インタビュー

プログレードデジタルCEO、ウェス・ブリュワー氏に聞く記録メディアの未来

CFexpressのバックストーリー、将来性など

プログレードデジタルのウェス・ブリュワーCEO。PHOTONEXT2019の自社ブースで。

6月18日・19日の期間、パシフィコ横浜において写真関連ビジネス向けのイベント「PHOTONEXT2019」が開催された。フォトグラファーズ&フォトビジネスフェアと銘打っているとおり、どちらかといえばプロ・ビジネス色の強いイベントなのだが、意外に若い人たちの姿もみられた。同行したデジカメ Watchの折本氏も「10年間取材で来ていますが、この状況は珍しい」とのことで、写真をビジネスにする層の広がりが感じられた。

さて、このPHOTONEXT2019初日のセミナーとして、プログレードデジタルのCEOであるウェス・ブリュワー氏が講演を行なった。フラッシュメモリ界隈の大御所が折角の来日とのことで、講演後に時間を割いていただき、氏の経歴とメモリーカード市場の今後を語っていただいた。

経歴≒記録メディアの歴史

――ウェスさんは20数年にわたり、メモリーカード市場をけん引してきたわけですが、キャリアの始まりはどこからですか?

私自身のキャリアは「シュガートアソシエイツ」から始まりました。十数年前に他界したアラン・シュガート氏が立ち上げた企業です。5.25インチフロッピーディスクの開発やSASI(Shugart Associates System Interface)で知られてますね。ただ、アランは設立して間もなく取締役会で解任されてしまいます。

次いで彼がフィニス・コナー氏と一緒に立ち上げたのが「シュガート・テクノロジー」。「シーゲイト・テクノロジー」の旧社名ですね。ご存知の通り、規格策定などにも携わる大手HDD製造メーカーに成長させましたが、やはり社が大きくなることで辞職する格好となりました。

コナーの方はアランより先に退社し、「コナー・ペリフェラル」を立ち上げましたが後にシーゲイトと合併しています。

――脇英世氏の著作で見かけた名前がポンポンと飛び出してきますね。

私自身は1978年にシュガートアソシエイツに入社しました。その当時でシュガートは既に、FDやHDDだけでなく、光学ディスクにも着手していました。いわば現在に繋がる記録メディアのルーツを持っていたわけです。

そうした様々な記録メディアに関わる環境の中で色々な経営者、技術者に出会い、様々なストレージについて学びました。

現在のフラッシュメモリの流れに関係するようになったのは、1997年にサンディスクへ転職してからです。創業者でありフラッシュメモリのパテントを持っていたエリ・ハラリ氏が、インテルを辞めて設立した会社です。

――フラッシュメモリ創成時の東芝とインテルの顛末は日本でも度々語り草になっています。実際にストレージ業界で目のあたりにした感想はいかがでしょう。

私の目には東芝よりもインテルの方が熱量が高いように映りました。フラッシュメモリを発明した舛岡富士雄氏のセミナーなどでもエリ・ハラリ氏は人一倍質問を投げかけていたように記憶しています。その後産み出した電気的消去が可能なEPROM、EEPROMはインテルの稼ぎ頭となりました。次いで東芝もNOR型、NAND型を送り出してきてますね。

――一口にメモリーカードといっても様々な規格が立ち上がり消えていきました。ウェスさんはどのような規格に携わってきたのでしょう?

サンディスク入社直後の仕事はマルチメディアカード(MMC)の立ち上げでした。ただ、既にコンパクトフラッシュ(CF)が一定のマーケットを獲得しており、MMCのビジネスはなかなか厳しかったです。

当初の受注先はノキアやエリクソンなどの携帯電話メーカが主体でしたね。その内に、韓国DigitalCast社がシリコンオーディオの走りとなるMPManを発売しました。そして、ダイアモンド・マルチメディア・システムズ社がDigitalCastを買収し、Diamond Rioを発売したのもその頃です。

――懐かしいですね。

デジタルオーディオにまだアングラ色が感じられた中、Diamond RioにRIAA(アメリカレコード産業協会)が販売の差し止めを請求したのです。ところがこれが棄却され、Rio PMP300が発売されました。ちょうど同じころにオーディオファイル共有ソフトNapstarも登場しました。

こうした世の流れを受けて、オーディオフォーマットはもちろん、記録メディアもしっかりとコピーライトが保たれる規格を作ろうということになり、私がこれを担当することになりました。そこで、当時DVD-VideoのCPRM技術を持っているパナソニック、サンディスク、東芝の3社から人が集まって企画したのがSDカードになります。

その他にも、サンディスクはフラッシュメモリの色々なパテントを持っていたため、今では見かけることも稀なメディアにも携わっていました。開発協力やアドバイザーとしてだけでなく、特許侵害の訴訟などもありましたね(笑)。

――スマートメディア、XDピクチャーカード、メモリスティックなど様々な記録メディアが存在しました。ただ、色々な規格が乱立する中に合って、CFとSDはわりと棲み分けがしっかりとされてました。

サンディスクが打ち出したのですが、読み書き速度が要求されるハイエンドではCF、手軽さではSDという棲み分けが長らく続いてました。SDがCFのスピードを超える、あるいは近づくのはUHS-Iになってからです。

サンディスクを退職した後はマイクロンのレキサーブランドを統括し、XQDの普及と高性能化に努めました。

CFexpressの開発と普及のために

――そして、レキサーの売却に伴い、マイクロンを退社してプログレードデジタルの設立に至ったわけですが、設立の契機は何だったのでしょう?

ハイエンドクラスのメモリーカードビジネスを開発・提供していくことで、メモリーカードを牽引していきたいという考えからですね。いわゆる汎用帯のクラスは大手のメーカーが担っています。安定供給と低価格化はメモリーカード普及のためには欠かせない要素なので、そうした汎用帯の製品も必要だと思います。ただ、普及に注力するあまり、メモリーカードの進化が鈍化していないか? と。

ホスト機器の高速化と扱うデータの大容量化は年々増しているにも関わらず、メモリーカードの進化が遅々として進まないままではメモリーカードがボトルネックになってしまいますから。これはプログレードデジタルに所属する全員に共通する考えですね。

――現在10名前後でしたよね。いずれもフラッシュメモリ業界にどっぷりと浸かった精鋭と聞いています。アラン・シュガート氏も転職の際には旧職場から合流する人が絶えなかったと聞きますが、その辺りもシュガート仕込みでしょうか?(笑)

さあ、それは(笑)。ただ、皆がフラッシュメモリに精通しているからこそ、私と同じようにプロフェショナル向けメモリーカードへの可能性を感じたのではないかと思っています。

――さて、そのプログレードデジタルが当面目指すのは、CFexpressメディアの開発と普及だと思いますが、様々な記録メディアに携わってきたウェス氏をして「素性が良い」と言わしめています。

NAB2018でデモ発表したCFexpressカード。CES 2019でもインテルブースで転送デモが行われた。

はい、CFexpressは6つの観点から次世代の記録メディアとしての要件を満たしています。

(1)標準化
CF、SDとも複数の企業による業界団体が存在したがゆえにCFは24年、SDは20年の長きに渡り記録メディアとしての地位を保ってきました。言うまでもなく、CFexpressはCFアソシエーションで策定された規格なので申し分ありません。

(2)採用ホストのアナウンス
ホスト機器が採用しないことには意味がありませんし、カードメーカについては言うまでもありません。ホスト機器についてはニコンとパナソニックがXQD機のファームウェアアップデートでの対応を明言しています。カードメーカはソニーがカードとリーダーの発売を発表しており、弊社、サンディスク、レキサーは最近のショーで実機のデモをおこなっています。

(3)拡張性
進化を謳うからには前世代よりも大幅なパフォーマンスの向上が無ければなりません。CFexpressは2レーンTypeBの弊社実態値でリード1,600MB/秒、ライト1,400MB/秒の速度を備えます。この速度は、現状で最も速いCFastの3倍、SD UHS-IIの5倍ほどの速度となります。また、スケーラビリティについてもPCIexpressで定められている1/2/4レーンを踏襲しており、ホスト機器や用途に応じて使い分けができます。

CFexpressは3タイプの企画が策定されている。ミドルクラス〜ハイエンドのデジタルカメラ用と目されるType Bは2レーン、2,000MB/秒。

(4)NVMeプロトコルの適用
NVMeはフラッシュメモリベースのストレージ用に設計されたプロトコルなので、当然重要な要素となります。

(5)下位互換性
これは市場に素早く普及させるために必要な要素となります。CFexpressはXQDホスト側のファームアップにより、互換性を保つことができます。

(6)ロイヤリティ
CFexpressは製造に伴うロイヤリティが不要なため、メーカーやユーザーに余分なコストを負担させずに済みます。

――次世代規格のカードを使うユーザー側のメリットは何でしょう。

やはりパフォーマンスの向上が一番大きな利点でしょう。カードの処理能力が飛躍的に増加するため、写真ならばより長く連写をおこなえるようになりますし、動画ならばより高画質でより安定した撮影がおこなえるようになります。

もちろん、撮影後のデータ転送時間も大幅に短縮されるでしょう。また、これは私見ですが、CFexpressカードは旧来のカードよりも人間工学的に扱いやすいと感じています。

PHOTONETXT2019のプログレードデジタルブースでは、カードリーダー4台を使ったCFexpressカード4枚の同時ベンチマークが披露されていた。接続はThunderbolt 3。CFexpressの高速性能に自信を見せていた。
同じく会場のデモより。左がThunderbolt 3接続、右がUSB 3.1 Gen2接続のカードリーダーで計測した結果。CFexpressの性能を引き出すには、現状Thunderbolt 3の方が有利なようだ。

SD Express規格をどうみるか

――次世代規格といえばSD Expressも存在しますね。

SD Expressは、先に述べた(2)採用ホストのアナウンス、(3)拡張性、(4)NVMe 1.3への最適化、(5)下位互換性、(6)ロイヤリティの各ポイントで不安が残ります。

(2)については現在のところどのメーカーからもアナウンスがありません。(3)の拡張性は1レーンのみのため、短期的にはまだしも、中長期的には不安が残ります。(5)の互換性は基本的には確保できているものの、ピンの都合からUHS-IIへの互換性は不可となっています。(6)のロイヤリティも必要になります。

――となると、プログレードデジタルではSD Expressに着手する予定は無いのですね?

ビジネスですから需要が高まれば開発を行いますが、当面は需要の明確なCFexpressにターゲットを絞るつもりです。もちろん、CFexpressのみではなく、CFastやUHS-IIなど既存の高速メディアやmicroSDの製造・販売も継続しておこなっていきます。

――プログレードデジタルならではの特色としてどのような目標を持ってますか?

ハイエンド向けなのでパフォーマンス、ホスト機との適合性と最適化、サポートなどすべての面で妥協しないことを目標にしてます。小さな会社なので、この点こそが拠って立つところですし、そこで妥協してしまうとわざわざ会社を立ち上げた理由自体が無くなってしまいますから。

――前回、大木さん(※編集部注:プログレードデジタル社日本代表。インタビュー内容はこちらのお話にあった製造時全品検査と全品固有製造番号などからも意気込みは感じられます。

実はあのシステムも次のステップを考えています。時期や詳細は明言できませんが、より良いサービスを提供できると思いますよ。

――楽しみに待つことにします。先ほど講演の中で触れていましたが、カード本体だけでなく、ソフトウェアも用意されているようですが?

PHOTONEXT2019の講演で触れられたRefreshPro Software。
プログレードデジタルのブース内にも「R」ロゴ入りのCFexpressを見ることができた。

RefreshPro Softwareですね。カードメンテナンスのためのソフトウェアで、「R」のロゴが入った記録カードで使用することができます。

記録カードへの書込み・消去を重ねることによって、データの物理的配置が細分化されていき「汚れた」状態になってしまいます。カードの最適なパフォーマンスを出すためには「消毒」が必要で、通常はロングフォーマットをおこなう必要がありましたが、それにはPCでロングフォーマットをおこなうという方法がありますが時間がかかります。そこで「Sanitize」という、より高度な「消毒」を高速でできるコマンドに注目しました。

RefreshPro SoftwareではこのSanitizeコマンドを使い、瞬時にカードを消毒することができます。あとは、PCのストレージではおなじみのS.M.A.R.T.(Self-Monitoring, Analysis and Reporting Technology)情報の閲覧にも対応しており、カードの物理的なコンディションが確認できるようになっています。

――ありがとうございます。それでは最後にCFexpressカードの発売を心待ちにしている方々に一言お願いします。

現在ホスト機器メーカと共に入念な動作検証をおこなっています。納得できる製品に仕上げるため、もう少しだけお時間を頂きたいと思います。

PCIexpressというインターフェースの利点をピュアに最大限に活用していきます。PCI Expressにせよ、CFexpressにせよ、次世代のデバイスに必要なパフォーマンスを発揮することを目的に様々なベンダーが協議を重ねて作り上げたものです。これほど素性の良い規格は無いと信じています

取材協力:プログレードデジタル

榊信康