赤城耕一の「アカギカメラ」
第30回:リコーGR IIIx登場でわかった40mmレンズの魅力と使い方
2021年9月20日 09:00
リコーGRシリーズはフィルムカメラ時代から一般のアマチュアの皆さんだけではなくて、なぜか編集者、ライター、デザイナーさんなど同業の関係者にも愛用者が多いものですから、新製品GR IIIxの注目度は、筆者の周囲でいやでも高くなります。
9月8日の発表後、筆者のところにもリコーGR IIIxについて、お問い合わせをいただいていますが、筆者はリコーのカスタマーサポートじゃないのですよー。「本当のところはどうよ」ってご質問が多いわけですが、本当もなにも、真実を追求するカメラジャーナリストとしても、こいつはイケますぜとここではっきり申し上げておきます。
筆者はこういうプロモーションのお仕事をいただいても、スペック解説なんか正直興味がないもので、このカメラは私事で楽しく使えるのかどうかそればかりが気になります。したがって、とくにデザイン面などについて気に食わない部分のお話もつい書いてしまうのです。これが次の仕事に繋がらない理由なのでしょう。
GR IIIxはその試作機段階から完成度が高かったですね。GR IIIというベース機があったこともあるのでしょう。それでも40mmの画角、すなわち26.1mmという実焦点距離のレンズとなると至近距離で絞りを開くとそれなりに被写界深度は浅くなります。それでもフォーカスは自動選択でも気配りを感じるアルゴリズムだし、なかなか高い精度ではないかという印象を受けました。あまり撮影時にしくじった印象がないのです。もっとも、ファームウェアは発売直前まで改良されてゆくはずですから、製品版はかなり良いものに仕上がっていることでしょう。
これまでどうしても“28mm画角こそがGRである”という長年の脳内への刷り込みはハンパないものがあったらしく、GR IIIxを手にした最初は戸惑いました。ええ、28mm画角よりも狭い画角の単焦点レンズですからあたりまえですが、画角差だけを見てみれば2〜3歩程度でしょうか。
ならばそのことを意識してあらかじめ被写体から少し離れて撮影すれば、GR IIIと同じ写真が撮れるんじゃねえのと考えそうですが、やはり被写体に向かうときの心構えとかアプローチが違うわけですわ。
GR IIIxで気になったところをあげてみましょうか。GR IIIxはGR IIIとあまりにも似ているため、両機を同時に持ち歩くとき、区別がつかないこと。これが最初に使用した時に気になったところです。テスト撮影している時も、両機を取り違えてしまい、あれあれと慌てたことがありました。これはストラップの色を替えるとか、レンズ前のリングをカラータイプに替えることで対処はできそうです。
モデルチェンジしても基本デザインを変えないというGRの思想はわからなくもないのですが、カタチが同じならば初代GRの限定モデルにあったハンマートーン仕上げのような明るいモデルも欲しかったところです。GRシリーズはいずれもスナップに特化されたカメラですが、40mm相当の画角を持つGR IIIxならば、ポートレートにも多用されるでしょうし、頑張って作品化するのだという気負いもなく素直にシャッターを切ることができそうです。したがって、怪しく街に潜むスナップ機という印象から脱却できそうな存在です。
ネーミングも「X」をつけてしまうと、「後がない」的な印象を受けます。「GR40」で良かったような気もしますが、これじゃストレートすぎてカッコ悪いかな。そういえば富士フイルムにも「Xシリーズ」があり、キヤノンEOSフラッグシップにも「X」が冠されたモデルがあります。古くはミノルタにも「X」がありました。いずれも“自信”と“覚悟”を持って用意されたカメラであるという意味なのかもしれません。
あ、そうか、いまやリコーの一眼レフシリーズのブランド、ペンタックスにはかつて「Zシリーズ」がありました。アルファベットの最後なのですから、この時は「ペンタックスは退路を断つ」くらいの気合いだったのではないか。というニュアンスでカメラ雑誌に記事を書いたことを思い出しました(笑)。
というわけで真面目なGR IIIxレビューは「デジタルカメラマガジン」10月号にて行っていますので、そちらを参考にしてください。本連載ではリコーGR IIIx登場に合わせて、40mmレンズの独自の魅力についてお話をしようかと思います。
フィルムカメラの時代、40mm前後の焦点距離のレンズはコンパクトカメラに搭載されていたことが多かったですね。適度に被写界深度が深いため、カメラのサイズを小さくして距離計の有効基線長が短くなっても精度に不安がないという論理もあったのかもしれません。
またコンパクトカメラは旅行やイベントなど家族の記録、記念写真を撮影することも多いから、少し画角を広めにとってやれという意味もあったのかも。小型にしても性能が出しやすい、大口径レンズを設計しやすい焦点距離ということもあったのかもしれません。
あと読者の皆さんには説明不要でしょうが、あえて書いておくと“標準レンズ”の焦点距離の定義は、フォーマットの対角線の距離に準じるという理論があります。
35mmフルサイズでは対角線の距離は約43mmになりますので、40mmレンズはこの理論に沿った正しい標準レンズの画角に近いことになります。50mmの標準レンズでは少し狭角なんじゃないかと言われています。APS-Cサイズのフォーマットの対角線の距離は28mm前後ですから、GR IIIxの26.1mmという実焦点距離の画角では、少し広めの画角の標準レンズということになりますし、被写界深度も実焦点距離に合わせて、それなりに深くなります。
9月24日1時30分追記:記事初出時に「APS-Cサイズのフォーマットの対角線の距離は18mm前後」と記載していましたが、28mm前後の誤りでしたので、該当部分を修正しました。
個人的にはじめて強く40mmレンズを強く意識したのは、ライツとミノルタの協業で誕生したライツミノルタCLの標準レンズがMロッコール40mm F2だったことでした。35mm判カメラの標準レンズを50mmとしたのはライツみたいなものですから、40mmにしちゃうのは勝手だなあと思いましたけどね。
ちなみにCLは「コンパクトライカ」の略称で、Mシリーズライカよりも小さくなりました。小型化とのトレードオフで内蔵距離計の有効基線長は短くなるので、用意した標準レンズを40mmにすることで失敗を少なくしようとしたのでしょうか。理屈は正しいように思います。でも同時に用意された交換レンズはMロッコール90mm F4でしたけどね。
ちなみにミノルタCLEも標準レンズは40mmでしたけど、同時に用意されたMロッコール28mm F2.8が人気でした。これは広角寄りを得意とするレンジファインダーカメラの特性を生かすという理屈にもかなっていますが、GR IIIが28mmとGR IIIxの40mmモデルになったという関係にも似ています。
ちなみに筆者のカメラ雑誌のデビュー作は、毎日新聞社から発行されていた「カメラ毎日」1982年7月号の『アルバム82』と呼ばれた公募ページで発表した「眼ざし」というタイトルの作品なんですが、8点のうち2点で40mmレンズを使っていたことを思い出しました。と、いうことは筆者の40mm愛用歴は40年を超えることになります。
日頃35mmレンズが好きだから新製品が出るたびに大騒ぎしているのに、なんだ40mm推しなのか、話が違うじゃねえかよと思われても仕方ないですが、この当時はコンパクトカメラ以外に40mmの単焦点レンズってそれほど数がなかったわけですね。それに駆け出しのころにはライカの純正レンズなど高くて買えなかったわけですよ。今も買えませんけど。
先にフィルムコンパクトカメラにも40mm前後のレンズが多いと書きました。あらためて過去からみると星の数ほどあります。ここでは入手しやすい40mmレンズ搭載のフィルムコンパクトカメラ、筆者の好きな描写をする40mmレンズを一部のみですが挙げておくことにします。
ただ、同じ40mmでもフォーマットのサイズの違いで画角は変化します。APS-C専用レンズならば実焦点距離28mm近辺、マイクロフォーサーズならば20mm近辺のレンズを選択せねばならず、その数は膨大になり、焦点距離による特性も異なりますので、今回は35mmフルサイズ用の実焦点距離40mmレンズを取り上げることにしました。
まずはフィルムコンパクトカメラから。個人的にも名玉と思っている、ゾナー40mm F2.8のついたローライ35Sは現在でも使用頻度の高いフィルムコンパクトカメラです。個人的にはローライ35シリーズはいずれの機種も高級コンパクトカメラのレジェンドであり、王様だと思っています。フルマニュアルで距離設定も目測という、撮影条件によってはスリリングな撮影になり、正確なフォーカシングは厳しいのですが、うまくハマったときの快楽は何ものにも変えがたく。AE、AFがないから若者には人気薄かと思いきや、このところ値上がり傾向にあるようです。
ローライ35Sがディスコンになってから、ライカスクリューマウント仕様になったゾナー40mm F2.8が登場してきました。このレンズもよく使うのですが、これは距離計に連動しますしデジタルのライカMシリーズにも使うことができます。この組み合わせでは少し厚みのある重めのクラシックな描写をします。フォーカシングを正確に行うことができるため、ローライ35Sではわからなかったゾナー40mm F2.8の絞り開放近辺のポテンシャルを引き出せそうです。ローライ35好きは探したほうがいいレンズなんじゃないかなあ。
キヤノンのキヤノネットGIII 17も使用頻度高いです。デザインがキレイなコンパクトカメラで、少し重たいですが作り込みがけっこういいわけです。ブラックペイントボディは使い込むと真鍮の地金が出てきます。搭載されたキヤノンレンズ40mm F1.7は仕事のサブカメラとして使用しても問題ないくらい素晴らしき性能です。ほんとです。これまでどうしても欲しいといわれ譲った個体が2台あります。ちゃんと活躍してくれているでしょうか。
ミノルタAL-Eのロッコール40mm F1.8も、ソリッドな描写をするのでモノクロフィルムで使いたいカメラです。このカメラのデザインもたいへん好みです。
比較的新しめのところでは、ライカミニルックスに搭載のズマリット40mm F2.4も描写に震えました。なぜライカMマウントに換装した単体ズマリットM 40mm F2.4レンズがでないのだろうと今でも思っています。すでに手元にない理由は、内蔵ストロボのモードは常に非発光にしているのに、一度電源を切ると自動発光に戻ってしまい腹立たしいので使うのがイヤになったからです。ライカのフィルムコンパクトの最終機CMにも同じ仕様のレンズが搭載されていましたが使い勝手はどうなんでしょうね。確認していませんが、最近少し欲しくなっています。
フィルム時代の一眼レフ用のレンズでも40mmがあります。OM用のズイコー40mm F2はコンパクトで美しいデザインです。オリンパスの天才設計者であった米谷美久さんが命じて作らせたということですが、これが最近人気みたいです。でも写りはごくふつーだと思います(笑)。
smc PENTAX-M 40mm F2.8も好きなレンズです。小型軽量の一眼レフであるペンタックスMEやMX用に開発されました。ぺったんこのボディキャップみたいなレンズですが写りはいいですね。ただし曇りやすいレンズです。中古購入の時には気をつけましょう。
ちなみにペンタックスの現行品40mmレンズはAPS-C専用のレンズですから、先に申し上げたように焦点距離は40mmでも画角が異なってしまいます。現行レンズで選ぶなら最近マイナーチェンジが行われたHD PENTAX-FA 43mmF1.9 Limitedを入手して、フィルムのペンタックス一眼レフとかK-1 Mark IIに装着して撮影しましょう。
続いてキヤノンではEOS一眼レフ用のEF40mm F2.8 STMがあります。写真家の立木義浩さんのリクエストで企画されたレンズという話を聞いています。パンケーキなのはいいのですが、EFレンズなのに距離指標がないのがちょっとイヤなんだけど、描写もいいので愛用してます。ちなみに立木さんは40mmレンズがお好きで、キヤノデートEを愛機として使用しているということで直接取材にお伺いをしたことがあります。
ソニーのEマウント交換レンズではFE 40mm F2.5という小型軽量のレンズもあります。絞り環のあるオサレな小型軽量のレンズで、私は撮影したことないけど、この仕様なら欲しいですね。
Eマウント互換レンズではツァイスのBatis 2/40 CFもあります。このレンズも描写は素晴らしい印象でしたが、それ以上に個人的に興味のある要点があります。それは私の好きな距離指標が鏡胴に備えらえた有機ELディスプレイにダイレクトに数値表示されるからです。おおよその被写界深度も想像がつきますから、目測のスナップにはバッチリです。コロナが収束したら設計者をハグしたいくらいです。
ニコンのZマウント交換レンズでも、NIKKOR Z 40mm F2がまもなく登場してきますね。間違いなく超絶高性能でありましょう。写さずともわかります。ただ、気になるのはマウントがプラスチックであることです。「ニッコール」名のついたレンズはいずれも伊達ではなく、性能はもとより耐久性は十分にお墨つきでしょうし、光学性能も使用感も一切心配していません。ただボディからレンズを外した時に、プラスチックマウントを見て悲しい顔をしている筆者自身の姿が想像できてしまいます。
ライカMマウント互換のコシナ・フォクトレンダーNOKTON classic 40mm F1.4 VMは、現代版クラシックレンズの走りです。 最初からSC(シングルコート)とMC(マルチコート)の2種が用意されました。ただ、「クラシック」と名がついていても、すばらしくよく写ります。もっと数値性能を落としていただいても大丈夫じゃないのでしょうか。と言ったら、コシナの設計者に怒られてしまうでしょうか。
さらに大口径のNOKTON 40mm F1.2も、VMマウントとEマウントの用意があります。またFマウント互換レンズとしてもULTRON 40mm F2があります。CPU内蔵で使いやすいですね。コシナの40mmレンズラインアップの手厚さは感激してしまいます。
先に述べたように、40mmのレンズはフィルムコンパクトカメラに多く採用されており、私的にも昔から馴染みのある画角だったので、リコーGR IIIxを実際に使うまでは、さほど新鮮味はないのではないかと考えていました、ところが使い始めてみると、筆者にはカラダに合う画角であると再認識しました。
筆者は本来35mmレンズマニアですから、35mmの画角にずっと慣れ親しんできたわけで、28mm画角のGR IIIを手にした時は意識的に“一歩寄らねばならない”という感覚で被写体に接してきたところがあります。リコーGRにはフィルム時代から28mmの画角でゆくのだという絶対的な思想があり、こちらもそれを前提としてこれまでおつき合いをしてきたわけです。
GR IIIの28mm画角を使いこなすためには、アングルや絞りの設定で広角レンズのクセを抑制して撮影することがコツなのではないかと考えていました。いかにも広角レンズで撮りましたという写真になるのを避けるためです。それにGR IIIに搭載されたレンズは実焦点距離18.3mm F2.8ですから開放絞りでも被写界深度はそれなりに深く、中庸な撮影距離ですと、すぐにパンフォーカス的な表現になります。
優れた写真は、写真から撮影レンズの画角や焦点距離が認識しづらいことがあります。Exifを確認しないと使用レンズの焦点距離がわからないことは、レンズのクセの抑制に成功しているという考え方もあります。GR IIIの使いこなしもこれに当てはまるのではないでしょうか。
ところがGR IIIxに搭載されたGR LENS 26.1mm F2.8、すなわち35mm判換算40mm相当F2.8のレンズは驚くほど自然でクセのない高性能レンズでした。特にアングルや絞り設定を工夫しなくても、肉眼で被写体をさらっと見つめる感覚で、被写体を自然に収めることができる印象です。被写体から少し離れた位置で絞りを絞り込めば、GR III同等のパンフォーカス撮影もできます。
画角が自然なので出来上がった写真はややおとなしめになるかもしれませんが、肉眼の意識を維持しつつ、ものを見つめる感覚でシャッターを切れば、多くが自分の思い通りの写真が撮れるのではないかと錯覚してしまったくらいです。
アタマが凝り固まりつつあるジジイ年代なので28mmから40mmへのシフト、これを理解するために少しだけ時間がかかりました。不器用さを否定はしません。ただ40mmは“標準レンズ”の領域ですから森羅万象を相手にできる万能レンズでもあります。絞りを開けば望遠ふう、絞れば広角ふうに使うのが標準レンズのコツという話をずっとしてきましたが、被写体の種類によらず、すべてそれなりにこなせてしまうレンズですね。肉眼で見た光景の記憶のような感覚でイメージを集めることができるレンズ。それが40mmなのではないでしょうか。