内容を裏付けた。

ボディもすごいが、レンズもすごい。トランジスタに始まり、トリニトロン管やCCDなど時代の最先端をリードしてきたソニーの開発力が、いまカメラの開発に注がれている。カメラ業界におけるソニーの存在感が今後ますます大きくなることは間違いない。

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2017選考委員。