フォトコンテスト
写真新世紀2018のグランプリにソン・ニアン・アン氏
シンガポールのヘイズ被害を可視化
2018年11月14日 10:46
キヤノン株式会社は11月2日、フォトコンテスト「写真新世紀2018」のグランプリ選出公開審査会・表彰式を行なった。
写真新世紀は、キヤノンが新人写真家の発掘・育成・支援を目的として1991年より実施しているフォトコンテスト。新人写真家の登竜門として知られる。2018年は1,992名の応募があった。開催は今回で28回目。これまでの累計応募者総数数は29,398組。
審査員は、エミリア・ヴァン・リンデン氏、サンドラ・フィリップス氏、さわひらき氏、澤田知子氏、椹木野衣氏、杉浦邦恵氏、安村崇氏(50音順、以下同)。審査会では、各審査員が1人ずつ選出した優秀賞受賞者が、作品の制作意図などをプレゼンし、その後の審査会を経て、グランプリが選出される。
今年は佳作12名、優秀賞7名が選出。佳作には表彰状と奨励金3万円、優秀賞には表彰状と賞金20万円、そしてグランプリには賞金100万円と、副賞としてミラーレスカメラ「EOS R」と「RF24-105mm F4 L IS USM」のセットが贈られた。
2018年度の優秀賞受賞者は、内倉真一郎氏、岡田将氏、佐々木香輔氏、ソン・ニアン・アン氏、デレク・マン氏、別府雅史氏、山越めぐみ氏。10月27日から11月25日まで、東京都写真美術館において受賞者作品展が実施中。
グランプリを受賞したのは、シンガポールが抱える環境問題「煙霧」(ヘイズ)を表現した作品を応募したソン・ニアン・アン氏。「Hanging Heavy On My Eyes」と名付けられた本作では、シンガポールの法定機関が発表している大気汚染指標(PSI)の最高値と最低値を写真の露出値に変換し、「光源とレンズの間になにもない」状態を撮影。汚染指数(露出値)の最高値と最低値をグラデーションとして表現しており、展示においては、日によって異なるグラデーションの写真が1年分、月単位で並べられている。
シンガポールにおける社会問題としての煙霧は、インドネシアなど東南アジア諸国において、開墾などのために森林を焼き払った際に発生した煙による被害のこと。オゾン、二酸化硫黄ガス、一酸化炭素、PM2.5やPM10などの粒子状物質を含んでおり、近隣諸国に達した煙霧は、当該国の住民に健康被害をもたらし続けている。
こうした事態への問題意識から、作品の制作を思い立ったとアン氏は語る。
「煙霧は『目に見えないもの』であり『形がないもの』として扱われますが、煙霧の影響下では、太陽光の感じ方やものの見え方も変わりますし、何より人に、社会に影響を及ぼすものです。作品の製作にあたって、暗室で、ネガもない状態で作るイメージは、『データ』『光』『時間』によって成立します。近年、イメージが作られ、消費される速度は速まっていますが、私は製作に時間をかけて、より細かいところに気をつけ、あえてゆっくりと行なうことによって、シンプルなもの、見過ごされがちなものに目を向けてもらうことを意図しました」
本作を選出した審査員の1人、エミリア・ヴァン・リンデン氏は、煙霧が社会に及ぼす影響を記録するというフォトジャーナリストの一般的な仕事とは真逆を行くアン氏のアプローチを高く評価した。
「その問題を知らない人に対して、喫緊の問題をどう示すかを考えるのは重要なことです。煙霧はその影響の大きさのわりに、影響を受ける地域の外にいる人達には問題の大きさに気付いてもらえない現象の一つですが、アン氏の作品は、見てすぐにわかるものではない『煙霧』というテーマを表現する作品の実施方法が、革新的で新しい。今回の応募作品の中で最も包括的で、新しいアイデアが感じられたプロジェクトでもありました」
また総評においては、応募者に向けてのアドバイスとして、鑑賞者に作品の背景を伝えるための「ツール」を活用するとよい、と話した。
「見る人には作品だけでなく、その背景も示してほしい。例えば社会問題を扱うなら、新聞記事やデータを引用する。抽象的でアート的な部分の大きい作品であっても、意図を説明できるツールがあれば、より共感が得やすくなるはずです」
優秀賞受賞者のプレゼン
幅広いモチーフを一つの視点から一貫して撮影している内倉真一郎氏の「Collection」は、愛娘と一緒に地元を探検する中で見つけた「捨てられたものたち」を被写体として選んだ作品。モノとしての役目を終え、「死」の状態にあるモノたちを拾い上げ、その中に「生」の輝きを見出している。
岡田将氏の作品「無価値の価値」は、砂粒よりも小さな欠片を顕微鏡で撮影し、深度合成した作品。小さいものを大きく見せることで「大きいもの」と「小さいもの」の境界線を失わせ、同時に人がつけた価値の境界をも失わせることを試みている。
避難指示が一部解除された東北被災地の夜を撮影した、佐々木香輔氏の「Street View」は、日常から地続きの「公道から撮影した写真」であることを表現したタイトル。夜の被災地に灯る光に、人の気配と動きを見出すとともに、「長い時間」を一つの時間に収めるという写真ならではの表現を組み合わせた。
英国の果樹園を取材したデレク・マン氏のドキュメンタリー「What Do You See, Old Apple Tree?」は、果樹園で採れたリンゴをピンホールカメラとして使い、果樹園で働く人々を撮影した作品。特に都市部にある果樹園の減少に伴う自給率の低下と、自然から遠ざかることへの危機感から、「果物の目線」を通して、食べ物とコミュニティ、自然と都市の関係性を見つめ直している。
「写真は個性やコンセプトを表現する手段ではない」と話す別府雅史氏の作品「2011-2018」は、約600枚からなるイメージの一塊だ。「どのようなもののどのような瞬間であっても、すべてのものは等しく美しい」との考えから、記号やイメージを無意味で無秩序に並べ、人々が固定観念的に持つ価値観、「知識」や「習慣」、「欲望」の外側にある、言葉にならない抽象的な物事の関連、それを誘発する「美」を描き出すことを試みている。
「仮想通貨」をテーマとした山越めぐみ氏の作品「How to hide my Cryptocurrencies」では、作者の記憶(写真)と仮想通貨ウォレットの復号鍵(キーワード)を結びつけ、順番の決まった15ワードからなる「復号鍵」と、各キーワードに紐付いた15冊のブックを組み合わせる形で表現している。復号鍵は本来、決して知られてはいけない類の情報だが、これを記憶(写真)とともに公開することで、鑑賞者との間に、写真と貨幣を媒介とした、ある種の共有性を作り上げている。