RICOH GR|Special Story

Life with GR / no.03_上田義彦

トーンの美しさがフィルムと遜色なく再現できるとすれば、道具としてのデジタルカメラは新たな写真の可能性をもたらす

上田義彦
写真家。日本写真協会作家賞、東京ADC賞、ニューヨークADC賞など、受賞多数。2011年にGallery916を主宰。代表作にネイティブアメリカンの聖なる森を捉えた『QUINAULT』、前衛舞踏家・天児牛大のポートレート集『AMAGATSU』、自身の家族にカメラを向けた『at Home』、生命の源をテーマにした『Materia』シリーズ、30有余年の活動を集大成した『A Life with Camera』など。近著にはQuinault・屋久島・奈良春日大社の3つの原生林を撮り下ろした『FOREST 印象と記憶 1989-2017』、1枚の白い紙に落ちる光と影の記憶『68TH STREET』、『林檎の木』などがある。2014年より、多摩美術大学グラフィックデザイン科教授として後進の育成にも力を注いでいる。自ら脚本、撮影、監督を手掛けた映画、『椿の庭』を2021年4月に公開

RICOH GR IIIx/71mm相当(クロップモード)/プログラムAE(F4、1/250秒、-0.7EV)/ISO 200/WB:オート

自宅の庭に植えられていた夏みかんをGR IIIxで写す上田さん。ポートレートを写すための取材側からのリクエストでありながら、この瞬間に美しい写真をさりげなく写してくれた

豊かな光が注ぐ庭で、鈴なりに実を付けた夏みかんの木にGRを向ける。「うん、これは良いのが撮れた!」と葉の間にGR IIIxを差し込み、さらにシャッターを切っていく。その撮影風景を眺めていると、同じくこの庭で撮られた今回のスナップショットがどのように写されたものなのかが良く分かる。

新しいGR IIIxを手に、はじめはコロナ禍の東京を写そうと街に出かけたという上田さんが、そこではほとんど撮ることができずに、結果的に被写体として捉えたのが、この家と庭、そしてここで共に暮らす家族の姿だった。

「今回、まとめた写真は7月から8月に掛けて撮影したのですが、ちょうどオリンピックが始まった頃だったこともあって、はじめは東京を撮ろうと思っていたんです。だけど、気持ちが乗らないこともあって全然撮れなくて、何気なくいつものように日常の写真を撮っていたんです。それが写真になるのかなと思っていたのですが、最終的にセレクトしてみると100枚近くが残ったんです(笑)。写真を選んでいる内に、ああ、これは『at Home』の続きだなと思えたんです」

at Home July・August 2021
RICOH GR IIIx/40mm/プログラムAE(F3.5、1/200秒、-0.7EV)/ISO 200/WB:オート

『at Home』とは妻である桐島かれんとの生活や、子どもたちの誕生とその後の日々を、移り住んだ様々な家や土地の風景と共にプライベートな目線で描いた、2006年刊行の写真集である。さりげない日常を捉えたスナップショットが多く構成されており、13年という月日の中を巡る家族との様々な瞬間が、ありのままに収められている。

「いつも座っている机の上にGR IIIとGR IIIxの2つが置いてあって、何気なく家族を撮っていたのですが、結果的にそれが『at Home』の続きのような形になったということだと思います。プライベートな写真を世に出すことが良いのかということは『at Home』を出版するときにも散々迷ったんですが、結果的には家族にとっても宝物のような存在に、この写真集がなっていますし、今回の撮影もそういう意味では、その続きを撮る良い機会になったのではないかと思っています」

at Home July・August 2021
RICOH GR III/28mm/プログラムAE(F2.8、1/40秒、-0.7EV)/ISO 100/WB:太陽光
at Home July・August 2021
RICOH GR III/28mm/プログラムAE(F2.8、1/60秒、-0.7EV)/ISO 200/WB:太陽光

家族写真は、多くの人にとっても最も身近なテーマの1つだろう。私自身、日々の暮らしの中で妻や娘にレンズを向けることは多くある。しかしながら、そこには近い存在ならではの照れや遠慮、あるいは思春期を迎えた子どもとの距離感など、家庭ごとの撮りやすさや撮りにくさといったものもあるのではないだろうか。また、どうしてもカメラを向けてしまうと記念写真のようなお決まりのものになってしまい、『at Home』のようなさりげない自然な瞬間を写すことが難しい。家族という存在を被写体とするとき、上田さんはどのような意識で撮影を行っているのだろうか。また、同じく家族を撮影する人へのアドバイスを伺った。

「まずは、この姿を残しておいてあげたいと思って撮っていたら良いんじゃないかな。そういうのは本人にしてみても後々嬉しいものですよ。しかも、“撮るぞ”と声を掛けて撮られたものではなく、いつのまにか撮られていた。撮られている感覚がない写真というのは、実際本人が見たことのない自分が写っているんです。そういう写真を本人に見せると“え、こんなのいつ撮っていたの?”と喜ばれることが多いですね。“あっ”と思ったときにパッと撮る。“ちょっと、こっち向いて”なんて言った瞬間に大体アウトになってしまう。気付かれずに撮影された写真には、ありのままが写るんじゃないかと僕は思います」

「撮られる側からすれば、カメラを意識してしまうと、もうそれは自分ではないという感じですね。記念写真のようにして撮られた写真に写る自分というのは、他人とまではいかないですが、自分の形をした何かに見えるという感覚が誰にもあると思います。いつのまにか撮るというか、写真で生け捕りにする感覚でしょうか。意識させられてしまったものは、もう被写体としては死んでいて、良い瞬間が終わってしまっているんですよね。スナップショットの名作の多くも、被写体が構えているものはほとんど無くて、気付かれる前にボンっと撮ってしまってますよね。子どもたちもそれが分かっていて、わざわざ声をかけて撮るというような了解はお互いに得ないんです」

「前に出した写真集が大切なものになったという理解があるから、今回も家族は割と素直に撮らせてくれました。小さくて軽いGRというカメラは、そういう瞬間を撮るのに向いていると思います」

at Home July・August 2021
RICOH GR IIIx/40mm/プログラムAE(F2.8、1/20秒、±0EV)/ISO 400/WB:太陽光
at Home July・August 2021
RICOH GR IIIx/40mm/プログラムAE(F2.8、1/50秒、-0.7EV)/ISO 400/WB:太陽光

今でも普段携帯するカメラはほとんどがGRという上田さんだが、GRを使い始めたきっかけとを聞いてみた。

「初めてGRを使ったのは、1999年だったと思います。ある雑誌のポートレートの連載で森山大道さんを撮るときがありまして、その時は中判の6×7で撮影をしていたんですが、途中で森山さんが“これが良いんだよ!”って僕のことをGRで撮り出したんです。そこで少し触らせてもらって、気になってすぐ買いに行ったから、それからですね。激しい雷雨の日で、いまでも良く覚えています。その後、デジタルは2年前にイランに持って行ったGR IIIからですね。フィルムからデジタルになっても、そのフォルムやスタイルは変わることがなかったので、ほとんど同じ感覚で使えましたね」

39人の肖像を記録した写真集『ポルトレ』(2003年、リトルモア刊)は雑誌連載をまとめたもの。その1人に森山大道さんが登場する。そのとき、森山さんが手にしていたのがGR1s。これが上田さんとGRの出会いとなった

今回の作品は28mmのGR IIIに加えて、40mmのGR IIIx、2つの画角で撮影が行われている。40mmという画角についてはどのように感じているのだろうか。

「最初に40mmを使って撮ってみると、自分の視界の範囲に近いと思いました。なんというか、その画角が僕にはちょうど良い感じがして、今ではGR IIIよりもGR IIIxの方が出番は多くなりましたね。ポケットに入れられてすぐに撮影できるというサイズは、ライカとは少し違いますし、常に持っているから、逆にないときは少し不安になりますね」

発表されてきた多くの作品や商業制作では、大判カメラを始めとしたフィルムカメラを用いられてきた印象が強いが、最近では以前に比べて、フィルムとデジタルの違いをあまり意識しなくなっていると上田さんは話を続けてくれた。今回のカタログに同封されたプリントも、撮影したままの画像で十分に美しい仕上がりになったという。

at Home July・August 2021
RICOH GR III/28mm/プログラムAE(F3.2、1/125秒、-0.7EV)/ISO 400/WB:オート

「プリントの仕上がりを見ても、フィルムとデジタルの違いに対する違和感があまりないんですね。以前はあったんですけど、そこが曖昧になってきている。今回のGRのデータも、印刷会社の方には“画像処理などはしないで、そのままストレートに出して”と伝えています。それでちゃんと出てくるからデジタルも信用ができる。雑誌の依頼もデジタルで撮影したんですが、上がってきたものを見て“お、キレイだね”と思いました。やっぱりフィルムで撮れば良かったとは思いませんでしたね」

上田さんの代名詞の1つでもあるトーンの美しさが、フィルムとデジタルで遜色なく再現できるとすれば、道具としてのデジタルカメラは新たな写真の可能性をもたらすのではないだろうか。数多くの作品を生み出してきた上田義彦の目を通して、どのような映像表現を見ることができるのか、その過程と作品に引き続き注目をしていきたい。

取材後に編集部に届いた1枚。「at Home」に続く「at Home July・August 2021」。そして、今なお「at Home」は日々の写真を積み上げているようだ。その右手にはGR IIIとGR IIIxが握られているに違いない
RICOH GR IIIx/71mm相当(クロップモード)/プログラムAE(F5、1/400秒、-0.7EV)/ISO 100/WB:オート

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。