RICOH GR|Special Story
Life with GR / no.02_菅原一剛
2021年11月25日 07:00
GRを片手に、柔らかな光が差す隅田川沿いを歩く。風は感じるが暖かく、通りには軽快にジョギングをする若者や、タイルを飛び石に見立てて遊ぶ子どもたちの姿が見える。菅原さんは、少し高い位置でカメラを構えて、空にレンズを向けた。その姿を撮影していると、数年前、同じくこの場所で、空を撮影する菅原さんを写したことを思い出した。その時も、撮影しながら「今日の「今日の空」はこれだね」と笑顔を向けてくれた。「今日の空」とは、菅原さんが2002年から20年間取り組んできた、その日の空を写すプロジェクトである。GRは、日常の記録でありその日の象徴ともいえる、空を写すというこの企画で最も愛用されてきたカメラの1つでもある。
「初代のGR DIGITALを買って、初めて空を撮ったのは2006年。虹が出ている沖縄の空も2006年に撮影したもの。そのころは、まだデジタルカメラのデザインが落ち着かないというか、奇抜であることがデジタルの本懐みたいなカメラが多い中で、カメラらしいフォルムとして登場したのが、GR DIGITALだった。フィルムの頃からGRを使っていたから、その感覚で使えるというのが嬉しかった。それからは歴代のGRシリーズはすべて使ってきた。ライカやiPhoneで写すときもあるけど、たぶん「今日の空」はGRで撮影したものが一番多いんじゃないかな」
20年にも及ぶ「今日の空」は、菅原さんの過ごす日々と共に時間の移ろいを描き出すライフワークとして、壮大な時間軸の中で続けられている。このテーマに取り組もうと思ったきっかけはなんだったのだろうか。その始まりについてお聞きした。
「2001年に呼ばれたラジオの企画で撮影イベントを開催したんですが、そのテーマが空を写すことでした。音楽を流しながら全員の写真をスライドショーにしたら、とても感動的で素晴らしい体験でした。それならば自分でもと思い立って始めたのが「今日の空」です。それが今でも続くとは夢にも思わなかったけど。片手でさっと持てるカメラということもあるけど、28mmという画角がこのコンテンツに良く合っていたんだと思う。標準域と違って28mmは、見上げる、受け入れる、という受動的な感覚とマッチしている。標準だと、もっとこう能動的に何かを見つめる感じになるわけだけど」
GR IIIではカタログ撮影も担当し、GRを手にパリでのロケを行っている。人物から風景、スナップまで様々なシーンを実際に撮影するなかで感じられたGRの特徴や、パリでの撮影の舞台裏についても伺った。
「パリは昔過ごした場所でもあって、色々な場所を巡るなかで記憶とも交差するところが多かった。ロケ地もモンマルトルに行ってみようとか、ニエプスの窓のところへ行ってみようとか、基本的には自由にスナップしながらスタッフに同行してもらって、気になるところはさらに深く撮影していくというような感じで進めていくというスタイル。バレリーナとか、スナップだけでなく人物も含めて撮影したんだけど、クロップを積極的に使ったから、28mm、35mm、50mmの3本を持っているような気分で撮影できたので、画角的には十分に対応できた。後は行きたいところに行って撮ったという感じで、この写真なんかはジヴェルニーのモネの庭。カタログでは使わなかったけど、この写真を見るとモネがどんな風に光を見ていたのかが想像できる。フェルメールもそうだけど、モネというのは光を意識していたという点で、画家のなかでも最も私たち写真家に近しい存在なんじゃないかなぁ。この庭を見てからモネの睡蓮を見てみると、あっ、これは1/15秒くらいの視覚で見ているな、という発見があったりして」
絵画に描かれたシチュエーションをカメラの絞りとシャッター速度の組合わせによる露出で語ってくれたことが、いかにも菅原さんらしい。
菅原さんが、今日の空と同じぐらいに大切にしているプロジェクトにリサイクルがある。東北大学や青南商事との共同研究プロジェクトの「DUST MY BROOM(※2009年に写真集も発行)」やマテックが運営する「北海道撮影ポイントランキング」など、リサイクル企業とのコラボ企画も進められている。新たに手にしたGR IIIxでもリサイクル工場で撮影した作品を見せてくれた。
「ゴミは過去という時間の中に葬り去られ、捨てられたものたちではあるが、そこにあるのは紛れもなく、自分たちの身近にあったものだ。僕たちが便利に使って、役割を終えたものたち。そう考えると、汚い存在ではなく、愛おしい存在に見えてくる。リサイクル工場でゴミたちが、再び生命を宿して生き返る、再生する力を強く感じたんだよね」
写真には車としての役目を終えて、鉄の塊としてプレスされたものと、堆(うずたか)く積み上げられた鉄の山と青空が見える。
「この時はGR IIIxを片手に撮影しました。40mmという画角は、撮影者が何を見ているのかがしっかりと伝わる焦点距離。肉眼で見ている景色から伝えたい部分を抽出するような感覚とでも言えばいいかな。自宅の小さな庭に植えた木々や草花を写すこともあるんだけど、そういう時もGR IIIxを使っています。小さな命という意味では、自宅の庭の草木たちと、リサイクル工場で生まれ変わる鉄たちも、同じような感覚なのかもしれないね」
自由にスナップする中で良い光と出合い、閃くように被写体を深く撮影していく瞬間とその喜びというのは、同じく撮影を行う人間には良く共感できる感覚なのではないだろうか。菅原さんにとって、被写体に惹き込まれる瞬間というのはどのような時なのだろう。
「それは、写真の面白さそのものでもあると思う。写真て、今までに自分が蓄積してきた知識や経験、好み、哲学というのが目の前の光景とシンクロする瞬間というのがある。そういうときに「いいねえ!」「撮れた!」と思う。ロケ中も、泊まっていたホテルで朝出かけようとドアを開けたその前に、良い光が螺旋階段に広がっていた。それをさっと撮ったときに「このカメラ、よく写るなあ」と思えるし、それを階下で待っていたスタッフに見せるとみんなが驚いてくれる。予定されていたものとか、予想の上で成り立つものではない、写真家の目というのがそういうところに出るのだと。そんな風に写真家の目でモノを生み出していくのが、僕の仕事だということなんだと思いました」
フィルムやアナログによるプロセスを主体としてきた菅原さんの制作のなかで、最近はデジタルを少しずつそこに含ませる試みを始めているという。そのなかで、日常の風景に根付いたGRもまた重要な存在の1つであり、新しい写真の在り方を探るきっかけになるだろうと語る。40mmという新たな画角も選択肢となったGRが、これから菅原さんの目としてどのような写真を生み出していくのだろうか、その期待を抱きながら取材を終えた。
制作協力:リコーイメージング株式会社