写真展レポート
「森山大道の東京 ongoing」・「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」展
再開した東京都写真美術館で 会期中に“現在”の作品が増える試みも
2020年6月11日 06:00
東京都写真美術館で展覧会「森山大道の東京 ongoing」が開催されている。会期は2020年9月22日まで。
新型コロナウィルス感染症の感染拡大防止を目的とした、政府による緊急事態宣言と東京都による自粛要請から同館は長らく休館していたが、6月2日より再開。会期を延長しての展示が決定した「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」展とともに、2つの展覧会が開催されている。このほど、展示室の様子や企画内容について伺う機会を得た。展覧会場の様子とともにお伝えしていきたい。
森山大道の東京 ongoing
2019年のハッセルブラッド国際写真賞後、国内では初となる個展。テーマは展覧会タイトルの副題にもあるとおり、「ongoing」すなわち、「進行中・進化し続ける」となっている。東京の街を舞台に森山氏が捉えてきた作品が、過去のものから近年のものまで紹介されている。
展示室の構成は大きく3つのセクションに分けられている。作品は、『記録』シリーズのほか、『Pretty Woman』、『K』、『東京ブギウギ』のほか、「三沢の犬」といった、同氏の代名詞的な作品の展示もある。展示室中央のもっとも大きな空間をとって構成されているセクションには、「ongoing」として、まさに森山氏の現在を示す2020年の最新作を含めた作品が展示されている。
展示室に入ると、すぐ左手側に奥に向かって『Lips』と『にっぽん劇場写真帖』の作品がならぶ。最奥に配されているのは『写真よさようなら』からのシルクスクリーンによる作品だ。
直近の作品を中心に展示作品が構成されている空間。森山氏のライフワークとも位置づけられている『記録』シリーズの作品が中心となっている。
『記録』誌は、1972年から1973年にかけて5号まで発行されたものの、一時中断。長澤章生氏の呼びかけによって、2006年に復刊し、現在も刊行が続けられているシリーズだ。1日で撮影した写真のみで1冊を構成したりといった実験的な試みもなされているものもある。
壁面には16点×3列で、作品が整然と配されている。
手前にあるテーブル型の展示ケースには、『記録』誌の製作にあたってプリントされた1冊分の写真が収められている。大量のプリントが重なって展示されているが、これは会期中に定期的に中の配置を変えて展示していく予定だという。これにより、来館の度に新しい気づきや発見にあふれる展示にしていきたい、という意図が込められている。
また、このテーブル型の展示ケースは、取材日の段階では2つのみとなっていたが、今後もう1つ追加される予定だという。これは、会期中に次の『記録』誌が完成するため。最新刊で使用されたプリントが、会期中に増設されるという趣向だ。まさに森山氏の「現在」を目のあたりにできる、というわけだ。会期中の展示替えというのは決して珍しい取り組みではないが、作家の“現在そのもの”が開催中の展覧会に反映されるため、まさにタイトルに掲げているテーマを体感できる“しかけ”となっているのだ。
モノクロ作品側から目を反対側に向けると、一転して鮮やかなカラープリントの作品群が飛びこんでくる。
こちらも18点×3列で作品が壁一面に整然と並べられている。これら作品も「ongoing」を示すものとして、森山氏のカラーによる視点を示す作品展示となっている。
時間や場所、被写体は様々だが、中にはモノクロの作品群と対をなすようなイメージのものもあり、つい対応関係や違いを考えさせられてしまう。
液晶モニターを用いた作品展示もある。作品は『Tights』シリーズのもの。透過光により白と黒のコントラストが強調されて目に映る。視認した際は網タイツをはいた女性の脚部であることがわかるものの、見続けているうちに幾何学模様のように見えてくる感覚があった。
写真とファッション 90年代以降の関係性を探る
林央子氏(編集者)を監修者に迎え、90年代および現代における写真とファッションの関係性を探ることをテーマにした展覧会。アンダース・エドストローム氏、髙橋恭司氏、エレン・フライス氏、前田征紀氏、ホンマタカシ氏、パグメントの6作家が参加している。
展覧会に寄せて、監修を務めた林央子氏は「多くの“写真”が、編集者と写真家の“協働”によって、“雑誌”の紙に印刷されるためにつくられてきた。その“雑誌”というものの多くが消えていき、あるいは広告の受け皿となって形骸化し、またはウェブマガジンにとってかわられた今、“写真”というものの生まれかたが、変貌を遂げているのではないだろうか」(作品展カタログの解説より)とコメントしている。
1992年に発刊された、インディペンデントな編集方針から誕生したファッション・カルチャー誌『Purple』は、エレン・フライスとオリヴィエ・ザムという2人の人物によって立ち上げられた。キュレーターと評論家を生業としていた彼らのその仕事は、90年代のカルチャー誌に対して美意識という側面から影響を与えていったのだという。
展示室には、1992年から1998年にかけて刊行された『Purple Prose』や、1998年から2003年にかけて刊行された『Purple』などの展示もある。いずれも様々な視点・内容でファッションのみならず文学やアートといったカルチャーを発信していった雑誌だ。本展展示作家であるアンダース・エドストローム氏のほか、髙橋恭司氏やホンマタカシ氏の作品も掲載されているという。
この90年代は、海外のクリエイターが“東京という場所”に注目しはじめた時代でもあったのだ、と林氏は指摘している。そうした中で、東京という都市において、ストリートで生きる若者たちの姿やイメージをいちはやく具現化した写真家の一人が、髙橋恭司氏だったのだという。同氏のポートレート的なファッション写真は、『CUTiE』や『Zipper』、『Smart』、『Egg』といった雑誌に代表される、ストリートファッションブームの突破口となった、と林氏は続ける(作品展カタログの解説より)。
この一方で、ホンマタカシ氏は90年代前半以降、『CUTiE』誌や『流行通信』誌を通じてストリートで撮影した作品を発表。その後は写真集の発表や個展、グループ展へも参加。2014年にファッションレーベルであるPUGMENT(パグメント)が結成されると、彼らとのコラボレーション作品も展開していく。本展で展示されているコラボレーション作品「Images」は、ミリタリーウェアを着こなす若者たちの姿を捉えたもの。ミリタリーウェアといえば、ごく当たり前のファッションアイテムとして定着している。そうした服をめぐる在り方がある一方で、本展の展示作品は沖縄で撮影されている。言うまでもなく、沖縄は米軍施設があり、“ミリタリー”という在り方が特別な意味をもつ地だ。こうした点を背景として、展示は服のもつ価値や意味が生活の中で変化してきている、ということを考えさせる内容となっている。被写体となっている人々の目は、まっすぐ撮影者を捉えている。
ファッションと写真の関わりから、服そのものを身にまとうことの意味を探り、またその製作や写真にまとめて発信していく上での思考プロセスなど、衣類とイメージについて考えるキッカケもまた、数多く散りばめられている。新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、休止していた本展覧会だが、会期を延長しての開催となり、写真だけでなく、服飾に関わる人々からの反響も大きい、とのことだった。
図書館は予約制で利用が可能に
東京都写真美術館では、4階に図書室を併設している。新型コロナウィルス感染症の感染拡大抑制対策として、現状では予約制となっている。もともと主として閉架式ではあるが、閲覧室に置かれていた図録のアーカイブや雑誌の最新号なども現在はすべて書庫内に。貸し出し後の書籍は、劣化等を考慮して直接消毒するわけにはいかない。そこで利用後の書籍は数日間の隔離を行なっているのだという。
このように入館制限は設けられているものの、研究目的の利用者などの姿が見られるようになってきているとの話を聞くことができた。
このほか、開催中の展覧会関連書籍・写真集も蔵書しているため、例えば森山大道氏の過去の写真集を閲覧したい、といった場合は、利用冊数の制限内で請求に応じることができるという。こうした点は、図書室を併設している同美術館ならではの利点だといえるだろう。
展示作品だけでなく、作家や作品をより掘り下げて知ることができるので、会場来訪時に予約の空きを確認してみてはいかがだろうか。
展覧会概要
森山大道の東京 ongoing
会期:2020年6月2日〜2020年9月22日
写真とファッション 90年代以降の関係性を探る
会期:2020年7月19日まで
休館日
毎週月曜日
月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館。8月10日、9月21日は開館、8月11日は休館
新型コロナウイルス感染症対策
・来館者全員に体温測定を実施している。37.5度以上の発熱が確認された場合やマスクを着用していない場合、入館できない場合がある
・入口は1階メインエントランスと西口のみに限定(2階南口は閉鎖)
・木・金曜日の夜間開館は休止
・図書室の利用は事前予約が必要
※他の注意事項については、別途“こちら”に詳しい案内が記載されている